保守派が怯える「21世紀の資本論」:クルーグマン
2014-05-27

ポール・クルーグマン「ピケティ・パニック」---格差問題の言及者に「マルクス主義」のレッテルを貼る保守派はこれにまっとうに対抗できるのか? NYタイムス 5/19 現代ビジネス
保守派が怯える『21世紀の資本論』
フランスの経済学者トマ・ピケティの近著『21世紀の資本論』は、正真正銘の一大現象だ。
これまでもベストセラーになった経済書はあったが、ピケティ氏の貢献は他のベスセラーの経済書とは一線を画す、議論の根本を覆すような本格的なものと言える。
そして保守派の人々は、すっかり怯えている。
そのため、アメリカン・エンタープライズ研究所のジェームス・ペトクーカスは「ナショナル・レビュー」誌の中で、ピケティ氏の理論をこのままにしておけば「学者の間に広がり、将来、すべての政策上の論争で繰り広げられる政治的な経済情勢を塗り替えることになる」ので論破しなければならないと警告している。
まあ、頑張ってやってみることだ。
この論争に関して特筆すべきは、これまでのところ、右派の人々はピケティ氏の論文に対して実質的な反撃がまったくできていないという点だ。
きちんと反撃するかわりに、反応はすべて中傷の類ばかりである。
特にピケティ氏をはじめ、所得および富の格差を重要な問題と考える人に対しては、誰であれマルクス主義者のレッテルを貼る。
この中傷についてはあとでまた触れるとして、まず、彼の「資本論」がなぜそんなに大きなインパクトをもつかについて述べたい。
第一次世界大戦前の状況へ逆流する社会
格差が急速に広がっていることを指摘したのも、大半の国民所得の伸びが遅い状態とは対照的に上位の富裕層の所得が増大している実態を強調したのも、決してピケティ氏が初めての経済学者というわけではない。
同僚とともにピケティ氏がわれわれの知識に多大な歴史的洞察を加え、いま、まさに「金ぴか時代」を生きているのだということを示したことは確かだ。
しかし、かなり前からもうそのことは分かっていた。
(※ 北風注:過剰蓄積つまり格差の極限化が勤労階級の相対的な窮乏化、消費需要の停滞、減少となり、資本の再投資、拡大循環を停滞させること。そのことによって信用恐慌、社会制度の破壊をもたらすこと。資本的生産の高度化に伴い、その循環恐慌はますます激しいものになる。
これらのことは事実としては、19世紀末から繰り返し指摘されてきている。 )
ピケティ氏による「資本論」が真に新しいのは、その点ではない。
巨大な富を稼ぎそれが当然とされる能力主義の世界に住んでいるのだとあくまで主張する、保守派神話のコアとなる部分を打破する手法こそが新しいのだ。
過去20年間、上位富裕層の所得の急増を政治の問題にしようという取り組みに対する保守派の反応には、2つの弁明が見られた。
1つは、実際ほど富裕層は豊かではなく、それ以外の人々もそれほどひどい状態ではないという、事実否認である。
それがうまくいかなくなると、今度は、上位に見られる所得の急増は、彼らの仕事に対する報酬としては正当なものだと述べる。
したがって、彼らを上位1パーセントや富裕層とは呼ばず「雇用の創出者」と呼ぶべきだという言い分だ。
しかし、彼らのような金持ちが、仕事ではなく所有する資産から所得の多くを生み出しているとしたら、どうしてそんな反論ができるのだろうか?
しかもより多くの富を企業からではなく、相続からもたらされるようになっているとしたら、どうだろうか?
これらが根も葉もない質問ではないことをピケティ氏は示している。
第一次世界大戦前の西欧社会は、実際に相続された富にもとづく一握りのグループによって支配されていた。
そしてこの『21世紀の資本論』は私たちがふたたび同じような状況に向かっているという事実を、説得力をもって書き表している。
富の格差の言及者はみんなマルクス主義?
それでは、富裕層に対する税率の引き上げを正当化するための診断として使われてしまいかねない、という恐れを抱く保守派の人々は、何をするだろうか?
ピケティ氏を強力に論破するよう試みることも可能だが、今のところ、その兆候はまったく見られない。
前述したように、その代わりに聞こえてくるのは中傷ばかりだ。
これは驚くことではない。
私は20年以上にわたって格差の問題を論じてきたが、保守派の「専門家」が、これまで、自らの理論につまずかずに、これらの数字に対してうまく異議を唱えられた試しがない。
どうしてか、まるで事実が根本的に彼らの側をサポートしていないかのようだ。
同時に、これまでの右派の標準的な作業手順は、自由市場ドグマのいかなる面で疑問を投げようとも、共産主義者呼ばわりをすることだった。
ウィリアム・F. バックレイのような人々が、ケインズ経済理論の間違いを示さず、「集産主義者」と非難することによって阻止しようとした以来の伝統だ。
それにもかかわらず、ピケティ氏をマルクス主義者として非難する保守主義者の後が絶えないのには、やはり驚いてしまう。
比較して教養のあるペトクーカス氏ですら「資本論」(※ 元祖ではなくピケティの書のこと。)を「ソフト・マルクス主義」と呼んでいる。
そうなると、富の格差について言及しただけでマルクス主義者になるという以外、彼らの説は意味をなさないことになる(おそらく、そう思っているのだろう。
最近、リック・サントラム元上院議員(共和党)は、アメリカには何しろ階級がないのだから、「中間層」というのは「マルクス主義的言葉」だとして非難した)。
累進課税をスターリン時代の「悪」とみなす保守派
予想通り、ウォールストリート・ジャーナル紙の評論では、富の集中を制限する方法として累進課税を求めるピケティ氏の提唱から、なぜか突然スターリン主義の悪へと、とてつもない飛躍をした。
ちなみに累進課税は、かつて主要な経済学者たちだけでなく、テディ・ルーズベルト(共和党)を含む主流の政治家が提唱してきた、極めてアメリカ的な救済措置なのだ。
(※ 「例えば「過剰所得没収課税」など:クルーグマン」)
アメリカ寡頭政治の擁護者たちが、弁明のために首尾一貫した理論が得られないことに明らかに困惑しているからといって、彼らが政治的に逃走中というわけではない。
それどころか、依然として金の力は大きい。実際にロバーツ・コート(※)のおかげもあり、その声は以前にも増して大きくなっている。
しかし、われわれが社会をどのように論じ、最終的に何をすべきかについてのアイデアが重要なことに変わりはない。
そしてピケティ・パニックは、右派の人々のアイデアが尽き果てたことを現しているのだ。
(※)ジョージW.ブッシュ大統領の指名により2005年に任命された主席判事(最高裁長官に相当)ジョン・ロバーツが率いる2005年以降の合衆国最高裁判所
(翻訳:松村保孝)
ポール・クルーグマン(Paul Robin Krugman)---プリンストン大学教授、コラムニスト 1953年生まれ。レーガン政権で大統領経済諮問委員会委員を務める。ノーベル経済学賞受賞ほか、アストゥリアス皇太子賞社会科学部門、ジョン・ベーツ・クラーク賞を受賞。
トマ・ピケティ(Thomas Piketty) ---1971年5月7日生まれ。フランスクリシー出身。社会党系のフランスの経済学者。経済学博士。パリの高等師範学校の出身で、経済的不平等の専門家であり、特に歴史比較の観点からの研究を行っている。2002年にフランス最優秀若手経済学者賞を受賞。パリ経済学校 設立の中心人物であり、現在はその教授である。
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※ ピケティ「21世紀の資本」に関連するページ。
金持ちは税金を、労働者は公正な賃金を:クルーグマン
ピケティ、資本主義と民主主義:エドソール
ピケティ、拡大の一途を辿る格差:NYタイムス
例えば「過剰所得没収課税」など:クルーグマン
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