経済制裁が招く血の粛清と軍人支配:山田
2013-12-21

北朝鮮の粛清は制裁外交の「成果」
だが、兵糧攻めは軍人支配を強化する 12/19 山田厚史
北朝鮮のナンバー2の張成沢氏が「国家への反逆」と断罪され、4日後に処刑された。
この国の異常さを物語る出来事だが、われわれも間接的に手を貸している、と言えないだろうか。日本が国際社会と連携して行なっている経済制裁と無縁でないからだ。
「北を窮乏化させ、政権を追い詰める」というのが経済制裁の狙いだ。
仲間割れが起こることは想定内である。「まさかこんなことに」と驚く人は多いだろうが、「シナリオ通りの展開になってきた」というのが冷静な見方だろう。
孤立化の反動で愛国心が鼓舞され軍人が力を持つ
党派や派閥の争いはどの国にもあることだが、北朝鮮では「命がけの闘争」になっている。
孤立し極度に追いつめられた集団に、命をやり取りする内部闘争が起きやすい。ソ連のスターリン体制や日本の浅間山荘事件もそうだった。
児童虐待が、孤立してどん詰まりになった家庭で起こるのと似ている。国家も孤立し窮地に立つと、狂気が漂う。
孤立は北朝鮮が選んだ道だが、追い込んだのは国際社会でもある。
貿易を行わない、人の往来を断つ。経済制裁は「国家に対する兵糧攻め」で、相手を孤立させ、窮乏化させる外交政策である。
「兵糧攻めを続ければ、やがて内部崩壊が始まり、北朝鮮は瓦解する」というのが戦略の筋書きで、今のところその通りのことが起きている。
だが、「兵糧攻め」が「国家の瓦解」へと進む過程では、おぞましいことがたくさん起こる。
血なまぐさい権力闘争はその一つだが、深刻なのは人々の暮らしが破壊され、飢えが広がることだ。
「不足の経済」では物資がヤミで取引され、不正や特権が発生する。
監視が厳しくなり秘密警察が力を持つ。
孤立化の反動で愛国心が鼓舞され、軍人が力を持つようになる。
北朝鮮の先軍政治はまさにそれだ。
軍は非生産的組織であり、その肥大化は国民生活を圧迫する。国家が窮乏化すれば軍人の待遇も悪くなり、ヤミ取引に加担したり、物資の横流しなど、私腹を肥やす組織的腐敗が横行する。
東南アジアでの取材経験では、軍が麻薬取引や違法な森林伐採に関与していたケースに遭遇した。
北の実情は知らないが、国家の窮乏は、軍上層部の跳ね上がりと、末端のモラル崩壊を同時進行させやすい。
さらに、経済制裁は外国と接点を持つ組織や政治家の力を失わせる。
窓口役として外国と接する機会がある組織には、国際常識が分かる人材がいるが、制裁が強化されるとそうした立場の人が力を振るいようがなくなる。
国家内部で開明派の影響力が低下するという事態になる。
経済制裁は文民の力を失わせた
日朝のパイプが細ったのは経済制裁が影響している。
日本には北朝鮮を祖国とする人たちが大勢いた。束ねるのが朝鮮総連だが、一時は北との太いパイプ役を果たしていたが今はその力を失っている。
拉致問題で日朝関係が険悪化したことで経済制裁が強まり、送金ができなくなった。
物資を積んで往来していた万景峰号は運航を停止した。
北を敵視する人から見れば、総連も万景峰号も「北朝鮮の手先」だろう。
だが、日朝関係でこのルートは「日本に理解ある勢力の拠点」でもあった。
日本から送られた資金や物資がどんなルートで誰に渡るかは不透明だ。
利権や特権が入り込みやすい。私腹を肥やす人もいるだろう。一説では、首領様が配下に配るプレゼントになったともいわれる。
だが、首領様のプレゼントを用立てる仕事が首尾よく行われれば、その任にある勢力はしかるべく地位を与えられるだろう。
権力の闇の中で、さまざまな暗闘があったと思う。
軍に対抗する文民にとって自由にできるカネと物資は力の源泉だったのではないか。
経済制裁はその力を失わせた。
粛清された張成沢は中国との窓口 軋みを増す中朝関係
粛清された張成沢は中国との窓口だった。
国際的な経済制裁の中で、中国は事実上例外扱いされていた。
食料・エネルギーなど北の生存にかかわる最低限の物資を北に供給してきた。
国際社会が大目に見てきたのは、援助と引き換えに中国が北の首根っこを押さえることを期待したからである。事実、中国はその役割を果たしてきた。
さかのぼれば朝鮮戦争で、米軍が中朝国境に迫ると毛沢東は人民解放軍を投入し米軍を38度線まで押し戻した。
北の軍隊と解放軍は「血の同盟」で結ばれた、とも言われる。
その関係が軋(きし)んでいる。張成沢氏の処刑はその象徴とも読める。
今年になって中国は北朝鮮に原油の供給を停止した。
制止を振り切って核実験に踏み切ったことへの制裁だった。
周辺国が核武装するのを嫌う中国と、瀬戸際外交の武器として核を誇示したい北朝鮮の間で摩擦が起きた。
朝鮮半島に対する中国の基本姿勢は「現状維持」である。
南北が統一して朝鮮半島に大きな国家ができることは好ましくない。
韓国と同盟関係にある米軍が中朝国境の近くまで陣を構えることは愉快ではない。
一方、北が崩壊すると難民が中国東北地方に流れ込む。
都市と農村の格差が問題になっている中国で、辺境の異変は避けねばならない。「北は生かさず殺さず」というのが中国の立場だ。
北朝鮮から見る中国は「大国主義国家」である。
援助の見返りに口を出し、自国の都合を押しつける。
かつての朝貢外交を思わせる中国の態度を自尊心の強い北朝鮮は許せない。中国は後ろ盾であっても、北からは嫌悪されていた。
さりとて国際包囲網の中で経済建設を進めるには中国の協力は欠かせない。
中朝共同管理の特区が北朝鮮内に建設された。
プロジェクトを推進したのが朝鮮労働党行政局長だった張成沢。
「中国式の改革開放路線」を導入しようと動いた。中国が原油の輸出を中止し関係が悪化した時も、収拾に動いたのは張氏と言われている。
対話の窓口を閉ざした結果 日本は「標的の国」になった
各国の経済制裁は、結局のところ中国に有利な立場を与えている。北は中国に頼らざるを得ないからだ。
では日本はどうすればいいのか。
「あの国は何をしでかすか分からない」とただ呆れ、他人事のように見る人がほとんどだが、「血の粛清」は日本の外交政策と無関係ではない。
命がけの内部闘争の次に何が起こるか。核武装しミサイルの開発を急ぐ国が、自暴自棄になったとしたら。しかも隣国である。
国交がなく、人の往来も希薄なため、信頼関係など望むことさえできず、何を考えているのかも分からない。「北朝鮮が悪い」と言って済む話ではない。
国の安全保障、国民の命がかかっている。
政府は米国から1兆円をはたいてミサイル防衛システムを買ったが、飛んでくるミサイルを撃ち落とすことは無理、と言われている。
まずなすべきは、外交努力による危険回避だ。
日本は北朝鮮と対話窓口を開いたことがある。
2002年、小泉首相が訪朝し日朝平壌宣言をまとめた時だ。日本は経済協力し、北朝鮮は拉致問題の解決に取り組むことを約束した。
その後、拉致被害者の帰国などを巡り信頼関係が崩れ、再び冷え込んだ関係に逆戻りしてしまった。対話路線を逆流させたのは、米国と当時の安倍晋三官房副長官、とされている。
米国は日本が独自に外交窓口を開くことを警戒した。
包囲網に風穴が空くことを恐れ、北朝鮮市場に日本企業が先んじて乗り込むことを懸念した。「毅然とした態度で」と主張した安倍氏は北との対決姿勢を全面に出すことで首相の座を射止めた。
対話の窓口を閉ざし、情報も取れないまま、「標的の国」になった。
北朝鮮はわれわれの常識を超えた不可解な国である。
異常な人たちが独善的な思想で危ない政治をしているイメージだが、この異常さは「置かれた特異な状況」の産物である。
北朝鮮の人も韓国や日本と同様、「普通の人」だ。
普通の人が恐ろしいことをするのは歴史ではしばしば起こる。状況が人々を追い込むからだ。
孤立させることは北朝鮮をさらに危険な国に追いつめる。
兵糧攻めを強めることは 北朝鮮の軍人支配を強化するだけ
一段と兵糧攻めを強め北朝鮮経済を麻痺させ、金正恩体制を内部から崩壊させる、
という外交は、結局、北朝鮮の軍人支配を強化するだけである。
戦争によって決着する道を進んでいるだけだ。
米軍が奇襲をかけて中枢部を破壊し、金正恩一派を殲滅する、という映画もどきの展開は妄想の世界だろう。
命が脅かされれば軍は自暴自棄になり、ソウルは火の海になりかねない。
北風政策の犠牲を受けるのは民衆であり、経済封鎖は軍人を勢いづかせる、というのが今回の教訓ではなかったか。
取るべき選択は太陽政策である。
経済制裁を緩和し、貿易を再開し、人の往来を加速させる。
独裁政権は一息つくが、それは金体制を助けるのではなく政権内の開明派を後押しするものと割り切る。
関係改善の度合いに応じて協力や援助を増やす。
政権周辺の利権を拡大する恐れがあるが、人々の暮らしは改善される。
人の往来が増える中で国際的常識を浸透させ、徐々に国のありようを変えて行く。
苦難に満ちた北朝鮮を日本の技術と資金で日本経済の外縁部に育てる。
それくらいの大局観がいま求められている。
危機は発想の転換を求めている。
日本地図を逆さまにして見てみよう。
日本海は中国、朝鮮、ロシアと日本列島に囲まれた中海であることがよく分かる。
ここを豊穣の海にすることが日本の成長戦略である。
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