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癌:希望と詐欺、そして現実と認識のギャップ

  癌治療の進歩:希望、詐欺、そして現実と認識のギャップ 2012/5/27 リー湘南クリニックから (※ )はもうすぐ北風の注釈です。

2008年米臨床腫瘍学会誌*に掲載された論文で、当ブログの主張に沿い、また引用論文が一つもない異端論文です。≪≫は、僕の解説。

Progression in Cancer Care: The Hope, the Hype, and the Gap Between Reality and Perception (がんケアーの進歩:希望、誇張、そして現実と認識の乖離

 最近の癌治療にみられる多くの進歩は、論議に値するほど重要だが、効果は相対的に控えめ(modest)である。
 しかしながら、時に控えめな効果が報道され、論議され、あるいは少なくとも医療界と大衆に、大進歩(major advances)とかブレークスルーと認識される。
 実際のデータ、および新薬の限界を率直に描写すると、しばしば 「たったそれだけの効果(Is that all it dose ?)」、とか「もっと有効だと思っていたのに?(Why did I think it did so much more?)」といった反応に出あう。

 なぜ認識と現実は、かくもしばしば乖離するのか? 
 ひとつ重要な、そして是正可能な理由は、広く容認されている専門用語である、
 それらは、結果を意図せず過度に楽観的に解釈させ、また時にそれを助長する。
 専門用語は、困難な状況に楽観主義をもち込むため、壊滅的なニュースに優しく同情的な情報を提供するため、あるいは統計学的そして技術的正確さを期するために用いられるが、
 多くの場合、長期的にみれば、意図した方向と真逆へ進む。

 統計学的あるいは科学的厳密さを装い、ある種の用語を使われることがあるが、誇張された成果を吹聴させ、詐欺に等しい
 その用語は、技術的には正しく、その分野の専門家は正確に理解する。
 しかしながら、同じ用語があまり専門的でない医療従事者たちや一般人に用いられると誤解を生む。
 ここでは、客観的な臨床試験の結果や臨床試験を報告するときに用いられる様々な評価法について論ずるのではなく、数字が何を意味するかではなく、数字について何が語られているかを基に、データの主観的な解釈、および、共通した誤った解釈について論じようと思う。

 この論文は、特別な問題を扱った論文の系統的な総説を示すのではなく、熟慮に値するいくつかの一般的な質的観察を提案する。
 ここでの概要は、潜在的に曖昧さをもつ用語法のいくつかの例、そして誤解を招きにくくするであろう、それら用語の是正に関する推奨である。
 そのような是正は、われわれの成功と失敗のより直接会計を促し、そして一部の患者に合理的な期待、一部の臨床医に正確な理解、そして治療 vs コストとリスクの相対的利益のより正確な描写を容易にする。

SUBSTANTIAL SIGNIFICANCE OF THE DIFFERENCE BETWEEN SUBSTANTIAL AND SIGNIFICANT (相当な および 著しい の違いの 事実上の意味

 最近メディアは、患者は今や「著しい(significant)」生存利益をもたらす治療を甘受でき、自分はいかに嬉しいかと述べた、ある知識人から引用した臨床試験を報道した。
 その報道から、実際は中央生存期間 6週間延長を意味することを読み取れた医者は少なく、素人はもっと少なく、患者はさらに少ない。
 より正確な表現は「推計学的に有意な(statistically significant)」生存利益であろう。
 明示的副詞を削除することにより、われわれは、最善の場合「著しい(significant)」は「相当な(substantial)」と同意語であることを認め、最悪の場合でも、黙認することを勧める。

 だから、情報をより明瞭にする、第一の提言は、癌治療の進歩を描写するとき、無修正の単語「著しい(significant)」を容認しないが、「推計学的に」有意(※統計学的にではなく推計学的にであることに注意。)あるいは「臨床的に」といった修正語を加えるべきである。
 臨床的有用性(significance)の主張に対して、生存期間の延長は、6週間、6カ月、あるいは6年*なのか、実際の生存延長に関する明確なステートメントが加えられるべきで、
 それにより読者は、著者の解釈に同意できるか評価できるようになる。 ≪*ここの表現、「最長3日、3週間、あるいは3カ月」としたほうが現実に近いね、そして「治癒例はなかった」と明記すべき≫

 また考慮に値するのは、「非常に有意(highly significant)」という表現がしばしば誤って使われることである。
 より正確な「高度に推計学的に有意(highly statistically significant)」という表現さえ、P値≪末尾に解説≫が小さいほど、有意差が大きく、利益が大きいと誤解されている。
 もちろん、事実はそうでない。
 それが意味することは、2つのデータの差が実際の現象(事実)で偶然ではないことを、より確信をもって言えるということ。
 P値 0.04で 2週間の生存期間延長を示すある臨床研究は、P値 0.0004で 2週間の延長を示す研究と異なり、後者は前者より 100倍の確率をもっておこり、偶然ではないことを意味すると解釈されがちだが;
 実際は、前者と後者に差はない。
 だから、明確さを改善するための第二の提言は、統計学的有意差を報告するとき、2者の実際の違いおよび P値を報告するのが最善である。
 ある治療の生存優位性は、非常に推計学的に有意であるとの記述は、不必要にあいまいである。もし中央生存期間の延長が 2週間、2ヶ月、あるいは 2年なら、まずそれを述べ、次にその違いは、現実のもので偶然でないと述べようではないか。

≪P値、ちょいと分かりにくいね、probability(確率)の略で、ふつう小文字で「p」と記す。2つのデータ、例えば総生存に差があるかを統計学的に比べる(検定する) とき、違いが 95%以上の確率でおきる場合、「p<0.05」と記し、「推計学的に有意な差」と表現する、「違いが偶然に生じたのではない」という意味。P値が 0.01のとき、違いがおこる確率は 99%、0.0001のときは 99.999%。それが誤用され、超一流誌でも、このゼロの数が多いほど差が大きいと解釈されている。違いがおこる確率が 99%(p=0.01)と 99.999%(p=0.0001)であったとき、両者に差は無い

FREEDOM FROM PROGRESSIN-FREE SURVIVAL (無進行生存から解放されること

 「無進行生存」≪転移病巣が増殖を止め、再び増殖を始めるまでの期間; 観察者のバイアスが入り、また観察間隔が長いほどこの期間が長くなる; それに対して総生存(Overall Survival)は、死をエンド・ポイントとするので、バイアスがはいる余地はなく、最も正確なエンド・ポイントである≫という用語は、良い面と悪い面がある、
 なぜなら最重要の単語「生存」を含むからである。実際、多くの患者および医者は、無進行生存データが示されると、現実にすべての論文で無進行生存が示されるが、生存優位を示すと信じてきた。
無進行生存が、総生存(overall survival)の代用となるかは論ずるまでもなく、両者は全く異なるエンド・ポイントで、「無進行生存」有意は、総生存優位とあまりにも簡単に混同あるいは誤解される

 だから、癌治療の結果について、明瞭性を是正するための第三の提言は、誤解を招く用語「無進行生存」をより正確な、あまりバラ色ではない用語「無進行期間(progression-free interval)」に置き換えることだ。
 この用語は、その概念の真の意味を正確に反映し、それは一般に治療開始から、癌が治療に反応しなくなるまでの期間をさす。
 患者が死ねば、治療は無効ということは万人が認めるところ、
 だから用語に「生存」を含めるのは、正確性あるいは明確性を担保するのに必要ない。「無病期間に推計学的に有意な改善をみた」という表現は、現行の「無病生存の有意な改善」より、はるかに明瞭でかつ正確である。

IF THE DEATH RATE IS REDUCED, HOW COME THEY ALL DIED ? (もし死亡率が減少するなら、なぜ全員が死亡するのか?

 治癒の見込みのない≪転移のある≫癌患者での無作為化試験で、2つの生存率曲線を比較し、「死亡リスクが 20%減少した」と正確に正しく報告される。
 しかしながら、これは統計学的用語を厳密に用いたもので、多くの臨床医と一般人は、この用語の意味を知らない。
 この統計学的口述から、容易に想像する誤った解釈は、20%少ない患者が死亡した、だから 20%は治癒したである。
 無論これは誤りである; 
 不治の癌患者の臨床試験では、すべての患者が死亡する
 試験中、いずれの観察時点での相対的死亡率は、新薬群で平均 20%少なかったと述べるべきである。
 だから、明瞭性を是正するための第四の提言は、治癒率を上げない臨床研究では「死亡リスクが減少した」と言う用語は用いるべきではない、
 かわりに、読者や患者に患者の死亡数が減少したと誤解させることを避けるために用語を慎重に選ぶべきである。

"TOLERABLE" TOXICITY (「耐えうる」毒性

 「癌」と同じくらい恐怖をあたえる用語があるとすれば「化学療法」≪英語では「キモ」といわれる≫である。
 患者がしばしば、癌と同じくらい嫌う用語、化学療法のイメージは悪い。
 なぜなら、腫瘍学は医学の一分野で、そこでは重篤な副作用、ときに致死的毒性をきたす量を日常的に投与するからである。
 しかし、過去 10年間に出版された化学療法に関する論文は、「よく耐えられた(well tolerated)」、「耐えうる毒性」、あるいは変形で「管理しえる毒性(manageable toxicity)」と報告してきた。

 繰り返すが、報告を読む一般人に、俎上にあがっている化学療法は他のキモと異なるようだ、市販の鎮痛剤やビタミン剤を飲むようなものだと誤解をあたえる
 だから、明瞭さを是正するための第五の提言は、主観的で本質的に意味のない用語、「よく耐えられた」、「耐えうる毒性」、そして「管理しえる毒性」の使用を認めないことである。
 毒性について、意見を付けずに、そのままを報告することが最も正確に情報が伝達される。
 読者は、病気の重症度と治療がもたらす利益を前に、報告された毒性が認容できるか、できないレベルなのか決定できる。(※薬剤全般に当てはまることですね。)

≪化学療法剤の抗腫瘍効果には用量依存性(投与量が多いほど良く効く)があり、患者が毒性で死ぬ一歩手前の量までを投与するのが原則。しかし、それをもってしても(一部の転移性がんを除いて)延命効果は、最長でも 3カ月

 結論、過去数 10年間、われわれは癌治療において多くの進歩を遂げ、これら業績を誇りに思う、
 しかしこれら多くのステップは小さく、なすべき仕事はまだ多くある。
 実際より大きな成功という認識を育むと、われわれの信用を危険にさらし、患者を失望させ、そして抗がん剤開発において自己満足を育むので、逆効果である。
 もし臨床試験を報告し、レビューし、論文にする臨床家が誤解を招きやすい用語を避けると、明瞭さを是正する大きな一歩となり、われわれのコミュニティーが理解されることにつながる。
Saltz L.B. >Progression in Cancer Care: The Hope, the Hype, and the Gap Between Reality and Perception J of Clinical Oncology 26: 5020 2008

一次大戦
第一次世界大戦 初期の抗癌剤はドイツの毒ガス研究から生まれた。
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