異次元緩和とは何だったのか、その功罪(1):吉田
2014-07-18
異次元緩和とは何だったのか、その功罪 2014/5月 吉田繁治
昨年4月以来の経済において、もっとも重要なことは、世界のサプライズでもあった、日銀の「異次元緩和」です。
開始されてちょうど1年です。振り返って、当時に先行きを述べる意味は大きいでしょう。
(それにしても、「異次元緩和」に対する論究が、極めて少ないのはなぜかと、不思議に思っています)
年間70兆円(月間6~8兆円)の、円の増発を開始しました。
2015年までの2年間で、マネーの供給を2倍にすることで、20年デフレから脱して、物価が上がるインフレに変えるというものでした。
(注)開始前の、2013年の日銀のB/S(貸借対照表)は164兆円でした。それでもGDPに対し十分大きかったのですが、2014年5月2日は246兆円へと82兆円も増えています。
ちょうど1年で82兆円、日銀が国債保有を増やしたということです。
中央銀行の、貸借対照表の規模(246兆円:2014年5月2日)は、中央銀行による「信用の受託量」です。
一般に言われる、信用の供与量では決してない。
日銀にとって、円の増発は、貸借対照表が示すように、国民経済からの負債の増加だからです。
金と交換できない不換紙幣は、負債性の通貨です。
発行した円(銀行券+当座預金)は、日銀の負債です。
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2014/ac140430.htm/
まだ途中経過ですが、この未曾有の規模の、円の増発の結果についての論考を、ほとんど見かけません。
そこで、本シリーズで解こうと思ったのです。
*
金融緩和とは、金利を下げ、増やしたマネーによって貸付けの増加を誘発することです。
これを「異次元」として、これ以上の形容詞がないレベルで、実行する。
その目的は、「日本経済を、ほぼ20年の、物価が下がるデフレから脱却させ、経済を成長させること」とされています。
果たして、この目的に叶(かな)う成果、あるいは、いずれ叶う方向へ向かう成果が、出ているのか。
本稿では、ここを検討します。
目的に叶わない結果が生じているなら、即刻、異次元緩和は停止しなければならない。
強い医薬のように、副作用が大きいからです。
物価はあがっても、名目賃金は上がらす、国民の賃金が上がらないなら、物価が上がることによって需要が減ってゆく「スタグフレーション」になるからです。
政府が、異次元緩和の目標としているインフレでは、
(1)物価が上がり(2%~4%:後述、クルーグマン、
(2)それ以上に賃金が上昇(3%~5%)せねばならない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【目次】
1.経済学的な「期待」というもの
2.「期待」の経済学
3. 金融の超緩和による、期待の転換を説いていたクルーグマン
4.もっとも早かった、クルーグマンの提言
5.マネタリズムからの提言
6.「期待」によって上がったものと、変わらないもの
7.期待では動かない実体経済の価格
8.賃金は、まだ、低下している
9.「異次元緩和」と言うが、マネー・ストックは増えたのか?
10. 補完当座預金制度への疑念
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1.経済学的な「期待」というもの
2012年12月からの安倍政権は、もっとも大きな経済政策として、インフレ・ターゲット(インフレ目標)2%を掲げました。
▼20年間の物価下落がもたらした、デフレ期待
まず、1994年以降、消費者物価が上がらず、下がってきた20年デフレが、日本経済の成長への最大の障害であることとしたのです。
デフレが、将来も続くという予想(経済学的な期待)を人々が抱くなかでは、金利が1%と低くても、実際に負担する実質金利は、
「名目金利1%-(期待インフレ率-2%)=3%」です。
(注)重要:フィシャー等式:実質金利=名目金利-期待インフレ
率
この実質金利の負担が重いと、企業は借りたお金での設備投資を、増やさない。
作った商品の価格が下がって行き、他方で、借金の利払いは重い。
デフレの中では、借入の名目金利は低くても、実際の負担になる実質金利の負担は、物価が下がる分、重くなります。
個人で言うと、住宅価格が年3%下がるデフレを予想しているなかでは、住宅ローンの金利(名目金利という)が、名目固定金利で1.5%と低くても、実質金利は「ローン金利1.5%-(住宅価格-3%)=4%」になり、重い。
これでは住宅購入が減ります。
【預金は価値が上がる】
一方、銀行預金が3000万円の人はどうか(65歳以上に多い)。
定期預金金利は0.02~0.03%です。
3000万円の預金があっても、1年間の受取金利は6000円から9000円です。ゼロと言っていい。
従って、預金をするインセンティブ(誘因)は、金利の面では、まるでない。
しかし、物価が2%下がる。
今年1000円のものは、来年は980円。10年後には18%下がって820円になる。
そうなると、預金の金利はゼロでも、マネーの価値は物価の下落分上がったと見ていい。
つまりマネーの価値を増やす実質金利は、[名目金利0.03%+期待デフレ率2%=2.03%]です。
▼名目のゼロ金利が、実質では金利2%になる
預金に金利はつかない。しかし金融資産の価値は、下がる物価に対し2%ずつ上がって行く。
このため金利が1年に2.03%ついたのとおなじことになるのです。
物価のデフレが続くという予想(経済学的な期待)の中では、名目の貸付金利が1%でも実質金利は高い。このため融資は進まない。
貸付けが進まないと設備投資、住宅投資も増えず、物価が下がるという期待から消費は先延ばしにされる。
デフレでは、現金の将来価値が高くなるため(金利ゼロでも実質金利がつく)、マネーが、現金やゼロ金利の預金口座に滞留しますから、血流が減った低血圧症のように、経済活動を不活発にしてゆきます。
つまり、物価が継続的に下がるデフレは、経済(GDP)、を縮小させる。
GDPの3面等価(需要=所得=生産)から、GDPは、企業と世帯の所得でもあります。
GDPが減ることは、被雇用者の所得と企業の所得が、縮小することです。
所得が減れば、企業経営も生活も苦しくなる。
日本経済は金融危機の1997年以降、20年も成長していません。
【デフレでは通貨の価値は上がる】
他方で、デフレは、通貨(円)の価値を物価の下落分、高めます。
2%のインフレ国の米ドルとの比較で、デフレの円は、円高傾向を続ける。
インフレは通貨価値の下落であり、デフレは、通貨価値の上昇だからです。
デフレでは、通貨は強い、しかし経済は弱いとなるのです。
(注)経済では、物価の上昇、下落を勘定に入れた実質の数値で見
ることが肝心です。
■2.「期待」の経済学
経済学における「期待(expect)」は、日常語が、望ましいことを待望するという意味を含むのに対し、単に予想というという意味です。
期待インフレはインフレ予想、期待デフレはデフレ予想、期待金利は予想金利のことです。
予想と訳すほうがよかったと思えるのですが、競馬の予想屋というよう、国語の予想には予想を低く見るニュアンスを含むため、学者が期待としたのでしょう。
行動経済学でも、prospectと言い換えています。
▼合理的期待の形成を言ったルーカス
経済取引の決定における、期待の重要性を説いたのは、ロバート・ルーカス(1995年 ノーベル経済学賞)でした。
経済主体(企業、個人、政府)、は、限定的で不完全ではあるが、それがもつ情報によって合理的な予想を行って、経済取引をするというものです。
物価が上がるという予想か、あるいは下がるという予想か、その予想によって、購買という決定が変わると言えば、この経済学的な「期待」の重要さがわかるでしょうか。
物価が下がるデフレ経済の中では、人々は、将来も物価は下がるというデフレ期待を抱いています。
名目金利がゼロに近くても、物価が下がる予想があるため、実質金利が高いデフレ期待の中では、いくら金融を緩和しても(マネー量を増やしても)、借入(信用創造になる)は増えない。
借入が増えねば、設備投資と消費は増えない。
設備投資と消費が増えなければ、経済は成長しない。
マネーの増発が借入の増加になるには、20年も続いている「国民のデフレ期待」を、政府と中央銀行が「インフレ期待」に変えねばならない。
国民とは、われわれのことです。
▼インフレ期待になると
「物価が1年に2%は上がるというインフレ期待」に変われば、企業は、商品の売上金額(名目額)の増加が期待できるため、借入をして、設備投資を増やすだろう。
個人も、住宅が上がるという期待になれば、住宅の購入を増やします。
店舗でも、店頭物価が1年に2%は上がると、顧客の買いものは増加します。
このため、政府は「インフレ・ターゲット2%」とする。日銀もインフレ・ターゲット2%として、インフレに転じるための、マネーの増発をする(2012年12月)。
これが、2013年4月から、1ヶ月に国債を6兆円から8兆円、年間で70兆円から80兆円も買い切ってマネーを増発するという「異次元緩和」になったのです。
■3. 金融の超緩和による、期待の転換を説いていたクルーグマン
▼名目金利はマイナスにできない
名目金利(=預金や貸付の金利)は、マイナスにはできません。
名目金利がマイナスとは、借入すれば金利がついてくることで、預金すれば金利が引かれることです。
借りれば金利がつくという、妙な具合のものです。
名目金利がマイナスになると、預金が引きだされて現金に代わり、銀行と金融システムそのものが、消滅してしまいます。
金融システムが消滅した経済は、商取引が、金融システムの中の預金振り替えではなく、現金で行われる社会です。
▼実質金利はマイナスにできる
名目金利は、マイナスにはできない。
しかし、実質金利はマイナスにできます。
[期待実質金利=名目金利(仮に1%)-期待インフレ率(2%)=
-1%]です。
人々のデフレ期待を、政府と日銀が、経済政策とマネー政策によって、インフレ期待に変えることができれば、期待実質金利はマイナスになる。
「期待」とは、現在ではなく、現在からの変化に、人々がいだく予想を言います。例えば住宅を買うとき、人は、暗黙に、住宅の将来価格と金利を予想した上で、購買決定の行動をしています。
この期待実質金利がマイナスになると、お金を借りて投資すれば、利益が出ます。
設備投資と住宅投資は増え、物価も上がるとなると、店頭商品の購買も増える。
物価上がる消費税増税のときの、駆け込み需要の効果と同じです。
来年、車、家電、PCが5%は上がると予想する人が増えれば、今年買う人は増えるでしょう。
企業もインフレ(販売商品価格の上昇)になると、売上額が増える。
売上金額が増えれば、1、2年後には賃金(雇用者所得)も上がるだろうということです。
雇用者所得が上がれば、買物も増えて、企業の売上は、一層増えるから、更に企業の設備投資は進む。
ゴルフ会員券も、相場が上がるという期待に変われば、買いが増えます。
1980年代まで住宅価格は1年に5%から7%は上がっていました。ローンの名目金利が7%でも、住宅の期待上昇率を引いた実質金利は0%から2%と低かった。
同時に賃金が年5%は上がっていたので、住宅ローンで2%の実質金利があっても、負担は容易だった。
借家より、買う方が得だった。
このため1年に200万戸売れていたのです(2013年は105万戸と半分です)。
現在の実質金利ではなく、1年や2年先の「期待実質金利」でいい。
日銀がマネーを大増発することで、人々の心の中にある「期待インフレ率」を高め、期待実質金利をマイナスにできれば経済は成長に向かい、GDPは増える。
GDPが増えれば、増えた所得からの税収が増え、国家財政も赤字が減る。
そして、インフレなら、政府にとっての1000兆円の国債負担も、軽くなってゆく。
以上が、「異次元緩和の政策」が、経済に対して描いたシナリオでした。
■4.もっとも早かった、クルーグマンの提言
1990年代の終わり頃から、ノーベル賞経済学者クルーグマンは、デフレ経済によって「流動性の罠(わな)」に陥った日本経済は、「インフレ・ターゲット政策」をとるべきと言っていました。
(注)『流動性の罠に陥った日本』
▼流動性の罠からの脱出
流動性の罠とは、
・デフレ期待の中で、その国の金利水準が異常に低いときは、金利がつかない貨幣と金利がつく債券が同じになる(完全代替になる)ため、
・金融緩和としてマネーを刷っても、「マネーが退蔵されて使われず」、景気の刺激策にならない状態を言います。
現金も、物価が下がるデフレ期待の中では、来年の期待価値が、物価の下落分増えます。
マネーの価値が、時間とともに増えれば、現金と預金のまま退蔵して、使わない人々が増えてゆく。
これが「流動性の罠(わな)」です。
【流動性の罠(わな)に陥ったままでは、マネーの増発の効果がない】
流動性の罠に陥った経済では、マネーの増発を図る金融政策が、効かない。増えたマネーが退蔵されるだけだからです。
これが1994年以降、ほぼ20年間の日本経済でした。
1997年から2006年まで、日銀が金利をゼロにし、マネーを増発しても、日銀の当座預金に滞留するだけで、それが使われず、経済成長もなかったのです。
(※ 北風:当時も現在2014年7月も、日銀当座預金は「ブタ積みのままである。)
銀行では、余剰なった預金の運用として、経済の成長をうながす貸付けではなく、毎年40兆円も、新しく発行された国債を買い増ししていました。
新たに借りて使う企業が少なかったからです。
▼インフレ期待に変えることができれば、マネー増発の効果が出る
デフレ期待をインフレ期待に換えることができるなら、人々が抱く期待実質金利が、マイナスになります。
来年には、マネーの価値は物価上昇分下がると見なされるため、「退蔵していたお金を使おうとする」。
2%のインフレ期待になれば、今の100万円の期待価値は、来年は98万円に減るため、今年使う人が増えます。
(注)クルーグマンは、日本に対しては、4%のインフレ・ターゲットを提唱していまます。
現金や預金として退蔵されていたマネーが使われることは、投資と購買が増えることであり、
投資と購買が増えれば、それを売る企業の売上は増えて、GDPは増えます。GDPの需要=生産=所得です。
クルーグマンの提言は以下でした。政府と中央銀行は、人々の期待を変える政策を実行せねばならないとしたのです。(『そして日本経済が世界の希望になる』)
▼人々の期待を変える
(1)まず国の経済は成長すると、国民に信じ込ませること。
成長すると考える人が多ければ、将来の売上増を期待し、マネー・ストックを使った、企業の設備投資が増えます。
(2)次に中央銀行が金融緩和を実行すること。
経済が100%活動する完全雇用を達成しても中央銀行は、マネタリー・ベースを増やし続けること。
金融緩和によってインフレを引き起こす。そして、人々をインフレ期待に変えること。
(3)中央銀行は、短期金利ゼロを維持すること。
そして重要なことは、「人々の期待を、成長とインフレに変えない限り、金融緩和が大きくても効果がない」と付け加えています。
(注)この場合のインフレは、通貨安からの輸入資源上昇によるコストプッシュ型インフレではなく、需要が増えることによるデマンド・プル型のインフレでなければならない。
GDP(経済)が成長しない、インフレにもならないと国民が考えている限り、金融緩和を図っても、意味がないということです。
●もっとも肝心なのは、日本経済の将来に対し国民が成長期待を抱くことができるかどうかです。
そのために、政府が、経済を成長させるということを国民が信じることができる政策がなければならない。
繰り返せば、
(1)人々が抱く成長期待、
(2)インフレ期待の中で、
(3)マネーが増発されることです。
【後記】
日銀の異次元緩和は、人々が将来に対して抱く、物価と金利の予想が、今日の取引を決めるという「期待(Expect)の経済学」からしか解けません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
異次元緩和とは何だったのか、その功罪(2)へ続きます。
昨年4月以来の経済において、もっとも重要なことは、世界のサプライズでもあった、日銀の「異次元緩和」です。
開始されてちょうど1年です。振り返って、当時に先行きを述べる意味は大きいでしょう。
(それにしても、「異次元緩和」に対する論究が、極めて少ないのはなぜかと、不思議に思っています)
年間70兆円(月間6~8兆円)の、円の増発を開始しました。
2015年までの2年間で、マネーの供給を2倍にすることで、20年デフレから脱して、物価が上がるインフレに変えるというものでした。
(注)開始前の、2013年の日銀のB/S(貸借対照表)は164兆円でした。それでもGDPに対し十分大きかったのですが、2014年5月2日は246兆円へと82兆円も増えています。
ちょうど1年で82兆円、日銀が国債保有を増やしたということです。
中央銀行の、貸借対照表の規模(246兆円:2014年5月2日)は、中央銀行による「信用の受託量」です。
一般に言われる、信用の供与量では決してない。
日銀にとって、円の増発は、貸借対照表が示すように、国民経済からの負債の増加だからです。
金と交換できない不換紙幣は、負債性の通貨です。
発行した円(銀行券+当座預金)は、日銀の負債です。
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2014/ac140430.htm/
まだ途中経過ですが、この未曾有の規模の、円の増発の結果についての論考を、ほとんど見かけません。
そこで、本シリーズで解こうと思ったのです。
*
金融緩和とは、金利を下げ、増やしたマネーによって貸付けの増加を誘発することです。
これを「異次元」として、これ以上の形容詞がないレベルで、実行する。
その目的は、「日本経済を、ほぼ20年の、物価が下がるデフレから脱却させ、経済を成長させること」とされています。
果たして、この目的に叶(かな)う成果、あるいは、いずれ叶う方向へ向かう成果が、出ているのか。
本稿では、ここを検討します。
目的に叶わない結果が生じているなら、即刻、異次元緩和は停止しなければならない。
強い医薬のように、副作用が大きいからです。
物価はあがっても、名目賃金は上がらす、国民の賃金が上がらないなら、物価が上がることによって需要が減ってゆく「スタグフレーション」になるからです。
政府が、異次元緩和の目標としているインフレでは、
(1)物価が上がり(2%~4%:後述、クルーグマン、
(2)それ以上に賃金が上昇(3%~5%)せねばならない。
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【目次】
1.経済学的な「期待」というもの
2.「期待」の経済学
3. 金融の超緩和による、期待の転換を説いていたクルーグマン
4.もっとも早かった、クルーグマンの提言
5.マネタリズムからの提言
6.「期待」によって上がったものと、変わらないもの
7.期待では動かない実体経済の価格
8.賃金は、まだ、低下している
9.「異次元緩和」と言うが、マネー・ストックは増えたのか?
10. 補完当座預金制度への疑念
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1.経済学的な「期待」というもの
2012年12月からの安倍政権は、もっとも大きな経済政策として、インフレ・ターゲット(インフレ目標)2%を掲げました。
▼20年間の物価下落がもたらした、デフレ期待
まず、1994年以降、消費者物価が上がらず、下がってきた20年デフレが、日本経済の成長への最大の障害であることとしたのです。
デフレが、将来も続くという予想(経済学的な期待)を人々が抱くなかでは、金利が1%と低くても、実際に負担する実質金利は、
「名目金利1%-(期待インフレ率-2%)=3%」です。
(注)重要:フィシャー等式:実質金利=名目金利-期待インフレ
率
この実質金利の負担が重いと、企業は借りたお金での設備投資を、増やさない。
作った商品の価格が下がって行き、他方で、借金の利払いは重い。
デフレの中では、借入の名目金利は低くても、実際の負担になる実質金利の負担は、物価が下がる分、重くなります。
個人で言うと、住宅価格が年3%下がるデフレを予想しているなかでは、住宅ローンの金利(名目金利という)が、名目固定金利で1.5%と低くても、実質金利は「ローン金利1.5%-(住宅価格-3%)=4%」になり、重い。
これでは住宅購入が減ります。
【預金は価値が上がる】
一方、銀行預金が3000万円の人はどうか(65歳以上に多い)。
定期預金金利は0.02~0.03%です。
3000万円の預金があっても、1年間の受取金利は6000円から9000円です。ゼロと言っていい。
従って、預金をするインセンティブ(誘因)は、金利の面では、まるでない。
しかし、物価が2%下がる。
今年1000円のものは、来年は980円。10年後には18%下がって820円になる。
そうなると、預金の金利はゼロでも、マネーの価値は物価の下落分上がったと見ていい。
つまりマネーの価値を増やす実質金利は、[名目金利0.03%+期待デフレ率2%=2.03%]です。
▼名目のゼロ金利が、実質では金利2%になる
預金に金利はつかない。しかし金融資産の価値は、下がる物価に対し2%ずつ上がって行く。
このため金利が1年に2.03%ついたのとおなじことになるのです。
物価のデフレが続くという予想(経済学的な期待)の中では、名目の貸付金利が1%でも実質金利は高い。このため融資は進まない。
貸付けが進まないと設備投資、住宅投資も増えず、物価が下がるという期待から消費は先延ばしにされる。
デフレでは、現金の将来価値が高くなるため(金利ゼロでも実質金利がつく)、マネーが、現金やゼロ金利の預金口座に滞留しますから、血流が減った低血圧症のように、経済活動を不活発にしてゆきます。
つまり、物価が継続的に下がるデフレは、経済(GDP)、を縮小させる。
GDPの3面等価(需要=所得=生産)から、GDPは、企業と世帯の所得でもあります。
GDPが減ることは、被雇用者の所得と企業の所得が、縮小することです。
所得が減れば、企業経営も生活も苦しくなる。
日本経済は金融危機の1997年以降、20年も成長していません。
【デフレでは通貨の価値は上がる】
他方で、デフレは、通貨(円)の価値を物価の下落分、高めます。
2%のインフレ国の米ドルとの比較で、デフレの円は、円高傾向を続ける。
インフレは通貨価値の下落であり、デフレは、通貨価値の上昇だからです。
デフレでは、通貨は強い、しかし経済は弱いとなるのです。
(注)経済では、物価の上昇、下落を勘定に入れた実質の数値で見
ることが肝心です。
■2.「期待」の経済学
経済学における「期待(expect)」は、日常語が、望ましいことを待望するという意味を含むのに対し、単に予想というという意味です。
期待インフレはインフレ予想、期待デフレはデフレ予想、期待金利は予想金利のことです。
予想と訳すほうがよかったと思えるのですが、競馬の予想屋というよう、国語の予想には予想を低く見るニュアンスを含むため、学者が期待としたのでしょう。
行動経済学でも、prospectと言い換えています。
▼合理的期待の形成を言ったルーカス
経済取引の決定における、期待の重要性を説いたのは、ロバート・ルーカス(1995年 ノーベル経済学賞)でした。
経済主体(企業、個人、政府)、は、限定的で不完全ではあるが、それがもつ情報によって合理的な予想を行って、経済取引をするというものです。
物価が上がるという予想か、あるいは下がるという予想か、その予想によって、購買という決定が変わると言えば、この経済学的な「期待」の重要さがわかるでしょうか。
物価が下がるデフレ経済の中では、人々は、将来も物価は下がるというデフレ期待を抱いています。
名目金利がゼロに近くても、物価が下がる予想があるため、実質金利が高いデフレ期待の中では、いくら金融を緩和しても(マネー量を増やしても)、借入(信用創造になる)は増えない。
借入が増えねば、設備投資と消費は増えない。
設備投資と消費が増えなければ、経済は成長しない。
マネーの増発が借入の増加になるには、20年も続いている「国民のデフレ期待」を、政府と中央銀行が「インフレ期待」に変えねばならない。
国民とは、われわれのことです。
▼インフレ期待になると
「物価が1年に2%は上がるというインフレ期待」に変われば、企業は、商品の売上金額(名目額)の増加が期待できるため、借入をして、設備投資を増やすだろう。
個人も、住宅が上がるという期待になれば、住宅の購入を増やします。
店舗でも、店頭物価が1年に2%は上がると、顧客の買いものは増加します。
このため、政府は「インフレ・ターゲット2%」とする。日銀もインフレ・ターゲット2%として、インフレに転じるための、マネーの増発をする(2012年12月)。
これが、2013年4月から、1ヶ月に国債を6兆円から8兆円、年間で70兆円から80兆円も買い切ってマネーを増発するという「異次元緩和」になったのです。
■3. 金融の超緩和による、期待の転換を説いていたクルーグマン
▼名目金利はマイナスにできない
名目金利(=預金や貸付の金利)は、マイナスにはできません。
名目金利がマイナスとは、借入すれば金利がついてくることで、預金すれば金利が引かれることです。
借りれば金利がつくという、妙な具合のものです。
名目金利がマイナスになると、預金が引きだされて現金に代わり、銀行と金融システムそのものが、消滅してしまいます。
金融システムが消滅した経済は、商取引が、金融システムの中の預金振り替えではなく、現金で行われる社会です。
▼実質金利はマイナスにできる
名目金利は、マイナスにはできない。
しかし、実質金利はマイナスにできます。
[期待実質金利=名目金利(仮に1%)-期待インフレ率(2%)=
-1%]です。
人々のデフレ期待を、政府と日銀が、経済政策とマネー政策によって、インフレ期待に変えることができれば、期待実質金利はマイナスになる。
「期待」とは、現在ではなく、現在からの変化に、人々がいだく予想を言います。例えば住宅を買うとき、人は、暗黙に、住宅の将来価格と金利を予想した上で、購買決定の行動をしています。
この期待実質金利がマイナスになると、お金を借りて投資すれば、利益が出ます。
設備投資と住宅投資は増え、物価も上がるとなると、店頭商品の購買も増える。
物価上がる消費税増税のときの、駆け込み需要の効果と同じです。
来年、車、家電、PCが5%は上がると予想する人が増えれば、今年買う人は増えるでしょう。
企業もインフレ(販売商品価格の上昇)になると、売上額が増える。
売上金額が増えれば、1、2年後には賃金(雇用者所得)も上がるだろうということです。
雇用者所得が上がれば、買物も増えて、企業の売上は、一層増えるから、更に企業の設備投資は進む。
ゴルフ会員券も、相場が上がるという期待に変われば、買いが増えます。
1980年代まで住宅価格は1年に5%から7%は上がっていました。ローンの名目金利が7%でも、住宅の期待上昇率を引いた実質金利は0%から2%と低かった。
同時に賃金が年5%は上がっていたので、住宅ローンで2%の実質金利があっても、負担は容易だった。
借家より、買う方が得だった。
このため1年に200万戸売れていたのです(2013年は105万戸と半分です)。
現在の実質金利ではなく、1年や2年先の「期待実質金利」でいい。
日銀がマネーを大増発することで、人々の心の中にある「期待インフレ率」を高め、期待実質金利をマイナスにできれば経済は成長に向かい、GDPは増える。
GDPが増えれば、増えた所得からの税収が増え、国家財政も赤字が減る。
そして、インフレなら、政府にとっての1000兆円の国債負担も、軽くなってゆく。
以上が、「異次元緩和の政策」が、経済に対して描いたシナリオでした。
■4.もっとも早かった、クルーグマンの提言
1990年代の終わり頃から、ノーベル賞経済学者クルーグマンは、デフレ経済によって「流動性の罠(わな)」に陥った日本経済は、「インフレ・ターゲット政策」をとるべきと言っていました。
(注)『流動性の罠に陥った日本』
▼流動性の罠からの脱出
流動性の罠とは、
・デフレ期待の中で、その国の金利水準が異常に低いときは、金利がつかない貨幣と金利がつく債券が同じになる(完全代替になる)ため、
・金融緩和としてマネーを刷っても、「マネーが退蔵されて使われず」、景気の刺激策にならない状態を言います。
現金も、物価が下がるデフレ期待の中では、来年の期待価値が、物価の下落分増えます。
マネーの価値が、時間とともに増えれば、現金と預金のまま退蔵して、使わない人々が増えてゆく。
これが「流動性の罠(わな)」です。
【流動性の罠(わな)に陥ったままでは、マネーの増発の効果がない】
流動性の罠に陥った経済では、マネーの増発を図る金融政策が、効かない。増えたマネーが退蔵されるだけだからです。
これが1994年以降、ほぼ20年間の日本経済でした。
1997年から2006年まで、日銀が金利をゼロにし、マネーを増発しても、日銀の当座預金に滞留するだけで、それが使われず、経済成長もなかったのです。
(※ 北風:当時も現在2014年7月も、日銀当座預金は「ブタ積みのままである。)
銀行では、余剰なった預金の運用として、経済の成長をうながす貸付けではなく、毎年40兆円も、新しく発行された国債を買い増ししていました。
新たに借りて使う企業が少なかったからです。
▼インフレ期待に変えることができれば、マネー増発の効果が出る
デフレ期待をインフレ期待に換えることができるなら、人々が抱く期待実質金利が、マイナスになります。
来年には、マネーの価値は物価上昇分下がると見なされるため、「退蔵していたお金を使おうとする」。
2%のインフレ期待になれば、今の100万円の期待価値は、来年は98万円に減るため、今年使う人が増えます。
(注)クルーグマンは、日本に対しては、4%のインフレ・ターゲットを提唱していまます。
現金や預金として退蔵されていたマネーが使われることは、投資と購買が増えることであり、
投資と購買が増えれば、それを売る企業の売上は増えて、GDPは増えます。GDPの需要=生産=所得です。
クルーグマンの提言は以下でした。政府と中央銀行は、人々の期待を変える政策を実行せねばならないとしたのです。(『そして日本経済が世界の希望になる』)
▼人々の期待を変える
(1)まず国の経済は成長すると、国民に信じ込ませること。
成長すると考える人が多ければ、将来の売上増を期待し、マネー・ストックを使った、企業の設備投資が増えます。
(2)次に中央銀行が金融緩和を実行すること。
経済が100%活動する完全雇用を達成しても中央銀行は、マネタリー・ベースを増やし続けること。
金融緩和によってインフレを引き起こす。そして、人々をインフレ期待に変えること。
(3)中央銀行は、短期金利ゼロを維持すること。
そして重要なことは、「人々の期待を、成長とインフレに変えない限り、金融緩和が大きくても効果がない」と付け加えています。
(注)この場合のインフレは、通貨安からの輸入資源上昇によるコストプッシュ型インフレではなく、需要が増えることによるデマンド・プル型のインフレでなければならない。
GDP(経済)が成長しない、インフレにもならないと国民が考えている限り、金融緩和を図っても、意味がないということです。
●もっとも肝心なのは、日本経済の将来に対し国民が成長期待を抱くことができるかどうかです。
そのために、政府が、経済を成長させるということを国民が信じることができる政策がなければならない。
繰り返せば、
(1)人々が抱く成長期待、
(2)インフレ期待の中で、
(3)マネーが増発されることです。
【後記】
日銀の異次元緩和は、人々が将来に対して抱く、物価と金利の予想が、今日の取引を決めるという「期待(Expect)の経済学」からしか解けません。
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異次元緩和とは何だったのか、その功罪(2)へ続きます。
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