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もうすぐ北風が強くなる

応急除染では生産も生活も戻らない農山村

 都市部、市街地は除染を進めて生活できるかも知れないが、農山村地域はどうなるのだろう。
 例えば農業用水ひとつとっても、山林の沢川からの用水が普通だ。
 水道の水源も同じだ。

 都市部のように市街部は応急除染できるが、農山村はそれでは生産生活が成り立たない。
 恒久的な除染は環境まるごとでなければできない。

 水系の高いところから順番に、山をすべて樹木まるごと削り取ることから開始することになるが、そんなことは不可能だし、仮にできても不毛の地になってしまう。
 今、応急的に市街部の除染を進めつつある状態で、この除染をもっともっと迅速にしなければならない。

 その一方で、農山村地域についてはこのような応急的な除染では、生活も生産もできないこと。
 そして、農山村地域の、つまり恒久的な除染は、現実には不可能であることを、考えておく必要があるだろう。

はたして放射能汚染地域は除染すれば住めるのか? 
国は避難期間を明示し、移住による生活・コミュニティの再建を
  小澤祥司 8/24 ダイヤモンド・オンライン

  放射性セシウム134、137との闘い
  ――中長期間の避難は避けられない

 東日本大震災に伴う原発事故から5ヵ月以上たち、警戒区域・計画的避難区域を含め10万人近い人々が避難生活を余儀なくされている。多くはようやく仮設住宅や民間アパートなどで仮住まいを始めた。
 しかしこれまでのように広い敷地のある住まいではない。バラバラに住まざるを得なくなった家族も少なくない。避難生活による精神的、肉体的な影響も出始めている。農作業で体を動かすことがなくなり、肥満気味になったり血糖値が上昇したりする人もいるという。
 何より避難を強いられながら、十分な補償が得られていない。いつ帰れるのか見通しもなく、いたずらに時間が過ぎていく。それがまたストレスになっている。

 筆者は3月に飯舘村周辺の放射能汚染調査に加わって以来、ほぼ毎月現地での線量調査を続けているが、村南部には現在でもまだ毎時10マイクロシーベルトを超えるような場所がある。文科省の発表では、浪江町の赤生木椚平で毎時35マイクロシーベルトを記録している(7月29日)し、より第一原発に近い大熊町小入野では毎時81マイクロシーベルト(7月18日)というきわめて高い値だ。
 これは屋外で8時間を過ごすと仮定した文科省の基準でも、年間500ミリシーベルトの外部被曝を受けることになってしまう。

 事故そのものが収束していない現在、新たな放出による降下も多少はあると思われるが、それを考慮しないで考えてみる。大量放出から5ヵ月以上がたち、ヨウ素130などの短寿命核種はほぼ消失していて、今後はセシウム134(半減期約2年)とセシウム137(同約30年)との闘いになる。

 今回放出された両者の放射能比はほぼ1対1だが、線量率への寄与度は134が137の約2倍あるので、134の放射能が半減する2年を過ぎると線量率は3分の2になる。134の放射能がほぼ無くなり137の放射能が半減する30年後には6分の1~7分に1になると予想される。
 雨による流出や地下への沈降も考慮すると、10分の1程度には減少するかもしれない。それでも現在毎時10マイクロシーベルトの場所は毎時1マイクロシーベルトに留まる。年間の外部被曝量は、ICRP基準で通常時の1ミリシーベルトを大きく超える5ミリシーベルトになってしまう。これでは帰還は短期的には難しいと言わざるを得ない。

  はたして除染は万能なのか?
  地域の線量や、都市と農山村による違い

 こうした中、国は早期帰還を目指して国の責任で除染のための法律を整備する方針を示した。また福島県内に専門の除染チームを置くとも伝えられている。メディアも一部の学者も除染の必要性を訴える。しかし、除染の効果を一様に考えるべきではない。

 都市部では土に覆われている場所は、公園や道路脇、学校の校庭や人家の庭などに限られる。
 セシウムは土の表層に留まっているので、5~10cm程度をはがし、また建物や道路、コンクリート表面は洗浄すれば、放射性物質をある程度除去することは可能だ。雨樋の下、側溝などに見られる“マイクロホットスポット”(写真)も、近づけば線量が高いものの、含まれている放射性物質の量がそれほど多いわけではないので、その部分だけをどければ、線量を低減できる。
 このように、都市部で比較的低線量の地域であれば、除染は一定の効果が期待できる。

 しかし、今回の福島第一原発事故で高濃度に汚染された警戒区域や計画的避難区域は、ほとんどが農山村である。
 5月に飯舘村では、放射線安全フォーラムというNPOが実験的に高線量地区にある民家の除染を行った。かなり大々的な除染であったが、期待したような結果は得られなかった。
 もし効果があったとしても、民家敷地だけの除染では、周辺に放射性物質が残ったままで、家の中では暮らせても、農作業を含めて日常的な生活がすぐに営めるようになるとは思えない。

 飯舘村では一部の農地を使って農水省の実証試験が行われているが、よく言われる「ヒマワリやナタネにセシウムを吸着させる」話にしても、すでにチェルノブイリ原発周辺で試みられており、限定的な効果しかないことはわかっている。
 それ以外の方法についても「実験段階」に過ぎない。それに、除染を行っても放射能は消えるわけではなく、どこかに集めて安全に管理しなければならない。

  莫大な予算がかかる除染
  やっかいな森林の表土除去

 たとえば、土を除去するなどの除染方法にどのくらいコストがかかるだろうか。
 文部科学省が公表している汚染地図(図)を元にした概算であるが、半減期約30年のセシウム137が30万ベクレル/m2以上の土地(※薄い水色から赤の地域)のうち(チェルノブイリ周辺では55.5万ベクレル/m2以上が移住義務ゾーン、18.5万ベクレル/m2以上が移住権利ゾーン)、農地は1万5000ヘクタール、林野は8万ヘクタール程度あると思われる。
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 農水省では過去のカドミウム汚染水田などで除染を行う「公害防除土地改良事業」で、天地返し(上層土と下層土の入れ替え)による除染を行っている。公害史に詳しい國學院大学の菅井益郎教授によれば、この費用は平均して10アール(1反)あたり300万円だという。
 そのまま当てはめれば全体で4500億円の除染費用がかかる。加えて今回の放射能汚染では、農道や水路、畦畔の除染も必要だ。

 しかも、現地は農地と森林が一体となった環境である(写真)。その森林に降った水を灌漑用水に使っている。セシウムを含む落ち葉も舞い込んで来るであろう。除染は農地と森林をセットで行わなければ意味がない。
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 森林の除染は農地よりもやっかいだ。セシウムは葉や樹皮に吸着され、地表では厚く積もった落葉落枝や腐葉土に染み込んで、その下の土壌にまで達しているからだ。
 確実に除染するには樹木を皆伐し、地表をかなり厚く削り取るしかなかろう。この費用は、農地の数倍かかるだろう。さらにこれに除染した土などの処理費用が加わる。これには広大な面積の管理型処分場が必要になる。居住区・建物の除染を含めて、全体の費用が10兆円を超えると見積もっても大げさではあるまい。
 しかも除染は確実に農地の質を低下させ、広範囲の森林の皆伐、表土除去は地域生態系に壊滅的影響を与える。

  除染が終わるまで数十年かかり
  汚染土壌などの処分も不透明

 予算的にもマンパワー的にも、一度に除染できる面積は限られている。上流側から少しずつ、順繰りに行っていくとして、全体の除染が終わるまでには、何十年もかかると思われる。
 実際、富山県の神通川流域・黒部地域では、30年経ってもカドミウム汚染土の除去が終わっていない。

 汚染土壌などをどこでどのように処分するかについても、これからの(おそらく長い)議論になる。実験に数年、処分方法や処分地、方針・スケジュールを固めるまでさらに数年あるいはそれ以上。本格的除染に取りかかるのは、それからだ。
 その間にも避難住民の困窮は続く。

 このように、汚染地域の除染には莫大な費用と長い期間がかかる。こうした現実的な問題をあいまいにしたまま、国は法律を作り、除染を進めるという方針だけを示している。

 帰還が適う日まで一体どれほどの間、待てばいいのか、いま避難住民がいちばん知りたいのはそのことだ。

 国は、警戒区域の一部について避難が長期化することをようやく認めた。しかし、すぐに戻れないのは原発周辺地域ばかりではない。
 重要なのは、避難住民がいまのような中途半端な状況から次のステップに進めるようにすることである。汚染度別に避難期間を明らかにし、避難が中長期に及ぶ地域に関しては移住地を用意し、そこでの生活や仕事の再建の道すじを示すべきだ。
 移住地で暮らしながら、線量の下がった区域から段階的に帰還する復興プランも必要になる。

 これは理不尽にも突然故郷を奪われた人々にはつらい選択であろう。
 しかし、このままずるずると仮住まいの避難期間を引き延ばしては、困窮が増すばかりだ。国策として原子力発電を進めてきた国と事故を招いた東京電力が、直ちに取り組まなければならないことである。

小澤祥司
環境ジャーナリスト/日本大学生物資源科学部講師
2011年3月以降、飯舘村の汚染調査、住民の支援に取り組む。
関連記事:
【福島県飯舘村・現地レポート】
持続可能な村づくりを奪われた村
――原子力災害の理不尽な実態
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