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もうすぐ北風が強くなる

異様なTPP開国論:内橋克人(2)

 (異様なTPP開国論:内橋克人(1)からの続き)

◆マネーの意思

 イスラムでは「正当な労働の報酬以外は受け取ってはならない」という戒律があります。
 当然ながら「利が利を生むマネー」を正当化したり、壮大な不労所得を是認したり、というマネー資本主義は、少なくとも正面玄関から入っていくことはできません。利子を取らないイスラム銀行が世界中で伸びています。
 マネー資本主義にとってこれは大きな障壁です。
 マネーは運動できる場の領域が広ければ広いほど、利が利を呼び、高い蓄積を可能にする。こうしたマネーの意思はイラク・アタックのさなか、各所で実現に向けて展開されていたことが、いま明らかになってきました。
 世界のNGOが伝えています。

 たとえば米軍がバグダッドを攻めた時、彼らの戦車は汚水を飲み水に浄化できる「逆浸透膜」という精緻な技術の浄化装置を積み込んで進みました。

 バクダッドの南、ウムカスルスという街に米軍の部隊が入ったとき、その街では米空軍の猛爆のため水道水はじめほとんどのインフラが破壊されていて、住民は飲み水にもこと欠き、渇(かつ)えていた。
 やってきた米軍は真っ先に何をするか、それを現地にとどまったNGOが逐一、見届けた。
 米軍はまずその街の人びとに声をかけ、タンクローリー車の所有者を探した。給水車ですね。
 タンクローリーをもっている、というのは、むろんのこと富裕層です。
 名乗りを上げた富裕層に米軍は何を指示したか。「街の人びとは水に飢えているでしょう。
 ここに水があります。これを皆さんに無料で差し上げます。
 皆さんはこれを街の人びとに与えなさい。ただし、条件がある」と。
 それが「代金をとって売りなさい」ということでした。
 つまり飲み水を「商品」として売らせよう、ということです。

 タンクローリーの所有者たちは最初、「もらった水を売るということはイスラムの戒律からしてできない」と。
 しかし、目の前に喉の渇えた人びとがたくさんいる。給水された水を代金をとって売ってみる。
 すると、苦労しなくてもカネは入ってくる。
 「あ、これはいいな」と。次第に感覚が麻痺して、これはいい商売だ、と。つまり市場経済の餌付けですね。

 こうしたやり方はヘリテージ財団系のシンクタンクがマニュアルを作成した。レッスン1からレッスン10まで明示されている。
 米軍は忠実に実行していった。こうして先般、米軍はイラクから撤退しましたが、その後にはかつてのイスラム世界とは違う市場化されたイラク経済が残りました。
 国有企業の民営化が進み、銀行には外資が入り、それまで禁じられていた利益の海外送金も自由になった。

 こうした歴史からも明らかなように、経済的ルールの違う中国経済圏への対抗力(一面協調・他面敵対)をどう保つか、アメリカにとっては最重要のグローバル・ポリシーです。
 TPPに込められた戦略性、その網のなかに日本はからめとられていくでしょう。

◆大黒柱を抜く

 以上、TPP構想に込められた、これまで触れられていない、しかし重大な側面を指摘しました。TPPについてはひとまずこれくらいにして次のテーマです。

 日本経済を振り返りますと、昭和30年代後半から「貿易・資本自由化」が実施に移され、モノとカネの自由化がどんどん進められました。
 日米安保改定のもう一つの顔が日本市場の開放にあったことを知る人が少ないのに驚きます。
 小麦も大豆も粗糖も飼料用トウモロコシも、すべて自由化の対象として開放を迫られた。
 日本農業の大黒柱が、このとき、抜かれたのです。
 穀物すべてにわたる低い低い自給率への道が掃き清められた。
 いま、最後の砦、コメが狙いであること、そして背後にアメリカの長期にわたるグローバル・ポリシーがあること。
 何も、景気回復に必死のオバマ政権に始まったことではないこと、重ねて強調しておかなければならないでしょう。

 お配りした『TPP開国論を問う』に、前原発言の虚妄について具体的な数字を挙げて反論しておりますので、じっくりお読み頂ければ、と思います。

 さて、いま、日本の自動車は25%以上が海外生産です。
 日本経済がこういう日本型多国籍企業、私は「グローバルズ」と呼んできましたが、わずか百社ほどのグローバルズにおんぶしておれば、国内での雇用力は衰退し、高度失業化社会に至ること、目に見えています。
 完全失業者350万人、雇用調整助成金で辛うじて保たれている雇用が199万人。そのほかに「雇用保蔵」が600万人超(GDPの需給ギャップから推計)。
 表に出た数字からは想像もつかない大量失業の現実です。

 誰が日本国内における雇用を守るのか。私は「ローカルズ」と呼んでおりますが、日本列島に固着して生きる中小企業、農業、そして協同組合などを措いてないこと、明らかなところでしょう。
 国内の地域社会に密着して生きていくほかにない日本人、そして地域に固着する社会的企業です。 
 私たちはこれからますます“シンク・スモール・ファースト”(小さきもの、弱きものの利益から先に考える)という、ヨーロッパでは常識の思想性を深めていかなければならないと思います。

 私は地域社会に根ざした人間中心の経済について「人間主語の経済」、あるいは「理念型経済」と呼んできました。
 「市場」が主語でなく「市民」が市場を制御する社会です。そういう社会は可能かと、多くの実例を挙げて問うてきました。

◆自覚的消費者

 例えば北欧における「自覚的消費者」の積極的な育成が挙げられます。
 家電製品の場合、全ての商品にエネルギー・マークが貼ってある。ABCD・・・と。当初は価格の安い、しかし、エネルギー効率の悪いAが売れます。値段が安いから。

 ところが消費者のうちの自覚的な人びとが、いや、値段はやや高いけれども、電力消費の少ない、効率的なDのほうがよい、こちらを選択すべきだ、と。すると一般の消費者もDを選ぶようになる。Dの価格の中には地球環境を守るコストが込められている、とそう理解して選ぶ消費者が増えていく。
 するとDに量産効果が出てきて、AよりDのほうが安くなる。Dが一般化していくと、今度はさらにEという次の、もっと省エネの商品を開発する、といった具合です。そういう形で市場を市民社会的制御の下に置くわけです。

 またデンマークでは一般家庭の電気代に上乗せしてグリーン料金というのが課せられる。これを出資金として風力発電を行う市民共同発電方式が大きく育った。
 配電会社は市民共同方式による電力を高く買う一方、企業からは安く買う制度になっており、政策的に優遇している。市民の出資金は「グリーン証書」という証券となって流通していきます。

 また同国は原油価格の国際相場が下がっても国内の石油製品価格は下げないという二重価格制をとったこともありました。
 そのようにしてオイルショック時には1.5%だったエネルギー自給率がいまや180%となり、実力ある電力輸出国になった。因みに同国の食料自給率は300%です。

 ワイルドな資本主義、むき出しの市場原理主義、新自由主義の時代を超克していくためには、これに歯止めをかける「対抗思潮」というものを盛り上げていかなければならないでしょう。
 そのために協同組合の力の結集、内部の革新、そして「協同の協同」(協同組合間連携)が必要なのです。

 最後に「賢さをともなわない勇気は乱暴なだけであり、勇気をともなわない賢さなどはくそにもならない」というドイツの作家エーリッヒ・ケストナーの言葉を紹介しておきたいと思います。
 ナチに弾圧されたケストナーは「賢さをともなった勇気」だけが人間社会を幸せにできる、と書き遺しました。
 いま、ケストナーの言葉のなかにこそ「協同組合人」が備えるべき資質の核心が込められているのではないか、そう信じています。

 こうした認識をいっそう深めるため、皆様のお手許にありますように、価値高い2本の論文が宇沢弘文先生から寄せられました。
 心から御礼申し上げる次第です。
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