雇用の問題:三橋
2012-08-17
失業者の増加は本人と家族を悲惨な窮乏に落としこむが、それだけではない。
国民経済としては、勤労家計の可処分所得を減らすことで消費需要を減らし、それが企業投資を減らしてデフレ恐慌の悪循環へと導く。
さらに若年失業者の増大は、非正規、派遣労働もさることながら、熟練労働者の減少を招くことで、将来的な労働生産性の下降に至る。
つまり、将来(2、30年後)の供給不足とそれによるインフレ不況を作り出す。
放置して、これを繰り返すと好況期の非常に短い循環となり、生産力の非常に低い国民経済が出来上がる。
ギリシャはユーロの失敗例だが、アフリカ、ラテンアメリカなどに多い生産力の非常に低い国は、政権の怠惰と欧米帝国主義の収奪によって放置されてきたのである。
御用経済学は語らないが、雇用の問題は資本主義の経済体制では金融や株価などよりも、最も重要な指標である。
参考関連ページ「労働分配率の強制修正」、「世界で日本のみデフレ」、「勤労者の窮乏化は恐慌への道づくり」、「日本の労働は封建主義の農奴農民か」、「資本主義万能の神話」、「逆進課税とデフレ恐慌」。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
雇用の問題 8/16 三橋貴明 Klugから
現在の日本および世界で発生している各種の経済問題の中で、最も重要かつ深刻なのは「雇用の問題」である。
アメリカでは2007年11月からの四年間で、およそ870万人分の正規雇用が失われてしまった。この期間、本来であれば約700万人が労働市場へ新規参入したはずであるため、実際の雇用喪失は1500万人分を超えることになる。
アメリカの失業保険が支払われる期間は、六か月間である。六か月経っても職を見つけられない失業者は、所得を全く得られない状況になってしまう。
結果的に、彼らは最終的には飢えることになる(さすがに政府が支援をしているが)。
アメリカで職を失うと、失業者は「飢え」に加えて「医療」という、まことに深刻な問題と直面することになる。ご存じの通り、アメリカでは貧困層と老齢者向け以外の公的医療保険の制度がない。
一般のアメリカ人は企業経由で民間の医療保険に加入するが(この民間保険自体が実にひどいシステムなのだが)、失業すると健康保険をも失い、病気や怪我で「人生を失う」ことになってしまうのだ。
現在のアメリカの無保険者は、5000万人を超えている。個人破産の理由のトップが「医療費の未払い」などという国は、先進国の中で間違いなくアメリカだけだ。
アメリカで失業者が急激に増えているのは、もちろん不動産バブルが崩壊したためだ。
07年(厳密には06年末)まで続いた不動産バブル期、アメリカの家計は自らの稼ぎ(所得)以上に支出をしていた。すなわち、借入残高を増やしていたわけだ。
資本主義経済とは「誰か」が負債を増やさなければ、成長のしようがない。通常の資本主義国において、負債を増やすべき経済主体は、もちろん企業だ。
ところが、アメリカの企業は01年のITバブル崩壊により、負債や投資を増やせる状況ではなくなってしまった。いわゆる、バランスシート不況に陥ったのである。
いや、厳密には「陥るはずだった」だ。ITバブル崩壊で、企業の負債と投資減少により、アメリカ経済は不況に「ならなければならなかった」。
ところが、当時のFRB議長のグリーンスパン氏が、政策金利を断続的に引き下げ、家計の「住宅ローン」を増やすことで不況入りを食い止めようとしたのである。前回取り上げた、ECBの「ドイツ経済を救うため」の利下げと同じだ。
結果的に、確かにアメリカ経済は、家計の負債増により不況入りを食い止めることができた。しかも、この時期にITと金融工学による「債権の証券化手法」が一気に広まった。
住宅ローンを提供したアメリカの金融会社は、債権を証券化し(CDOなど)外国に売り飛ばすことで、債権保有のリスクから解放されてしまったのである。
当然の結果として、本来はローンを組めない層(サブプライム層)に対してまで、住宅ローンのビジネスが爆発的に拡大してしまった。
無論、サブプライム層向けのローンは金利が高く設定されていたわけだが、当時のアメリカは何しろ不動産バブルだった。
しかも、金融会社側はオプションARMなど、ローンを組んだ当初数年間は「元利払い不要」という「おまけ」までつけ、サブプライムローンを提供していったのである。
無論、オプションARMの期間が終了すると(リセット、と呼ぶ)、サブプライム層がローンを返済できなくなることはわかり切っていた。だが、
「大丈夫。不動産価格が上がっているから、いざとなれば住宅を売り払ってしまえば、結果的には儲かりますよ」
と、金融会社側はサブプライム層を煽りまくり、次々に住宅ローンを組ませていったのである。
サブプライムローンのビジネスは、初めから「不動産バブル」が前提になっていたのだ。
また、アメリカ人は住宅ローンの残高を積み上げるのみならず、不動産価格上昇分を新たに借り入れ、消費などに使うホーム・エクイティ・ローンも増やしていった。
さらにはクレジットカード、自動車ローンなど、アメリカの家計はとにかく負債残高を積み増し続け、消費や投資を増やすことで世界経済を牽引したのである。
だが、祭りは終わった。最も脆弱な経済主体である「家計」の負債拡大に依存した経済成長など、所詮は持続不可能だったという話である。
バブルが崩壊し、さらにバブル崩壊のしわ寄せが中間層、貧困層を直撃する社会構造になっていたため、アメリカの失業率は一気に急騰した。
2010年にはついに10%の大台を突破してしまった。現在は、FRBやアメリカ政府の努力もあり、何とか失業率を一桁に押し戻したが、それでも8.2%だ。
とはいえ、恐ろしいことに現在のアメリカの雇用環境は、これでも欧州諸国と比べるとマシなのである。
【図167-1 主要国の12年6月時点 失業率(単位:%)】

出典:ユーロスタット
『2012年7月31日 ブルームバーグ「ユーロ圏:6月の失業率11.2%、統計開始来最悪-景気減速で」
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-M80P6B6K50Y201.html
ユーロ圏の6月の失業率は統計始まって以来の最悪となった。深刻化する債務危機と景気低迷が企業に人員削減を促した。
欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)の31日の発表によると、6月の失業率は11.2%で、1995年の統計開始以来の最高となった。5月の数値は先に報じられた11.1%から11.2%に改定された。(後略)』
『2012年8月9日 ロイター「5月のギリシャ失業率、過去最悪の23.1%に」
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPTK817910820120809
ギリシャ統計局(ELSTAT)が9日発表した5月の失業率は23.1%と、過去最悪を記録した。
4月の失業率(改定値)は22.6%。
ギリシャでは深刻な景気後退で雇用情勢の悪化が続いている。
同国の失業率はユーロ圏の平均の約2倍となっている。』
スペインの失業率は24.8%と、今やアメリカ大恐慌期(の最悪期)の水準に、あと0.1%と迫っている。また、ギリシャの失業率も23.1%と、スペインの水準にほぼ並んだ。しかも、両国の若年層失業率は50%超である。若者の半分は就職先が見つからない社会とは、いかなるものなのだろうか。
失業は、失業者が所得を得られないというミクロ的な問題に加え、マクロ(国民経済的に)的にも「国民経済の供給能力が引き継がれず、喪失してしまう」という、まことに深刻な事態を引き起こす。経済学における「国民経済の供給能力」すなわち潜在GDPには、当たり前だが「その国の労働者の能力」も含まれている。というよりも、潜在GDPとは、
「その国の設備がフル稼働し、労働者が『全員』働いた場合の生産額」
を意味しているのだ。
要するに、完全雇用時の仮想的なGDPが潜在GDPという話だ。完全雇用状態にある場合、国民が労働者として生産やサービスの供給に従事すると同時に、技術やスキル、ノウハウなどが若い世代へと継承されていく。この「継承」が無い場合、強大な供給能力を誇る国民経済といえども、数十年たつと衰退してしまうのだ。具体的には、モノの生産やサービスの供給が不可能になってしまい、インフレ率が高騰するわけである。
現在のスペインやギリシャでは、若者の過半が職を得ていない。すなわち、彼らに対し現役世代の技術やスキル、ノウハウが受け継がれないという話である。二十年後、三十年後の両国は、一体いかなる国家になっているのだろうか。あまり想像したくない。
雇用の喪失とは、ミクロ的に失業者を飢えさせると同時に、マクロ的には「長期的な成長を不可能にする」という大問題なのだ。ところが、日本の評論家の中には、
「農業や医療の既得権益を潰せ! 公務員を減らせ! 土建屋は潰せ!」
などと、自らはマスコミという既得権益に守られながら、他人の失職を軽々しく煽る連中がいる。
彼らは「失業」の意味を、果たして理解しているのだろうか。失業が長期化し、若年層失業率が上昇すると、国民経済の供給能力(潜在GDP)が次第に毀損していき、最終的には彼ら自身も困ってしまうことになるのだ。
例えば、
「食料を買いたくても、モノがない。家を建てたくても、建築できる企業がない。病院に行っても、医者がいない。十分な治療が受けられない」
という社会になったとして、彼らはいかなる感想を覚えるのだろうか。国民が次々に失業状態に陥り、所得を得られなくなることは、未来における「モノの生産」「サービスの供給」を不可能にしてしまうのである。
所得の定義は、
「誰かが働き、付加価値を生み出し、それに対し消費もしくは投資として支出された金額」
である。所得と雇用は不可分なのだ。失業者は職を得られず、所得を得られない。先述の通り、所得を得られなくなった人間は、最終的には飢える羽目になる。
人々が飢えるパターンというのは、実は二つある。一つ目は「モノ不足」によるインフレ率高騰だ。モノ(食料など)が足りなければ、消費のしようがないため、国民は飢えの恐怖から暴動を起こし、大抵のケースでは政権が転覆する(昨年初めのジャスミン革命やムバラク政権の崩壊などが典型だ)。
それに対し、極度の需要不足、雇用不足により失業率が上昇した場合も、やはり国民は飢える。インフレ率高騰時と比べ、雇用不足による飢えがむしろ深刻に思えるのは、失業率が上昇しているときは、多くの国民は実は飢えていないという点である。インフレの負担は国民全体に及ぶわけだが、デフレによる所得不足の負担は「失業者」に集中することになってしまうのだ。
結果、国内で「飢える者」と「飢えない者」との間に格差が生じ、インフレ期同様に(あるいはそれ以上に)社会が不安定化してしまう。国民の間に「救世主願望」が生じ、ナチス・ドイツのような政権が「民主主義」により生まれたりするわけだ。
そういう意味で、現在のスペインやギリシャでも、この種の「リセット願望」が生まれているのではないかと想像する。とはいえ、スペインやギリシャの場合、ユーロから離脱するという「リセット」こそが、まさに唯一の正しい解決策ということになる。
ユーロに留まる限り、両国は極端に生産性が高いドイツやオランダからの輸出攻勢を受け続けなければならず、さらに緊縮財政で国民が貧乏になることを強いられる。無論、失業率はさらに上昇し、国内の閉塞感は拡大していくことになるだろう。
極めて問題に思えるのは、スペインやギリシャが、アメリカ大恐慌期並みに失業率が上がっているにも関わらず、相変わらず主流派経済学者や政治家が、
「失業率が高いのは、雇用の流動性が低いためだ」
「職種のミスマッチがあるためだ。失業者を再教育すればいい」
「労働者がより低い賃金を受け入れないから、失業者のままなのだ」
などと、セイの法則や完全雇用を前提にしたソリューションを主張し続け、政府の有効需要創出による雇用対策という、真っ当な政策を否定し続けることだ。むしろ、真逆の政策(緊縮財政)をスペインやギリシャに強制し、状況を悪化させていっている。
ケインズ研究家のロバートスキデルスキー氏は、
「最近、圧倒的な力を持っていた新古典派経済学が どれほどの害悪を与えたかは、簡単には記せないほどである。歴史上、これほど奇妙な考え方に優秀な人達が熱中した例はまずない」
と語っているが、まさにその通りだ。もっとも、「経済学」が全く現実の問題解決に役立たず、人々を不幸に陥れるだけの存在に落ちぶれてしまったのは、「歴史上初めて」ではなく「二度目」ではあるが(一度目は大恐慌期)。
それにしても、現実の経済現象(雇用問題)の解決に全く役立たたない「経済学」という学問に、本当に存在価値があるのだろうか。筆者は心から疑問に思ってしまうわけである。
国民経済としては、勤労家計の可処分所得を減らすことで消費需要を減らし、それが企業投資を減らしてデフレ恐慌の悪循環へと導く。
さらに若年失業者の増大は、非正規、派遣労働もさることながら、熟練労働者の減少を招くことで、将来的な労働生産性の下降に至る。
つまり、将来(2、30年後)の供給不足とそれによるインフレ不況を作り出す。
放置して、これを繰り返すと好況期の非常に短い循環となり、生産力の非常に低い国民経済が出来上がる。
ギリシャはユーロの失敗例だが、アフリカ、ラテンアメリカなどに多い生産力の非常に低い国は、政権の怠惰と欧米帝国主義の収奪によって放置されてきたのである。
御用経済学は語らないが、雇用の問題は資本主義の経済体制では金融や株価などよりも、最も重要な指標である。
参考関連ページ「労働分配率の強制修正」、「世界で日本のみデフレ」、「勤労者の窮乏化は恐慌への道づくり」、「日本の労働は封建主義の農奴農民か」、「資本主義万能の神話」、「逆進課税とデフレ恐慌」。
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雇用の問題 8/16 三橋貴明 Klugから
現在の日本および世界で発生している各種の経済問題の中で、最も重要かつ深刻なのは「雇用の問題」である。
アメリカでは2007年11月からの四年間で、およそ870万人分の正規雇用が失われてしまった。この期間、本来であれば約700万人が労働市場へ新規参入したはずであるため、実際の雇用喪失は1500万人分を超えることになる。
アメリカの失業保険が支払われる期間は、六か月間である。六か月経っても職を見つけられない失業者は、所得を全く得られない状況になってしまう。
結果的に、彼らは最終的には飢えることになる(さすがに政府が支援をしているが)。
アメリカで職を失うと、失業者は「飢え」に加えて「医療」という、まことに深刻な問題と直面することになる。ご存じの通り、アメリカでは貧困層と老齢者向け以外の公的医療保険の制度がない。
一般のアメリカ人は企業経由で民間の医療保険に加入するが(この民間保険自体が実にひどいシステムなのだが)、失業すると健康保険をも失い、病気や怪我で「人生を失う」ことになってしまうのだ。
現在のアメリカの無保険者は、5000万人を超えている。個人破産の理由のトップが「医療費の未払い」などという国は、先進国の中で間違いなくアメリカだけだ。
アメリカで失業者が急激に増えているのは、もちろん不動産バブルが崩壊したためだ。
07年(厳密には06年末)まで続いた不動産バブル期、アメリカの家計は自らの稼ぎ(所得)以上に支出をしていた。すなわち、借入残高を増やしていたわけだ。
資本主義経済とは「誰か」が負債を増やさなければ、成長のしようがない。通常の資本主義国において、負債を増やすべき経済主体は、もちろん企業だ。
ところが、アメリカの企業は01年のITバブル崩壊により、負債や投資を増やせる状況ではなくなってしまった。いわゆる、バランスシート不況に陥ったのである。
いや、厳密には「陥るはずだった」だ。ITバブル崩壊で、企業の負債と投資減少により、アメリカ経済は不況に「ならなければならなかった」。
ところが、当時のFRB議長のグリーンスパン氏が、政策金利を断続的に引き下げ、家計の「住宅ローン」を増やすことで不況入りを食い止めようとしたのである。前回取り上げた、ECBの「ドイツ経済を救うため」の利下げと同じだ。
結果的に、確かにアメリカ経済は、家計の負債増により不況入りを食い止めることができた。しかも、この時期にITと金融工学による「債権の証券化手法」が一気に広まった。
住宅ローンを提供したアメリカの金融会社は、債権を証券化し(CDOなど)外国に売り飛ばすことで、債権保有のリスクから解放されてしまったのである。
当然の結果として、本来はローンを組めない層(サブプライム層)に対してまで、住宅ローンのビジネスが爆発的に拡大してしまった。
無論、サブプライム層向けのローンは金利が高く設定されていたわけだが、当時のアメリカは何しろ不動産バブルだった。
しかも、金融会社側はオプションARMなど、ローンを組んだ当初数年間は「元利払い不要」という「おまけ」までつけ、サブプライムローンを提供していったのである。
無論、オプションARMの期間が終了すると(リセット、と呼ぶ)、サブプライム層がローンを返済できなくなることはわかり切っていた。だが、
「大丈夫。不動産価格が上がっているから、いざとなれば住宅を売り払ってしまえば、結果的には儲かりますよ」
と、金融会社側はサブプライム層を煽りまくり、次々に住宅ローンを組ませていったのである。
サブプライムローンのビジネスは、初めから「不動産バブル」が前提になっていたのだ。
また、アメリカ人は住宅ローンの残高を積み上げるのみならず、不動産価格上昇分を新たに借り入れ、消費などに使うホーム・エクイティ・ローンも増やしていった。
さらにはクレジットカード、自動車ローンなど、アメリカの家計はとにかく負債残高を積み増し続け、消費や投資を増やすことで世界経済を牽引したのである。
だが、祭りは終わった。最も脆弱な経済主体である「家計」の負債拡大に依存した経済成長など、所詮は持続不可能だったという話である。
バブルが崩壊し、さらにバブル崩壊のしわ寄せが中間層、貧困層を直撃する社会構造になっていたため、アメリカの失業率は一気に急騰した。
2010年にはついに10%の大台を突破してしまった。現在は、FRBやアメリカ政府の努力もあり、何とか失業率を一桁に押し戻したが、それでも8.2%だ。
とはいえ、恐ろしいことに現在のアメリカの雇用環境は、これでも欧州諸国と比べるとマシなのである。
【図167-1 主要国の12年6月時点 失業率(単位:%)】

出典:ユーロスタット
『2012年7月31日 ブルームバーグ「ユーロ圏:6月の失業率11.2%、統計開始来最悪-景気減速で」
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-M80P6B6K50Y201.html
ユーロ圏の6月の失業率は統計始まって以来の最悪となった。深刻化する債務危機と景気低迷が企業に人員削減を促した。
欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)の31日の発表によると、6月の失業率は11.2%で、1995年の統計開始以来の最高となった。5月の数値は先に報じられた11.1%から11.2%に改定された。(後略)』
『2012年8月9日 ロイター「5月のギリシャ失業率、過去最悪の23.1%に」
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPTK817910820120809
ギリシャ統計局(ELSTAT)が9日発表した5月の失業率は23.1%と、過去最悪を記録した。
4月の失業率(改定値)は22.6%。
ギリシャでは深刻な景気後退で雇用情勢の悪化が続いている。
同国の失業率はユーロ圏の平均の約2倍となっている。』
スペインの失業率は24.8%と、今やアメリカ大恐慌期(の最悪期)の水準に、あと0.1%と迫っている。また、ギリシャの失業率も23.1%と、スペインの水準にほぼ並んだ。しかも、両国の若年層失業率は50%超である。若者の半分は就職先が見つからない社会とは、いかなるものなのだろうか。
失業は、失業者が所得を得られないというミクロ的な問題に加え、マクロ(国民経済的に)的にも「国民経済の供給能力が引き継がれず、喪失してしまう」という、まことに深刻な事態を引き起こす。経済学における「国民経済の供給能力」すなわち潜在GDPには、当たり前だが「その国の労働者の能力」も含まれている。というよりも、潜在GDPとは、
「その国の設備がフル稼働し、労働者が『全員』働いた場合の生産額」
を意味しているのだ。
要するに、完全雇用時の仮想的なGDPが潜在GDPという話だ。完全雇用状態にある場合、国民が労働者として生産やサービスの供給に従事すると同時に、技術やスキル、ノウハウなどが若い世代へと継承されていく。この「継承」が無い場合、強大な供給能力を誇る国民経済といえども、数十年たつと衰退してしまうのだ。具体的には、モノの生産やサービスの供給が不可能になってしまい、インフレ率が高騰するわけである。
現在のスペインやギリシャでは、若者の過半が職を得ていない。すなわち、彼らに対し現役世代の技術やスキル、ノウハウが受け継がれないという話である。二十年後、三十年後の両国は、一体いかなる国家になっているのだろうか。あまり想像したくない。
雇用の喪失とは、ミクロ的に失業者を飢えさせると同時に、マクロ的には「長期的な成長を不可能にする」という大問題なのだ。ところが、日本の評論家の中には、
「農業や医療の既得権益を潰せ! 公務員を減らせ! 土建屋は潰せ!」
などと、自らはマスコミという既得権益に守られながら、他人の失職を軽々しく煽る連中がいる。
彼らは「失業」の意味を、果たして理解しているのだろうか。失業が長期化し、若年層失業率が上昇すると、国民経済の供給能力(潜在GDP)が次第に毀損していき、最終的には彼ら自身も困ってしまうことになるのだ。
例えば、
「食料を買いたくても、モノがない。家を建てたくても、建築できる企業がない。病院に行っても、医者がいない。十分な治療が受けられない」
という社会になったとして、彼らはいかなる感想を覚えるのだろうか。国民が次々に失業状態に陥り、所得を得られなくなることは、未来における「モノの生産」「サービスの供給」を不可能にしてしまうのである。
所得の定義は、
「誰かが働き、付加価値を生み出し、それに対し消費もしくは投資として支出された金額」
である。所得と雇用は不可分なのだ。失業者は職を得られず、所得を得られない。先述の通り、所得を得られなくなった人間は、最終的には飢える羽目になる。
人々が飢えるパターンというのは、実は二つある。一つ目は「モノ不足」によるインフレ率高騰だ。モノ(食料など)が足りなければ、消費のしようがないため、国民は飢えの恐怖から暴動を起こし、大抵のケースでは政権が転覆する(昨年初めのジャスミン革命やムバラク政権の崩壊などが典型だ)。
それに対し、極度の需要不足、雇用不足により失業率が上昇した場合も、やはり国民は飢える。インフレ率高騰時と比べ、雇用不足による飢えがむしろ深刻に思えるのは、失業率が上昇しているときは、多くの国民は実は飢えていないという点である。インフレの負担は国民全体に及ぶわけだが、デフレによる所得不足の負担は「失業者」に集中することになってしまうのだ。
結果、国内で「飢える者」と「飢えない者」との間に格差が生じ、インフレ期同様に(あるいはそれ以上に)社会が不安定化してしまう。国民の間に「救世主願望」が生じ、ナチス・ドイツのような政権が「民主主義」により生まれたりするわけだ。
そういう意味で、現在のスペインやギリシャでも、この種の「リセット願望」が生まれているのではないかと想像する。とはいえ、スペインやギリシャの場合、ユーロから離脱するという「リセット」こそが、まさに唯一の正しい解決策ということになる。
ユーロに留まる限り、両国は極端に生産性が高いドイツやオランダからの輸出攻勢を受け続けなければならず、さらに緊縮財政で国民が貧乏になることを強いられる。無論、失業率はさらに上昇し、国内の閉塞感は拡大していくことになるだろう。
極めて問題に思えるのは、スペインやギリシャが、アメリカ大恐慌期並みに失業率が上がっているにも関わらず、相変わらず主流派経済学者や政治家が、
「失業率が高いのは、雇用の流動性が低いためだ」
「職種のミスマッチがあるためだ。失業者を再教育すればいい」
「労働者がより低い賃金を受け入れないから、失業者のままなのだ」
などと、セイの法則や完全雇用を前提にしたソリューションを主張し続け、政府の有効需要創出による雇用対策という、真っ当な政策を否定し続けることだ。むしろ、真逆の政策(緊縮財政)をスペインやギリシャに強制し、状況を悪化させていっている。
ケインズ研究家のロバートスキデルスキー氏は、
「最近、圧倒的な力を持っていた新古典派経済学が どれほどの害悪を与えたかは、簡単には記せないほどである。歴史上、これほど奇妙な考え方に優秀な人達が熱中した例はまずない」
と語っているが、まさにその通りだ。もっとも、「経済学」が全く現実の問題解決に役立たず、人々を不幸に陥れるだけの存在に落ちぶれてしまったのは、「歴史上初めて」ではなく「二度目」ではあるが(一度目は大恐慌期)。
それにしても、現実の経済現象(雇用問題)の解決に全く役立たたない「経済学」という学問に、本当に存在価値があるのだろうか。筆者は心から疑問に思ってしまうわけである。
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