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地球温暖化(狂)時代:渡辺正

  地球温暖化(狂)時代~環境バカ騒ぎ   2007/6/15 東大生産技術研副所長 渡辺正 くらしとバイオプラザ21から

はじめに
私は植物の光合成メカニズムを化学の立場から研究している人間だが、1987年から11年間、数百名が参加する文部省・環境科学研究プロジェクトの事務局をした。
たいていの環境話には「解釈」がからむため、本業の研究者は発言を(とくに訂正発言を)しにくい場面も多いけれど、私はかれこれ20年、少し脇から環境の騒ぎを眺めてきた。
環境科学の歴史はまだ40年しかない。「環境は悪化中」、「予防原理が大事」、「21世紀は環境の時代」という「常識」は、事実なのだろうか? 
いま大学には「環境」のつく学部や学科が800もある一方、東京大学にできた環境学専攻の院生が就職で苦戦しているという現実もある。
今まで環境問題といわれてきたのは、酸性雨、オゾン層破壊、環境ホルモン、ダイオキシン、残留農薬、BSE、遺伝子組換え食品、ナノ粒子の健康影響‥‥などいくつもあり、どれも1980年代以降に始まった話だが、本当に深刻な問題も、「言われなくても気づく」問題も、ほとんどない。
見当はずれの環境対策は資源の浪費につながり、国力を低下させるだろう。

最近の動き
本年4月、バイオガソリンが話題になり、製紙業界が古紙100%をやめ、カナダが二酸化炭素排出削減をギブアップした。6月上旬のドイツ・ハイリゲンダム(G8)サミットでは、2050年までに二酸化炭素排出を半減するなどと、できもしない合意をした。
おかしな話も多い。市民がせっせと分別しているプラスチックゴミの99%は、一般ゴミと一緒くたに焼却炉で燃やす。妙なことに日本だけは、「サーマルリサイクル」といって、焼却も「リサイクル」とみるからだ。
いま日本国民は「温暖化ヒステリー」状態ではないか。たとえば南極の氷が解けるという話があるが、南極大陸は一年じゅうどこも氷点下の世界だ。
企業は二酸化炭素排出の少ない製品を大宣伝するけれど、それが地球に影響する可能性はゼロに近いため、ただ「省エネ」と言えばよい。
また、京都議定書のせいで、年に2~3兆円の巨費が、意味もない「地球温暖化対策」に飛ぶ。

温暖化は本当か
1970年代は地球寒冷化=氷河期の到来を騒いだのに、1988年6月のハンセン発言から、いきなり「温暖化時代」になった。
根拠だといわれるNASAの地表気温データを見ると、過去100年、大都市は2~3度ほど上がっても、田舎はほぼ一定か冷え気味だ。1台50 kWのヒーターに等しい自動車が走り回り、ビルは昼夜を問わず電気をがんがん使うので、都市化が進めば気温は必ず上がる。
1970年代から全世界で都市化が進み、都市部の気温は確実に上がった。
東京の気温は120年で3度も上がったけれど、180 km離れた三宅島の気温は過去60年ほとんど変わっていない。北京はこの20年間に自動車が30倍に増えたせいで気温は急上昇したが、米国の田舎には温度が下がってきた場所も多い。

南極の気温は過去半世紀、ほぼ一定か下がり気味。
某TV局は「棚氷の崩落」を「温暖化の証拠」としてしきりに放映するけれど、あれは完璧な自然現象。南極に降った雪は氷になり、その重みにより中心部から周辺部まで5000~6000年かけて流れ(だから「氷河」)、周辺部の氷は太古から崩れ落ちてきた。崩れなくなったら心配しよう。
京都議定書は、2010±2年までの二酸化炭素排出削減を決めたのに、2004年現在、たいていの国は二酸化炭素排出量を10%~数十%増やし、日本は8%の増。
米国は2001年に議定書から離脱し、カナダは今年4月に棄権した。EU諸国は1990年代に燃料を石炭→石油→天然ガスと切り替え、議定書の1997年当時はまだ排出削減中だったが、さすがに21世紀に入ると増えてきた。
そのうちギブアップ宣言をするのではないか。

日本では過去20年、二酸化炭素排出量が化石資源の使用量(=輸入量)とぴったり合う。また両者は、GDP(人間活動の勢い)と歩調がほぼ合う。
つまり、経済が発展すればエネルギー使用量が増え、二酸化炭素の排出が増える。減らしたいなら、経済を縮小し、港に着く化石原料を減らすしかない。景気の好転を喜びながら二酸化炭素を減らせるはずは絶対にない。
「温暖化対策」に巨額な予算を回すと、経済活動が活性化し、むしろ二酸化炭素は増えるだろう。
掘った石油、石炭、天然ガスのほとんどは、遅かれ早かれ当量の二酸化炭素となって大気に出る。
そのため、本気で排出を減らしたければ、一部の炭鉱や油田、ガス井を永久封印するしか手はない。それを言わない「温暖化話」はみな妄言だろう。

たとえ京都議定書どおりの二酸化炭素排出削減ができたとしても、50年後に来るはずだった状況が、51年後のどこかで必ず来るだけの話。ほかには何ひとつ起こらない。そんな営みに年々1兆円の国費を使うのは、正気の沙汰とは思えない。
まともな企業や家庭なら、言われなくても省エネをする。省エネは企業の増収につながり、家計を助ける。そこまででいい。
その先、「エコ」だの「環境にやさしい」だのは、「環境時代」に悪乗りした妄言だ。省エネ型の製品を作るのはいいが、宣伝が効いて大売れしたら、むしろエネルギー消費が増えて二酸化炭素放出を増やす。

温暖化と海面の上昇
2006年暮れにIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、このまま温暖化が進むと2100年には海面が最高59センチ上がると発表。
それを受けて筑波大学の某教授は、関東平野の一部が冠水するという地図を作ってNHKのニュースに出たが、そんな地図は小学生でも描けるし、心配なら、高さ1 m・総延長30 kmほどの堤防を作ればすむ。日本の土木技術なら建設は1年か2年の話。オランダは、片側2車線の高速が走る総延長30 kmの堤防を、1920年から12年間で建設した。今の日本なら5年で作れる。
気温が1~2度上がり、二酸化炭素が増えたら、光合成の勢いが増す。食卓に並ぶもののうち、水と食塩を除けばすべて直接間接の光合成産物だから、そのとき世界の食糧は増える。
いま8~9億人といわれる飢餓人口の救済に役立つだろう。私自身は1985年ごろ、二酸化炭素濃度の増加を示すグラフを初めて見たとき、これが飢餓を救うだろうと思って嬉しかった。
1988年のハンセン発言以降、二酸化炭素がいきなり悪者になってしまったが、光合成研究者として、その急転換はまだ納得できていない。
日本の環境はきれいになった。 いつの世も何かわかりやすいキーワードを要求する。日本の戦後なら、復興、平和、所得倍増、新幹線、オリンピック、経済成長‥‥など。
世界レベルでは、つい最近まで「冷戦」が大きなキーワードだった。今は世界も国内も「環境」だ。政府もメディアも、研究者も企業も、「環境」を口にしておけば「安全・安心」なのだろう。
先進国の人たちが「俺たちは環境を汚している」と気づいたのは1960年代後半だった。日本も、環境がいちばん汚かった1970年前後に法律をいくつも作り、環境庁を新設し、環境浄化に励んできた。
私は1965~85年の20年間を環境の「第I期=本気の時代」とみる。とりわけ1970~85年の15年間には、大気も水質もすっかりきれいになった。
だがその結果、関係者の仕事が激減した。だから1985年ごろ以降、皆さんせっせと「仕事づくり」に励むしかない。それを私は「第II期=遊びの時代」と呼ぶ。
関係者は次々と仕事を見つけ(最大のものが、88年に突発して今なお続く「温暖化話」)、企業は悪乗りして「環境ビジネス」に走る。
とはいえ、それを咎めるつもりはない。日本のように成熟した国は、無駄がないとやっていけない。
たとえば日本は食糧の4割近くを残飯にし、それを金額にした約10兆円は、国内の農業・漁業の総生産額にほぼ等しい。マンガ的にいうと日本国民は、国産のコメもイモも魚もことごとく捨て、大枚をはたいて米国や中国から買った食糧を食べて生きる。
しかし捨てるときにも雇用が生まれ、お金が回って社会を支えている。
長い目で見ると、石炭は300~400年もつ。石油が枯れたら一瞬は自動車業界が悲惨な目にあうだろうけど、化石資源はまだまだある。
世界人口は2050年ごろ90億になるとしても、300年後は30~40億で落ち着くのではないか。それなら、植物の光合成が固定する太陽エネルギーだけで十分にやっていける。
年々1兆円をつぎ込んでも、二酸化炭素は減らない。お金は必ず誰かの懐に入って彼または彼女の購買意欲を刺激し、企業はそのためにモノをつくり、エネルギーを使って二酸化炭素を出すからだ。
1兆円なら、1000万円ずつ10万人に配れる。うまく使えば、いま年に3万人を超す自殺者の少なくとも一部は助かるのではないか。

燃料電池のからくり
燃料電池に使う水素はメタンからつくり、そのとき、メタンの直接燃焼(火力発電)とまったく同じ量の二酸化炭素が出る。
だから、「燃料電池は二酸化炭素を出さない」というのは幻想にすぎない。
また、燃料電池には白金触媒が欠かせない。その白金は、燃料電池自動車に回せるほどの量がない。まったく足りない。
それを知りながら口にはけっして出さず、燃料電池がバラ色の世界を拓くかのように言い触らす研究者の姿勢はいかがなものか。

日本に残っている環境問題
私見だと、残る環境問題は二つしかない。車の排ガスと、ゴミ捨て場の不足だ。
増え続ける車の出す窒素酸化物が光化学スモッグをいまだに起こし、ベンズピレンを始めとする強力な発がん物質をばらまいている。
私たちの使える資源(お金・時間・労力・物質資源)には限りがある。あやしい環境問題は資源をつぎこめば、ほかの大事な問題に回せない。

話し合い
・は参加者、→はスピーカーの発言

・雪が降らなくなっているのは温暖化ではないか
→日本は化石資源を年に3億トンも燃やすから温まっている。雪が減っても当然だろう。

・二酸化炭素は増加しているといっていいのか
→している。地球上のどこで測っても同じ。半分が植物と海に吸収され、半分が大気にたまる。

・その程度の二酸化炭素増加で植物は増えるのか
→恐竜時代の二酸化炭素濃度は2000 ppmで植物は大きかった。今は400 ppmで植物は二酸化炭素欠乏状態。大気中濃度が倍になれば生育速度が20~30%増えるという実験結果は何百もある。
二酸化炭素削減は家庭の中での無駄を省くという形でするのがいいと思う。個人で二酸化炭素削減量を計算する人はいないだろう。企業を存続させるためには、効率のよいモノ作りを考える。あるものをやめて省エネ製品に変えるのはナンセンスだと思う。国は二酸化炭素をキャッチとしてやっている気がする。資源の浪費は国力低下につながる

・GDPと二酸化炭素のトレンドがクロスするというのは?
→幻想だと思う。例えば太陽電池の寿命は10~15年。製造時に出す二酸化炭素は、たぶん寿命分よりも多い。省エネに励むのはよい。2011年に始まる予定の地上デジタル放送は、経済活性化を目指す政府の陰謀だろう。ゴミになる1億2000万台のテレビはどこに行くのか?

・液晶は輸送費など全体的には二酸化炭素を増やしていると思う
→二酸化炭素を忘れ、個々の問題で考えた方がいい。

・鉄鋼業界は高炉の節約に3兆円かけているが、それは回収できる。国が補助を多くつけている事業は無駄だと思う
→風力発電も同じ。

・市民は今日のような本当の話を知らないのが問題だと思った。もっと多くの人がこういう話を聞く機会を持ち、ちゃんと考えるのがいい。先生にはメッセージを出してほしい
→機会があるかぎり話をしている。本も書いたがあまり売れていない。基本の考え方は変らないが、データが変わると、書くことは変わる。

・トウモロコシのバイオエタノールは二酸化炭素が増えないというのは本当か
→真っ赤なウソ。トウモロコシを工場で微生物に発酵させるときも、精製するときも必ずエネルギーを使う(サトウキビの絞りカスならペイするかもしれないが)。やればやるほど石油の無駄使いになる。4月27日、バイオガソリンの販売が始まった。バイオガソリンは、石油由来のイソブテンとエタノールを反応させたもので、どこが「環境にやさしい」のか私には理解できないし、そもそも合成はフランスにやらせ、製品をタンカーで運んできたもの。あやしい部分を外国に押しつけたあと、「日本国内の二酸化炭素が減る」などと説明するのは国家規模のインチキだろう。

・地球の気温が上がり、カナダの氷河が後退し薄くなっていると聞いた
→北極圏は1970年代に大きく冷え、氷原が拡大した。そのリバウンドではないだろうか。

・新潟の豪雪地帯に行ったとき、そばやの壁に積雪量の年表があり、豪雪と少ないときの周期があった。雪が少ないと騒いだのは何だったのかと思った。一般人が今日のような話を知ることが大事だと思う。
→アル・ゴアは温暖化を問題にしているのでなく、日本並に省エネしなさいといっていると知った。それならば理解できる。

・海水に吸収される二酸化炭素が増えて悪影響はないのか
→光合成で地球に固定する二酸化炭素は7年で総入れ替え、海は5年。水温で二酸化炭素の水に溶ける量は変化する。海水への影響までは心配しすぎでしょう。

・珊瑚が白くなるのも海の汚染か
→海水の変化は0.2~0.3度で、珊瑚が痛めつけられるほどではない。流れ込む生活廃水などローカルな影響ではないかと思う。

・時代のキーワードが必要という構図はよくわかる。マスコミの騒ぎ方が過剰で心配。マスコミは文科系が多いというが、マスコミが冷静になるような仕掛けが必要ではないか。
→マスコミの被害者が増えている気がする。コンビニ、自動販売機は本当に無駄。

・牛乳のように手をかけたものが水道と同じ値段で平気でいることに問題がある
→記者さんは、安全ですよという記事は書きたくないらしい。

・文系、理系の記者というより、理系の専門家で怪しい人がいて、それを記事にすることが問題。しかし、科学者はこれに反論しない
→私は環境で研究費をもらっていないので、環境についてものが言いやすいのだと思う。

・南極は周辺が解けて真ん中の氷が増えるのは当然なのに、海面上昇を唱える科学者がいるのはなぜ
→色々な学者がいて、色々な意見を書く。一部はあやしい。

・ゴアはヒマラヤで雪が減り川の水が減ると言っている
→それはわからないが、二酸化炭素につなげるのはおかしい。地球の気温は一定だったわけではない。主に太陽の影響を受けているが証拠はない。長い目で地球は変化している。毎回、温暖化だと騒ぐのはおかしい。

・私は専門家の話を聞くとそうだと思ってしまう。素人は専門家の話をなかなか聞けない。それでも、企業が排出権を買うというのは許せないと思う
→ロシアに2~3兆円も払うのは馬鹿げている。中国で省エネ施設を建設する方がいい。
本質は簡単だが、立場が異なりお金が絡むと「言わない、言えない」となる。日本には言うべき人が発言しないことがあり、欧米と顕著な違いだろう。米国はバイオエタノールに批判があるが、農業補助、中近東の石油に支配されたくない気持ちなどの政治的背景がある。一方、ブラジルにはサトウキビを搾ってアルコールを作ってきた歴史がある。

・私は小学生のときに酸性雨、学生のときに地球温暖化といわれて育ち、買い物袋をもらわず、ゴミ分別をしている。今日、二酸化炭素との関係を初めて考えた。雪だるまが作れなくなったのはなぜ?
→エネルギーの集中利用で東京は暖まっている。大手町の気温が東京の気温だから、上昇するはず。都市に緑地を作ればよくなるかもしれない。

・先生のお話は説得力があり、だまされないようにしないとと思って聞いていた(笑)。温暖化を確信している人への対応は
→私はどうなのかねとはいうが、喧嘩はしない主義。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の関係者と議論した。彼らは都市化の補正をしているというが、田舎のデータだけをまとめてみることを提案して別れた。研究費や立場から温暖化しないと困る研究者もいるかもしれない。サイエンスにはしがらみはないはずだが。

・国や企業からお金をもらっていない研究者はいるのか
→ある日本の地方大学は外からの資金が5,000万円だそうだ。私のいる研究所の外部資金は50億円。研究費の少ない研究者はあまり元気がない。環境ホルモンの記事は、98年がピークで月に800件もあり、今は激減。2000年以降、なくならないのは厚生労働省、文部科学省は研究費をつけ、研究が続いているから。
企業がお金を出すとそのデータはひも付きで曲がっているという人がいるが、それは間違い。企業が出すお金は試験の費用で研究者に直接入るものではなく透明性がある。
メディアの立場からいうと、メディアにとって環境ホルモンは当時新しい概念だった。リスクの大小があるかどうかがわからなくても、報道する意味はある。それがメディア。

・市民はリスクがありそうだと、危ないと思ってしまう
→危なそうに書くからだろう

・温暖化の主犯は二酸化炭素か
→そうかもしれないが、証拠はゼロ。
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