もうすぐ北風が強くなる

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

肥田舜太郎1/14講演インタビュー

 脱原発世界会議開会式の講演 肥田舜太郎 1/14横浜  書き起こし「kiikochan.blog」から

1945年にわたくしは軍医として広島陸軍病院に勤務し、
原爆の日は、たまたま午前2時に6キロ先の辺坂村に往診して、原爆による即死を免れました。
そのかわり逃げてきた多数の被ばく者の救急医療を行う事になりました。
市内で即死を免れた者も、火傷や怪我に加えて、
まぶた、鼻、口、肛門,陰部からも出血し、頭の毛が全部抜け落ちるという急性放射能症で死んでいきました。

当日広島におらず、原爆には合わなかったけれども、
爆発後数日以内に市内に入り、救援活動や肉親捜しをしたものが、
俗に言われたぶらぶら病というものを発症し、
数十年間、「あなたには病気はない」とか、「ノイローゼだ」とか、ひどい場合には「仮病」と言われて悩みぬきました。

1975年に、ニューヨークで私は
放射線被害の研究で有名なピッツバーグ大学のアーネスト・スタングラス教授に会い、
入市被ばくのぶらぶら病は、体内に入った放射線に体の内部から被ばくして起こる症状で、
有機的にはまだ不明な症候群であると教えられ、目から鱗が落ちた思いがしました。

1945年の9月1日
連合軍総司令官ダグラス・マッカーサーは厚木空港に降り立つと同時に、日本国民に占領方針を発表し、
その中で「原爆被害は米軍の軍事機密である」と宣言。
被ばく者には「被害の事実に際して一切しゃべってはならん」
医師、学者には「被害の調査研究を行ってはならぬ」
「違反者は重罪に処す」という、宣言を発表しました。

原爆の放射線被害が、世界の人にも日本国民にも伝えられてこなかった原因は、
アメリカが放射線被害を隠蔽し続けた事にあります。

また、1949年にアメリカが放射線被害の調査のため、広島と長崎に設立した医療機関ABCCは、
「内部被ばくは放射線が微量で、人体にはまったく無害である」と宣伝し、
入市被ばく者は診療をせず、その場から追い返しました。

日本政府は1957年と1968年の2回に渡り、いわゆる原爆日本と言われた援護の法律を作り
国による被ばく者の援護を遅まきながら始めました
しかし、国は二つの法律が最高の補償を定めた認定被爆者から、内部被ばく者を除外するなど、
法律制定から35年間、内部被ばく者を差別し続けてきました。

内部被ばくの被害を否定するのは、核兵器保有国であります。
日本政府のそれは、アメリカの前線基地の任務を負わされた従属国の義務としか思えません。
国を建てる上でその基本にかかわる重大問題であると私は思っています。

2011年3月11日福島第一原発に事故発生の報告を聞いた時、
私は正直、大変なことが起こるなと直感しました。

福島原発は広島原爆のウラニウムと長崎原爆のプルトニウムを混ぜたプルサーマルを使用しています。
事故からの放射線被害を受ける人たちが、広島と長崎で被爆者に生じたのと同じ症状が起こってくるに違いないと、
医師である私は推定しています。

2011年4月5日
「福島県の若い母親から5歳の男の子の下痢がとまらない」との相談の電話がありました。
必要な事を聞いて一番近い白河市の総合病院に行かせ、2週間の検査を受け「なんでもない」と帰されたそうです。

その後電話相談は数を増し、子どもの症状も、口内炎、鼻血、皮膚のあざなどだんだん増加して、
地域も福島県から関東甲信越の各県にひろがり、
講演に招かれた名古屋、京都、大阪でも会場からの発言で、
子どもの下痢や鼻血で不安を募らせている母親の情報が伝えられました。
12月に行った佐賀と福岡でも同じ話が聞かれています。

結局、福島原発からの放射線は3月15日の大量放出から、約300日間ずーっと続いていて、
すでに日本列島の隅々まで、広範囲に飛散していると推定されます。

微量でも危険な放射線の内部被ばくのことを思うと、
原発を廃炉にして放射線を完全に止めないかぎり、ホットスポットがどこに現れても不思議ではない。
疎開や放射線の無い、汚染の無い食材の入手は、もはや無意味になっていると思われます。

厳密に言えば、安全な場所は、日本にはもうないのです。

「どうしたらよいか」わたくしは相談を受けます。

身を守るには遠くへ移住せよ。
汚染の無い水と食材を食べろ。
この二つが指導されてきました。

それが出来ない人はどうしたらいいのか。
その答えは専門家と呼ばれた人は誰もしゃべっていません。

私は被ばく者のための医師として、
被ばくの後遺症にならずに長生きする生き方を、30年間考え、指導してきました。

その経験から、一つの結論に行きついたように思っております。
それは、自分が自分の命の主人公になって、親からもらった免疫の力を守り、
ひたすら健康に生きるよう、必死に努力する事しかないと思っております。

人類は地球上に生まれ出た時、明かりもなければ火も持っていませんでした。
太陽とともに起き、太陽が沈むとともに寝る。
そういう生活を何千万年も続け、自然放射線や紫外線から命を守る免疫を作ってきました。

その基本の早寝早起きの健康の大原則を愚直に守る事が、
親から引き継いだ免疫力を維持して病気を防ぐ唯一の道であるとわたくしは確信しています。

あとは、食事、排せつ、睡眠、労働、遊び、休養、セックスの6つの行為を節度を守って行う事です。

行為には決まりがあります。
その決まりはどこの国でも年寄りが伝えてきました。
例えば日本では、おばあさんが「ご飯は30回噛め」と伝えています。
調べてみると、立派な根拠があります。

お米の栄養はでんぷんで、胃液では消化できません。
唾の中にある酵素ジャスターゼだけがでんぷんを分解して、小腸から吸収できるように変化させます。

「30回噛め」というのは、噛みつぶすのではなく、
30回舌を動かして、唾液をたくさん出し、必要なジァスターゼの量を供給するためであります。

年寄りの言葉と思ってバカにしないで、守らなければならない恒例の一つであります。

わたくしの話しの結論。
人間は、放射線を安全に操作することはできません。
ですから、原発も核兵器もなくして、「安全な地球に住む」という事しかないわけです。

ご一緒に頑張り抜いて、我々のひ孫に、綺麗な日本を残しましょう。

おわります。
 ーーーーーーーーーーーーー
   1/14 インタビューOurPlanetTV 書き起こし「kiikochan.blog」から

肥田さんがいらっしゃいました。

白石:
はじめまして、白石と申します。
名刺なんか渡したりして、・・よろしくお願いいたします。
肥田さんから見たら私は初めてなんですけれども、
いつも講演などを聞かせていただいています。

多くの方がご存じのとおりにですね、戦争が終わる直前にちょうど広島で軍医をされていたという事で、
ご自身も被ばくをなさっていますし、それから多くの方を戦後ずーっと診ていらして、
そして私も読ませていただきました、
「内部被曝の脅威」ということで、本当に内部被ばくの問題を警鐘を鳴らして、
今回、「内部被ばく研究会」という事で市民と科学者の取り組みも始められるという事です。

今回もね、ご自身90を超えられるのに、こういうふうにお元気で語っていただけて、
私は肥田さんにあこがれているものですから、
自分自身もね、今回こういう事故を目にしたので90まで生きる必要があるんじゃないかなって、
本当に思っているんですけれども、

肥田さん、やっぱり肥田さんの証言っていうのはね、
内部被ばくっていうか、外部被ばくって、いろいろと、
今日本の政府の中では、
年間100ミリシーベルト以下では、大きな健康上の被害は無いとか、
あるいは20ミリシーベルトであれば安全だという事で、いろんな政策が決まってきます。

一方で肥田さんは、「そうではない」ということで、
沢山の告発されている本とかを翻訳されていますけれども、
あのね、本当は長いお話しを聞ければ、戦争直後の時から沢山の話し頂けると思うんですけれども、

この10カ月肥田さんは、90超えてもなお、講演とか、あちこちに行かれたと思います。
どういう事をお感じになりながら、お話しをされていらっしゃいましたか?

肥田:
ま、行った先々日本中どこでもね、
小さな子どもを持ったお母さん方が、非常に不安で心配をしておられるんですね。
で、「これからこの子どもたちが、元気で丈夫に育つかどうか」、
特に女の子を持っていると「お嫁に行けるかどうか」とかね、
「子どもを産めるか?」ってね、小さな子供までがね、心配しているんです。
非常に、今、日本中が放射線問題で、不安になっている。
知識が全く無いと、で、情報もない。
そういう中でね、私の知っている限りの事は、出来る限りね、沢山の方にと思って、
3月から今日まで80何回講演をしてます、はい。

だから、ま、私しか生き残った医者がいないんで、誰もしゃべれる医者がいないんですよ。
今の医師は誰も勉強を知らないしね、被ばく者を診た事もない。
それをいい事に政府はウソばっかり付いていると。
だから、わたくしはどうしても、休みたくても休めない。

白石:
休みたくても休めない、
実際に本当にね、あの、肥田さんのように一貫して、
いわゆる内部被曝というか、その問題を取り上げて長年取り組んでいらした方というのは、

肥田:僕しかいないんです

白石:
いない訳ですよね。
で、やっぱりそこのところがですね、

肥田:
内部被ばくの事を突っついたりなんかすると、必ずアメリカと政府から睨まれるの。
で、出世が出来ないとか、自分の生活がね、
ま、誰だって偉くなりたいし、お金も欲しい。
そういうのがどこかでね、圧迫されて、出世できないというのが、ま、医療界ではみんな良く知っている。

白石:医師の世界では、もうそうなっている

肥田:
そうなっている。これはもう触っちゃいけないと、
アメリカの一番の泣き所なんだね。

白石:
実際にね、内部被曝というものが
これからつまり、私達自身は、被害が明らかになってくるのか、と、いうような時期にあるんですが、

肥田:
受ける、内部被ばくの被ばく者になる事は間違いないと思う。
ただ、誰かがそれを証明したり、治療したりすることはまだできないんです。
今の医学では、全く手も足も出ないんですね。
何にも分からない。

白石:
実際のところ、肥田さんがね、
たとえばぶらぶら病、原爆ぶらぶら病っていう事を言われて、
実際に今、肥田さんの耳に入っていると思うんですけれども、
福島とかね、いろんな処から心配の声が届いているんじゃないですか?

肥田:
初めはね、電話の相談が、子どもの下痢だけだったのね。
でもそれから鼻血になったり、だんだん子どもの症状が増えて、
この頃ではね、「主人がかったるくて、会社を休むようになった」と

白石:もう、そういうのがあるんですか?

肥田:
もう始まっているんです、ええ。
でもその人を捕まえてね、検査をして、
確かにこれは福島の放射線のせいだっていう事は、
世界中の誰にも証明はできない。

白石:
単にだらけているんじゃないかとか、
それは肥田さんがずっと書いていらっしゃるようにね、広島でもそうだったと。

肥田:そうそう

白石:やっぱりそういう因果関係を証明するのが難しいっていう事が

肥田:難しい

白石:今も変わりがないという事なんですね。

肥田:
変わりがない。
だから、東電は開き直ってまだやるって言っているんです。
なにやったって証拠が上がらない。


白石:
逆に行ったらどうしたらいいんでしょう?
でも、こう言っちゃなんですけど、肥田さんがこうやって生きていて下さったのは、
やはり、すごくありがたいと思っていて、
これ、いるといないとでは大違いだと、すごく思っているんですよね。

肥田:
みんなそういうけど、だから止められないんです。アハハ・・


白石:
となるとですね、何か残して行って下さるとしたら、
どうすればいいと、今私たちは。とお考えになりますかね?

肥田:
それを一言でいえる人は誰もいないんじゃないですか。
だからわたくしは、やっぱり本人がね、人間であるとして生まれてきた、日本人の一番、これは弱点だけど、
人権意識が無いんですよ
だから、どんなにひどい目にあわされても怒らないんですね
今度の事なんかね、そりゃ、福島の人達は大変だけど、
全国もとばっちりを食って、みんな今大変になっているけれども、
真剣に怒らないでしょ。
これ、外国だったら大変ですよ。
暴動が起きますね。


白石:
今日は外国の方も沢山いて、福島の方の話を聞いたりだとか、
あるいは逆に外国の方の話を聞いたりしますけれど、
こういう会議で、どういう事が出来たらいいなとか、未来を見てどうですか?

肥田:
やっぱり、自分たちの目に見えない放射線というものが、
この世の中では機関銃よりも大砲よりも何よりも恐ろしいんだという認識を持ってほしいと思います。
だから、目に見えるものはね、誰だって警戒もするしね、
仮にいま、たとえばここに福島の放射線が飛んできていると、そして吸い込んでいると。
その人は、放射線に言わせれば
「お前にちゃんと、将来病気を起こす元を作ったよ」と言われている訳なんだけども、
本人は何にも知らないでしょ。
で、なんか目に見えて「あーっ」って思えるかっていったら、
どこ見たって分かんないからね。

白石:
本当ですよね。
いま、90・・・

肥田:5です。

白石:
5歳になられて、お元気でらっしゃるけれども、
やっぱり今後もこういう形で精力的にお話しを、

肥田:
いや、それは自分の体力が続くかぎりはね、やりますけど、
まあ、正直言って、大体4月の初めから今日まで、自分の時間というものは全然なかったです。
何にも出来ないで、書くか、しゃべるか、あるいは取材を受けているか、
それ以外何にも出来なかったですね。

白石:
本当に、やっぱり是非でもやぱりね、知恵を全部残していっていただかないと。
で、あの、肥田さんが訳された本ですとか、鎌仲ひとみさんと一緒に書かれた「内部被ばくの脅威」とか、
やはり、基本的に日本人は、今読んでおかないといけない本だと思っていますので、
まだ読まれていない方は是非読まれて、
今話があったぶらぶら病ですとか、原爆以降に何があったか、
それこそ肥田先生はABCCが書類をね、
戦後に、データを残さないと書指示されたというところとかも全部お書きになっていらっしゃるんですよね。
なので、是非、まだお読みになっていない方はとにかく「内部被ばくの脅威」を読んでいないと、
これからの動きについていけないので、是非、読んでいただければと思っています。
なんか、本当に、急にお連れして申し訳なかったですけれど、
是非、これからも若い世代に、いろんな事を伝えていっていただければというふうに思います。
ありがとうございました。

肥田:これ(白石さんの名刺)頂戴します。
関連記事

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://bator.blog14.fc2.com/tb.php/943-11ecf8b8

 | HOME | 

 

プロフィール

もうすぐ北風

Author:もうすぐ北風
こんにちは。
いろんな旅を続けています。
ゆきさきを決めてないなら、しばらく一緒に歩きましょうか。

最新記事(引用転載フリー)

カテゴリ

経済一般 (118)
経済一般~2012冬まで (161)
日本の経済 (224)
通貨戦争 (70)
ショック・ドクトリン (12)
震災関係 (23)
原発事故発生 (112)
事故と放射能2011 (165)
放射能汚染2012 (192)
汚染列島2013-14 (146)
汚染列島2015-16 (13)
福島の声 (127)
チェリノブイリからの声 (27)
政治 (413)
沖縄 (93)
社会 (316)
小沢一郎と「生活の党」 (232)
健康と食 (88)
環境と地球の歴史 (28)
未分類 (174)
脳卒中と入院 (7)

カウンター

最新コメント

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク

このブログをリンクに追加する

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最新トラックバック

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

FC2Ad

Template by たけやん

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。