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労働の対価?!

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 「労働分配率の強制修正」「世界で日本のみデフレ」、そして根津利三郎氏から引用の「デフレ脱却には賃金上昇が不可欠」に続くものです。

 労働の対価は、正確には労働力(労働能力)の時間売買価格に過ぎない。
 賃金について、一般的に意外と多い認識は次のような感じかと思う。
 
 物には適正価格というものがある。労働についても同じである。
 だから、すべての物の価値は労働時間の対価に換算すべきである。それを賃金に反映するべきである。
 
 この考えは、生産物は生産費用(コスト、時間、苦労)を上回り、暴利になりすぎない価格が適正価格であり、賃金も同じだというものである。賃金の場合の生産費用は労働力の再生産費用となる。

 だが、この考えは賃金労働者19世紀末に、当時の悲惨な工場労働者向けに作られた政治的プロバガンダである。
 
 現実には幹部と平社員、臨時、派遣、大企業と零細企業等の何処にもそんな事実はない。
 現実には商品も労働力も、その価格は需給で決定されている。
 長年にわたって、刷り込まれたものと考える。

 「適正価格」は需給のバランス(均衡)で決まる。これは経済の最も基本である。
 いくら苦労して作って有用でも、買い手が要らないならば無料に近づくし、原価が無料の産物でも、買い手の欲求が強ければ高値がつく。

 賃金も同様で、生活費用が月20万円必要だと主張しても、使用者が9万円を主張し、労働者に他の選択肢が無ければ、9万円で時間を売るしかない。労働力商品は基本的に在庫ができない。
 
 これが経済の基本原理である。
 そして、同時にこの基本原理をそのまま適用して、弱肉強食の自由競争を企業関係にも、労使関係にも適用し、強い企業と強い幹部はますます富み栄え、零細企業と労働者(正規も非正規も)はますます窮乏化する。これが新自由主義である。
 
 労働者保護、零細企業保護の強制的規制によって、かろうじて社会の崩壊を防いでいるのである。

 以上が賃金価格の成り立ちであり、労働力の生活費用コストは、無関係なのが事実である。
 何か、適正価格で労働力価値が評価されるべきだと考えるのは、通貨価値で能力評価されているかのような錯覚だろう。
 
 錯覚と言うと「いくらなんでも」と言われるだろうが、一職場内でなく、全国、世界と言わずとも、幹部、平社員、専門職、臨時派遣、他業種などを見渡すと納得されると考える。
 
 長い間いつの間にか、この社会は、通貨価値で妬みと僻みを、作り出されてきた。と思うのです。 

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