敗北、崩壊するウクライナ軍
2014-09-06

8月下旬時点の戦況地図(ルガンスク州とドネツク州)
ウクライナ軍の敗北 9/5 田中宇
ウクライナ東部で地元の親露派武装勢力とウクライナ政府軍が戦っている戦闘で、8月末から親露派が顕著に優勢になり、ウクライナ軍が撤退している。
9月1日には東部の主要都市ルハンスクの郊外で、ウクライナ軍が占拠していたルハンスク空港を親露派が攻撃した。ウクライナ軍は撤退し、親露派が空港を奪還した。
(※ルハンスク=ルガンスク)
ウクライナ政府は、空港を攻撃してきた親露派の後ろに、数日前から越境侵攻してきているロシア軍の戦車部隊がいて攻撃を支援したので、ウクライナ軍は防御しきれず撤退したと発表した。
同政府は8月25日、ロシア側から露軍の戦車部隊が越境侵攻し、ウクライナ軍と戦闘になったと発表している。
しかしロシア政府は、戦車部隊など侵攻させていないと言っている。
今春、東部の親露派が武装決起して以来、ウクライナ政府は何度も「ロシア軍が派兵してきた」「侵攻してきた」「戦車部隊を送り込んできた」と発表しているが、具体的な証拠をともなったことがなく、ロシア政府は越境侵攻のすべてを否定している(ウクライナとロシアが国境地帯で相互に砲撃しあったことはある)。
ウクライナ政府は8月28日に「ロシアが千人の地上軍を侵攻させてきた」と発表した後、29日になって「4千-5千人が侵攻してきた」と人数を増やして発表している。いずれの発表にも、根拠となる証拠は何も示されていない。
米欧とアジア西部の57ヶ国で構成する安保組織OSCE(欧州安全保障協力機構)は、ウクライナ東部とロシアの国境地帯に監視団を派遣している。
その最新報告書によると、ロシア軍の戦車や、航空機がウクライナ側に越境していることはなく、ロシアからウクライナへは武器の搬入もなかった。
もしロシア軍がウクライナに越境侵攻しているなら、米国も参加しているOSCEの監視団が気づくはずだ。 (OSCE Mission Says Russian Helicopters `Never Seen' Crossing Ukrainian Airspace) (Weekly update from the OSCE Observer Mission at the Russian Checkpoints Gukovo and Donetsk)
ウクライナ政府による「露軍が侵攻してきた」「露戦車部隊が攻撃してきた」といった発表は、戦況を有利にするためのプロパガンダ(ウソ)であり、事実でない可能性が高い。
事実なら、ウクライナ政府は発表時に根拠を示すはずだ。
ウクライナや米国やNATOの発表より、ロシア政府の発表の方が信頼できる。
以前のマレーシア航空機MH17の撃墜事件をめぐっても、米政府より、ロシア政府(軍)の発表の方が具体的で信頼性が高かった。 (マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国)
しかし米欧日などのマスコミは、ロシアを無根拠に非難する米国やNATO、ウクライナ政府の発表を鵜呑みにして報道している。
「米政府によると」「NATOによると」といった「よると」が入っているので誤報しても自分たちの責任はないという姿勢だ。
ロシア軍がウクライナに越境侵攻していないことを前提に考えると、親露派は露軍の支援を受けず、独力でウクライナ政府軍と戦って勝っていることになる。
親露派はルハンスク空港だけでなく、政府軍が守っている黒海岸の町マリウポルに対する包囲を強めている。東部最大の都市ドネツクの周辺でも親露派が優勢になり、ドネツク空港も陥落しそうだと報じられている。
(8月下旬時点の戦況地図)
敗走するウクライナ軍は親露派の標的にされやすく、かなりの数の兵士が戦死したと推測されているが、ウクライナ政府は戦死者数を発表したがらない。
発表すると、軍の士気がさらに下がり、市民の厭戦気運が高まりかねない。
親露派は8月下旬の数日間に700人のウクライナ兵士を捕虜にした。
戦況は明らかに、親露派の優勢とウクライナ軍の劣勢が強まっている。
ウクライナ軍が国家を後ろ盾とした政府軍であるのに対し、親露派は民兵でしかない。
なぜ民兵が政府軍を駆逐できるのか。
一つの理由は、ロシアからの戦力の人的な流入だ。前出のOSCE報告書によると、ロシア側は武器をウクライナに持ち込んでいないが、軍服を着た若い男女がロシアからウクライナに多数入国している。
入国者数は、親露派の攻勢が始まる直前の8月26日から急増した。
それ以前はロシアへの入国が多かったが、8月26日からの1週間で逆に4千人近くがウクライナに入国している。
軍服のロシア人兵士たちは丸腰でウクライナ側に入ってすぐのところにある事務所で武器と弾薬を受け取り、指定された前線に向かう。受け取った武器の性能を試す射撃場も国境近くにある。 (Obama is a Liar. Fake NATO Evidence)
ロシア兵は、一定期間ウクライナ東部で親露派を助けてウクライナ軍と戦った後、また国境に戻り、ロシアに再入国する直前に事務所で武器と弾薬を返し、丸腰で帰国する。
このような仕組みで、ロシアがウクライナに兵器を何も支援していない状態が保たれている。
この人的支援は、おそらくロシア軍が傘下の兵士に命じて行わせていることだろうが、形式上は、ロシア人の兵士個人が、義侠心や愛国心から、ウクライナの親露派を助けに行くかたちになっている(最近のロシアのナショナリズムの高まりから考えて、多くのロシア兵はいやいやでなく、個人的な気持ちから参戦しているだろうが)。
(※ 北風:一般にロシア人の10〜20%はウクライナ系であり、家族、親戚がウクライナ系ならばもっと多い。
また、ウクライナ東部はロシア系のウクライナ人が過半を占めることを考慮すると、ロシアとの融合を切望する義勇軍への志願は「住民を守る」という大義もあり、無尽蔵にいると思われる。
ロシア軍籍者、軍や内務省軍の退役者などのほか、当然だが投降したウクライナ軍兵士や治安部隊などだけでも義勇軍志願者には膨大な募集余地があると思われる。)
ウクライナ軍は、24年前の冷戦終結までソ連軍(現ロシア軍)の一部であり、ロシアとの結びつきが強く、政府が軍の現場を信用しない傾向があり、全般的に軍の士気が低い。
財政難なので装備も古く、部隊の移動に装甲車でなく、狙撃されたらひとたまりもない普通の大型バスを使うことが多い。
戦闘現場で、戦闘に参加しないと表明する兵士が続出し、部隊ごと戦闘を放棄して逃げることもあると、米国の新聞すらが認めている。
(※ キエフ政権は財政破綻しており、3月時点でも将兵の給料遅配が起きていた。戦車、航空機などの整備、訓練も放置され、機能していない物が多い。
まして、住民同胞を殺したくない政府軍兵士が少なからずいて当然である。
9月に入ってはウクライナ通貨(グリブナ)が取引停止になっている。)
(Obama's "Catastrophic Defeat" in Ukraine)
親露派が占領しているドネツクの近郊では、市街地を包囲していたはずの政府軍を、背後から親露派の部隊が攻撃し、逆に包囲された政府軍部隊の大半が戦闘を放棄した。
数百人の兵士が行き場を失い、ロシアへの亡命を希望したが、親露派に包囲されたまま身動きがとれなくなった。
ロシア政府が親露派に対し、亡命希望者が対露国境に向かうことを認めるよう要請し、背走した兵士たちが亡命した。
親露派は、政府軍が残した武器を回収し、自分らの武器として使っている。
(Putin calls on Ukraine militia to let blocked Kiev troops to cross into Russia)
親露派は、戦闘で優勢になり始めた8月中旬の1週間で、逃亡した政府軍部隊が放棄した14台のT64型戦車、25台の歩兵戦闘車、18台の装甲車などを獲得した。親露派は、これらを使って政府軍を攻撃し、優勢を強めたと考えられる。
(East Ukraine militias seize large amount of Ukrainian armor - Kiev's hacked data)
政府軍は敗北しているが、ウクライナ政府は敗北を認めていない。
国防相は9月1日「ロシア軍が越境侵攻してきたので、もう東部の親露派と戦い続けることはしない。これからはロシアとの戦争になる」と発表した。
親露派との戦闘に敗北したことは認めないものの、もう親露派と戦わないと表明した。これは、ウクライナ軍の事実上の敗北宣言である。
(Ukraine signals strategic shift to de facto war with Moscow)
ウクライナの国防相が敗北を認めず「これからはロシアとの戦争になる」と発表した意味は、これまでのウクライナの政府軍と国内親露派との内戦を、ウクライナ軍とロシア軍の国際的な戦争に発展させ、米国やNATOがウクライナの味方をしてロシアと戦争せねばならない状況を作り出そうとする戦略だろう。
ウクライナのヤツェニュク首相は「ロシアと和平するのでなく、EUやNATOがロシアを抑止してくれることを望む」という趣旨の表明を発している。
ウクライナ軍が負けを認めると、ロシアの仲裁に従って親露派と停戦・和解せよという国際的な圧力がかかる。
和解でなく、米欧をロシアと戦わせることで自国を守ってもらいたいウクライナの指導者たちは、敗北を認めるわけにいかない。
ドイツの外相は「ウクライナは全く新しい局面に入った」と述べてウクライナ軍の敗北を示唆し「ウクライナがロシアとの戦争に入ると制御不能になる」と警告している。
これは世界大戦の警告だ。 (Ukraine 'slipping out of control', Germany warns)
ウクライナ軍の内戦敗北を受けて、米欧ウクライナの中枢では、現状を米欧とロシアとの戦争に発展させたい勢力と、ウクライナに負けを認めさせて親露派に自治を与えて停戦させたい勢力が暗闘している感じになっている。
ロシア政府は、事態を後者の停戦の方に引っ張りたい。
ロシア政府は、ウクライナ内戦の停戦と事後処理、親露派に対する自治付与などを柱にした和平交渉の案を発表し、9月5日からウクライナ政府と親露派の停戦交渉をベラルーシで始めることを決めた。
停戦交渉にはロシアと米欧も参加する。
これに先立って9月3日、ロシアのプーチン大統領とウクライナのポロシェンコ大統領が電話で会談した。
その後、ポロシェンコのウェブサイトに、電話会談で恒久的な停戦に合意したという発表文が掲載された。
しかし、数時間後にこの発表文は削除され、ウクライナ政府の報道官が、電話会談では双方の意見が一致したものの、恒久停戦で合意したわけでないと発表を訂正した。
この転換は、会談の会話に対する解釈の問題かもしれないが、そうでなくて、好戦的な勢力が強い米政府筋から「停戦なんかするな」「停戦するなら米国はもうウクライナを支援しない」と圧力がかかったのかもしれない。
米オバマ政権は、ロシアを非難する声明を出し続けている。
NATOは、東欧への兵力増派を決定するなど、ロシア包囲網作りを続けている。
米露が恒久対立の第2冷戦の状態に戻るのは、軍産複合体や同盟諸国の対米従属勢力にとって喜ばしいことだ。
米露恒久対立を再構築することは、米欧とロシアが直接戦争することでない。
米欧とロシアは直接に戦争せず、対立だけ続けるのが冷戦構造だ。
米国は、ロシアを非難し続け、対露包囲網の兵力配備をするだろうが、ロシアと直接に戦う気はない。米国はウクライナに対し「ロシアとの和平は許さないが、戦争も許さない」という態度をとっている。
(Our Cold War With Russia Could Turn Hot)
この微妙な路線が続くと、米露の第2冷戦構造が確立していくが、その前に事態が崩れるかもしれない。
戦争の方向に崩れるより、対露戦争を嫌がるドイツがロシアとの協調を強めるなどして、和平の方向に動く可能性の方が高い。
ドイツが対米従属から離れ、もう少し自立した毅然とした外交姿勢をとると、独露協調で和解の方向に引っ張る力が強くなり、オバマ政権が、それなら独露に任せると言って身を引くかもしれない。
オバマは、それと似た態度の転換を昨秋、シリアを空爆すると言って引っ込め、代わりにシリアに化学兵器を撤去させる案を出したロシアに任せた時にやっている。
ウクライナの事態もいずれ、オバマが第2冷戦構造を作る好戦策を稚拙にやった挙句にさじをなげ、米国が引っ込んで独露協調の解決策が進む「多極化」の展開になるのでないかというのが、私の長期予測だ。
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キエフ、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国が停戦議定書に調印、5日 ロシアの声
キエフ当局、ルガンスク人民共和国、ドネツク人民共和国はモスクワ時間5日18時よりウクライナ東部における紛争を停戦する議定書に署名した。
ドネツク人民共和国(自称)がツィッターで明らかにした。
キエフ当局は4月より、ウクライナ東部において、2月のキエフのクーデターに不服を示すドンバスの住民らを相手に軍事作戦を展開。
国連の調べでは、4月半ばからのウクライナの紛争における一般市民の死傷者の数は死者約500人、負傷者およそ6千人に達している。
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