飢餓が広がる米国;田中
2013-11-15

米国は2008年のリーマン・ショック以来、じわじわと一貫して貧困層が増大を続けている。
金融緩和で株価は上がっても、実態経済は回復していないからだ。
FRBが金融緩和を続けているのは、続けることで実体経済が回復に成し遂げて貧困層が減少し、中間層が定職を得て、消費需要が拡大する、からではない。
そんな具体的な明るい展望に向けているわけでは毛頭ない。
信用恐慌をなんとか食い止めるために金融緩和しかないから、しないよりはした方が良いというネガティブなこの道しかないためである。
格差と貧困の増加はいずれ社会の破裂に向かうし、予算減額はさらに破局を早める。
米国の支配層は暴動、内戦を想定し、かつ経済と行政の転覆、リセットを企てていないか。
そうした疑念が高まっている。
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飢餓が広がる米国 11/11 田中 宇
11月1日から、米政府の貧困救済策(食料配給券制度)であるフードスタンプ(補助栄養支援事業、SNAP)の予算を削減した。
削減は、フードスタンプの予算総額764億ドルのうち7%弱にあたる50億ドルで、比率として大したことない。
4人世帯で1カ月600ドルの配給券をもらっていた家族は、ひと月36ドルの減額でしかない。
しかし米国では近年、実質的な失業者の急増が続き、フードスタンプの利用者が、リーマン危機直後の08年の3千万人から、今は5千万人弱まで増えた。
フードスタンプに頼る人が増える中、減額で足りなくなった食料をほかで補おうとする人が、民間の貧困救済所(食糧配給所)に早朝から長蛇の列をなす事態になっている。 (Food banks brace for wave of hungry masses as federal food stamp cuts kick in)
民間の救済所は、企業などからの寄付金で運営されているところが多い。リーマン危機以来、寄付の余裕がない企業が多く、救済所は財政が悪化し、対応に限界がある。
毎週土曜日に食糧支援を行うニューヨークの救済所では、午前2時から人々が並びはじめ、数百人の行列になるという。
同所の運営者は、22年間救済所を運営してきたがこんな緊迫した飢餓状態は初めてだとMSNBCに語っている。 (America's new hunger crisis)
同救済所の行列に並ぶ人々は、パートの仕事しかなく収入が足りない勤労者、高齢者、シングルマザーなどさまざまで、救済所の聞き取り調査によると、リーマン危機以来、生活が悪化し続けている人が多く、昨今の「米国の景気回復」の恩恵をほとんど受けていない。
フードスタンプ事業を縮小させようと画策する米国の共和党系マスコミは、フードスタンプを受給した人が現金に替えたり酒を買ったりする「不正」を報じたがる。
だが減額後の民間救済所への殺到ぶりは、フードスタンプがないと飢餓に直面する人が多いことを物語っている。 (Desperate People Ready To Take To The Streets: Food Banks Overloaded, Food Stamp Cuts Driving More To Food Banks)
米政府の一昨年からのショック療法的な財政削減策を「財政の崖」と呼ぶのをもじって、11月1日のフードスタンプの減額は「飢餓の崖」(ハンガークリフ)と呼ばれている。
世界最強・最裕福な、紙幣を刷るだけで巨万の富を創造できる米国で、飢餓が急拡大していることは、多くの人、とくに対米従属一辺倒に慣らされた日本人にとって信じがたいだろう。
だが現実の米国では、飢餓がしだいに深刻な社会問題になりつつある。
フードスタンプ受給者は10年で倍増している。これは一過性でなく、長期的・構造的な、富の配分の不均衡による問題だ。 (Number of Americans on food stamps has doubled in just 10 years)
今回のフードスタンプ予算の減額は、リーマン危機後の09年から、米政府が景気対策としての財政拡大の一環としてフードスタンプ予算を増額していた時限的な策が、4年後の今、切れたために起きた。
フードスタンプの減額は、今後さらに拡大しそうだ。
追加の減額は、共和党が多数派を占める米議会下院で審議中の農業補助金法案に盛り込まれている。来年度から毎年50億-60億ドルずつ減額する案だ。
共和党は、党是である「小さな政府」作りの一環として、フードスタンプなど福祉予算の削減を求めてきた。
財政赤字拡大のおり、削減案には民主党も引きずられ、民主党が多数派の議会上院も、額は小さいがフードスタンプの縮小を法案にしている。 (As Cuts to Food Stamps Take Effect, More Trims to Benefits Are Expected)
米当局が発表する統計上の失業率は横ばいだが、毎月あらたに失業する人の数は、今年7-9月期が前年同期比25%増となっており、実質的な失業者数が急増している。
統計上、失業率が増えないのは、当局が長期の失業者に対し、職探しをあきらめて統計上の「失業者」の枠から外れていくよう、うながしているからだ。
実質的な失業者の増加が、フードスタンプ受給者の増加の理由の一つだ。 (U.S. Jobs Loss Signals Economic Armageddon)
米国の経済統計は最近、状況の悪さを隠すためのトリックが多い。
米国で貧困水準以下の所得しかない人の数(昨年時点)も、従来の統計で4650万人(米国民の15%)だったのが、統計のとり方を改善すべきだとの学者らの意見を容れたところ、300万人増えて4970万人(国民の16%)に修正された。
この件は、公式に修正されたので改善であるが、貧困層が米国民の16%もいることは注目に値する。 (Nation's poor at 49.7M, higher than official rate)
失業し、中産階級から貧困層に転落する米国民にとって、フードスタンプと並ぶ重要な救済策が、失業保険だ。
失業保険金も、来年から支給対象が縮小する。
フードスタンプと同様、失業保険金も、リーマン危機後の08年に景気対策として支給対象が拡大された。
拡大策は今年末で切れ、来年元旦に200万人が失業保険金の支給対象から外される。
同時に、州の失業保険金支給の対象者も100万人縮小する。
くわえて来年3月にも、85万人が失業保険を切られる。
米議会は、失業保険の拡大策の延長を検討していたが、小さな政府を求める共和党の反対で実現しなかった。 (Two million Americans will lose jobless benefits)
一つ一つの福祉縮小策の規模は小さいものの、それらが重なることによって、米社会に大きなひずみを与える。
長期化する失業増(再就職の困難さの増大)、フードスタンプと失業保険金の減額などが重なって「悪夢の連鎖反応」が起こり、貧困層に転落した人々の絶望感が増し、いずれ全米各地で暴動が起きるという警告が、民間の貧困救済所運営者の間から発せられている。
(米国で暴動が起きても、日本のテレビでは「80年代にもロサンゼルスなどで暴動がありました。米国はそういう国なので、暴動は大した問題じゃないんです」で終わるのかも) (Food Bank CEO: Welfare Cuts Causing "Nightmare Ripple Effect") (Food Banks "Panicking" Over Demand Following Welfare Cut)
米国では、小さな政府を希求する共和党の策が「功」を奏し、米政府のインフラ整備予算が、ちょうどオバマ就任の09年から急減し、それまで毎年3000億ドル規模だった予算が、戦後最低の2400億ドルになっている。
同時期に、産業や科学技術の基礎研究予算も大幅に削られている。
米国ではインフラ整備費がないので、道路や架橋、港湾などの老朽化が激しい。
老朽化したが架け替える予算がない橋を州が民間企業に売却し、有料道路にしてしまう例も多い。 (Here's The Chart Of The US Infrastructure Spending Collapse That Everyone Is Talking About)
米国はリーマン危機後、金融立国をやめて製造業に戻ろうとしている。
しかしまさにその時期に、製造業の振興にとって重要な、インフラや基礎研究の政府予算が削られている。
この削減は、長期的に米国経済に大きな悪影響を与える。米国の雇用は、悪化する傾向が長く続きそうだ。
オバマ政権は、インフラと基礎研究の政府予算を増やそうとしたと報じられているが、実際には予算が急減した。 (US public investment falls to lowest level since war)
米国で福祉が縮小し、中産階級が貧困層に転落して、大多数の米国民の生活苦がひどくなるのは、共和党のせいにされることが多い。
だが実際のところ、民主党のオバマ政権も、福祉の混乱や経済の疲弊に拍車をかけることをやっている。上記のインフラ投資の急減が良い例だ。
最近では、国民皆保険をめざして新設された官制健康保険制度「オバマケア」の申し込みシステムの混乱もその例だ。
オバマケアはウェブ上で申し込むことになっているが、そのウェブサイトが10月1日の開始時から重大な欠陥を露呈し、ほとんどだれも申し込みを完了できない状態が続いている。 (Orrin Hatch to Newsmax: Obamacare Problems 'Worse by the Day')
オバマケアの申し込みサイトと同機能のシステムを20歳のプログラマ3人が作ってみたところ数日でできてしまったのに、米政府は巨額の予算をかけて1カ月経ってもシステムを修正できないでいる。
オバマケアの開始後、米企業は、続々と従業員用の健康保険制度を縮小している。
経費がかかる自社専用の健康保険制度をやめて、社員がオバマケアに入るよううながしている。
しかし、オバマケアはシステムが不調なままなので加入できない。
「無保険者を減らし、国民皆保険を実現する」と銘打って開始されたオバマケアが、無保険者を増やす方向に事態を動かしている。 (Three 20-year-old programmers build a working Obamacare website in just days) (9 Reasons Why Many Liberals Absolutely Hate Obamacare)
オバマケアは、申し込みシステム以外にも問題が多いことがわかってきた。
オバマケアは保険料が割高で、若者の多くが加入したがっていないことが明らかになっている。
健康保険制度は、病気になりにくい若い人が多く入ってくれないと、保険料がさらに割高になり、ますます若い人が入りたがらなくなる。
ギャロップの世論調査によると、無保険の人々も、全体の22%しかオバマケアに加入したいと思っていない。 (Poll: Uninsured Americans Reject ObamaCare)
オバマケアは国民皆保険制度なので、他の健康保険に入っていない米国民は全員オバマケアに入る義務がある。
しかし条件が悪いので若者や無保険者が加入を希望しない。
もっと条件の良い企業の健康保険に入っている人々は、オバマケアができたことで企業の健康保険廃止が増え、条件の悪いオバマケアへの移行を余儀なくされる。
オバマケアに対する米国民の不満は今後さらに増えそうだ。保険料を払えず、無保険にならざるを得ない人も増える。
オバマケアは看板と裏腹に米国民の福祉を悪化させている。これは「暴動」の一因になるかもしれない。 ("Very Low" Obamacare Enrollment Admitted As Young People Just Say No) (Massive riots, huge crime waves expected in many US cities)
米国で貧富格差や政府の失策・不正が拡大し、いずれ暴動が起き、政界も混乱して内戦的な状態になり、そこにドルや米国債、米金融界の危機が加わり、テキサス州などが米国からの分離独立を希求して連邦が解体に向かい、米国が覇権国の座を失っていくというシナリオは、数年前から、リバタリアンや金本位制論者など米国内の分析者の間で取り沙汰されてきた。
オバマの顧問だったブレジンスキーも、世界的な民衆の政治覚醒がいずれ米国にも及ぶと07年から言っていた。
ここに来て、米国の社会不安が拡大し、暴動や内戦という言葉が出てくる頻度が高まっている。 (Gerald Celente explains "Obamageddon" forecast amid call for The Great American Renaissance) (Brzezinski warns of riots in US) (Secession and Predictability)
米国の上層部が、意図的に国内を内戦状態に陥れようとしているという指摘も出ている。
米国防総省は、すでに09年に、内戦を想定した机上の軍事演習を行ったという。
内戦の引き金を引くのは貧困層の増加でなく、ドルや米国債に対する国際的な信用不安であると予測した軍事演習だったとされる。
(※ 北風:公式にはそうされているらしいが内容はもちろん公開されていない。貧困問題だった可能性が高いとみるのが妥当だろう。)
ドルや米国債の状況は、10月の米政府閉鎖騒動の後、落ち着いているかに見えるが、実はそうでない。そのあたりは、あらためて(有料版の記事として)書く。 (Is America Being Deliberately Pushed Toward Civil War?)
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