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もうすぐ北風が強くなる

広東省陸豊市烏坎村

 1930.jpg
 戦う中国解放区の農民 1930年頃 西北

 中国広東省陸豊市の烏坎村のことは、新聞などで報道されているのでご存知のかたは多いと思う。
 立ち上がった住民たちが長い闘いの末に勝利を勝ち取り、腐敗幹部を追放して自治権を確立した。
 この地域、陸豊は1927年の広州コミューンの当時に、農民たちが自主的な海陸豊ソヴィエトを結成し、地主や国民党を撃退し自治権を保っていた土地柄である。

 実に中国革命の先駆的な伝統の地方なのである。
 中国共産党幹部はみなこの地方のことを歴史で学んでいるはず、そうであるなら、ここだけの例外的な自治権確立で終わるとは考えにくい。
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腐敗幹部追放の村 村長決定 自治体制整う 3/4  東京新聞

 【烏坎(うかん)村(中国広東省陸豊市)=今村太郎】住民が自治組織をつくって腐敗幹部を追放した中国広東省陸豊市烏坎村で三日、村政の執行部に当たる「村委員」の選挙があり、主任(村長)が決まった。「烏坎モデル」として注目された民主化運動は、村民による自治体制が整ったが、当局は同村の影響が広がり、一党独裁批判や住民運動へと発展しないよう警戒を強めている。
 選ばれたのは、主任と副主任(副村長)ら。主任は、一連のデモ後、村トップの共産党村支部書記に就いた林祖鑾さん(66)に決まった。投開票は内外からの報道関係者数百人に公開され、投票率は81%だった。
 今後は、党村支部の指導のもと、村民代表(村議)が各施策を審議し、村委員が執行する自治体制に移行する。地方幹部の独裁が常態化しているとされる中国では、異例のケースだ。
 村では四十年間、前書記ら幹部が居座り、農地使用権を勝手に売って私腹を肥やした。村委員選挙も不正が続いてきたが、昨年九月から続いた村民のデモを受け、省政府がやり直しを決めていた。
 人口一万二千人の村には約二千百世帯があるが、そのうち約千世帯は、前幹部の専横で農地を失った。村民は、農地使用権の返還を求める訴訟も検討するなど、強い姿勢を崩さない。農地を失い、現在は出稼ぎに出ている林永秋さん(43)はこの日、「投票のため帰省した。早く農業を再開したい」と話した。
 一方、選挙を監督した広東省や陸豊市当局は、二月末に開かれた候補者演説会の会場選定などで介入。演説会が民主化集会となることを恐れてか、小さな会議室での開催を指示した。村側の要望もあり屋外ステージでの開催に落ち着いたが、多数の公安関係者が監視した。烏坎村に続けと同省の村で立て続けに起きたデモも当局に鎮圧されており、「第二の烏坎」は出ていないのが現状だ。
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 1927年、広州コミューンは三日間で敗北し、コミューン側は残る部隊と温存する部隊に分け、温存部隊は海陸豊へ移動した。
 残った部隊は最後まで闘った後に全員が虐殺された。狂気の白色テロルにより約7千人が殺された。ソ連領事館の副領事までが犠牲となった。
 …………………….
 ニム・ウェイルズ「アリランの歌」から引用。(ニム・ウェイルズは当時、延安の解放区に入った「中国の赤い星」の著者エドガー・スノー氏の夫人。「アリランの歌」は中国革命を闘った朝鮮人革命家からの聞き取り)
 (海陸豊への行軍)広東人は気性が激しく、農民たちはいずれも銃を持ちたがり、銃を手に入れるためには人殺しも辞さなかった。男も女も落伍兵を包丁片手に襲撃したから、行軍の列に遅れることは危険だった。沿道の民衆は食物を持って山に逃げてしまっていたため、我々は何一つ食物を見つけることができなかった。
 このつらい行軍で、我々は疲労困憊し、多くのものが"のびて"しまった.
 だが、海陸豊に近づくにつれて我々の士気は高まった。数千名もの海陸豊ソヴィエト民衆が約百里を隔てたところから、我々の歓迎にやって来てくれた。
 (ニム・ウェイルズの注釈から)
 この海陸豊ソヴィエトは1927年9月9日(広州コミューンの2か月前)中国で最初の「解放区」となった。国民党が取り返しのつかないほどに反革命化してしまい、8月南昌蜂起の間に朱徳らが創設した紅軍2万5千の生き残り1200名が根拠地をつくるために東江に南進し、そのうち生き残った800名が海陸豊の最初の武装力となった。
 海陸豊は1929年の秋まで白軍を撃退し続けた。
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