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孫崎:事実を知らされない国民、日中対立と日米

孫崎ph2

この人に聞きたい孫崎享さんに聞いた 2012/10/10 マガジン9

    その1 日中領土問題で得をしたのは誰なのか?

孫崎享さんの近著『戦後史の正体』は、日本の戦後史を対米関係の観点から読み解く、衝撃的な内容でした。
領土をめぐって日中・日韓関係が緊張し、一方、沖縄や岩国では、反対の声が高まる中でオスプレイ配備が強行。
こうした状況は、どんな背景から生まれてきているのか。じっくりとお話を伺いました。

まごさき・うける
1943年生まれ。1966年東京大学法学部中退、外務省入省。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。今年7月に上梓した『戦後史の正体』(創元社)が話題になり、20万部を超えるベストセラーに。ツイッター(@magosaki_ukeru)では約5万人のフォロワーを持つ。『日米同盟の正体―迷走する安全保障』 (講談社現代新書)、『日本の国境問題―尖閣・竹島・北方領土』(ちくま新書)、『不愉快な現実―中国の大国化、米国の戦略転換』(講談社現代新書)など著書多数。

  領土問題もオスプレイも全て関連している

編集部
 尖閣諸島や竹島などの領土問題、オスプレイの配備に象徴される日米問題など、今、日本の政治はコントロール機能を失っていると感じます。こうした一連の動きは、全て関係し合っているのでしょうか? 

孫崎
 そうですね。なぜこのような事態になったかを理解するために、まず尖閣諸島のことから話しましょう。
 尖閣問題は、捉え方に2つの路線があります。「日本固有の領土であるから、断固として領有権を確保しようとする道」と「お互いが領有権を主張しているから、紛争にならないようにどうするか考える道」です。
 今、日本国民のほとんどが前者の捉え方をしています。尖閣諸島が日本固有の領土であることは国際的に何の問題もなく、中国がいちゃもんをつけてきている、ということです。
 しかし、実は領土問題の"土台"となる事実を知っている人はほとんどいません。

編集部
 領土問題への関心は高いけれども、領土問題をめぐる史実や国際条約については、知りませんね。

孫崎
 戦後史を見ていく上で、一番大切なのは、ポツダム宣言なんです。
 1945年8月、日本が受諾したポツダム宣言の第8条には"「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ"と書かれています。つまりカイロ宣言(1943年)の履行を求めているわけです。
 では、カイロ宣言にはどう書かれているかというと、"日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコト"とあります。日本が中国から奪った領土を全て返還しなさいということです。
 日本が尖閣諸島を併合したのは1895年でカイロ宣言より前ですから、本来、返還しなければならない可能性があります。

編集部
 そうなりますね。

孫崎
 同時に、ポツダム宣言で連合国側が求めているのは、「本州、北海道、九州、四国は日本のものだけど、その他の島々は我々が決定する諸小島に極限せられる」ということです。
 連合国側が決定していないものは日本の領土ではないことになりますが、アメリカは領有権問題について中立の姿勢で、日本側・中国側のどちらにもつかないと言っています。
 したがって、尖閣諸島が絶対に日本のものと言えるかどうかが、かなり危ないんですよ。

編集部
 そうした史実を土台にすると、先ほどおっしゃった2つの路線が問題になるのですね。

孫崎
 断固として領有権を守る道か、紛争にならないように考える道のどちらかですね。
 後者に関しては、いわゆる「棚上げ論」になるわけですが、「棚上げ」が持つ意味合いを理解するためには、中ソ国境紛争(1969年3月、国境にあるウスリー川の小島の領有権を巡って起こった大規模な軍事衝突)を知る必要があります。
 紛争が起きてすぐ、両国とも30〜40人の死者がでましたが、その後、エスカレートして場合によっては核戦争も辞さないとすら言われました。
 しかし、その状況のなか「川の上の島のことで戦争をするのが、中ソ双方にプラスなのか?」という話になっていきます。

 そもそもこの紛争が起こったのには、同じ年に、中国の内政で非常に重要な動きがあったことが関係しています。1969年4月に、中国国防大臣の林彪は、毛沢東国家主席の後継者に指名されました。
 つまり、中ソ国境紛争を起こしたことが、林彪にとって政治的にプラスになった。紛争などが起これば、国防大臣はやはり重要だということになりますから。いわば、意識的につくられた紛争だったのです。
 しかし、その状況に危機感を抱いた周恩来首相はソ連のコスイギン首相と会談し、「当面、この問題は棚上げにしよう」と同意しました。
 知恵が、1972年の日中国交正常化の際、田中角栄首相と周恩来首相との会談でも用いられたのです。

 このとき、周恩来首相は、「小異を残して大同につく」と言って、尖閣問題を棚上げしました。
 さらに、1978年の日中平和友好条約の制定時にも、鄧小平副首相が「我々の世代に解決の知恵がない問題は次世代で」と語り、尖閣問題は再び棚上げされています。
 つまり、棚上げ論というのはある領土をお互いが「自分のものだ」と言っている状況で、いかに紛争にまでならないようにするかという、そのために出てきた知恵なんですね。

  2010年の中国漁船衝突事件が転換期

編集部
 今回の尖閣問題では棚上げ論があまり語られず、勇ましい意見ばかりが目立ちます。

孫崎
 このところの日中問題の始まりは、2010年9月に尖閣諸島付近で起きた中国の漁船衝突事件(2010年9月、尖閣諸島付近で操業中だった中国 の漁船が、それを取り締まろうとした日本の海上保安庁の巡視船と衝突した事件)にさかのぼります。
 多くの日本人は、この事件を中国側に問題があると思い込んでいますが、実はハッキリそうとは言えません。日本の法律の使い方に変化があったからです。

 2000年に発効した「日中漁業協定」は、仮に中国が違反にあたる漁業をした場合、日本は拿捕するのではなく退域を求めることを定めています。それでも解決しなければ、中国側が処分する。
 以前から船の不法侵入は度々あったのですが、この日中漁業協定によって大事にせず対処していました。
 ところが、この2010年の事件のときには、日本は日本の領海に入り込んだ中国漁船を捕まえて臨検しました。これは日本の国内法である「漁業法」を適用したからです。
 国内法では、違反した船に対して乗り込んで調べることが認められています。日中漁業協定とは、対処法が全く違うんですね。

編集部
 二国間の漁業協定ではなく国内法で対処しよう、と方針が切り替わったのはいつなのでしょうか?

孫崎
 鳩山内閣が終わって菅内閣になってからです。
 菅内閣は、2010年5月に発足してすぐ「尖閣諸島は日本固有の領土であって、国際法的に何の問題もない」ということを閣議決定しました。中国漁船問題が起きる前ですね。
 その時点から国内法で粛々とやるという方針になっています。当時、国土交通大臣は前原誠司さんでした。彼の命令によって、中国漁船は拿捕されたのです。
 そのあたりから、今の問題は始まっている。だから、なぜその「切り替え」が起こったのかが非常に重要なんです。

  すべてがアメリカにプラスの方向に動いた

孫崎
 そして、これは多くの人が気づいていないことですが、この事件をきっかけに、日米関係は大きく変わりました。

編集部
 日中関係の変化が、日米問題にどう影響したのでしょうか。

孫崎
 1つは、2010年11月の沖縄県知事選挙です。この時は、現職の仲井真弘多さんと伊波洋一さんが拮抗していましたね。
 ひょっとしたら伊波さんが勝つかもしれないと言われていました。伊波さんはずっと普天間基地の県外移設などを訴えてきた人ですから、もしも伊波さんが勝ったなら、沖縄の基地問題の状況は今とはすっかり違うものになっていたでしょう。
 ところが、中国漁船問題が起きた後の選挙で、かつては県内移設容認を表明していた仲井真さんがスーッと勝ちました。

 同じ年には、米軍への「思いやり予算」の改訂も行われています。その前の改定では若干、減額をして3年の延長となっていましたが、菅政権は減額なしの5年延長を決めました。
 もしも中国漁船事件が起きていなければ、これについても世間的にもっと厳しい見方をされたかもしれません。

 また、アフガニスタンの復興支援策として自衛隊医官を派遣する構想もありました。これについては、社民党の福島瑞穂さんが反対をして終わりましたが、派遣される可能性があったということです。
 それから、武器輸出三原則を緩和する動きもありました。これも、このときは最終的には社民党の反対によって見送られましたが…。

 このように、中国漁船事件を契機に、日米間のさまざまな問題が、オセロゲームのようにすべてアメリカ側にとって有利な方向に動いたのです。
 今、中国が軍事的にどんどん台頭してきた中、アメリカは国家予算の逼迫で国防費の減額を迫られています。そこで韓国、日本、台湾、ベトナム、フィリピン、それからオーストラリアで、中国包囲網を作ろうとしていますが、そのためには各国に強い対中敵視がなくてはなりません。
 尖閣諸島の緊迫というのは、アメリカの軍事関係者にとってはプラスなことなのです。

編集部
 菅政権は、アメリカにプラスになるとわかっていて、日中漁業協定ではなく国内法で対応したのでしょうか? それとも偶然ですか?

孫崎
 偶然ではありません。現場で動かされている人間はともかく、仕掛けている立場の人はわかっていたはずです。
 海上保安庁に国内法を適用するように言った前原さんは、おそらくわかっていたでしょう。前原さんはかなり強硬に「中国の漁船を拿捕しろ」と言っていました。
 彼にアメリカ側からのプレッシャーがかかっていたことも、十分にあり得ます。当時、アメリカ側は「日本は法治国家だから釈放するな」と言っていました。日本の中国との緊迫が長引くことを期待していたのでしょう。

  アメリカが秘密保全法を作らせたい理由

編集部
 また、この事件の際の、衝突ビデオ流出問題がきっかけになって、秘密保全法(外交・安全保障などの特別秘密情報の漏洩を罰する法律)が作られようとしています。

孫崎
 秘密保全法は、2005年に日米安全保障協議委員会(2プラス2)が発表した中間報告書「日米同盟:未来のための変革と再編」と非常に密接に関わっています。この報告書には、イラク支援など国際的安全保障関係の改善のために、日米が共同で行動すると書かれています。
 しかし、ここで言われている「集団的自衛権」は、国連憲章が定めた集団的自衛権とは、まったく違うものです。

 国連憲章では、集団的自衛権について「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」の「個別的又は集団的自衛の固有の権利」と述べていますが(51条)、「日米同盟:未来のための変革と再編」では、攻撃をされていなくても相手を排除することになっています。
 わかりやすい例で言えば、サダム・フセインの存在が国際的安全保障環境にマイナスと判断すれば、フセインが他国を"攻撃していなくとも"排除できるという意味です。そうした考え方に今、日本が乗っかろうとしています。

 仮にそうなったら、日米二国間で交わされる情報量はものすごく増えます。情報の管理を厳重にするために秘密保全法が必要だというわけです。
 秘密保全法は、日米軍事協力が一段と進んでいくことと並行して出てきた法案なのです。

編集部
 日本がアメリカと一緒に戦争をするための法整備だということですね。

孫崎
 それだけではありません。先日、農林水産省の対中輸出促進事業に関する情報が、外部に流出したという事件がありましたね。
 しかし、中国で農産物等をより積極的に売るための日中協力のプロジェクトなのですから、本当は秘密情報でも何でもないはずです。
 しかし、この問題で鹿野道彦農林水産大臣は辞任に追い込まれました。鹿野大臣はTPPに反対していた人物です。秘密保全法のような法律は、このような形で政治目的を達成するために使われる危険性があります。

編集部
 対米従属派でなく、自主自立を目指す政治家は、この法律でいとも簡単にやられてしまいますね……。

孫崎
 特に危険なのは、この法案は総理大臣・外務大臣が対象外になっていることです。政府が情報操作をしようとして、いくらしゃべっても罪に問われませんが、政府にとって不利な情報を流した人はアウトなんです。

編集部
 怖いですね。政府は、秋の臨時国会に秘密保全法案を提出しようとしていますが、そのまま通る可能性はあるのでしょうか?

孫崎
 これほど右傾化した日本の社会だと、法案成立の可能性は十分にあります。今回の自民党総裁選の候補者は全員右派ですし、維新の会のこともあります。
 これまでだったら、日本の政治の中枢は基本的にリベラルで、例えば自民党でも宮澤喜一さんは「日米関係は大事」と言いながら、軍事協力は否定していました。竹下登さんも、「経済は大事」としつつアフガニスタンへ自衛隊を送るようなことには絶対反対でした。
 しかし、そういう人たちはいつの間にか自民党の中からいなくなってしまいました。

編集部
 なぜそうなっていったでしょうか?

孫崎
 色々なことが関係していますが、マスコミの影響というのは非常に強いと思います。よく言えば対米協力派、悪く言えば対米従属派の政治家を、マスコミは徹底的に持ち上げます。
 一方、そうでない人たちは全く報道しない。橋下徹大阪市長は、まだ国政に何の影響も持っていないにもかかわらず、彼が代表を務める「維新の会」の政策集、維新八策は報道で大きく取り上げられました。
 しかし、同じ時期に「国民の生活が第一」が出した綱領については何も報じられません。

編集部
 マスコミが日本社会を対米従属化させ、またアメリカの戦争を支持するよう右傾化させているとも言えるわけですね。

孫崎
 ただ、原発との関係で非常におもしろい現象が出てきています。福島第一原発事故が起きて、多くの市民が政治家、学者、マスコミの言っていることには正しくないことがあると、初めて気づきました。そういった市民の力が、政治を変える動きを見せています。
 例えば、浜岡原発が止まっているのは、一般の人たちの反対がそうさせたわけです。首相官邸前のデモが続いていることもあって、民主党は次の選挙に向けて、「原発ゼロ」を公約にしようとしました。あの公約はまったくの詭弁で、単なる選挙目当てでしかないとしても、原発ゼロを掲げようとしたのは事実です。

 オスプレイの問題もそうです。当初、野田首相は「あくまで運用の問題」と言っていましたが、世論の約70%が配備に反対した結果、150メートル以下の低空飛行はしない高度制限が運用ルールに盛り込まれました。
 一般の人たちが声を出すことが、プラスに動き始めています

    その2 中国、韓国、日本の市民は本当のことを知らない

  鳩山政権はなぜ潰されたのか

編集部
 孫崎さんの『戦後史の正体』(創元社)を読むと、民主党がなぜダメになったかを改めて考えさせられます。
 民主党として政権を取って最初にできた鳩山政権を潰したのは、官僚やマスコミ、声をあげない市民だと思いますが、政権の中にいる人は応援しなかったのでしょうか? 

孫崎
 まず閣内に鳩山さんを応援する人が全くいませんでした
 2010年1月のはじめ、私は鳩山さんのところに「(普天間基地の移設先は)最低でも県外」ということを進言しに行ったことがあります。長崎県の大村湾に移転するという案を持っていたのです。
 私としては、まず大村湾に決める。しかし、実際には実現できないわけですから、「じゃあ、国外に行くより仕方ない」となる形を考えていました。
 その話をしたとき、鳩山さんは一生懸命に、わかりました。検討させてください」と言っていました。

 しかし、それから少し経った3月下旬、普天間県外移設のために動いていた数少ない議員である川内博史議員と近藤昭一議員と3人で、鳩山さんを応援しようと再度首相官邸に行ったのですが、その時はすでに外務省も防衛省も、さらに官邸も鳩山さんのために動いていない状況でした。
 官僚やマスコミは、鳩山政権では日米関係が壊れると言って、みんなが鳩山さん追い出しの方向に動いていた。

編集部
 日米関係が壊れるのが怖くて、党内の人も鳩山さんを支持できなかったということですか?

孫崎
 そうですね。しかし、本当はそんなことで日米同盟が壊れるはずはないのです。
 私が鳩山さんに言ったのは、「日本には米軍基地がたくさんあるけれども、普天間はそれほど重要性が高くない」ということでした。仮に普天間をなくしても、ほかに横須賀や佐世保、嘉手納、横田にそれぞれ基地があります。海兵隊も、絶対に日本にいなければならないものではありません、と伝えたのです。
 しかし、結局鳩山さんはそのまま2010年の6月に辞任してしまった。

 それも、鳩山さんは、「学べば学ぶにつけ、海兵隊のみならず沖縄の米軍が連携して抑止力を維持していると分かった」ということを言って辞めたわけですが、辞任するにしてもあの時の最善のシナリオはそうじゃなかったはずです。
 「世論が必ずしも理解してくれない中で、私が頑張ると将来の日本の政治にマイナスの影響を出すかもしれない。だから一旦、私は辞める。けれども、自分の言っていることは正しいと思う。国民の皆さんで考えてみてほしい」と言っていたら、その後の状況も違っていたと思うのですが。

編集部
 あれで鳩山さんにはすっかり弱々しいイメージがついてしまいましたが、最初に掲げられていた民主党のマニフェストや理念、例えば「日米地位協定の改定」「米軍再編や在日米軍基地の見直し」「東アジア共同体の構築」には、多くの人が期待していたはずです。

孫崎
 私はこれまで4回ほど鳩山さんに会っていますが、彼がしゃべっていることがおかしいと思ったことはありません。極めて論理的です。
 ただ、何と言うか、ここぞというときに「政治家として負けてもいいから頑張る」というようなものがちょっと感じられません。

編集部
 鳩山さんが辞任したあとは、民主党代表選を経て副総理だった菅直人さんが首相になったわけですが、2010年9月には再び代表選があって、菅さんと小沢一郎さんの一騎打ちとなりました。
 もしもあのとき代表に選出されたのが小沢さんだったら、今の状況もまた大きく違っていたでしょうね。

孫崎
 そうですね。小沢さんは、その前年「米国の極東でのプレゼンス(存在)は、米海軍の第7艦隊だけで十分」(09年2月24日)と、在日米軍削減論ともとれる発言をして、その約1週間後に公設秘書が政治資金規正法違反の疑いで逮捕されています。
 小沢さんはかなり前から検察に睨まれていましたから、何かあったらすぐ動く態勢になっていたのでしょう。

編集部
 代表選のさなかにも「(陸山会事件で)小沢逮捕か?」などとメディアは大々的に報じました。結局、10月には検察審査会による起訴議決が行われ、翌年1月に強制起訴されました。

孫崎
 普通に考えて小沢さんは無罪でしょう。一審無罪のあと控訴されましたから、今後どうなるかわかりませんが、少なくとも検察はこれまでに2度は「不起訴」にしており有罪にできませんでした。
 これは、田中角栄のロッキード事件のときと極めて似ています。日本の法体系では有罪にできないからと検察がわざわざ渡米して、日米の捜査協力という特別の合意文書を作りました。
 その後、アメリカの検察に嘱託尋問させて証拠を提出しましたが、新しい仕組みを作ってまで有罪に持っていくという意味で、検察審査会による強制起訴と似ています。

  政治の「ブレーキ」にならなくなった憲法

編集部
 民主党の「脱原発」路線が骨抜きになりつつあるのにも、アメリカの意図が反映されているのではないかという声もありますが、アメリカは日本の脱原発路線を警戒しているのでしょうか?

孫崎
 そうだと思います。アメリカ国内にも原発がありますから、日本が完全に脱原発になったら、アメリカ国内の世論も脱原発に動くことでしょう。最低限、日本のどこかの原発が動いていてもらわなければ困るのです。

編集部
 日米原子力協定(1968年発効。日米間で原発や核燃料サイクルなどを進めることを定めた協定)がいわゆる「原子力ムラ」や官僚に大きな影響力を持っているのでしょうか?

孫崎
 いえ、日米原子力協定については、それほど重要なものとして捉える必要はないと思います。ただ、原子力についても、鳩山さんの言葉を使うと、米国の意向をいろいろと「忖度」して動く形になっているということですね。

編集部
 しかし、現状を見ていると、そういった「米国の意向」によって日本の政治がすべて動いているようにも思えてきます。例えば日米地位協定は、すでに日本の憲法よりも上位のものとして存在しているのではないか、と。

孫崎
 官僚も政治家も、憲法と日米地位協定のどちらが上なのか、といった法律論議には踏み込まないでしょうが、とにかく協定で決まったことは実施しようとする。すべて粛々と実行するだけです。

編集部
 本来、国会で法律を審議する際は、憲法に違反していないかを法務省が判断するわけですが、そうした部分も、今は正常に機能していないように感じます。

孫崎
 提出された法案が憲法に違反していても、あまり関係なく成立へと至ってしまうというのが現状ではないでしょうか。
 解釈改憲が進んでいますし、憲法そのものに日本の政治を規制する力がなくなっていると思います。
 例えば1人1票の問題も「違憲状態判決」が出たまま放置されているし、イラク戦争に自衛隊を派遣するということも、憲法は全く想定していないわけですが、実際に行われていますから。

編集部
 孫崎さんの『戦後史の正体』を読むと、それでもこれまで何人かの政治家がアメリカに対して、「軍事的な協力はできない」と言っていたことがわかります。
 福田康夫首元首相は、アメリカから要求された大規模な陸上自衛隊のアフガニスタン派遣と巨額の資金提供を拒否して辞任したそうですが、そうして日本の政治家がアメリカの軍事的な要請に「ノー」を突きつけるとき、憲法9条が後ろ盾になってきたのでは? と思うのですが。

孫崎
 以前はそういうこともあったと思います。しかし今は、アメリカのアーミテージ元国務副長官さえ「(集団的自衛権を行使するために)何も日本は憲法を改正する必要はない」「憲法9条の解釈を変えればいい」と言っています。
 要するに、今の9条のまま何でもできてしまい、日米同盟を妨げるものはないのだということですよ。

編集部
 アメリカからの軍事協力要請において、今の政治状況では憲法は、何らブレーキになっていないと。問題ですね。こうした状況はいつから始まったのでしょうか。

孫崎
 政治的にアメリカべったりになったのは、湾岸戦争以降です。その流れを止めるものは、ほとんどありませんでした。

編集部
 武器輸出三原則の緩和も、国会での議論がなく閣議決定のみで決定されました。
 集団的自衛権の行使を認めるべきという話も、今やアメリカというより、自民党や民主党の中から出てきています。

孫崎
 安倍首相のときにつくられた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」はその報告書の中で、集団的自衛権を4つの類型に分類し、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認を求めました。
 しかし、安倍さんの後首相になった福田さんは、その4つの類型の中の「PKO等で活動する他国軍が攻撃された場合の駆けつけ警護」などは認められないとして反対した。それで、集団的自衛権に関する議論はいったん止まったんです。

編集部
 それが今、また出てきていますね。

孫崎
 自民党の人たちは、みんな「(集団的自衛権の行使容認に)賛成」と言っています。国連憲章に集団的自衛権があることを口実に、「我々がそれを使わないのはおかしい」という主張なのですが、秘密保全法のところでもお話ししたように、そもそも国連憲章でいう集団的自衛権とは、相手が"攻撃してきたとき"に集団的に守りましょうということです。今アメリカがやっているように、相手の政権が好ましくない、だからそれを変えるんだといったオペレーションではないのです。それが、すり替えられて議論されています。

編集部
 日本の場合は国連軍ではなく、アメリカ軍と行動を共にする可能性が高いですよね。

孫崎
 そう、日本とアメリカの有志連合ですね。今、世界を動かしているのは国連の指示による行動ではなく、有志連合による行動になってしまっています。一応は「国連憲章に基づいて」ということは言うけれど、国連が「軍事行動をしていいよ」と言っているわけではない。

編集部
 そんな中で、日本は世界から何を求められているのでしょうか。

孫崎
 「日本は"普通の国"にならないと世界で評価されない」とは、よくアメリカが言うことです。
 しかし、世界の世論調査(BBC世界世論調査2012) では、「世界に最も良い影響を与えている国」の第1位が日本だとされています。驚くことに、これが世界の基本的な流れなんです。
 「軍事力がないから日本という国は重要ではない」なんてことを言うのはアメリカだけ
 それ以外の国は、日本経済が悪くなった今でも「日本は今までどおり軍事を使わない国として発展してほしい。
 それが、1つの世界モデルになってほしい
」としているのです。
 国は都合の悪いことを国民に隠してきた。

編集部
 アメリカ以外の国々との関係でいうと、先日ある韓国人の知人にこんなことを言われました。「日本人がここまで竹島の問題について知らないということを、韓国人は知らない」と。
 韓国では領土問題についてかなり教育されているのに、日本では竹島のことを知らない人も多いことに違和感があるようでした。

孫崎
 逆に言うと、韓国も日本と同じように、自国に不利なことは何も教えていないんですよ。そして、国際司法裁判所で決着をつけましょうよといっても、韓国は決して賛成しません。
 日本が間違っていると言うのなら、国際司法裁判所で日本人を諦めさせたらいいわけですが、「国際司法裁判所は信用できない」と言って応じないのです。
 しかし、国際司法裁判所はどんな政治家よりも信用できる機関です。ちゃんと資料をまとめ、それを把握しながら判断するのですから。

編集部
 それでは、尖閣諸島の問題も国際司法裁判所に持っていけばいいのではないでしょうか?

孫崎
 私はそれが一番いいと思いますよ。尖閣問題と竹島問題の両方を国際司法裁判所に持っていけばいいんです。
 今、一番問題なのは、日本も中国も韓国も、自分たちの不利な情報を出さずに国民を煽っていることです。本来であればプラスの面と同時にマイナス面についても説明しなければなりません。
 こういうことは、領土問題だけじゃなくて原発の問題においても同じです。
 もっとも肝心なのは、原発がどこまで命に影響を与えるのかという問題なのに、それをすっ飛ばしてエネルギー総合安全の観点だけで原発依存度を何%にしようかという議論しています。
 官僚や政治家は、大事な問題について全ての情報を出して判断するということをしなくなりました。

編集部
 近年、ずっとそういうことが行われてきたんですね。

孫崎
 だけど、今回の原発問題で国民はそのことに気がついたわけです。『戦後史の正体』も、日米安保の事実をわかりやすく書いたところ、驚いて読んでくれる人が大勢います。

編集部
 この本にも書かれていますが、TPPのことも大きな問題ですね。

孫崎
 TPPの一番重要な問題は、医療保険制度が壊れることです。
 もし日本がTPPに参加したら、現在は禁止されている混合診療(保険診療と自由診療を組み合わせて行う医療のこと)が解禁され、医療における自由診療の割合が大きく上がるでしょう。
 みんな民間の医療保険に入らざるを得なくなり、それを狙ってアメリカの生命保険会社が進出してくる。彼らからしたら、日本は大きなマーケットですから。
 そうなったら、今の国民皆保険制度が崩れてしまいます。

編集部
 そうなると、今のアメリカのように、お金のない人は無保険で、診療費が払えないから病院に行けない、ということにもなるわけですよね。

孫崎
 そして、そうした米国企業の進出を担保するのが、TPPに含まれる「ISD条項(投資家対国家の紛争解決の条項)」です。これは、インベスター(投資者)が、国家の政策によって投資の利益が保護されなかったと感じたときに相手国家を訴えられる制度。
 生命保険だけではなく農産物でも何でも、国内法のさまざまな規制によって投資者が「期待値を損なわれた」と思ったら訴訟を起こし、日本に罰金を課すことができるのです。
 しかし、これはほとんど知られていません。

編集部
 TPPの問題については、農業の問題くらいしか注目されていませんが、ほかにも大きな影響があるのですね。しかし今、TPP参加に反対を言っている政党は、「国民の生活が第一」など少数です。

孫崎
 そう。だから、本当に政治家が劣化して、ものを考えずに自分の地位を得るための存在になってしまったと思います。

  外交をうまく進めるには「相手の利益」を考えること

編集部
 さて、孫崎さんはずっと外交官でいらっしゃいましたが、「外交」というのは非常に幅広いお仕事ではないかと思います。
 例えば外交官の力によって、外国との間に何か取り決めをするときの条件が大きく変わる、結果として国益にも大きな影響を及ぼすといったこともあるのではないでしょうか?

孫崎
 私が外交官だった時、情報収集衛星の導入についてアメリカと交渉したことがありました。
 1998年に北朝鮮の「ミサイル」発射実験がありましたよね。それを機に日本は、情報収集のために独自の衛星を持とうとしたのです。ところが、アメリカは「我々が情報を渡すから、日本は別なところに資金を使え」と拒絶しました。
 私はなぜアメリカがそういうかを把握し、交渉を重ねて、結果的に情報収集衛星の導入を実現できたんです。外交をうまく進めるには、「私たちはこう思っている」というだけではなく、「相手が何を思っているか」を知り、自分のやりたいことが「相手の利益にもなっている」ことを伝えるのが重要だと感じました。
 外交というのは強く自分の立場を主張すればいいんだという人がいますが、そんなことでは絶対に合意できません。常に、相手の利益に立って、自分の意見を主張することが大事です。

編集部
 領土問題における「棚上げ論」にも通底する考え方ですね。

孫崎
 そういうことです。総取りはしない。50/50でいいじゃないですか。

編集部
 他国といい関係を築いていくために、そうした高度な「外交」ではなく、市民ができることもあるのでしょうか?

孫崎
 一番は、事実を理解していくことです。事実がわかれば、日本人は動きます。
 今まではあまりにも事実ではないことを信じてきましたから、それを解きほぐさなければなりません。

編集部
 やはり自分で情報を得て自分で考えるということなのですね。日本人が、今まで最も苦手としてきた部分かもしれませんが、3・11を機にそこが一番変わりました。希望は捨てないでいたいですね。本日はありがとうございました。

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 このブログ内の孫崎氏関連ページ。

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