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もうすぐ北風が強くなる

生涯を忘れられた人々、モリーは何処にいるの?

忘れられた子供達    李啓充氏のブログから

「モリーはどこ?」

妹が忽然と消えてしまったとき、ジェフは6歳だった。

「もう、ここにはいないの。モリーのことは忘れなさい」

母の答えはいつもいっしょだった。大人達から繰り返し同じことを言われ続けて育つうちに、彼は本当にモリーのことを忘れてしまった。文字通り「洗脳(brain wash)」されてしまったのである。

「妹さんはどうされているの?」

とうに忘れてしまった妹について質問されたのは30数年後のことだった。高校卒業25周年の同窓会で再会した幼なじみの女性がモリーのことを覚えていたのである。

しかし、ジェフは女性の質問に答えることができなかった。モリーのことはすっかり忘れてしまっていたし、どこでどうしているかどころか、生きているかどうかについても知らなかったのだから・・・。

妹の消息について何も答えることができなかったことで気まずい思いをさせられたものの、やがて、彼は、モリーについて質問した女性と結婚することとなった。

「モリーはどこ?」

長年の疑問に対する答えを見つける決意をしたきっかけは、両親が相次いで亡くなったことだった。父の財布から家族の生年月日と社会保障番号が書かれたメモが見つかったのだが、その中にモリーの情報も含まれていたのである。

さらに両親の家のキャビネットから「モリー」と書かれたファイルが見つかった。ファイルにはオレゴン州内の障害者収容施設数カ所の情報が含まれていたが、49歳になった妹は、州内の知的障害者用グループ・ホームの一つで暮らしていたのだった。

かくしてジェフはモリーと47年ぶりの再会を果たしたのだが、47年間の間に何があったのか、モリーにその説明をすることはできなかった。47年の空白を埋める術は公的記録を辿ることしかなかった。

3歳になる直前のモリーが州の知的障害者施設に送られたのは1957年のことだった。当時は、医師達が「施設で暮らすのが、お子さんにとってもご家族にとっても最善の道です」と親に勧めるのが当たり前の時代だった。

施設の面会記録によると、母が妹を尋ねたのはただ一度きり。我が子が施設で暮らす姿を見るに堪えなかったのか、それとも、「恥」に思っていたせいで訪ねることがはばかられたのか、答えを聞こうにも母はもうこの世にはいなかった。

母と違い、父は頻回に施設を訪れていた。しかし、父は、やがて、施設側から訪問することを禁じられてしまった。

「お父上がお帰りになられた後、どんなに慰めても何日も泣き止まないということが続いています。もう、お越しにならないで下さい」

障害児に精神的悪影響を与えることを恐れたのか、それとも、単にスタッフの業務負担を減らしたかったのか。施設側の真意は推測するほかないのだが、とにかく面会に訪れることを禁止されてしまったのである。

しかし、記録を繰るうちに、ジェフは、父が極めて「独創的な」手段を使って、妹を訪問していたことを知った。父は、有志を募って道化師グループを結成、各所の施設の慰問を始めたのである。訪問先に妹が収容されていた施設が含まれていたのはいうまでもない。

ジェフは道化師衣装をまとった父親の写真を見つけた。父は、白粉(おしろい)を塗りたくった顔にオレンジ色のかつらをかぶっていた。ピエロの仮装に身を包み、収容児を笑わせるための演技をしながら、父は、笑い興じる我が子の姿を見つめていたのだろうか・・・。

(ジェフは自身の体験をドキュメンタリー映画にまとめている)

その後、オレゴン州は、ジェフの妹の名にちなんで「モリー法」を制定した。モリーと同様施設に送られた障害児(=忘れられた子供達)は同州だけでも2万人に上ると見積もられているが、そのほとんどはいまだに家族との再会を果たすことができずにいる。

再会を果たすことができない大きな理由として、個人情報保護の原則上、州当局は問い合わせに対する情報開示について慎重にならなければならないことがあった。「モリー法」は、問い合わせへの情報開示を容易にすることで、忘れられた子供達と家族との再会を促進するために制定されたのだった。
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 ※こども達と言うより、障害で隔離されてその一生涯を忘れられてしまったのだ。
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良い話です。

ありがとうございます。

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