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復興需要への供給不足、インフレ・ギャップの危険か:三橋

 被災地の復興事業の進捗が非常に遅れており、政府と宮城、福島両県行政の遅滞とともに、建設業の人不足などが指摘されている。
 過去20年にわたって公共事業を減らしてきた結果、技能者が減ってしまったのである。
 また、自治体もこの間に人員削減を続けてきたためと、多大な死傷者のために特に市町村職員が減ってしまい、行政が賄えない危機にある。

 進んでいた過疎化と政府医療政策の誤りによって、医療過疎が進んでいたため、医療関係者も不足している。
 これらだけではない。
 長いデフレのために多くの分野で職種の労働力が減少してしまっており、また、設備施設も減少しているのである。
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  復興需要に対する供給能力不足に備えよ  3/15  三橋貴明 Klugから

 現在の日本経済が抱える問題は、財政でも円高でもデフレですらなく、「情報の歪み」である。より具体的に書くと、経済学者や評論家、政治家などが「インフレ期の経済政策」と「デフレ期の経済政策」を混同しているという問題だ。すなわち、日本経済がデフレに苦しんでいるにも関わらず、懸命に「インフレ対策」を打ち続けようとするのである。

 例えば、極度の栄養失調に苦しむ病人であれば、栄養を与えるのが「治療」であり「対策」だ。栄養失調に苦しむ人に、「食べ過ぎは健康に悪いよ」などと言って、ダイエットを進める医者はいないだろう。

 あるいは、事故にあって腕を骨折した人がいたら、取りあえず整骨院に担ぎ込むだろう。骨折している怪我人を目の前にして、「治療費をどのように調達し、支払うか」について延々と議論を重ねる人も、まずいない。治療費などという「些細なこと」に気を取られ、怪我人を放っておくと、何らかの後遺症が残ってしまうかもしれない。後遺症が出ると、その人は働くことが困難になり、所得を得られなくなり、結局のところ本当に治療費を払えなくなってしまう。

 現在の日本では、未だに「構造改革」「規制緩和」「民営化」「外資導入」「自由貿易」「TPP参加」「法人税減税」「増税」「公共事業削減」「日銀の独立性強化」などと、的外れな対策を叫ぶ人が少なくない。なぜ的外れなのかと言えば、上記が「全て」インフレ対策であるためだ。

【図145-1 インフレギャップとデフレギャップ】

20120313_01.png

 インフレ率が上昇している国は、現実の需要である名目GDPが「本来の供給能力(潜在GDP)」よりも大きくなっている。潜在GDPとは、国内が完全雇用になり、設備がフル稼働した場合に生産される財貨やサービスの推定値だ。すなわち、国内の労働者と設備が全て動いた場合に達成される、名目GDPの金額である。

 潜在GDPが名目GDPに対して不足している国は、国民が懸命に働いたとしても、国内の需要を満たせないという話になる。すなわち、インフレギャップの発生だ。

 デフレギャップが「誰かが埋めない限り、埋まらない」のに対し、インフレギャップは主に二つの理由で自然に解消される。すなわち、インフレ率上昇と貿易赤字の拡大だ。物価上昇で潜在GDPの「見た目」が上昇し、かつ不足している供給力を「外国の供給能力(貿易赤字)」で埋めるわけである。

 インフレギャップは自動的に調整されるとはいえ、国民としては毎年毎年、物価上昇が続くわけである。さらにインフレ率の上昇や貿易赤字拡大は、為替レートを引き下げる。結果的に輸入物価が上昇し、国民は益々困窮する羽目になってしまう。

 というわけで、インフレギャップは何らかの対策により解消されなければならない。その方法は主に、二つある。すなわち、潜在GDPを引き上げるか、現実の需要(名目GDP)を抑制するかである。具体的な政策を、幾つかご紹介しよう。

1. 潜在GDPを引き上げる政策:市場競争を激化させ、民間の活力を引き出す「構造改革」「規制緩和」「民営化」「外資導入」「自由貿易」「法人税減税」。法人税減税がなぜ潜在GDPを引き上げるのかといえば、企業の純利益が増えることで、供給能力拡大のための投資が増えると「予想される」ためである。

2. 現実の需要を抑制する政策:GDPの各需要項目を減らす「増税」「公共事業削減」、中央銀行の通貨増発によるインフレ率上昇を防ぐ「中央銀行の独立性強化」

 いかがだろうか? 構造改革にせよ、自由貿易の推進にせよ(TPP推進)、法人税減税にせよ、消費税増税にせよ、公共事業削減にせよ、全てがインフレギャップを埋めるための「インフレ対策」なのだ。また、日本は98年に日銀法を改正し、中央銀行の独立性を強めたが、これが結果的にデフレ長期化の一因になってしまった。

 図145-1の通り、インフレギャップに悩む国と、デフレギャップに苦しむ国とでは、環境が真逆になる。環境が真逆である以上、当然ながら対策も真逆になる。ところが、日本は特に97年の橋本政権以降、一部の例外(小渕政権、麻生政権)を除き、延々とインフレ対策の構造改革や緊縮財政を実施することを続けて来たのだ。日本のデフレがいつまでたっても解消しないのも、むしろ当然である。

 さて、先日の2012年3月11日で、東日本大震災発生から一年が過ぎたことになる。野田首相は3月11日に、東日本大震災復興に関連した談話を発表した。

『2012年3月11日 毎日新聞「日本大震災:発生1年 がれき処理、都道府県に文書で要請 民間企業にも--野田首相表明」

 野田佳彦首相は11日、東日本大震災1年を受けて首相官邸で記者会見し、震災により岩手、宮城両県で出たがれきを被災地以外で受け入れる広域処理について、「昨年8月に成立した災害廃棄物処理特別措置法に基づき、被災3県を除く全都道府県にがれき受け入れを文書で正式に要請する」と表明した。セメントや製紙会社など、がれきを焼却したり原材料として活用できる民間企業に協力拡大を要請する考えも示し、政府の取り組みを強化する方針を示した。

 首相は「あの日を忘れないことが最大のご供養だ。震災の記憶と教訓は絶対に風化をさせてはならない」と強調。「問われるのは、国民同士の連帯感の持続だ。すべての国民が復興の当事者と自覚してほしい」と訴えた。(後略)』

 何というか、別に難癖をつけたいわけではないのだが、野田総理は果たして、最近の被災地の状況を理解しているのかどうか、甚だしく疑問に感じてしまったわけだ。

 あえて言うが、東日本大震災で亡くなられた方々への最大の供養は「あの日を忘れない」などといった情緒的なことではない。生き残った者たちがきちんと故郷を再興し、かつてよりも幸福に暮らすことである。

 さらに、問われているのは、国民同士の連帯感の持続といった、これまた情緒的なことではない。問われているのは「リソース(資源)」だ。すなわち、政府が被災地の復興に対し、きちんとリソースを注ぎ込むか否かである。国民同士の連帯感が持続しても、経済活動の基本要素である「ヒト」「モノ」「カネ」「技術」「ノウハウ」といったリソースが十分に投じられなければ、被災地の復興は成し遂げられない。

 筆者は3月9日に被災地に入り、二日間かけて、「釜石⇒陸前高田⇒南三陸⇒女川⇒石巻⇒仙台」というルートで、被災地を視察してきた。結果、大きな衝撃を受けた。

 衝撃を受けた理由は、被災地の復興が全く進んでおらず、荒れ果てた元市街地(荒野にしか見えない)に瓦礫が何キロも山積みになっていたためではない(そんなことは、視察に行く前から分かっていた)。復興が進んでいなかったためではなく、被災地のあまりの広さと、今後、この地域から発生する膨大な「需要」に眩暈を覚えたのである。

 現在の日本は、供給能力である潜在GDPが現実の需要(名目GDP)を上回るデフレギャップ状態が続いている。とはいえ、実際に現地を見たからこそ言うが、今後の東北の復興需要の規模は、日本の強大な供給能力を以てしても対応できるかどうか分からない。少なくとも、ミクロ的には供給が全く需要に追い付かない状況になるのは確実だ。

 少なくとも東北地区は(そして、いずれは日本全土が)「建設サービス」と「行政」について、インフレギャップ状態(デフレギャップではない)に陥ることになる。すなわち、需要に供給が全く追い付かない状況が続くことになるのだ。

 何しろ、東北地域では「とりあえずの需要」として、実に4万戸もの災害公営住宅を建設しなければならない。現在、仮設住宅で暮らしている被災者の方々に、二年以内に公営住宅に入居してもらわなければならないのだ。これだけでも、凄まじい規模の建設需要になるが、まだまだほんの序の口だ。

 災害公営住宅を建設すると同時に、被災地に新たな街を建設することになる。少なくとも、その基礎だけは整備しておかなければならない。その場合、区画整理をしようが、あるいは居住地を高台に持っていこうが、建設を始める以前に、地権者の確認と、承諾を得る作業だけで、気の遠くなるようなマンパワーが必要になる。それ以外にも、行政の仕事は山積みだ。断言しておくが、現在の被災地の行政が持つマンパワーでは、全く対応できない。

 一つ例を挙げると、これまで「一年間に1億円の事業関係の予算」を裁いていた自治体の職員二名が、いきなり「100億円の予算」を執行することを求められた事例もある。唐突に、それまでの100倍の額の予算を適切に執行するなど、人間にできるはずがない。

 現実に、被災地の自治体のマンパワー不足は深刻で、すでに、UR(都市再生機構)が支援に入っている。とはいえ、UR全体でも4000人の職員「しか」いない。被災地の行政の人員不足を補うには、全く足りない。

 また、被災地は震災で地形がかなり変わってしまっており、区画整理以前に、測量から始めなければならない状況なのだ。十分なリソースが投入されない場合、測量サービスだけでも数年がかりの事業になるそうだが、さらに測量を終え、地権者を確認し、各種事業の承諾を得なければならないのである。区画整理の際に、必要な土地は購入し、その際に抵当権も確認し、さらに亡くなられた地権者も少なくなく、その相続はどうするのか。眩暈がするほど、膨大な行政的な作業が発生する。

 加えて、バブル崩壊以降の長期デフレの影響で、国内の建設関連の供給能力が増えていない(むしろ減っている)という問題もある。

 例えば、コンクリートだ。建設事業に使用する生コン(フレッシュコンクリート)は、出荷後30分以内に建設現場に運ばなければ、凝固して使えなくなってしまう。特に、夏場は凝固が早い。

 ところが、昨今の日本の内需不振により、生コン会社が設備投資を全くしておらず、震災で膨れ上がった需要に対し、供給能力が全く足りていない状況に陥っている。結果、東北地区ではコンクリートの基礎が打てず、被災地以外においてまで、家を建てられなくなってしまっている。家を一軒建てるのに、生コン提供が一年待ちなどという異常事態に至っているのだ。

 あるいは、経験豊かなクレーン技術者不足の問題も深刻だ。移動式クレーン運転士はかなり特殊な免許が必要で、東北中の技術者はもちろん、経験豊富な人材が東京からまで被災地につぎ込まれている。結果、東京周辺でクレーン技術者が不足する事態になってしまった。

 さらに、道路の問題がある。

 復興の拠点となる都市は、もちろん仙台になるが、仙台から各被災地への道路が、平日に大渋滞を起こしている。今後、本格的な建設事業が始まると、渋滞はさらに凄まじい状況になること確実だ。結果、資材や人員の輸送が滞り、災害公営住宅建設や、被災地の土木作業が大幅に遅れる可能性があるわけである。

 上記は、需要に対して供給能力が不足している、ほんの一部の事例だ。調べていけば、他にも供給能力不足に陥っている分野は、それこそ雨後の竹の子ほどにもあるだろう。

 膨大な行政業務の需要に対し、人員という供給能力が悲しいほど足りない。コンクリート需要に対し、生コンの供給能力が「全く」足りない。クレーン技術者の供給能力が、首都圏までもが枯渇するほど足りない。さらに、道路サービスが、復興に際した「運送需要」を満たすには、これまた全く足りていない。

 これが、現在の被災地の現実なのだ。

 上記の需要不足の一部は、「お金」で解決できる。例えば、地権者の意思確認や抵当の問題などは、多額の「お金」を使えば何とかできないこともないだろう。無論、相当数の人員を雇う必要があるだろうが、人海戦術で対応できないこともない分、他の問題よりはマシだ。

 より深刻なのは、「設備投資」あるいは「公共投資」を伴う分野における供給能力不足である。

 生コン不足は、コンクリート会社に設備投資をして貰わなければ、どうにも解決のしようがない。また、クレーン技術者の不足も、企業が投資して育成してくれなければ、解消しない。あるいは、仙台と被災地の間の「道路サービスの不足」を何とかすることができるのは、政府の公共投資だけである。道路で言えば、せめて三陸縦貫自動車道だけでも全線開通させなければ、確実に「運送力不足による、復興遅延」が発生することになる。

 公共投資は、政府がその気になれば何とかなるが、問題は民間の投資の方だ。

 今回の復興需要は、現地の自治体責任者の方々の話を聞く限り、短くても8年、恐らくは10年以上は続く。とはいえ、逆に言えば10年が経過し、復興事業が完了すると、「ピタリ」と需要が消滅してしまいかねないのだ。10年後に需要が消え失せる環境下で、果たして民間企業が設備投資に踏み切ってくれるだろうか。未知数としか言いようがない。

 結局のところ、解決策は日本政府が明確に「耐震化」あるいは「国土の強靭化」といった長期的な目標を打ち出し、需要が今後「数十年」は継続するという見込みを示す以外にないわけだ。

「国土の強靭化事業で、今後数十年、需要が拡大し続ける」

 上記の可能性が濃厚になれば、日本企業は投資拡大に踏み切り、供給能力をアップさせてくれるだろう。
 さもなければ、デフレギャップに悩んでいた日本が、ある日突然、対応しようのないインフレギャップに苦しめられることになりかねないのだ。
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