賃上げは最重要の課題:野口
2013-11-18

賃上げは最重要の課題 問題はそのための政策 野口悠紀雄 週刊ダイヤモンド11月23日号 (※ )はもうすぐ北風の注釈。
エコノミストはシャーロック・ホームズが好きだ。中でも、『銀星号事件』はしばしば引用される。
ホームズは、「事件のあった夜に犬が啼かなかったのが不思議なことだ」と言う。侵入者があれば、犬は激しく啼くはずだ。啼かなかったのは、侵入者が犬の顔見知りであったことを意味する。「何があるか」でなく、「何がないか」が重要だ。
冷戦時代、クレムリン・ウオッチャーは、革命記念日にレーニン廟の上に誰が「いないか」を注目した。いるべき人がいなければ、失脚を意味し、政変を意味するからだ。
経済政策についても、同じことが言える。「あって然るべきものがない」ことこそ重要である。
では、アベノミクスについて、何がないか? 円安になったのに輸出が増えない。金融緩和したのに貸し出しが増えない。金利は低下すべきなのに、導入前に比べて上昇した、等々だ。
最も重要なのは、賃金が上がらないことだ。
この1年間の現金給与総額の動向を見ると、対前年比マイナスの月が多い。他方で、円安によって消費者物価は上昇しているので、実質賃金の対前年比は、7月以降マイナスを続けている。8月はマイナス2.0%であり、9月はマイナス1.2%であった。
つまり、労働者の生活は貧しくなっているわけだ。
アベノミクスの成果とは、国民を豊かにすることではなく、ごく一部の人々に株高を通じて巨額の利益をもたらすことだった。この数字がはっきりとそれを示している。
円安による物価上昇は今後加速する可能性があるので、実質賃金低下への対処は緊急の課題となった。
物価を上げるのが重要なのではなく、賃金を上げるのが重要なのだ。この当然のことが、やっと認識されるようになった。こうした認識の変化は歓迎したい。
問題は、賃金を上げるための方策である。
政府は、企業に賃上げを要請するため、政労使会議を発足させた。しかし、政府が民間企業の賃上げを要請するのは、自由主義経済の基本原則に反することであり、基本的に誤っている。それだけではない。以下に述べるように、賃金決定のメカニズムについて基本的な誤解がある。
売り上げが増加しなければ賃金は上がらない
個々の企業は、市場で決まっている賃金水準の下で、どれだけの労働者を雇うかを決定する。その場合の基準は、雇用を1単位増やした場合の生産物価値の増加が賃金に等しくなることである。
個々の企業の労働需要を集計したものが労働市場での労働の需要となり、これと労働の供給が等しくなるように賃金が決まる。
では、いかなる条件下で企業は雇用を増やすか? それは、売り上げが増加すると予測されるときだ。
「賃上げの条件が整いつつある」と言われる。企業利益が増加したので、このように言われるのだろう。売上量が増えて利益が増えているのであれば、雇用を増やすことができる。
しかし、いま生じている利益増は、売上量が増えているからではなく、円安によって円表示の売上額が増加しているために生じているものである。
このような条件下で雇用を増やせば、利益が減る。それを続ければ、企業は倒産してしまうかもしれない。つまり、これは、合理的な行動とは言えない。
合理的ではない経営判断によって企業の利益を減少させるのは、株主の利益を損なう。したがって、株主から訴えられる可能性がある。そうでなくとも、株主はその企業を見限って、他の企業の株を買うだろう。したがって株価が低下することになる。
(※ 実は実質賃金が下がり続けるもう一つの原因は、物価上昇に見合う賃金アップさえ勝ち取れないという企業内労組の弱さである。
今さら急に横断労組を作ることは不可能だが、少なくとも労働力市場が機能していないことは認識されなければならない。
労働力は在庫できない商品であり、労使は自然には対等ではない。対等でなければ自由な契約ではない。
日本の使用者は労働者に対して独占禁止法でいう「優越的地位の乱用」を行使しているのである。
労働力の売買については自由な意思による対等な労使関係へ向けた政労使の「努力」すら存在していないために、労働力市場が機能していないのである。
この労働力市場が機能していないことを無視するから、「金融緩和で輸出が伸びて利益が増えれば賃上げにつながる。」などという欧米リフレ論がまかり通るのである。)
賃金下落の基本原因は産業構造の変化
労働市場は単一ではなく、労働の種類によって異なる市場がある。だから、賃金は産業別に差がある。
最近のデータで現金給与総額を見ると、製造業が30万6546円であるのに対して、卸売業、小売業は23万2208円、飲食サービス業等は11万7724円、医療、福祉は24万7868円だ。
他方で、産業別の就業者人口は、1990年代以降、大きく変化した。製造業は大きく減少し、2012年の雇用は、90年よりも約25%減少した。
これは、中国をはじめとする新興国が工業化したためである。日本だけでなく、世界のすべての先進国が同様の(あるいは日本より強い)影響を受けた。
一方、医療介護は顕著に増加した。この分野の雇用は、2000年から12年にかけて、62.8%増加した。これは、人口高齢化によって介護サービスの需要が増えたこと、介護保険が導入されたことなどによる。
産業間に著しい賃金格差があり、高賃金の製造業が減り、介護が増える。これが、長期的に見て、日本の平均賃金を下落させたメカニズムだ。
毎月勤労統計調査によれば、今年の9月における製造業の労働者数は、801万人である。
他方で、医療、福祉は613万人、飲食サービス業等は402万人、卸売業、小売業は869万人であり、これらの合計で2000万人近い。
この部門の賃金がどうなるかこそが重要だ。だから、製造業の賃金をいくら上げても、経済全体の賃金は下がる。政労使会議に参加しているのは製造業大企業が中心のように見えるが、これでは全体の賃金に影響を与えられない。
平均賃金を下落させている第2の要因は、非正規労働者の増加である。今年の1月から9月までの変化を見ると、正規の職員・従業員が45万人減少したのに対して、非正規の職員・従業員が117万人増加した。
9月においては、雇用者5232万人のうち、正規の職員・従業員は3291万人(62.9%)にすぎず、非正規の職員・従業員が1940万人(37.1%)になっている。
パートタイム労働者の賃金は、一般労働者に比べると低い。13年9月で、一般労働者の現金給与総額が33万5846円であるのに対して、パートタイム労働者の現金給与総額は9万4562円で、3分の1以下でしかない。
現在の日本で全体の賃金動向を左右しているのは、以上のような要因だ(なお、これらについての詳細のデータは、『ダイヤモンド・オンライン』に連載中の「日銀が引き金を引く日本崩壊」を参照)。
以上の分析から得られる結論は、次の通りだ。
第1に、政府が緊急に実行すべきは、消費者物価の上昇を抑制して、実質賃金の引き上げを図ることだ。
消費者物価の上昇は、ほぼすべて円安に起因するものなので、円安を抑えることが必要である。
第2に、仮に賃金引き上げを経済政策の最優先目標にするのなら、介護従事者の賃金を引き上げるべきだ。なぜなら、これは、民間企業への要請ではなく、政府が自らコントロールできる介護保険での問題だから。
もちろん、財源をどうするかという大問題があるし、この分野の人件費をさらに高めるのが望ましいかどうか、という問題もある。
しかし、平均賃金引き上げだけを目的にするなら、これまで述べたことから考えて、現在の日本で最も効果があるのは、この施策だ。
(※ 当面する経済政策の最重要課題が実質賃金の引き上げであることは言うまでもない。
だが、実質賃金の引き上げは消費需要を拡大して設備投資、資金需要の好循環を作り出すためであるから、賃上げも当然だが、勤労家計の可処分所得を増やすことでも良いのである。
従って、当面介護保険の従事者賃金を挙げることもひとつであるが、さらに方策はいくらでもある。
「民間企業への要請でなく」政府が主導できる最も有効な方策は、先ず最低賃金の大巾ば引き上げである。また介護賃金をいうならば生活保護の引き上げ。
公務員賃金の引き下げなどは自滅策である。(公務員賃金の引き下げは地公、団体、組合、社団、準拠する企業など千数百万世帯に波及し、当然税収減と財政悪化に向かう。)
低所得者の減税を引き上げること、消費税を減額、廃止すること。
また、健康保険は医療資本の利益保証から患者の負担軽滅に転換することだ。)
本当に必要なのは、産業構造の転換だ。
製造業の縮小は不可避なので、賃金の引き上げは、製造業より生産性の高い新しいサービス産業をつくることによってしか実現できない。
(長期にはそのとおりと考えるし、施策は今から中期目標があって当然と思うが、何故か政府にはまともな産業中期目標すら無い。)
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※ 以下は勤労者賃金、所得の再配分と消費増税、デフレに関連するページ。
労働分配率の強制修正
世界で日本のみデフレ
日銀の金融緩和は誰のためか
信用創造と言えば聞こえは良いが
信用創造とは
公務員叩きとデフレ政策
通貨、金利と信用創造の特殊な性質
信用創造(3)無政府的な過剰通貨
デフレ脱却には賃金上昇が不可欠:根津
これからの経済生活はどうなるのか
なぜデフレなのか、なぜ放置するのか
ゆでガエル!
消費増税でデフレ強行を目指すかいらい政権
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窮乏化、3軒に1軒が貯金もなし
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