なぜ改札が必要なんですか?
2012-05-31
改札を機械化する日本、改札をなくす韓国―情報化の本質とは何か 5/29 廉 宗淳 ダイヤモンド・オンライン
「なぜ改札が必要なんですか?」
私は、日本で政府や地方自治体の情報政策に関わる一方で、政治家や企業のトップを連れて韓国のIT事情を視察するツアーを主催してきました。このため、日韓の情報化を相対的に理解しており、そのことについて話をする機会も非常に多くあります。
そうした経験を通じて、日ごろから「情報化の本質とは何か」について深く考えてきました。この連載を通じて私のそうした視点をみなさんと共有し、日本企業や政府・自治体が取り組む情報化、ITによる業務変革を、従来よりも効果的に進めていく参考にしてもらえたらうれしいです。
連載第1回は、最近、私が情報化の本質について、非常に考えさせられたできごとについてご紹介しましょう。

ソウル駅のKTX専用乗り場入り口。改札は無く、そのまま奥がホーム
4月に韓国に行ったときのことです。ソウルから、日本で言う新幹線にあたるKTX(韓国高速鉄道)に乗ることになりました。チケットは事前にインターネットで予約して料金も支払済みです。
ソウル駅に着いた私は、KTXの乗り場で改札を探して歩き回ったのですが見つかりませんでした。不安になりながら、「入り口」という表示に沿って進んだのですが、結局改札を通らないまま、列車に乗ることができてしまいました。
予約してある自分の座席に座りましたが、不安でどうも落ち着かない。
ちょうど車掌が通りがかったので呼び止めて、「チケットはこの通り持っているんだが、改札を通らないで乗ってしまった」と正直に話しました。
すると、「改札はないんですよ」というではありませんか。驚いて「なぜ改札がないんですか?」と聞いたところ、「なぜ改札が必要だと思うんですか?」と、逆に車掌から聞き返されてしまいました。
私が、「予約をとらずに駅に来た人は、そのまま不正乗車できてしまうのでは?」と答えたところ、車掌は、手元にあるハンディターミナルを見れば、どの席が空席かはわかるし、駅と駅の間の区間が長いので、不正乗車が分かれば走行中の列車から逃げることはできない。確かに不正乗車はゼロではないが、取り締まることはできるし、ある「かも」しれない不正を防ぐために、すべての駅に改札を設け、高額な改札装置を設置し人員を置くのはコストのムダだと説明しました。
私は、なるほど、「駅務の自動化」を突き詰めるとこういうことになるのかと思いました。高度に機械化された改札装置を各駅に設置するのではなく、車掌に使いやすい端末を持たせて、全駅の改札を廃止してしまう。非常に合理的です。
一方、日本の場合は、情報化・コンピュータ化によるコスト削減というと、まっさきに人員削減を考えます。つまり、人を減らして機械で置き換えていく方法をとろうとするのです。
しかしこれでは、いくら機械を安く作っても「そもそも機械を設置しない」のと比べればコストはかかります。サービスの品質が上がったりお客様にとって便利になったりというメリットもありません。
固定観念にとらわれ、「今あるものをどう変えるか」という発想で考えるのではなく、ゼロベースで業務プロセスそのものを変えるという発想の方が、コスト効果が高く、かつ、サービス品質やお客様の満足度も高まることが多いのです。
情報化の本質とはここにあります。
我慢強い消費者が、真の情報化を遅らせている
もう1つ、青森に行ったときのエピソードをご紹介しましょう。
私は市行政の情報化について、青森市の職員としてアドバイスを行う情報政策調整監の役職にあるため、頻繁に青森を訪れます。
昨年の冬に青森に行き、飛行機で東京に帰ってこようとしたときのことです。午後7時ごろの飛行機に乗るはずが、雪のために出発が1時間遅れるとのアナウンスがありました。
空港で待たされ、8時ごろにようやく搭乗できたのですが、機体に雪が積もったという理由でそのまま30分待たされました。
その後も、滑走路に雪が積もったので除雪作業のために30分、そしてまた機体に雪が積もったので30分……と、結局離陸は午後10時すぎになったのです。
しかしその時間だと、羽田空港に着いても電車は終わっていて、自宅に帰ることができません。機内で客室乗務員に聞いたところ、「羽田空港に着いてから地上係に聞いてください」と言われました。
そして羽田空港で地上係に聞いたところ、「外にタクシーが止まっているので、ご自由にご利用ください」と言うではありませんか。もちろん「自腹で」です。
近くのホテルの部屋を確保してくれるなり、せめて都心までシャトルバスを用意するのが普通だろうと思いましたが、それよりも驚いたのが、乗客の誰も文句を言っていないということでした。韓国だったら、航空会社に対して大騒ぎをしていると思います。
なぜ日本の消費者は怒らないのでしょうか? これでは航空サービスが良くなるはずもありません。
韓国は、国連の電子政府ランキングでここ数年、1位が定位置になっていますが、当の韓国国民は、まったくそういった実感を持っていません。
住民票などのさまざまな手続きが自宅のパソコンから簡単にできたり、行政サービスの手続きが簡単であるということも、慣れてしまうと当たり前になる。
そして、もっと質が高く、便利なものを求めるようになります。
こうして、サービスを提供する側と、サービスを受ける側が刺激しあって情報化を促進し、全体が良くなるのです。
まずは消費者が賢く、貪欲になる必要があります。
不便で高コストのサービスを我慢することで、結局損をするのは消費者なのです。
「コンピュータ化」と「情報化」
昔は、農水産業、製造業、流通業、運送業、サービス業など、さまざまな業種の1つとして、並列して「情報通信産業」がありました。
しかし今は違います。複数の業種は繋がっていて、境目がほとんどありません。特に情報通信は、すべての業種と繋がっており、密接に関わっています。
既存のビジネスとITを融合する「ITコンバージェンス」という概念が非常に重要です。
ITコンバージェンスを考えるうえで、「電算化」と「情報化」を一緒にして考えてしまっている人が非常に多いのですが、これはまったく別のものです。
電算化は、人間が行っていた単純反復的な作業をコンピュータに置き換えるだけです。日本ではまだこちらの発想が多い。
一方、情報化は、一度既存の仕組みをゼロにして、枠組みから新たに考えなおすものです。最初にご紹介した、改札のないKTXがこれにあたります。
電子行政の例に照らし合わせると、「いつでもどこでも住民票が取れる」といったことを目的にするのは、真の情報化ではありません。これは単なる電算化です。
そうではなく、そもそも住民票というのは、公的機関や金融機関など公共性の高い機関での手続きのために必要ということが多い。
であれば、A区に住む住民がB区役所でA区の住民票を取得して目的の機関に提出する、というようなことではなく、A区役所と提出先の機関が直接やり取りできるようなシステムにするべきであって、公的機関同士の連絡作業に、わざわざ当の住民を煩わせる必要はないはずです。
表面的な多少のコスト削減に惑わされるのではなく、業務全体を変えることによってサービスを良くし、業務効率を上げてコストも下げる。これが真の情報化なのです。
消費者側もそれに早く気付き、「わがまま」になって、真の情報化を求めていくことが必要でしょう。
「なぜ改札が必要なんですか?」
私は、日本で政府や地方自治体の情報政策に関わる一方で、政治家や企業のトップを連れて韓国のIT事情を視察するツアーを主催してきました。このため、日韓の情報化を相対的に理解しており、そのことについて話をする機会も非常に多くあります。
そうした経験を通じて、日ごろから「情報化の本質とは何か」について深く考えてきました。この連載を通じて私のそうした視点をみなさんと共有し、日本企業や政府・自治体が取り組む情報化、ITによる業務変革を、従来よりも効果的に進めていく参考にしてもらえたらうれしいです。
連載第1回は、最近、私が情報化の本質について、非常に考えさせられたできごとについてご紹介しましょう。

ソウル駅のKTX専用乗り場入り口。改札は無く、そのまま奥がホーム
4月に韓国に行ったときのことです。ソウルから、日本で言う新幹線にあたるKTX(韓国高速鉄道)に乗ることになりました。チケットは事前にインターネットで予約して料金も支払済みです。
ソウル駅に着いた私は、KTXの乗り場で改札を探して歩き回ったのですが見つかりませんでした。不安になりながら、「入り口」という表示に沿って進んだのですが、結局改札を通らないまま、列車に乗ることができてしまいました。
予約してある自分の座席に座りましたが、不安でどうも落ち着かない。
ちょうど車掌が通りがかったので呼び止めて、「チケットはこの通り持っているんだが、改札を通らないで乗ってしまった」と正直に話しました。
すると、「改札はないんですよ」というではありませんか。驚いて「なぜ改札がないんですか?」と聞いたところ、「なぜ改札が必要だと思うんですか?」と、逆に車掌から聞き返されてしまいました。
私が、「予約をとらずに駅に来た人は、そのまま不正乗車できてしまうのでは?」と答えたところ、車掌は、手元にあるハンディターミナルを見れば、どの席が空席かはわかるし、駅と駅の間の区間が長いので、不正乗車が分かれば走行中の列車から逃げることはできない。確かに不正乗車はゼロではないが、取り締まることはできるし、ある「かも」しれない不正を防ぐために、すべての駅に改札を設け、高額な改札装置を設置し人員を置くのはコストのムダだと説明しました。
私は、なるほど、「駅務の自動化」を突き詰めるとこういうことになるのかと思いました。高度に機械化された改札装置を各駅に設置するのではなく、車掌に使いやすい端末を持たせて、全駅の改札を廃止してしまう。非常に合理的です。
一方、日本の場合は、情報化・コンピュータ化によるコスト削減というと、まっさきに人員削減を考えます。つまり、人を減らして機械で置き換えていく方法をとろうとするのです。
しかしこれでは、いくら機械を安く作っても「そもそも機械を設置しない」のと比べればコストはかかります。サービスの品質が上がったりお客様にとって便利になったりというメリットもありません。
固定観念にとらわれ、「今あるものをどう変えるか」という発想で考えるのではなく、ゼロベースで業務プロセスそのものを変えるという発想の方が、コスト効果が高く、かつ、サービス品質やお客様の満足度も高まることが多いのです。
情報化の本質とはここにあります。
我慢強い消費者が、真の情報化を遅らせている
もう1つ、青森に行ったときのエピソードをご紹介しましょう。
私は市行政の情報化について、青森市の職員としてアドバイスを行う情報政策調整監の役職にあるため、頻繁に青森を訪れます。
昨年の冬に青森に行き、飛行機で東京に帰ってこようとしたときのことです。午後7時ごろの飛行機に乗るはずが、雪のために出発が1時間遅れるとのアナウンスがありました。
空港で待たされ、8時ごろにようやく搭乗できたのですが、機体に雪が積もったという理由でそのまま30分待たされました。
その後も、滑走路に雪が積もったので除雪作業のために30分、そしてまた機体に雪が積もったので30分……と、結局離陸は午後10時すぎになったのです。
しかしその時間だと、羽田空港に着いても電車は終わっていて、自宅に帰ることができません。機内で客室乗務員に聞いたところ、「羽田空港に着いてから地上係に聞いてください」と言われました。
そして羽田空港で地上係に聞いたところ、「外にタクシーが止まっているので、ご自由にご利用ください」と言うではありませんか。もちろん「自腹で」です。
近くのホテルの部屋を確保してくれるなり、せめて都心までシャトルバスを用意するのが普通だろうと思いましたが、それよりも驚いたのが、乗客の誰も文句を言っていないということでした。韓国だったら、航空会社に対して大騒ぎをしていると思います。
なぜ日本の消費者は怒らないのでしょうか? これでは航空サービスが良くなるはずもありません。
韓国は、国連の電子政府ランキングでここ数年、1位が定位置になっていますが、当の韓国国民は、まったくそういった実感を持っていません。
住民票などのさまざまな手続きが自宅のパソコンから簡単にできたり、行政サービスの手続きが簡単であるということも、慣れてしまうと当たり前になる。
そして、もっと質が高く、便利なものを求めるようになります。
こうして、サービスを提供する側と、サービスを受ける側が刺激しあって情報化を促進し、全体が良くなるのです。
まずは消費者が賢く、貪欲になる必要があります。
不便で高コストのサービスを我慢することで、結局損をするのは消費者なのです。
「コンピュータ化」と「情報化」
昔は、農水産業、製造業、流通業、運送業、サービス業など、さまざまな業種の1つとして、並列して「情報通信産業」がありました。
しかし今は違います。複数の業種は繋がっていて、境目がほとんどありません。特に情報通信は、すべての業種と繋がっており、密接に関わっています。
既存のビジネスとITを融合する「ITコンバージェンス」という概念が非常に重要です。
ITコンバージェンスを考えるうえで、「電算化」と「情報化」を一緒にして考えてしまっている人が非常に多いのですが、これはまったく別のものです。
電算化は、人間が行っていた単純反復的な作業をコンピュータに置き換えるだけです。日本ではまだこちらの発想が多い。
一方、情報化は、一度既存の仕組みをゼロにして、枠組みから新たに考えなおすものです。最初にご紹介した、改札のないKTXがこれにあたります。
電子行政の例に照らし合わせると、「いつでもどこでも住民票が取れる」といったことを目的にするのは、真の情報化ではありません。これは単なる電算化です。
そうではなく、そもそも住民票というのは、公的機関や金融機関など公共性の高い機関での手続きのために必要ということが多い。
であれば、A区に住む住民がB区役所でA区の住民票を取得して目的の機関に提出する、というようなことではなく、A区役所と提出先の機関が直接やり取りできるようなシステムにするべきであって、公的機関同士の連絡作業に、わざわざ当の住民を煩わせる必要はないはずです。
表面的な多少のコスト削減に惑わされるのではなく、業務全体を変えることによってサービスを良くし、業務効率を上げてコストも下げる。これが真の情報化なのです。
消費者側もそれに早く気付き、「わがまま」になって、真の情報化を求めていくことが必要でしょう。
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