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チェリノブイリの労働者:福島は同じ轍を踏まぬよう

  【核心】「フクシマ 同じ轍踏むな」チェルノブイリ元作業員訴え」 3/09 東京新聞 書き起こし「大友涼介」氏のブログから

<書き起こし開始→

 一九八六年四月に旧ソ連ウクライナで起きた史上最悪のチェルノブイリ原発事故で、事故後の除染作業に携わった元作業員らが「低線量被ばく」と関連する可能性のある白血病などに苦しみ、将来への不安や国の対応への不満を募らせている。
 今月十一日に発生から二年となる東京電力福島第一原発事故でも、除染作業の問題点などが指摘されるなか、ウクライナの医療関係者や元作業員は、福島がチェルノブイリと同じ轍(てつ)を踏まぬよう警告している。(キエフで、原誠司記者)

※チェルノブイリ原発事故 1986年4月26日未明、4号機の運転試験中に炉心溶解と爆発が起き、大量の放射性物質が空中へ放出された。当時のソ連政府は死者数を33人と発表したが実態は不明。原発から半径30キロ圏内では約13万5000人が避難した。同年5月から原子炉などを覆う「石棺」が造られたが老朽化。これをさらに覆う巨大アーチ型シェルターが2015年完成を目指して建設中だ。

 ◇打ち切り

 ウクライナの首都キエフに住むマクシメンコさん(68)は、白血病はじめ血液や心臓に十八の病気を抱える。痛みが消えない背中を押さえ、時折咳き込みながら、「いつ命が終わるか不安だ」とつぶやいた。

 チェルノブイリ事故後の三年間、リクビダートル(後始末の作業員)として原発敷地内や二キロ以内の除染作業に加わり、放射能に汚染された瓦礫や土をコンテナに詰め込んだ。
 積算被曝線量は約二五〇ミリシーベルト。年間二〇〇ミリシーベルト以下の「低線量」の被曝者だ。

 ただ、日本の原発作業員に適用される被曝限度(年間五〇ミリシーベルトかつ五年間で一〇〇ミリシーベルト)より相当高い。

 「私は軍から支給された重装備の防護服とマスクを着用していた。周りにはマスクを着けずに作業をした仲間も大勢いたが、既に死んでしまった」とマクシメンコさん。

 リクビダートルは六十万~八十万人に上るとされる。うち低線量の被曝者を約20%とするロシアの専門家の調査もあるが、詳細は不明だ。
 ウクライナでは一九八九年頃、一部を除いて土壌の除染作業が打ち切られた。作業による二次被曝で命を落とす人がいる一方、除染の効果が上がらないと判断したためという。

 ◇追跡調査

 米国癌研究所などの研究チームは昨年十一月、リクビダートル十一万人の追跡調査の結果、低線量被曝でも白血病の発症リスクが高まることを証明したと発表した。

 チェルノブイリ事故の被災者だけが利用できるキエフの専門病院「放射能防御市民センター」のベカエワ癌部長(52)は「低線量被曝による典型的な病気は、事故後十~十五年で発症すると考えられる。センターでは二〇〇〇年前後がピークだった」と説明。

 除染作業が本格化している福島第一原発や周辺地域でも「低線量被曝への適切な対策が徹底されなければ、今後、病気の発症者が相次ぐ恐れがある」と指摘する。

 ◇生活苦境

 元リクビダートルたちは、闘病に苦しむだけでなく厳しい生活環境に直面している。

 六年間の除染作業で計二五〇ミリシーベルトの低線量被曝をしたクラシンさん(72)の年金は月に約九万五千円。一般市民の平均月収のほぼ二・四倍だが、しばしば貧血で倒れ救急車で病院に運ばれる。

 受診は無料とはいえ「高額な薬代は自己負担。年金の一割しか生活費が残らない」と嘆く。

 規定の積算被曝線量を超え、本来就業できないチェルノブイリ原発で、今も働く元同僚もいるという。生活のため「検査官に賄賂を渡して積算線量をごまかしてもらうんだ」とクラシンさん。

 被曝した元リクビダートルでつくる「障害者の会」のコプチク代表(75)は「国のために働いた我々は、今や国にとって医療費の掛かり過ぎる厄介者だ」とうなだれる。

 発症までに年単位の時間が経過する低線量被曝者の中には、発症の因果関係が特定できないとして国から保障を受けられない例もあると指摘。
 「国は科学的な情報を国民にしっかりと伝え(治療や支援への)経済的な備えが必要だ。我々の例から学んで、日本で同じ問題が起きないことを願っている」と話す。

←書き起こし終了>

 「『あとは私が消えるだけ』チェルノブイリ汚染地域」 03/9 東京新聞

<引用開始→

 福島第一原発事故から十一日で二年となるのを前に、一九八六年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故で汚染された周辺地域を取材した。除染されていない家に住み続ける人。
 いったん移住したものの新たなすみかで「低線量被ばく」におびえる人。住民の不安と苦悩を聞いた。 (ウクライナ北部レジキフカで、原誠司記者)

 「復興? あり得ない」。自宅の庭で牛一頭を飼いながら一人暮らしをするレジキフカ村のマサコベツさん(74)が言い放った。

 村は、強制避難対象となったチェルノブイリ原発から半径三十キロ圏の外側にある「第三ゾーン」の中。このゾーンは、国家補償による移住を認められた移住権利地域と呼ばれるが「半ば強制的に移住が進められている」と地元の人々は言う。

 旧ソ連が始めた土壌除染作業は事故後三年ほどで打ち切られ、レジキフカでは行われなかった。
 事故前に暮らしていた約二百世帯のほとんどが被ばくを恐れて移住。現在は六世帯十四人が住むだけの「放置された村」となった。

 幹線道路沿いに点在する住宅の多くは雪の重みで屋根が崩落。玄関には木片がXの形に打ち付けられている。伸び放題の庭木が廃屋を覆い、不気味な姿をさらしていた。

 マサコベツさんの自宅庭の井戸に簡易線量計を向けると一時間当たり〇・五マイクロシーベルトを示した。日本政府の基準では安全とされる範囲内だ。
 しかし「長年、牛乳や井戸水を飲み続けてきた」からか、数年前から心筋梗塞や白血病を患う。
 「除染しない国の無策に抗議したこともあった」というが役人は移住を勧めるだけ。「誰も帰らないこの村で、あとは私が消えていくだけだ」と無念そうに語った。

 村から東へ十キロほどのスラブチチに足を延ばした。壊滅的な放射能被害を受けて居住禁止区域となった原発城下町プリピャチの代替都市だ。

 事故から二年後に原発職員や家族の移住が終わった。
 第三ゾーンの中だが、街は整備され、近代的な集合住宅が立ち並ぶ。人口約二万五千人。子育て世代の若者の姿が多い印象を受けた。

 街の見かけのよさとは裏腹に、住民は低線量被ばくの恐怖におびえている。
 中心部の公園で生後十カ月の孫をベビーカーに乗せて散策していたゲーナさん(58)は「息子夫婦が原発職員だから仕方なく暮らしているだけ。
 多くの友人が死に、私もがん手術を二回受けた。本当は行き先があれば逃げ出したい」と漏らした。
 ーーーーーーーーーーー
欧州汚染
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