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上杉隆:福島で感じたこと

 上杉隆 「福島で感じた事」 2012.05.10 オンザウェイ・ジャーナル  書き起こし「kiikochan.blog」から
 http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=Xggw6whZ6cs

おはようございます。
えー、元ジャーナリストの上杉隆です。
先週から5カ月ぶりに再開しました「オンザウェイ・ジャーナル 上杉隆 ニュースの見方」
先週は近況として、ドイツに巡回講演旅行。
11日間で15カ所、8つのメディアの取材を受けてきた、その様子などを話しましたが、
今週はそのドイツで話した福島、東日本大震災後の福島原発事故後の福島についてお話しをしたいと思います。

今年1月1日元旦からですね、実は福島の方にたびたび行っております。
当初、拠点をつくるという事で、拠点探しで、年末からずっと場所を探していたんですが、
いくつか理由があって、現在それを若干、ゆっくり、スピードを緩めています。

  福島へ拠点

その理由というのは、一つは郡山、福島などの場所でアパートというか、借りる家などを探していたところ、
いくつか不動産屋さん、それから地元の方に聞いたところ非常に深刻な状態になっていますね。
それは何故かというと、浜通りや原発事故の影響で、
線量の高い地域からいったん避難してきている人たちが、郡山などに集まってきてしまっているために、
家がない」という事が一つありました
そして家賃も若干ですが上がっていると。
そうすると私自身も、急を要する話ではないんですが、仮に私が一つ部屋を借りてしまうと、
浜通りや、その被災地というか線量の高い地域から引っ越しをされてきた方の、場所を奪う事になると、
これ、死活問題とか生活の問題から言うと優先順位はそういう方達の方が高いので、そういう意味で一つ、
若干控えているというのが一つあります。

あとは、もともと拠点を作る目的というのは、やはりチェルノブイリの影響などがあるわけです。
ドイツでも行って来ていろんな方に話を聞いてきました。
チェルノブイリ当時の、東ドイツ西ドイツと当時わかれていましたんで、
東ドイツ側の医学博士や物理学者、そしてなんて言っても政府の方も含めて多くの情報というものを得てきたんですが、
これは非常に残念なことですが、健康被害がいくつか出てくるというのは少し時間差が出てくるんですね。
4年、5年。あるいは26年経った今、
ベラルーシ、ウクライナでもまだ新しい放射能によった者と思われる健康被害が出ている。
こういう状況から、福島も放射能との付き合いが非常に長くなるということで、
私自身も長い付き合いになるという事で、あまり焦っていないというのが現実です。

ただ、そういう意味ではある程度準備という事で場所という問題ではなくて、
自分自身の情報とか生活の拠点という意味では、出来るだけ福島の中に入って直接の声を聞いたり、
あるいはこちらから発信したりしていこうということで、
週末、ほとんど週末、時間があれば必ず福島に入るようにしています。
場所は色々ありますが、いろんな形で入っています。

  病院・医師へむけての講演

最近はですね、ドイツから帰って来てからはお医者さんの、病院の方にいくつか行きました。
特にですね、一つある病院、郡山と福島の間ぐらいのある大きな病院では、
食堂の椅子を全部取っぱらって、
そこに病院のいろんな医療関係者、あるいは患者さんも含めて、200人ぐらいですかね、集めて講演をしました。
なぜ、これ名前を言わないかというと非常に福島の微妙な温度差があります。

わたしが講演をすると、お医者さんのいるところで講演をするというと、
ネットや、あるいは直接「何で講演させたんだ」という、非常に批判が出たりするというですね、
まあ、言論の不自由さというか、そういうものがあって、
私自身はいいんですが、そのお医者さん方にいちいち業務のじゃなをするという事があって、
名前を言いませんが、そこでやりました。

もともとお医者さんの前でやるぐらいですから、適当なことは言えませんで、
もちろんお医者さんの側からもチェックが入るんで、
医療的な見地、これはドイツを含めたIPPMWというヨーロッパのお医者さんの機関からの
資料を持ってきて、それを説明するという会でもあったんですが、
その知見をお話しするという事の会でした。

非常に、ちょっと自分の率直な感想としては、
福島のお医者さんでも放射能問題に関しては素人だと。
もちろん放射線の専門医だとか、甲状腺など、一部のお医者さんに関しては詳しいんですが、
そのお医者さんですら、対放射能の問題に関しては、もちろん経験がほとんどないと、
これは当たり前ですね、日本では原発事故は過去なかったですし、
古くは長崎・広島というのもありますが、これももうすでに70年ほど前近く、
当然ながら現役のお医者さんはいない訳なので、
ま、そういう意味では非常に知識が少ないという事が、自分の中でも驚きでした。

たとえば、セシウムやあるいはその核種の違いというのも、
いったんお医者さんというのは専門から外れると殆ど関係ないので、全く門外漢。
特にたとえば、放射線管理区域などの管理資格者は一部のお医者さんだけで、
それ以外の人達は、興味もなければ問題もないという事で「知らない」というですね、
意外と世間で思っている以上にそういう意味でのお医者さんの違いがあったんですね。

でもこれは当然で、別に私たちも人間といえども、あらゆる事が分かっている訳ではありませんから、
たとえば政治家といったら政治全般で全てが分かっているか?というとそうではないんですね。
政治の分野にもいろんな沢山の分野があって、その専門であるというのがあります。

スポーツ選手と、一言でくくりますが、アスリートでいっても、
野球選手とサッカー選手、これは全く全然違う訳ですから、
それぐらいの差がお医者さんの世界の中にもあるという事が、逆に講演をしながら気づいたことです。

  情報の過疎化がおこっている福島

で、こういうような状況ですから、当然ながら一般の住民に対する情報量というのはもっと少なくなるわけです。
そこで福島で起こっているという事は、なんといっても情報の過疎化と。
これはドーナツ化現象といっていいんでしょうか、非常に逆転現象が起こっているんですね。

この逆転現象というのは、
福島の原発事故の当事者ほど、正しい情報が入りにくい状況になっているということなんです。

何故かというと日本の報道、つまり、記者クラブメディアを中心とした一元化、
過度に一元化された情報によって、
当初ですね、昨年の3月以降、
「放射能の問題はありません」
「健康に直ちに影響を及ぼすものではありません」
「食料は大丈夫です」という事をさんざん流したために、
結果それを修正することができずにですね、誤報にありますから。
その方針をいまだに貫いていると。
で、微調整をしながら修正修理をやっているんですが、それは完全に抜本的な訂正にはならない訳ですね。

ところが、やはり最も不安で最も情報がなかった時に、「安心です安全です」といわれた人達は、
やはり、人間ですから、やっぱりよりよいものを信じたいわけです。

ですから、危険というものと安全というものがあったら、だれでもそうですが、安全を信じたいと。

ただ、信じたいという事と、専門の人間がその危険性を訴えるという事は別の次元なんですが、
残念ながら日本のこの報道機関、並びに言論空間の未熟さによって、
その部分が伝わらないという事が起こっています。

  海外と国内の情報の差

その生の声が、そして現実が伝わりにくいという福島の状況というのは、
ドイツに行って、先週も話した通りですが、よりそれを認識することになりました。
むしろドイツの方がインターネットなどの情報によって、3.11以降の日本の状況を知っていたと。
特に原発事故ですね。
ところが日本は放送局を含めて、
電事連という、電力会社の集合体のスポーンサー等によって成り立っている以上「そこの批判はできない」ということで、
自主規制の元、それが成されなかったと、
ここで大きな一年間によって差が出来てしまったんですね。
やはりこれも塵と積もればではないんですが、
この一年間の情報の過度な差というのは非常に大きなものがあります。

ZDFというドイツのテレビが「フクシマの嘘」という非常に秀逸な番組を流したんですが、
日本のメディアは同時刻にあるにも関わらず、
そのレベルの足元にも及ばない番組でよかったと言っているような始末ですね。

ま、このようなことが起こっている日本ですから、
これは報道の人間、メディアの方の人間の意識の低さという事で、住民には全く問題というか、瑕疵はありません。

ただ、その受けての住民はむしろ被害者な訳です。
いわゆる原発での被害者であり、さらに報道での被害者、二重の被害者になっている訳ですが、
もちろんその部分は目に見えないというのが、いまだ一年間続いている訳ですね。

  福島この一年

ただ、一年前と、現在の日本。
特に福島の状況が少し変わったなというところがあります。

一つはですね、
やはりテレビ新聞などではなくてインターネット、あるいはこのラジオなどで情報を得て、そして自分で判断された方。
つまり、「これは一回出た方がいいかな?」とか、あるいは
「対応したほうがいいかな、対策を講じた方がいいかな」という方が少なからず出たわけですね。

そういう方達っていうのはやはり、アンテナが敏感だったためにですね、
基本的には県外へ出るとか、そういう判断をしました。
ご主人だけちょっと仕事の関係で残って、子どもとお母さんはいったん地方に出ると、
ま、今戻ってきている方達もいますが、いったん出るとかですね、
あるいは転校が非常に福島は多いですね。
そういうふうな人口の流出もありますが、そういう判断をされた方もいます。

本来であれば、政府、あるいは行政が判断しなくてはいけないんですが、
インターネットなどの情報により、個々の住民が判断して、
若干そういう意味ではアンテナの感度が高い方達は、
この一年間で大体そういう対応や対策、あるいは移転というものを行っています。

という事はむしろ現在福島に残っている方達は、
何らかの事情で、やはり残らなくてはいけない方。
そしてこれはいいか悪いかの問題ではありませんが、
放射能の問題に関しては「ここで大丈夫だ」と判断された方が残っていますね。
ですから、そういう部分での温度差というのが少し、若干薄まったと、
むしろ、そこに対する危機感は少し落ち着いた感じになっています。

ただ、これはもちろん見た目で、
日々の生活の中で毎時1マイクロシーベルトを超えるような線量のところ
地上から1m。
ここに普通に人が住んでいるという事自体は、やはりこれは国際的にもちょっと問題なんですね。
特に年配の方はいいとしてもですね、お子さんや、若いこれから子どもを産もうという女性は、
これは放射能の感受性が強い。
特にこどもに関しては、一般の大人よりも放射能に対する感受性が強いために
健康被害になる可能性があるという事は国際的に認められています。

日本のメディアは否定しますが、これは完全に国際的に認められているものですね。
この事を若干無視するような政策が、今現在福島でも行われているという事が、
国際社会から見た目で、少し異質に見えるというのが現状です。

その情報というのは残念ながら福島にはきちんと入っていないような状況ですね。

これは0.23マイクロシーベルト/hというのが、実は除染対象支援区域なんです。
それから1マイクロシーベルト/hを超えるとレントゲンなどの放射線管理区域なんですね
で、こういうような地域というのは年間での総被ばく量というのは、
少しやはり、お子さんにとっては高すぎるというような数字になってしまいます。

そこに、普通に小学校や幼稚園、中学校などが、いま、この4月以降開校したり、
あるいは除染が終わったという事で戻しているんですが、
もちろん、大人たちはいいとしても、
子どもたちは、出来るだけそういうリスクから避けるという事が、こういう放射能事故の対応なんですね。
それはウクライナ、ベラルーシなどの経験からもわたしたち日本特に福島は学ぶべきなんですが、
その話をすると、今福島の方では、なんか「その話はしちゃいけない」
「放射能」という言葉を言いづらいという雰囲気が非常にこの一年間で強くなっています

  「子どもをまもる」方向を見ていない政策

とりわけ、福島の事に関してのみ言いますが、
たとえば瓦礫の処理、
これは広域処理とかいろいろ言われてますが、国会でも論議されました。
410万トンを超えるものを処理をしようと言っているんですが、
驚いたことに、先週、先月ですね細野原発担当大臣環境大臣と会った時に話をしたんですが、
彼との意見の違う部分、その部分というのは、
岩手、宮城のがれき処理というのが盛んに宣伝されていますが、
福島の事に対しては1gも話をしていないんですね。
つまりそこに目を向けないというような政策というのは、これはやはりおかしいんではないか?と。

「なんで福島のがれきは、がれきがないことになってしまうんだろう?」
こういう事があるわけですね。

いずれにせよ、福島や、それから東日本の被災地に関しての政府の方針というのは、
政府の方針自体が二分化されていると。

「岩手、宮城などの被災地と、同じ東北でいっても福島は違う」という事が、
これは今後の数カ月間福島に行きながら実感したことです。

あとは将来の事を言えば、やはりこういう土地、福島などを支えていうのは子ども達なんですね。
その「子どもたちを何としても守らなくてはいけない」というのが福島を守ることに他ならないんですが、
どうも今の県政、あるいは国政こちらも、そちらの方を向いていないという事があります。

校庭での遊び時間、郡山では3時間だったんですが、
ま、その校庭で遊んでいいのが3時間っていうのも、もうすでに異常な状況なんですが、
それをこの4月に解除しています。
幼稚園15分などの地域も解除されていますが、
そういうふうに子どもたちが遊べない空間こそが異常なんだという事をもう一回考えて、
全て自己判断ができない未成年に関しては、行政や政治、そして国の責任として対応するというのが、
私たちがヨーロッパ、とりわけチェルノブイリ後のヨーロッパから学んだことではないかと
そういう事を改めて申し上げたいと思います。

とりわけこういう福島に関してもの問題については色々と分断された世論がでますが、
そういう価値観の違いを認めながらみんなで考えて行くと。
自分と違う考えを排除するという事は前に進まない事なので、
それについて是非とも気を付けていきたいというふうに私自身も自戒をこめて申し上げますし、
ラジオをお聞きのみなさんも、福島の問題はまだ終わっていないという事で、
みんなで一緒に考えていきたいとおもいます。
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