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もうすぐ北風が強くなる

北朝鮮はどこへ向かうか:田中宇

 反北朝鮮とか親北朝鮮とか、米朝マッチポンプ論などもあるが、それらはさておいて。 
 現実問題として、北朝鮮はどこに向かっているのか。あるいは向かわざるを得なくなるのか。
 経済生活の実態と政治の動向、対外関係と過去の経緯と現在の分析。
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   北朝鮮で考えた   5/11   田中宇

       (1)           

 4月28日から5月3日まで朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)に行ってきた。
 知人の大学教授に誘われ、京都の朝鮮総連と、学者や左派系市民団体などとの親朝的な交流組織である「日朝友好京都ネット」の訪朝団に参加した。
 訪朝団は約60人で、参加者の多くは大学で朝鮮関係の研究をしている教授や大学院生だったが、朝鮮総連の人と知り合いの日本人で訪朝したいと申請した市民も数名参加していた。
 学者の中には、北朝鮮を何度も訪問している人がかなりいた。

 今回、マスコミ記者も何人か同行を希望したそうだが、北朝鮮政府がビザを出さなかった。
 学者の中でも、北朝鮮に批判的なことを書き連ねている人には、ビザがおりなかった。(訪朝団自体は5月5日までだが、私は拙宅が共稼ぎで、連休に学童が閉まる関係で育児があるので3日までの早帰り組に入った) (日朝友好京都ネット 2012年活動計画(案)など

 私は、ソウル五輪に対抗して1989年に平壌で開かれた「世界青年学生祭典」の訪朝団に参加して以来、2度目の訪朝だ。(当時、私は共同通信社の京都支局で記者をしており、京都の朝鮮総連と記者たちの飲み会に参加したところ、訪朝団の存在を知り、ひとりで「共同通信労組有志」を勝手に名乗って申請し、年休をとって、「通信」の労組員だからなのか、マスコミグループでなく、郵便局員の労組「全逓」のグループに入れられて訪朝した)

 今回の訪朝団は、各学者の研究分野によって経済、国際関係、民俗学、歴史、新聞放送学などのグループに分かれ、それぞれの関心に沿って、北朝鮮国内での日程が別々に組まれていた(学術関係者以外の市民の参加者のために、友好親善グループも作られていた)。
 私の場合、誘ってくれた教授が経済学者だったので、経済グループを申請した。
 平壌に着いてみると、北朝鮮側の受け入れ組織(社会科学者協会など)が多忙で案内人などを出す余力が足りないことがわかり、経済と国際関係、民俗学のグループが合併し、15人ほどで一緒に行動した。このうち9人が朝鮮語を話せた(私は話せない)。

 北朝鮮での旅程は、開城で1泊したほかは平壌ですごした。日本海側の咸興(ハムン)市の協同農場を見学することを申請し、了承されたはずだったが、平壌に着いてみると、咸興は無理だという話になっていた。
 平壌は比較的豊かだが東海岸の方は貧しく食糧不足がひどいと報じられる中で、東海岸の農場を見学して食糧事情を確かめようと考えていた参加者が多かったので、皆落胆していた。

 初期の落胆はあったものの、参加した学者たちの驚きは、市民と自由に対話することが許されたこと、高麗ホテルから個人的に外出して自由に歩き回ることを許されたことだった。
 日本でこれまで、平壌市内の平壌ホテルは外出が許されるが高麗ホテルは許されないという話が流布していたので、これは訪朝者にとって大きな開放だった。
 私たちについた案内員は「皆様は社会科学者協会の招待で来た信頼された人々なので外出が許されている」と話していたが、一行の中には朝鮮対外文化連絡協会など北朝鮮の他の団体から招待されたグループもいて、彼らも自由に出入りしていたので、ホテル自体の変化であろう。

 私と同じグループの学者たちによると、3年ほど前まで、訪朝団は、一般市民と対話することを許されず、日本円を北朝鮮の紙幣に両替することも許されず、紙幣を見せてもらうことすら断られたという。
 今回、ホテルでは両替を断られたが、中朝合弁で作られたショッピングセンター「光復地区商業中心」を訪問したとき、そこにある外貨から朝鮮ウォンへの両替所で両替を許された。
 北朝鮮には2つの為替レートがあり、ホテルの飲食代は1円=約1ウォンの公定レートで支払わされたが、商業中心の両替は1円=46・5ウォンの実勢レートだった。 (【写真】商業中心の両替所のレート表。上からユーロ、ドル、円、人民元。3月末の決定価格で、1か月以上変動なしだ

 私も早朝や夕方の空き時間に毎日散歩に出かけ、平壌駅の裏の方に行ったりした。
 平壌駅の表側はきれいな町並みにすることを心がけているようで「ショーウィンドウ」的な町だが、駅裏の方は、行商のおばさんたち数人が道ばたにタバコや衣類、野菜などを広げ、徒歩で通勤する人々に売る小規模なにわか自由市場があったりして、建前と異なる実状を見ることができた。
 やがて地下鉄の回数券(1回5ウォンで10枚綴り)も自由に買えるとわかり、ひとりで回数券を買って2度ほど乗りに行った。地下鉄は3-5分おきに走っているが、ときどき故障なのか止まるので、1-2時間の空き時間に遠くまで乗ると時間内に戻れなくなるリスクがあり、ふた駅ほど行って戻ることを繰り返した。 (【写真】平壌駅裏の通りのにわか自由市場) (【写真】平壌駅の表から裏に行く陸橋を降りるところ。下に物売りの人々がいる

 平壌で旅行者が今後も同様の行動の自由を許されるかどうかわからないが、現状が続く場合、ハングルがわかる人なら、時間が許す限り、公共交通(地下鉄、バス、トロリーバス)も使って平壌市内を案内人なしで歩き回って市民と話すことができる。
 これは興味深い事態だ。 (【写真】平壌駅近くの朝の出勤者の流れ

 高麗ホテルから徒歩3分のところにある平壌駅(地下鉄でなく長距離列車の駅。平壌駅前にある地下鉄の駅は「栄光駅」)では、駅前で写真を撮っていたら、3人の女性駅員に取り囲まれ「写真何とかかんとか」と言われた。
 撮影禁止だぞとしかられたと思ったが、彼女たちの目が笑っている。
 「案内」と言っているようにも聞こえたので、そのままついていくと、駅の特別待合室を案内してくれた。一般市民は使えないらしく、がらんとしていた。 (【写真】平壌駅の女性駅員たち

 ホテルに戻る時に、朝鮮語を話す参加者群が散歩しているのに出くわしたので、彼らを誘ってもう一度駅に行き、こんどは有名で立派な1番線ホームを見せてもらった。
 私はその後も2度ほど平壌駅に行ったが、客が乗っている列車を見なかったし、中国の駅のように遠くに行きそうな膨大な数の人々が駅前で待っている状況もなかった。
 長距離客らしい人々は少しおり、駅の近くでたむろしていると拡声器で女性駅員に追い払われていた。これも景観美化のためだろう。
 夜は軍人の一団が夜汽車を待っていた。高麗ホテルの線路側の部屋に泊まった参加者によると、人がぎゅう詰めの状態で平壌駅に到着する列車を何度か見たという。
 北朝鮮の鉄道は大半が電化され、停電でよく止まると言われているが、長距離列車の運行自体はされているようだ。 (【写真】平壌駅の1番線ホーム

 今回の訪朝団の主要な学者たちは、事前に朝鮮総連と合議して北朝鮮側に訪問したい場所を伝え、了承を得たうえで咸興訪問などの旅程を組んでいた。
 だが平壌に着き、高麗ホテルの会議室で社会科学者協会の事務局と最初の会合をしてみると、協会が決めた旅程は、かなり違うものだった。「動物園参観」「サーカス団公演観覧」「メーデー(5月1日)関連イベント参加」など、観光っぽい日程がいくつも入っていた。
 同行の学者たちは「学術交流や調査をしにきたのであって、遊びにきたのではありません」「この日程では帰国後、自分の大学の方から、何をしに行ったのかとしかられてしまう」と口々に反発し、咸興訪問の復活や農場見学の追加など、日程の変更を求めた。

 社会科学者協会の人々は困惑していたが、彼らはしばらく席を外した後、戻ってきて「動物園に行きますが、動物を見るのでなく、動物園に来ている市民と自由に対話するということでどうでしょう」「メーデー行事の会場も、自由に歩き回って市民と交流してかまいません」という話になった。
 ここにおいて、以前は許されなかったと、何度も訪朝している学者たちが言う、案内人(監視役)抜きの、市民との自由対話が実現することになった。

 官僚主義と、外国人への警戒心が旺盛な北朝鮮では、外国人に見せていい場所が限られており、咸興など地方の簡単に見せられない場所を訪問するには、社会科学者協会としても、政府の他部局への根回しが大変であるらしい。
 それをしない代わりに、平壌市内での市民との自由対話を許したのだろう。
 複数回訪朝の学者たちによると、平壌市民の生活は、ソ連崩壊でロシアからの支援が途絶えた後のひどい状況を乗り越え、数年前よりかなり楽になっているようで、比較的安価な国産のタバコやビールが出回り、アパート建設が進んで住宅事情が改善し、市内を走る自動車の数が急増している。 (【写真】平壌市の北東郊外に新しい高層住宅が多く作られている

 こうした市民生活の経済面の向上が、北朝鮮当局の自信につながり、複数回訪朝の親朝的な学者団という、訪朝外国人の中でも比較的信頼できる人々に対し、平壌市民と自由に話して良いと許可することを決めたのでないか。
 その一方で、地方都市としては、韓国との合弁の工業団地があって比較的豊かな開城という、お決まりの場所の訪問に限定し、まだ貧しくて困窮している咸興には訪問させないことにしたのでないか。私はそう推測した。

 このほか平壌では、北朝鮮側の社会科学者協会の学者たちと2度にわたる対話会合が、宿泊した高麗ホテルの会議室で持たれたほか、金日成総合大学に行って、経済、法学、外交の学部長を含む教授陣と対話した。
 しかし、向こうの学者の話の内容の多くは「金正日総書記の指導のおかげで状況が好転している」といった建前的な話で、こちらからの質問に対しても直接に答えず、はぐらかす感じの話で終わることが多かった。
 社会主義者協会の偉い人は、建前論を30分話し、質疑応答を受けず時間切れで去って行った。
 それでも、向こうの学者たちの話から、北朝鮮が市場経済の導入を拒否し、計画経済の復活に強くこだわっているという、私にとって今回の訪朝での最重要の発見を得ることはできた。 (【写真】金日成総合大学の教授陣

▼しつこく計画経済に戻ろうとする

 ここまでは、この記事の前書きだ。「それで、君たちが見た北朝鮮の人々の生活はどうだったのか。北は崩壊するのか。早く書け」と思う読者が多いかもしれない。
 私の結論から言うと、北は崩壊しそうもない。少なくとも平壌ではここ数年、市民生活が改善している。
 私は貧しい地方を見ていないが、推測するに、平壌の生活が改善の方向なら、地方も改善の方向だろう(改善の速度が遅いかもしれないが)。

 冷戦直後、ソ連からの支援が切れた1994-2000年ごろの「苦難の行軍」と北朝鮮で呼んでいる最悪の時代に、北朝鮮の国家は崩壊しなかった。
 政府が人々に約束している食糧の配給ができず、平壌でも餓死者が出て、社会主義の計画経済が崩壊した。だが、金正日一族を頂点とした国家は崩壊しなかった。
 この時期、北朝鮮政府は、食糧配給ができなかったので、人々に自力で生きていくことを求めた。これはつまり、何とか勝手に稼いで食っていけということで、市場経済原理を黙認することだった。
 自由市場に対する黙認によって、00年以降、北朝鮮の経済は苦難を脱し、回復している。

 北朝鮮政府が自由市場を黙認したので、外部の人々は、北朝鮮が中国型の「社会主義市場経済」や「経済開放(改革開放)」を導入していくのでないかと期待した。
 00年の金正日の中国訪問や、03年に中国が米国から押しつけられて主導しはじめた北核問題の6カ国協議の開始以来、北朝鮮に対する経済支援を本格化した中国政府自身、北朝鮮が中国と同様に計画経済の体制を放棄し、市場経済を政策として導入することを期待した。

 しかし、中国にとってがっかりなことに、北朝鮮政府は、市場経済を政策として導入することを拒否し、計画経済に固執した。「
 苦難の行軍」の時代に、やむを得ず自由市場の拡大を黙認し、それによって国内経済が改善してくると同時に、北朝鮮政府自身も財政状態が改善し、人々(人民)に対する配給を再開し始めた。
 通貨のデノミ(平価切り下げ)をやったり、個人の自由市場活動を認めない代わりに国営企業の市場的活動を認めて儲けを国家と国営企業で折半させたりして、自由市場全体の儲けの中の政府の取り分をできるだけ多くした。

 北朝鮮政府は、市場の利得における人々の直接の取り分をできるだけ少なくし、国家の取り分を多くして、人々が直接に市場で儲けるのでなく、市場の儲けを国家経由で人々に分配する配給制度を復活している。
 こうすることにより「国家が人々の生活を支える」という、冷戦時代に存在していた社会主義の計画経済の体制を復活し、国家と労働党の政治的な正統性を維持し、国家崩壊を防いでいる。
 北朝鮮は「苦難の行軍」の最悪期でも政治体制が崩壊しなかったのだから、人々の生活が少しずつでも改善されているその後の状態が今後も続く限り、政治体制の崩壊が起きるとは考えにくい。

 「平壌だけ見て北を理解した気になるな。地方は極貧だ」と言う人もいる。確かに地方は平壌よりずっと貧しいだろう。だが一般的に考えて、首都の経済が改善しているなら、地方の経済も、度合いの違いがあっても貧しいなりに改善していると推測できる。
 政権維持(政治的正統性)が何より大事な北朝鮮政府が、政権崩壊に結びつきかねない極貧状態を放置してかまわないと考えているとは思えない。
 反北人士的には「北の政権は崩壊すべき」なのだろうが、べきだ論と現実分析を分けて考えた方が良い。

 私は毎朝、平壌駅の周辺を散歩して通勤者の人の流れを見に行った。平壌駅の南側に、近郊から来たバスの発着場があり、そこから平壌駅の北側にある地下鉄の栄光駅や市電乗り場まで、早足で歩く人々の流れがある。
 平壌市の美観を重視する当局の指導の結果なのか、人々が歩く時の身体的な姿勢が良い。腕を前後させ、行進するように歩く。
 擦り切れた服の人も多いが、ボタンをきっちりしめ、身なりを整えようとする意志が見える(暑い日はシャツのボタンを全部外し、はだけている男も多いが)。
 通行人の99%前後が、胸に金日成や金正日のバッジをつけている。これらの事象を「新興宗教やナチス的な、洗脳や圧制の結果としての気持ちの悪い姿勢の良さ」と見ることもできそうだが、平壌市民自身は、身だしなみの良さと考えているようだ。 (【写真】地下鉄栄光駅の入り口

 おっさん的な言い方になって恐縮だが、平壌市内を歩く若い女性の中には意外に美人が多い。
 23年前の1989年の訪朝時、私が平壌で見た人々は、栄養状態が悪いのか、顔にしみのような「たむし」がある人が目立った。
 顔の色つやが良い一群の若者が来たと思ったら在日朝鮮人の集団だったりした。
 当時に比べると、今の平壌を歩く若い女性の多くは、顔色が良い。「苦難の行軍」の時期を脱し、平壌市民の生活状況が改善していることがうかがえる。 (【写真】金日成生家訪問中の市民。北の人々にとって最も整った身なりをすべき場所だろう

 通勤時、道行く女性の9割以上がスラックス姿で、スカートは非常に少ない。
 数年前まで「女性らしさを出すためにスカートを着るのがよい」という指導が最上層部からあり、女性たちはしぶしぶスカートをはいていたが、その指導が解禁されたとたん、みんな動きやすいスラックス姿になってしまったという。
 特に冬の北朝鮮は厳寒になるので、スカートだとつらい。日曜日はデート中とおぼしき若い男女も多く、スカート姿が多いと感じた。

▼行楽する市民の様子から暮らし向きを推測する

 5月1日のメーデーの休日、平壌市内の緑地のあちこちで、ピクニックや野外焼き肉パーティーをしている市民たちの姿があった。
 メーデーのイベントが行われていた大城山遊園地の芝生の広場では、2つの団体が運動会をしていた。
 一つは同じアパート(公団住宅やマンションのような国営住宅)の100人以上の人々で、もう一つの集団には尋ねることができなかったが、その周辺に座っているピクニックの人々も含め、人々の表情は屈託のない楽しい感じだ。
 日本の拙宅の近くの小学校で行われる学童の親子運動会の光景に近いものがある。 (【写真】運動会に来た人々

 朝鮮語ができない私は、朝鮮語ができるのにものおじしている同行の大学生をけしかけて対話をしてもらったりしたが、外国人に話しかけられた相手の方が萎縮してしまったり、民族衣装(チョゴリ)を着て踊っているおばあさんたちに話しかけたら踊りに引き込まれたりして、なかなかうまく対話ができない。
 しかし、近所の人々で来ている人、親戚の集まりで来ている人、職場の人々と来ている人の三種類がいることはわかった。
 昼食を持参して食べる人々と、近くの食堂で食べる人とがいるのもわかった。
 この公園の出店はアイスクリームなどを、格安の公的価格でなく、実勢的な市場価格で売っていたので、食堂も市場価格で食事を出すのだろうが、その値段は「生活費」と呼ばれる公的な給料(月に5千ウォン前後)がひとり分の一食で飛んでしまうぐらいの額だろう。
 持参して食べる人々も、肉などの材料は配給でなく市場で買ったものだ。

 平壌市民の多くは、公的な給料のほかに、何らかの自由市場からの収入があるはずだが、そうした副収入がどのように得られているかわからないと、同行した学者たちは言っていた。
 北朝鮮側の案内人は、公的な給料だけで暮らしている人も多いと言っていたが、多くの生活用品を国際水準に近い市場価格で買わねばならないことを考えると、どうも信じがたい。

 その日の午後に訪れた竜岳山公園という寺がある山腹でも、いたるところで焼き肉パーティーをやったり、集団でゲームをしたり、音楽をかけて踊りまくったりしている人々で満ちていた。
 人々の表情は、お花見のときの日本の人々のくつろいだ様子と同じだ。この公園は郊外にあり、多くの人々が、団体ごとにマイクロバスやトラック(人々は荷台に乗る)に乗って来ていた。 (【写真】竜岳山公園で焼き肉パーティーをする人々

 焼き肉パーティーをできる人は平壌市民の中でも一部の金持ちだけで、多くの市民は肉などめったに食えないはずだという見方もあるだろう。確かに平壌市民は貧富に関係なく同じような服を着ており、外見から経済状態を識別できない。
 しかしこの日、竜岳山以外の多くの公園や緑地で、焼き肉パーティーをしている人々を見た。食い残しが散乱していたが、拾いに来る者もいない。
 焼き肉パーティーは平壌市民にとってありふれた行事に見えた。金持ちの特権とは考えにくい。 (【写真】野外宴会を終えトラックの荷台に乗って帰る人々

 北朝鮮では、ほとんどの自動車が公有(白いナンバープレート)で、国有企業や政府機関の所有だ。私有車(黄色のプレート)は国家に貢献した人が国からご褒美にもらったものや、外国人が所有するもので、ごく少ない(私はホテルの前に止まっている1台を見ただけだ)。
 ナンバープレートが黒いのは軍の所有、赤いのは外国公館の公用車だと聞いた。 (【写真】高麗ホテル前に駐車中の黄色、赤、白のナンバープレートの車

 市民が行楽で使う車は、行楽に行く集団の誰かが、自分の職場から借りてきたもので、有償のもの(レンタカーのようなもの)が多いようだ。案内人は「車を借りるのに金なんか払いません」と言っていたが、これもにわかに信じがたい。
 案内人は、北朝鮮を社会主義の計画経済が円滑に回っている国として見せたいようだ。国家を代表する案内者として、その姿勢は理解できるが、言葉どおりに全部を信じてしまうと、北朝鮮が「地上の楽園」になってしまい、実態とかけ離れる。

 動物園は満員で、切符売場に幾筋もの行列ができており、入場券を買うのに何十分か待つことになりそうなので入らなかった。こうした光景は、20年前の中国の地方都市の休日の行楽地に似ている。
 その後に訪れた開城の町は、20年前の吉林省の延辺朝鮮族自治区の延吉市を彷彿とさせる雰囲気だった。
 中国は自由市場経済を公式に導入したが、北朝鮮は導入する気がないという違いがあるものの、今の北朝鮮の経済状態は、自由市場経済を取り入れて数年から10年ほど経った1980年代後半の中国の地方都市に似ている感じがした。 (【写真】動物園の前で入場券を買おうと並ぶ人々

▼中国式を導入すると政権崩壊する?

 私は今回、農村を訪問していないが、平壌から開城への行き帰りの高速道路のバスの車窓から農村の光景を見た。
 平壌から開城までの2時間半の車窓で、トラクターを見たのは4-5台で、それよりも鍬などを使った手作業をしている集団の方が多かった。
 今の北朝鮮政府は、農業と軽工業の発展に最も力を入れている。農業の近代化による食糧増産は必須だが、進展は早くないようだ(軽工業の増産は市民生活の向上に必要)。

(同行の大学院生は、乗車中ずっとノートを広げ、高速道路の対向車を数えていた。それによると、平壌から開城までの2時間半で、対向車は、5月1日の行きが30台、2日の帰りが80台だった。
 1日はメーデーの休日で、走行車が少なかったのだろう。高速道路には、この区間で4つほど検問所があり、許可なしに長距離の移動ができないようになっている)

 丘陵地では、斜面に沿って丘の上まで畑が作られているのを見た。傾斜地を削って平らにせず、そのまま畑を作ると、大雨の時に地表の土壌が流失し、耕作できなくなる。北朝鮮では洪水の後に飢饉が起きる。
 土地がやせてしまうトウモロコシの連作も、20年前の訪朝時に見た時と同様、今も行われていると聞いた。
 私は農業の専門家でないので確たることが言えないが、北朝鮮の農業技術は改善が必要だろう。「わが国は、わが国のやり方で発展する」と北朝鮮の学者は力説するが、突っ張って勝手流でやった挙げ句、うまく行っていないようだ。

 北朝鮮の市民生活は向上している。政府も、財政がやや立て直り、外国からビールの醸造装置を輸入して「大同江ビール工場」を建て、国内の麦芽やホップを使ってビールを造り、1リットル70ウォン(実勢レートで約1円)という安価で、全国170カ所の直営ビール店などを通じ、市民に楽しみを与えている。
 この価格なら、月給5千ウォンの範囲内で何とか飲みに行ける。北朝鮮政府は同様のやり方で、外国からタバコ製造機やフィルターを輸入し、国内産のタバコの葉を使って、新たなタバコを作って安く売ったりしている。

 北朝鮮の学者は「基礎的な19種類の食糧や日用品の配給を、政府が人民に完全に保障できるようにするのが今後の最初の目標で、その次の目標は、完全に配給できる品目を200種類に増やすことだ」と言っていた。
 北朝鮮国内だけの努力によって、目標達成に近づいていると言うのだが、勝手流でどこまでやれるのか疑問だ。
 中国など新興諸国の生産増加によって、世界的な製品や機械の価格低下が起きたため、北朝鮮の政府や国営企業もその恩恵を受け、生産力の増大ができている部分があると私には思える。

 背景がどうあれ、北朝鮮はこの10年ほどで、極貧から脱し、少しずつ経済状況を改善している。
 しかし、このままずっと豊かになっていけるかどうかは疑問だ。計画経済体制を放棄し、勝手流もやめて、中国政府が期待するように、市場経済政策や外国資本を本格的に導入したら、中国のように高度成長できるかもしれない。
 だが、中国式に市民の個人的な市場経済活動を許してしまうと、社会の政治的なたがが外れ、政権の正統性が崩れて政治的に崩壊し、むしろ混乱して人々が貧しい状態に戻ってしまう可能性がある。

 北朝鮮政府は、それを恐れているので、政治を自由化せず経済だけ自由化した中国から、いくら「同じようにやりなさい」と言われてもやらず、政治も経済も自由化しないのだとも思える。
 北朝鮮の国家崩壊は、日本人の多くにとって「ざまあみろ」的な喜びと安堵かもしれないが、北朝鮮市民にとってはひどい悲劇になるだろう。
 独裁者がいなくなって市民が喜ぶはずだと思うのが浅薄なイメージでしかないのは、米軍侵攻後のイラクを見れば理解できる。

 まだまだ書きたいことがある。説明される建前と実態が食い違う中、北朝鮮をどうとらえるか考察を続けている最中でもある。
 本質的なことが書き切れていない感じが残っているが、とりあえず今回はここまでにして、次回に続きを書く。

 なお「北朝鮮」の呼称について、北朝鮮側は「わが国を北朝鮮と呼ぶなら、南側を韓国でなく南朝鮮と呼ぶべきだ」と言い、「朝鮮」「共和国」と呼ぶのが良いと言っている。
 しかし「朝鮮」は、日本語として、朝鮮半島の全体をさす言葉だ。半島全体を領土だと言っている北側の主張に乗ってしまうことになる。韓国を嫌う人は、北側を「朝鮮」と呼べばよいが、私は、南(韓国)も好きなので、北を「朝鮮」と書き表したくない。
 「共和国」は、世界に共和国が無数にあることを勘案すると、文語として使いたくない。

 私は、訪朝団の他の団員や北朝鮮の案内人、在日朝鮮人との会話では、相手の気を悪くしないよう「北朝鮮」と言わず「朝鮮」と「共和国」を混合して使っている。だが、日本人向けに記事を書くときには、わかりやすさも考慮して「北朝鮮」を使わせてもらう。
 ふだんの記事では、短くするために「北」を多用してきたが、今回の記事では、北朝鮮側の気持ちに配慮して「北」をなるべく使わないようにした。

       (2)

 北朝鮮は冷戦終結後、ソ連(ロシア)からの支援が切れてひどい経済難に陥った後、1994年から2000年まで、米国と締結した核問題の枠組み合意に基づき、北朝鮮が核(原子力)の開発を放棄する代わりに、北朝鮮が原発を建設して発電する予定だった分の電力を火力発電で得られるよう、米国が北朝鮮に原油を供給していた。
 北朝鮮は国連機関を通じ、飢饉に対する人道支援として食糧も得た。01年にブッシュ政権になった米国は、北朝鮮への敵視を強めて原油供給を打ち切ったが、同時に米国は北朝鮮が起こす問題の解決を中国に押しつけ、中国に6カ国協議を主催させた。 (北朝鮮6カ国合意の深層

 米国に代わって中国が北朝鮮に原油や食糧を支援するようになり、金正日総書記が何度も中国を訪問し、北朝鮮は中国に最大の敬意を表した。
 北朝鮮は02年7月に、自由市場への規制を緩和し、社会主義の計画経済を後退する「7・1措置」を発表した。日米などの分析者の多くが、北朝鮮も中国式の市場経済政策を導入すると考えた。
 張成沢と金敬姫という妹夫妻が政権中枢で軽工業主導の経済強化策を担当しつつ、金正日に連れられて中国を訪問するようになり、昨年末に金正日が死去した後、妹夫妻は金正恩の折衝役として北朝鮮の経済運営を担っている。
 このような流れをふまえ、私はこれまで、北朝鮮が中国の勧めに従って社会主義経済を放棄し、中国式の市場経済策(改革開放)を進めていると考えてきた。 (北朝鮮の中国属国化で転換する東アジア安保

 だが今回、平壌で、私が参加した訪朝団との会談に応じた社会科学者協会や金日成総合大学の経済や法律などの学者たちは、この話になると、全員が「市場経済政策は導入していない」「苦難の行軍から脱し、計画経済政策に基づき、配給できる品目を増やしている」「中国から市場経済策の導入を求められていない。中国には中国の、わが国にはわが国のやり方がある」といった話しをした。

 計画経済には、配給所を通じた配給と、国営商店を通じた超安価の公定価格による販売しか存在しないが、平壌には「統一通り市場」など、個人が店を出して市場価格で商品を売れる自由市場が存在する(訪朝団として見学を希望したが実現しなかった)。
 北朝鮮政府は、自由な市場活動を容認しているが、北朝鮮の学者たちは「国家の生産力は向上しているが、まだ国家が人民に物資を十分に供給できないため、過渡的に市場の存在を許している。生産力が増え、配給が万全になれば、市場は縮小するだろう」と説明した。

 中国など、今や建前だけ社会主義の国々も、公式論では「市場経済は過渡的な措置」という理屈を言っているが、中国はすでに配給をやめて久しい。「過渡的な措置」は、建前のみの全くの空論だ。
 対照的に北朝鮮は、冷戦後の苦難の時代から脱して経済が上向くと、すぐに実際の配給を再拡大しようとしている。19品目の最も基礎的な食糧や衣料品の配給すら、なかなか万全になっていないが、今の世界で、社会主義の計画経済を本気で強化しようとしている国は、北朝鮮だけだ。
 これは日本で一般的に、とんでもなく間抜けなことと考えられているが、私は北朝鮮のこの強情さに驚いた。

(中国は78年から市場経済を導入し、ベトナムも中国の成功を見て85年にドイモイを開始し、カンボジアとラオスも追随した。ミャンマーやベネズエラも国家統制型の市場経済だ。キューバは近くに敵を必要とする米国に制裁され続け、最近になって市場経済を導入した)

▼中国への面従腹背

 私は今回訪問しなかったが、北朝鮮と中国は、国境を流れる鴨緑江にある威化島(イファド)と黄金坪島(ファングンピョンド)という北朝鮮領の2つの中州を、中国企業が工場を作って北朝鮮の人々を工員に雇う国際工業団地にすることを決め、昨年5月に張成沢ら中朝の政府要人も参加し、起工式を大々的に行っている。
 工業団地の開発は中国企業が行い、中国側は鴨緑江の橋も建設した。中国が80年代以降、香港に隣接する深センを工業団地として開発し、生産技術や工場運営のノウハウを体得し、市場経済策を成功させたように、中国は威化島などの工業団地を通じて北朝鮮に市場経済を浸透させようとしたのだろう。

 しかし昨年5月の起工式後、工業団地に工場が建ったという情報は全くない。
 起工式の会場を作るために搬入された建設機械が、式の直後に撤去されたとする報道もある。
 平壌の学者は威化島などの現状について「中国側と交渉を続けている段階で、計画自体は進んでいる」と説明していたが、北朝鮮側が市場経済を導入したくないなら、工員の雇用契約などの面で中国側の提案を拒否し、交渉が長引いて工場の建設に入れないとしても不思議でない。 (中朝経済協力地域の黄金坪、開発の動き見られず

 北朝鮮は、中国から原油や食糧を支援してもらっている手前、表向き中国が求める市場経済の導入に賛成する態度をとり、工業団地の起工式までやったものの、実際のところ中国に対して面従腹背で、市場経済の導入を拒んでいる。
 中国は北朝鮮を傘下に入れ、従属させたがっているが、北朝鮮は援助だけもらう一方で、突っ張って自国のやり方を押し通している。

 政治的な理屈性で見ると、北朝鮮は中国に対して強みを持っている。
 本来、社会主義国ならば、資本主義的な現象である市場経済の存在をできるだけ否定し、計画経済の維持発展に努力するのが正統な姿勢だ。この観点から見ると、中国は正しくなく、北朝鮮が正しいことになる。
 だから中国は、施す側でありながら、施される側の北朝鮮に強いことを言えず、北朝鮮が「中国には中国のやり方があるのは存じておりますが、わが国は社会主義の正統を守りたく存じます」と言えば、正面からの反論ができない。北朝鮮が自国を「政治強国」と自賛するのは、こうした点があるからだろう。

 そもそも中国が市場経済を導入したのは、毛沢東の時代に計画経済を導入して飢饉や生産力の低下などの失敗を引き起こし、挙げ句の果てに毛沢東が文化大革命を起こして政治と社会も大混乱させ、実質的に中国の社会主義が失敗した後だった。
 中国は文革後、社会主義政策が挫折した状況だったので、毛沢東の死後に権力をとったトウ小平が、市場経済政策を導入しやすかったといえる。
 加えて、中国が市場経済策を導入したのは、米中国交が正常化したのと同時期で、中国は、資本主義陣営の覇権国である米国の祝福を受けつつ、自国経済を市場化(資本主義化)した。

 中国が国内政策の挫折を経験して社会主義計画政策をあきらめ、米国に祝福されて市場経済政策に転換したのと対照的に、北朝鮮は冷戦後、94年の米朝枠組み合意など例外がありつつも、米中露など国際社会から「潰れてしまえ」と見放された状態の中で、建国以来最も苦しい90年代を何とか自力で乗り切り、国内的な挫折を経験せず、00年以降に経済がしだいに楽になってきている。
 挫折後に市場経済策を導入した中国から「貴国もどうですか」と勧められても、北朝鮮はいんぎんな姿勢をとりつつ内心で「わが国は挫折してませんよ」と思っているだろう。

▼開城のピンハネも社会主義の一部

 北朝鮮は、韓国とも合弁で38度線の近くに「開城工業団地」を作っており、こちらは今回の訪朝で見学できた(15人ほどで訪れたが、これだけの人数の日本人が開城工業団地を見学したのは初めてだと言われた)。
 工業団地は南北合同の委員会で運営され、私たちは金浩平・副委員長(韓国人)に話を聞いた。
 彼によると、操業している工場のほとんどは韓国企業で、全体で約5万人の北朝鮮の工員が働いているが、工員の給料は企業から各工員に個別に支払われるのでなく、まず北朝鮮当局に渡され、北朝鮮の当局が各工員に支払っている。

 私ら訪朝団の学者から「北朝鮮当局は、給料の一部を当局の取り分(ピンハネ)にして、残りを工員に渡していると報じられたが、事実か」と質問されると、金氏はそれを事実と認めた上で「資本主義諸国で個人が支払っている年金や医療費、家賃や教育費などを、北側の政府は無料で人々に提供しているので、その分を北側の政府が工員の給料から差し引くのは当然と考える」という趣旨の答えをした。
 北朝鮮政府が工員の給料の何割を政府の取り分にしているか、韓国側が知らされていないと彼は言っていた。

(金氏は経済専門家でなく、東京の韓国大使館にも駐在したことがある外交官だという。情報を出さない北朝鮮側と接するには、目的が工業団地の運営であっても、生産効率を引き上げる経済専門家よりも、対立を緩和しつつ秘密を取ってくる外交官の方が適しているのだろう)

 開城の状況から感じ取れることも、北朝鮮政府が、個々の人々が工場と契約して勝手に稼ぐことを認めず、人々が労働で得たものをいったん全て国家に入れさせ、国家が各個人に必要なだけ再配分する社会主義計画経済にこだわっている点だ。
 資本主義の価値観で「国家によるピンハネ」が、社会主義の価値観では「国家の役割として当然のこと」になる。

▼いったん中国式を取り入れたが・・・

 北朝鮮政府は、ずっと計画経済策を堅持していたわけでなく、2002年に計画経済を退潮させ、市場経済に移行しようとした。
 ソ連からの経済支援を失った北朝鮮政府は、1993年ごろから人々への配給ができなくなり、96-99年に60万人といわれる餓死者を出した。計画経済の体制が崩壊し、食糧難の中、食糧を市場価格で売る自由市場が出現し、そこで食糧を買える人だけが生きながらえた。

 その後、中国が北朝鮮を支援し始めるなど「苦難の行軍」から脱する方向に事態が動き出した00年から、北朝鮮政府は、自由市場の存在を認め、計画経済策から公式に離れ、中国式の市場経済策を導入することを検討した。
 その結果が02年7月の7・1措置で、これは「生活費」と呼ばれている人々の給料を、人々が自由市場でコメを十分に買える額にまで引き上げる、価格体系の見直しだった。
 人々の月給(生活費)は、それまでの50-100ウォンから、2000-6000ウォンに引き上げられた(現在も同水準)。当時、自由市場でコメが1キロ50ウォンだったから、人々はそれまで毎月1-2キロしかコメを買えなかったが、給料の引き上げによって、月に40-120キロのコメが買えるようになると、北朝鮮の上層部は考えた。

 しかし、この政策は大失敗した。
 食糧難でコメの供給が足りないのに、紙幣を刷って給料だけ大幅に引き上げたため、インフレがひどくなってコメの価格が急騰した。
 韓国在住のロシア人研究者がアジアタイムスに書いた記事によると、コメは1キロ3000ウォンまで値上がりし、結局人々は、政府からの給料(生活費)だけだと毎月1-2キロのコメしか買えない状態だった。(80年代まで計画経済の食糧などの配給が機能していた時代、公的給料は文房具や映画の券などを買うための「お小遣い」としての意味合いがあった) (North Korea redefines 'minimum' wage

 このひどい失策の後、北朝鮮政府は、市場経済策を導入する前に、農業や軽工業の生産を増やして食糧や生活必需品の供給を十分にせねばならないと悟り、いったん計画経済策を再導入し、人々が最低限の生活を維持できる配給制度を取り戻す必要を痛感したに違いない。
 北朝鮮が計画経済を再導入した背景には、社会主義にこだわる政治的な建前と別に、市場経済の導入に失敗し、いったん以前の計画経済に戻らねばならなかった経緯がある。

 今の北朝鮮政府は、配給制の計画経済策にこだわっているが、前出のアジアタイムス記事によると、配給を受けている人は北朝鮮国民の35%ほどだという。
 これは、90年代に配給を受けていた人が全体の10%ほどと推測されているのに比べると増えているが、まだ平壌市民を中心とする国民の一部にしか配給が行き渡っていないことがうかがえる(北朝鮮の人口2300万人のうち320万人が平壌市民)。
 配給を受けず、市場価格で食糧や日用品を買うと、3-4人の家族で最低毎月5万ウォンは必要とされている。この額は、市場の為替レートで1000円ほどになる。私たちが平壌で訪れた中朝合弁市場では、従業員の月給が多いときで15万ウォンだと聞いた。

 市場経済策を導入しようとした02年の価格改定は失敗し、07年ごろから北朝鮮政府は配給制の再強化へと再転換した。
 だが、こうした政策的な転換と関係ない現実面で、自由市場は北朝鮮に浸透し、それによってここ数年、少なくとも平壌での人々の暮らしが向上している。
 国営工場など多くの政府機関が、計画経済に基づく生産とは別に、自由市場で売るための商品やサービスを生産し、配給や公的給料(生活費)とは別の所得を従業員に与え、人々はそれで生活しているようだ。

 北朝鮮では近年、エジプトの電話会社が運営する携帯電話が、平壌を中心に普及している(通信先は国内のみだが、通話とショートメールができる)。携帯電話は2万円ほどで売られているというが、平壌の中心街を歩くと、意外に多くの市民が歩きながら通話している。
 北朝鮮全体で100万台の携帯電話があり、多くが平壌で使われているという。入学祝いに親族から携帯電話をプレゼントされる大学生が多いとも聞いた。
 価格的に見て、自由市場の恩恵を受けている人しか携帯電話を持てないはずだが、その割合は「ごく一部の金持ち」ではなく、もう少し広い。

▼団結する北朝鮮は内部分裂する韓国より強い

 計画経済政策と市場経済政策を比べると、市場経済の方が「金持ちになりたい」という個人の願望に基づくやる気を引き出すので、政治宣伝によって人々のやる気を鼓舞する計画経済よりも、はるかに成功しやすい。
 その面では、北朝鮮の計画経済の再導入はなかなかうまくいかないだろう。
 だが同時に、北朝鮮の国営企業は計画経済の外で市場経済的に儲けることを上から黙認されており、国家は国営企業が私的に儲けたお金の一部を上納させ、その資金で配給を増やすことができる。
 北朝鮮政府は、建前論では市場経済を潰して計画経済にするのだと言っているが、実際には市場経済を黙認してその儲けを国家が吸い上げ、計画経済用の資金にしているようだ。

 政府が配給を充実させるには、原油をすべて中国から無償提供されてもなお、原材料や工作機械、肥料の一部などを外国から買ってこねばならず、外貨が必要だ。
 だが北朝鮮は今、鉱物資源や魚介類ぐらいしか輸出できるものがない。配給制を充実するには、輸出して売れる工業製品を国営企業に作らせる必要がある。
 北朝鮮は今、配給という内需のために計画経済を回しているが、輸出を増やして外貨収入を増やさないと配給制を充実できない。

 北朝鮮は「国際社会」から経済制裁されており、日米欧との貿易ができない。だが、中国や他の発展途上諸国は、日米欧よりも北朝鮮に対して寛容だ。
 今後、世界経済の重心が日米欧から中国やBRICS、発展途上諸国に移っていく流れが続きそうなので、経済制裁の悪影響は減っていくだろう。

 開城工業団地の韓国企業によると、北朝鮮の工員は勤勉で教育水準も高く、生産性が良い。
 北朝鮮政府がうまくやれば、いずれ開城工業団地の韓国側に嫌がられつつ工員の給料をピンハネしなくても、自国の国営企業に輸出製品を作らせることができるようになる。
 ただし、02年の7・1措置の失敗に見られるように、北朝鮮の再上層部が「人民の給料を上げれば経済難が解決する」といった素人的な考えの政策を続けていると、うまくいかない。
 はその後、経済運営を自分でやらず、テクノクラートの張成沢ら妹夫妻に任せたが、これが失敗から学んだ教訓だったのかもしれない。

 配給制がうまくいくと、北朝鮮は、市場で儲ける才覚のない大半の人々にある程度の生活ができる必需品の配給を保障する一方、儲ける才覚のある人は自由市場で儲けるという、混合型の経済になるのでないか。
 金正日は、自国をスウェーデンのような高福祉国家にしたいと言っていたとされるが、その意味するところは、才覚のない者も配給によって生活苦に陥らずにすむ国ということだろう。

 半面、北朝鮮政府が下手な経済運営を続け、配給制の充実が遅々として進まない場合、北朝鮮政府は09年末にやったデノミのように、自由市場で儲けた人々の富を無効にしたり、横取りする行為によって、配給の拡大を図らねばならない。
 北朝鮮は政治的な締め付けが非常に厳しいし、貧しい大半の人々は市場で儲ける人々の富が政府に吸い上げられた方が良いと思っているだろうから、市場の富を国家が横取りしても政権崩壊にはつながりにくいが、北朝鮮経済はなかなか良くならない。

 すでに述べたように計画経済体制は、市場経済体制より、経済効率の面で劣っている。だが、北朝鮮が今の独裁体制を維持するという政治的な目的から見ると、計画経済体制は非常に強い。
 計画経済の体制下では、人々が国家からの配給に頼って生きており、国家の権力者が人々の生殺与奪の権限を握っている。北朝鮮では自由市場が存在を黙認されているだけで、権利を制限され、いつでも弾圧されうる。

 このような状況下では、自由市場が大手を振って保障されている中国や資本主義国に比べ、国家のプロパガンダが効きやすいし、国家的な団結を維持しやすい。
 北朝鮮は、外国人の自由な旅行を禁じているし、住民が外国に行ったり、外国の情報に接することも禁じる一方、住民の団結を鼓舞する政策、勉強会や反省会の実施、指導者に対する個人崇拝の奨励などを熱心に続けている。
 、日本などのカルト的な新興宗教が信者に対してやっていることに良く似ている。
 配給制の計画経済も、住民の国家に対する忠誠心を涵養する効果があり、カルト的な政策の一つといえる。北朝鮮は、カルト式の政策によって世界で最も住民を結束させている国の一つだ。

 中国も毛沢東の時代まで、カルト的な国家政策をやっていた。だが中国は広大で多様なうえ、大昔から「帝力いずくんぞ我にあらんや」的な個人主義が強く、カルト的な団結策がなかなかうまく行かない。
 毛沢東は最終的に、中国国内の多様性を破壊する文化大革命をやって失敗し、逆に中国を弱体化させてしまった。
 中国には、スローガンで鼓舞する計画経済より、金で釣って人々にやる気を出させる市場経済の方が適合している。
 これと対照的に、北朝鮮と韓国は、単一性の強い粘着気質の民族で、伝統的に結束も強く、カルト的な政策が効果的だ。

 韓国も精神主義で頑張る傾向が強いが、強烈な独裁制を維持する北朝鮮と対照的に、右派と左派、慶尚道と全羅道の政治対立が常に激しく、国内が政治的に分裂している。
 こうした南北の違いがそのまま続き、米国の財政難がひどくなって在韓米軍が撤退し、中国主導の6カ国協議がある程度の成果を得て、中国の仲介のもとに北朝鮮と韓国が和解を進めて連邦制の新たな政治体制を組んだ場合、カルト的に団結している北朝鮮が、内部分裂傾向の強い韓国の内政を食い荒らし、北朝鮮の方が政治的に優勢になる可能性がある。
 そのような状況になったら、そのころには米国の後ろ盾を失っているであろう韓国も、北朝鮮への対抗上、対米従属に便利だった左右や地方間の国内政治対立を乗り越え、プーチンのロシアのような、強権的な大統領が率いる全体主義のにおいのする政治体制に転換していくかもしれない。

 とはいえ、北朝鮮にも大きな弱みがある。それは、カルト的な団結を維持するために、外国からの情報や人が国内に自由に入ってこないよう、鎖国的な状態を続ける必要がある点だ。
 南北が和解したら、南北間など、北朝鮮と外国との往来や情報流通の自由化も行われるはずだが、それは北朝鮮のカルト式の政治団結を破壊する。カ
 ルト式の団結には「外の強敵」がいると便利であり、従来はその役割を米韓が担っていたが、6カ国協議が進展すると、北朝鮮と米韓の緊張も緩和され、強敵がいなくなってしまう。

 また、北朝鮮が団結を維持するには、配給制の計画経済を輸出ができるぐらいまで十分に進める必要があるが、そのためには多分5-10年の時間がかかる。北朝鮮にとっては、その間、南北和解や6カ国協議の進展を許さない方が得策だ。
 韓国では今年末に大統領選挙があり、来年からの新政権が北朝鮮に対する融和策に転じる可能性が高い。米国も、財政再建の一環として在韓米軍の縮小を望む声が政界にあり、オバマが再選されたら朝鮮半島の緊張緩和を進める政策を強めるかもしれない。中国も、早く朝鮮半島を安定化したい。

 このように来年以降、米中韓が朝鮮半島の緊張緩和を望む姿勢を強めそうな中で、北朝鮮も表向きは緊張緩和を望む姿勢だが、実は融和を遅らせて時間稼ぎしたいだろう。
 そのような目で、最近の北朝鮮が「国際社会」の警告を押し切って衛星ロケットを発射したり、核実験の準備をしていると報じられているのを見ると、これは北朝鮮が国内経済を立て直して政治的団結力を強めるため、和平の進展を遅らせて自国の日程に合わせるための時間稼ぎかもしれないと思えてくる。
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 この続き「北朝鮮はどこへ向かうか(2):田中宇」はこちら
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