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ファシズム(1)

 阿修羅の掲示板で影の闇氏が、近代史の国際関係と国内関係を踏まえて、ファシズムの歴史規定と言うべき論考を書かれています。
 現状を如何に見るかという視点の問題ですが、一般にファシズムなる概念が幅広で使われるために、議論が混乱する原因となっているのは実感されている方も多いと考えます。
 
 氏は今回、両大戦前後と現在の国際政治関係の変遷を踏まえての、かなり厳格な規定を見出したように思います。
 独裁と開発独裁-ファシズムといわゆる民主主義-暴力装置とボナパルチズム-メディアとボナパルチズム。これらを考慮することによって、現状の国際政治と国内政治に非常に力のある、解明を下していると考えます。

 なにより、飯の種的評論と異なり、氏の実践的な解明の意識性が感じられます。
 氏はブログ、HP等はなく、投稿のみとのことなので、保存版とします。

 (1)から(5)まであるので、一つずつ記載します。

 以下引用です。


 ファシズム考1 「独裁者」とは

投稿者 影の闇 日時 2010 年 10 月 22 日 20:28:01: HiXvZf/FmwPNU

 小沢一郎という意味
 
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/262.html
 仁王像なる愚者 -小沢捜査は国策捜査 又小沢氏は「ファシスト」でもなければ「国家主義者」でもない
 
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/264.html
 ファシズムについての論考
 
http://www.asyura2.com/09/dispute29/msg/593.html

 http://www.asyura2.com/09/dispute29/msg/597.html
 
http://www.asyura2.com/09/dispute29/msg/603.html
 近代政治史とは<統治>官僚と<代表>政治家の対立史
 
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/103.html
 南部大統領と薩長政権 その4

 http://www.asyura2.com/09/idletalk37/msg/190.html
 以下の一連の論考は、私がこれまで阿修羅で投稿してきた上の小沢氏やファシズムに関しての考察と一部重複或いは底流で関連しております。  
 これを期に、併せて読んで頂ければより解かり易くなるかと思い、載せておきます。

 
「独裁者」という物言いは、大戦直後よりも、むしろ80年代以降極めて喧しくなって来ますが、これには理由が在ります。 
70年代の韓国や台湾及びシンガポール、80年代のイラク等、所謂「開発独裁型」と呼ばれる政治経済体制が成功を収め、近代化=産業社会化に有効なシステムと認められるようになって来たからです。
 これがアメリカにとって如何に由々しき問題であった
のか、それは、アメリカのモデルケースとされ、50年代初頭には日本よりもGNPは上回っていたフィリピンが”アジアの病人”と言われる程零落したこと、しかも「開発独裁型」のモデルは他ならぬ日本であったことを考え合わせれば、その意味するところが明らかになるはずです。

 近代modernとは<moedlモデル(模型)>がその優劣や侵犯力を競い、その結果如何が死命を宣する時代でもあります。 冷戦とは、畢竟、アメリカモデルとソ連モデルの優劣乃至は適格性を競うものであり、戦争に負けたわけでもないのに、ソ連が敗北したとされ、国家崩壊にまで立ち至るのも、このソ連モデルが劣ってる若しくは不適格であると見做されたからに他なりません。
 モダニズムの元祖であるからこそ、「対日貿易摩擦」が深刻さを増していた80年代当時のアメリカに置いて観れば、

 「開発独裁型」の成功の意味するもの、行き着く先が解ったはずです。 如何に軍事力が強大で、圧倒的であったとしても、<モデル>の適・不適の問題は、早晩、アメリカの指導力や影響力、即ちヘゲモニーの喪失に繋がりかねない(その後のソ連圏解体で、見事にそれは証明されました)!
 所謂「フィリピン革命」(86年)は、そうしたアメリカ支配層の危機の産物と見るべきです。

 国際政治には殆ど影響の無い、アメリカの旧植民地のこの国が、当時、注目を浴び続けたのは宗主国アメリカの世界戦略が働いていた、と。 アメリカの動向に敏感な韓国や台湾がその後(87年、88年)相次いで「民主化宣言」したのも、その意図を察知したからだと言えます。
 当時、これを「マッカーサーが帰ってきた」とし、「対米3連敗の緩慢な過程に入った」と指摘した人※が居ましたが、慧眼というしかないー今にして思えば、事態の本質を見抜いた発言だったと言えます。 

 そうして、このスペクタクル「独裁者の追放劇」の本当の狙いが現れ出たのが、その後直ぐ、冷戦の終焉と踵を接して起こった「湾岸戦争」でした。 未だに「湾岸戦争」を「石油の為」と思い込んでる人が多いようですが、それは行きがけの駄賃程度であって、本当の狙いは、当時、イラクがアラブ世界でずば抜けた工業力を持つ産業国家として立ち上がってきたところに在るー従って、中東に「日本」を創らせないことにあったーのです。
 
 それは、”イラクを石器時代に戻す”という米国務省高官の発言通り、その後の様々な口実を設けての、10年に渡る「制裁」で、軍事力と共に産業インフラを徹底的に弱体化させたところにも表れておりますし、逆にアメリカにとっての「日本」(恒久的軍事基地)を作るという目的で行われた「イラク戦争」の後に頻発したテロの
内容を観れば、宗派間や部族間の対立を煽り、内戦状態を作り出すという意図とは別に、大半の知識人や技術者が難民となって国外に逃れたことに表れてるように、そのターゲットが人的インフラ(知識人や技術者)に移ったことを示すものでした。 

 そしてその結果、120万人の殺傷と国内外に400万人の難民を出し、近代国家としては最早永久に再建出来ないとされるまでになっている。 一方、最近のオバマ発言に表れてる通り、これからも引き続き、5万人規模(在日米軍と同じ!)の米駐留軍が居
座り続けるのです。

 見られる通り、「イラク戦争は失敗」と言われておりますが、この限りでは寧ろ成功しているのです!
ところで、この「石器時代に戻す」というセリフの初発は対日戦時のもの、事実敗戦時点で、工業都市56中52都市が焼け野原になり、工業インフラは徹底的に破壊されて、今後100年は復興は不可能と言われたものです。 また「財閥解体」等、GHQの当初の狙いも、「工業国家」として、2度と立ち上がって来れないようにすることでした。 
 
 周知の様に、この状況を一変させたのは共産中国の誕生と朝鮮戦争。
もし内戦で毛沢東が勝利していなかったら、又金日成が「南侵」しなかったら、日本の戦後復興は極めて困難なものとなったでしょう。
 多くの者が「アメリカのお蔭」と思い込んでるようですが、もし蒋介石が勝っていたら、多くの工業資材が「賠償」の名目で中国に渡されただろうし、アメリカの関心の多くは中国に移ってたはずだから、日本はそのまま捨て置かれた可能性の方が高いーとすれば、戦後復興を寿ぐ者は毛沢東や金日成に足を向けて寝れないはずなのですがね。

 とまれ、「湾岸戦争」の時点で、そのような米国の意図を読んでいたのが他ならぬ小沢一郎氏でした。
これはヤルタ体制(米ソ支配体制)の修整①(米単独支配)であり、又世界に向けては②「開発独裁型」による発展は許さない(その隠れた標的は日本である)ということである、と。
①を逆に言うと、その修整の機会だからこそ、ヤルタ体制の負け組みの地位から脱却するチャンスでもある。
この時唱えた「国連中心主義」やその後の「国連待機軍構想」も又、同じ動機に基いています。
 それは、国連を盾に、事実上、米軍事戦略の根幹(対中・露)を封ずるものであり、在日米軍基地或いは米軍駐留の意味を無化するものだからです。
そして②への対応が(アメリカ)モデルチェンジへの宣言。 
 
 当時も今も、私はこれには批判的ではありますが、政治指導者の立場として考えてみると、「日本封じ込め」が欧米で勢いを増してる中、しかもソ連に代わって欧米の主敵となることさえ予想されるとなると、半世紀前と同様負け戦的に受け入れるよりも、自ら積極的に選択した方が良いとするのは、強ち否定されるべきではないかも知れない、とは思います。 実際の経過も、やはり、負け戦的に受け入れることになったのですから。
 
最近の小沢氏を見て、宗旨替えをしたように感じてる人も多い様ですが、アメリカモデルの破綻や中国等の台頭によって、本来の(社会民主主義的な)立ち位置に戻ったと理解すべきでしょう。 これまで見たことで分かる通り、また”凶暴な熊には抱きつけばよい”との発言にある様に、<敵>を前にした戦術的な擬装と受け取るのが自然だからです。

 さて、このように見てくると、「独裁者」という言葉が何故今更の様に登場し、声高に叫ばれるようになったか?そして何故「親米派」による小沢氏へのレッテルとなっているのか?解って来るのではないでしょうか。

 丁度、戦時日本で相手を「非国民」と名指し=断罪することが自ら「帝国臣民」を模する行為であったように、かってのソ連や中国で、「反革命」と名指すことが相手の断罪=抹殺を意味したように、それは、戦後の支配体制(アメリカの帝国的支配)への忠誠(幻想の帝国臣民)を模すると同時に、その支配を揺るがす(と見做す)者への非難・罵倒であるーP.ニザン風に言えば”番犬”の所業ということです。

 それを裏返しにすれば、帝国的支配への不服従のシンボルということに他ならない。
※平岡正明『マッカーサーが帰ってきた日 ーテレビはアメリカ占領軍が埋めた地雷か』  
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