「ドイツのユーロ」と加盟国の国民経済
2012-05-11
国家の三要素(国土、国民、主権)などというが、これはおそらく日本の文部省あたりのデタラメ話しである。
いかなる国家も領土に住む領民に強制力(暴力装置)を行使できてのみ存在できる。
つまり国家はお金がなければ経営できない。 いわゆる「国民国家」も同様である。
近代資本主義は、無記名有価証券たる通貨、10円の預かり金を1000円にして貸し出す信用創造、それに利ざやである金利、この三点セットで成り立ち、循環恐慌を引きずりながら拡大成長している。
循環恐慌がデフレであり、拡大成長とは数%の物価上昇を伴う信用、需要、供給の拡大である。
ユーロは国家から通貨発行権と金融政策を奪ってしまった。
従って、循環恐慌期(バブル崩壊)加盟国家が取れる経済政策は、財政削減のみという財政悪化と不況のスパイラルである。
通常の国家なら自国通貨の発行量調整と自国通貨建て国債によってソフトランディングなり、税制調整、所得再配分なりの需要拡大が可能であるが、ユーロ加盟国はこの手足がもがれている。
そして、ユーロの存続にとって致命的なのは第二の大国フランスでさえ、条件は同じなことである。
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「ドイツのユーロ」と二つの選挙 5/10 三橋貴明 Klugから
2012年5月6日。欧州で二つの選挙の投開票が行われ、その驚くべき結果に、世界に衝撃が走った。
『2012年5月7日 ブルームバーグ紙「仏大統領選:社会党オランド氏が勝利、現職サルコジ氏が敗北」
6日投開票のフランス大統領選挙は、社会党のフランソワ・オランド前第1書記(57)が現職のサルコジ大統領に勝利した。17年ぶりに社会党大統領が誕生する。
世論調査会社4社の推計によると、オランド氏の得票率は約52%、サルコジ氏は約48%。フランスでは5週間後に国民議会(下院)選挙が予定されている。
フランス経済はほとんど成長が見られず、失業保険申請件数は12年ぶりの高水準にある。政府債務の増加でフランスもユーロ圏の金融危機の影響に対して脆弱(ぜいじゃく)な状況にある。
ここ2年にわたるユーロ圏の金融危機で政治指導者が交代するのはサルコジ氏で9人目。現職の仏大統領が再選を逃したのは約30年ぶり。(後略)』
『2012年5月7日 ブルームバーグ紙「ギリシャ総選挙:NDとPASOKの連立不透明-最新予測」
6日行われたギリシャ総選挙で、救済合意に反対する政党が躍進、2大与党の新民主主義党(ND)と全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が再び大連立を組み、救済資金の確保に必要な財政緊縮を実行できるかどうかが不透明な情勢となった
ギリシャ国営NETテレビが伝えた開票途中での予想によると、得票率はNDが18.9%、PASOKは13.4%。一方、同国の救済プログラムに反対する陣営では、急進左派連合が16.6%、独立ギリシャ人が10.5%。この予測によれば、NDとPASOKの合計議席数は過半数の151議席に1議席達しない。(後略)』
最新報道によると、ギリシャの連立与党であるNDとPASOKは、「第一党に50議席が上乗せされる」という、同国独特の選挙制度を加味しても、過半数を確保することは不可能のようである。
本稿執筆時点では、第一党になったNDに50議席を上乗せし、PASOKの議席と合わせても、ギリシャ議会の過半数である151に2議席足りない状況になっている。
何しろ、NDとPASOKの双方を合わせると、09年の総選挙の際には77.4%の得票を得たのだ。それが今回の総選挙では、わずかに32.1%だ。ある意味で、気持ちがいいほどの負けっぷりである。
フランスの現職であるサルコジ大統領が、社会党のオランド候補に敗れた。ギリシャの巨大連立与党であったNDとPASOKが惨敗し、過半数の確保が不可能になった。
サルコジ大統領とギリシャ連立与党に共通しているのは、もちろん「ドイツが主導する緊縮財政路線」を支持していたことである。
逆に、勝利したオランド候補及びギリシャの野党各党は、全て「反・緊縮財政」を主張していた。
すなわち、フランスとギリシャの国民は、現在のドイツ主導の緊縮財政路線に、明確に「NO!」を突きつけたのである。
【図153-1 ユーロ主要国の失業率推移(単位:%)】

出典:ユーロスタット
図153-1の通り、ユーロ主要国の雇用状況は、ドイツを例外として、他国は軒並み悪化している。ギリシャやスペインに至っては、何と20%を上回っているのだ。フランスにしても、失業率は10%で推移している。
ドイツの経済の好調をもたらしているのは、ユーロ安に牽引された「輸出増」である。すなわち、ドイツは輸出(GDP上は純輸出)という「外国の需要拡大」により、経済を成長させ、失業率を引き下げていっているわけだ。
さらに、このユーロ安をもたらしているのは、PIIGS諸国などの財政危機なのである。
すでに本連載において何度も取り上げたが、ドイツは2005年前後に失業率が10%を超え、何と当時のスペインをも上回っていた。理由は、01年にITバブルが崩壊し、企業が負債返済を優先し、投資を縮小するバランスシート不況に陥っていたためだ。
苦境に陥ったドイツを「助けるため」に、フランクフルトに本拠を持つECB(欧州中央銀行)は政策金利を引き下げ始め、これがドイツ以外のユーロ加盟国にバブルをもたらした。ドイツは南欧などのバブル諸国向けの輸出を拡大し、失業率をようやく引き下げることが出来るようになったわけである。
同時に、当時のドイツではシュレーダー政権による「改革」が行われ、非正規労働に関する規制緩和などが実施された。結果的に、各種産業において企業の人件費負担が緩和され、投資に回せるお金が増えたのである。
そもそも、最低賃金引き下げや非正規労働の拡大は、純利益を増やすことで投資を拡大しようとする、サプライサイド(供給能力)政策になる。すなわち、インフレ対策だ。
純利益を拡大すれば、企業の投資は増える「はず」である。デフレ期の日本では、純利益が増えた企業は内部留保(現預金)を増やしており、米韓などの諸国では配当金に回ってしまっているが、元々の法人減税や最低賃金制度改革の目的は、国民経済の供給能力を高めるインフレ対策なのだ。
いずれにせよ、ドイツはシュレーダー政権期に「供給能力を引き上げる政策」を実施し、現在はユーロ安による「外需拡大」に巧く対応し、国民経済を成長させているわけだ。
例えば、現在のユーロ危機が(*南欧諸国でなく)「ドイツ国内の不動産バブル崩壊」をトリガーにしていた場合、ドイツの「改革」は裏目に出た可能性が高い。
すなわち、不動産バブル崩壊で需要が急収縮し、デフレギャップが拡大しているところに、さらに供給能力の強化がなされるという話になり、現在の日本と同じ状況に陥ったはずなのだ。
ところが、ドイツは国内で不動産バブルが発生せず、かつ各ユーロ加盟国のバブル崩壊で、ユーロ危機が深刻化した結果を受けたユーロ安を「外需拡大」のために活用しているわけだ。
何というか、現在のユーロが、
「ドイツの、ドイツによる、ドイツのためのユーロ」
という状況に陥っているのがよく分かる。
最低賃金制度改革に代表される各種の構造改革とは「インフレ対策」であり、現在のスペインやギリシャ(恐らくフランスも)が実施すると、デフレギャップが拡大し、失業率がさらに上昇する。
さらに、ギリシャやスペインなど、高品質な製品を生産する企業を持たない国が生産性を高めたところで、ドイツと同じ真似はできない。ドイツはあくまで「元々、競争力が高い製造業大国」だったからこそ、現在のユーロ安による外需拡大に対応できているわけだ。
とはいえ、ドイツの競争力強化は、国民の可処分所得を引き下げることにより達成された。すなわち、国民の消費という最も重要な内需が、今後、ドイツ国内で順調に増えていくのか、疑問を持たざるを得ないわけだ。
また、スペインやギリシャがドイツと同じ真似をすると、デフレ深刻化で財政が今以上に悪化する。そうなると、両国の財政問題が悪化し、またまたユーロ安ということでドイツは潤う。
このドイツが「自国の方針」に基づき、ユーロ加盟国に緊縮財政や財政均衡の憲法化を要求しているわけであるから、他のユーロ諸国の国民としてはたまったものではないわけだ。
特に、スペインやギリシャのように失業率が20%を超え、アメリカ大恐慌期に近づいているような国々までもが、「他国(ドイツ)」の望む緊縮財政路線を歩まされるわけである。
各国の国民が怒り、既存の政党や政治家に「NO!」を突きつけるのは、むしろ当たり前に思える。
何しろ、緊縮財政とは増税や政府支出削減(公共事業削減、公務員経費縮小、年金削減など)を意味しており、雇用環境には確実に悪影響を与える。
他国(ドイツ)の望む緊縮財政を自国にまで強要されている状況下で、欧州諸国の政治家は選挙の洗礼を受けねばならなくなってしまった。
その先陣を切ることになったフランス大統領選挙、及びギリシャ総選挙では、両国民が共に緊縮財政路線について、民意をもって否定した。
ギリシャの場合、連立与党以外の政党は全てが「反・緊縮財政」である。緊縮財政に反対したからこそ、一気に議席を伸ばしてきた各党が、選挙後にNDの既存路線に賛成することはできない。
今回の選挙で第一党となったND(新民主主義党)のサマラス党首は、ギリシャのユーロ圏残留を目指す連立政府を樹立する意向を表明はしている。とはいえ、ユーロ残留・緊縮財政を訴えていたのは、他には大敗北を喫したPASOKのみだ。
そして、NDとPASOKが連立し、NDに50議席をプラスしても、ギリシャ議会の過半数を占めることができないとなると、緊縮予算がことごとく否決されるだけの話になる。
すなわち、IMFやEUのギリシャ支援の前提が崩れてしまうわけだ。
無論、EUやIMFの支援が止まれば、ギリシャは最終的なデフォルト(EU関係者ですら認めざるを得ない完全なるデフォルト)に追い込まれることになる。同時に、ギリシャのユーロ離脱が現実味を帯びてくることになるだろう。
とはいえ、反・緊縮財政路線を叫び、勝利した野党陣営とはいえども、別にユーロ離脱の構想や経済成長への道筋が立っているわけではない。中途半端なままユーロに残り、緊縮財政を拒否すると、長期金利が再び急騰し、政権はすぐに行き詰ることになる。
これが日本の場合、超低迷している金利を利用し、「国債格下げだ!」などと叫ぶ外野(格付け機関など)をよそに、財政出動と金融緩和という「正しいデフレ対策」のパッケージにより成長路線に戻れる。
それに対し、ギリシャは「デフォルト」及び「ユーロ離脱」という二つの関門を潜り抜けなければ、成長路線に戻る見込みは立たない。しかも、この二つの関門を抜ける際に、国民経済がどれほどの傷を負うのか、想像もつかない状況なのだ。
さて、実は筆者はフランスのオランド氏の勝利は予想していた。何しろ、失業率10%の国で現職の大統領が勝つのは極めて困難である。
ユーロ二大国の一つであるフランスの国民が緊縮財政路線を拒否したことで、今後のユーロはドイツの対応、あるいはフランスのドイツへの対応が注目点になる。オランド新大統領は、ドイツに対し、
「緊縮財政路線のみではなく、『成長』のことを考えるべきだ。さもなければ、財政が余計に悪化することになる」
と、マクロ経済的にまことに適切な要求をすることになるだろう。それに対し、メルケル政権はいかに応えるのか。
また、オランド新大統領は、元々、現在のグローバル経済を支配しているのも同然な「金融産業」について快く思っていない。オランド新大統領は、選挙演説中に何度も金融産業を批判するスピーチをしている。(オランド氏は選挙期間中に、金融産業について「真の敵」と呼んでいた)
オランド新大統領が、国際的な金融産業あるいは「グローバリズム」により経済が支配され、国民経済(雇用と所得)がないがしろにされがちな現状を問題視しているのは間違いない。
また、オランド新大統領は金融機関や原子力、防衛、プライベートエクイティファンドなどについて「改革」の対象に挙げているわけであるから、「グローバリズム」信奉者は戦々恐々としていることだろう。
ちなみに、筆者が何度も引用し、
「自由貿易(製品の輸出入のみならず、投資や金融サービスの自由化を含めた自由貿易)は民主主義を壊す」
と主張しているエマニュエル・トッド氏は、オランド支持を表明していた。
とはいえ、オランド氏が現在のフランスが置かれている環境において、「グローバル企業や投資家を利するのではなく、国民所得を高める」形の経済成長を実現するのは、極めて困難を伴う。
何しろ、フランス(フランスだけではないが)は金融政策の機能をECBに委譲している。日本やアメリカのように、フランスは「通貨発行、国債発行、財政出動」のパッケージという、正しいデフレ対策を打つことはできない。
また、さすがにユーロの中心国の一つであるフランスが、自国のみに重点を置いた政策を実施することもまた、不可能事に近い。
だが、各国の金融政策の機能がECBに委譲されている不自由な状況下において、「ユーロ圏全体」の成長を目指すなど、果たして可能なのだろうか。
さらに、経済のファンダメンタルや競争力がバラバラなユーロが、一致団結して成長を目指せるような、魔法の如き政策が、果たして存在しているのか。
ドイツのメルケル政権とオランド新大統領との話が決裂すると、ユーロ内は決定的に分裂することになる。すなわち「成長派」と「緊縮派」に分裂するわけだ。
いまさらだが、「成長を目指す」も「緊縮財政を実施する」も、常に正しい政策というわけではない。
デフレの時は緊縮に背を向け、成長を志向し、インフレ期に成長率が十分なときは、緊縮財政を実施するべき。ただ、それだけの話だ。
現在は「環境に応じてソリューション(解決策)は変わる」という当たり前の事実を多くの政治家が失念し、日本はもちろんのこと、アメリカや欧州でも混乱を巻き起こしているわけである。
特に、メルケル政権の緊縮路線は、デフレに片足を突っ込んでいる他のユーロ加盟国にまで「憲法的に」強制されるわけで、「政策」というよりは「イデオロギー」としか表現のしようがない。
上記のイデオロギー的な緊縮路線に、今回、フランスとギリシャの国民が「NO!」を突きつけた。他のユーロ圏の国民は、どうするのだろうか。そして、アメリカ国民は? 日本国民は?
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いかなる国家も領土に住む領民に強制力(暴力装置)を行使できてのみ存在できる。
つまり国家はお金がなければ経営できない。 いわゆる「国民国家」も同様である。
近代資本主義は、無記名有価証券たる通貨、10円の預かり金を1000円にして貸し出す信用創造、それに利ざやである金利、この三点セットで成り立ち、循環恐慌を引きずりながら拡大成長している。
循環恐慌がデフレであり、拡大成長とは数%の物価上昇を伴う信用、需要、供給の拡大である。
ユーロは国家から通貨発行権と金融政策を奪ってしまった。
従って、循環恐慌期(バブル崩壊)加盟国家が取れる経済政策は、財政削減のみという財政悪化と不況のスパイラルである。
通常の国家なら自国通貨の発行量調整と自国通貨建て国債によってソフトランディングなり、税制調整、所得再配分なりの需要拡大が可能であるが、ユーロ加盟国はこの手足がもがれている。
そして、ユーロの存続にとって致命的なのは第二の大国フランスでさえ、条件は同じなことである。
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「ドイツのユーロ」と二つの選挙 5/10 三橋貴明 Klugから
2012年5月6日。欧州で二つの選挙の投開票が行われ、その驚くべき結果に、世界に衝撃が走った。
『2012年5月7日 ブルームバーグ紙「仏大統領選:社会党オランド氏が勝利、現職サルコジ氏が敗北」
6日投開票のフランス大統領選挙は、社会党のフランソワ・オランド前第1書記(57)が現職のサルコジ大統領に勝利した。17年ぶりに社会党大統領が誕生する。
世論調査会社4社の推計によると、オランド氏の得票率は約52%、サルコジ氏は約48%。フランスでは5週間後に国民議会(下院)選挙が予定されている。
フランス経済はほとんど成長が見られず、失業保険申請件数は12年ぶりの高水準にある。政府債務の増加でフランスもユーロ圏の金融危機の影響に対して脆弱(ぜいじゃく)な状況にある。
ここ2年にわたるユーロ圏の金融危機で政治指導者が交代するのはサルコジ氏で9人目。現職の仏大統領が再選を逃したのは約30年ぶり。(後略)』
『2012年5月7日 ブルームバーグ紙「ギリシャ総選挙:NDとPASOKの連立不透明-最新予測」
6日行われたギリシャ総選挙で、救済合意に反対する政党が躍進、2大与党の新民主主義党(ND)と全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が再び大連立を組み、救済資金の確保に必要な財政緊縮を実行できるかどうかが不透明な情勢となった
ギリシャ国営NETテレビが伝えた開票途中での予想によると、得票率はNDが18.9%、PASOKは13.4%。一方、同国の救済プログラムに反対する陣営では、急進左派連合が16.6%、独立ギリシャ人が10.5%。この予測によれば、NDとPASOKの合計議席数は過半数の151議席に1議席達しない。(後略)』
最新報道によると、ギリシャの連立与党であるNDとPASOKは、「第一党に50議席が上乗せされる」という、同国独特の選挙制度を加味しても、過半数を確保することは不可能のようである。
本稿執筆時点では、第一党になったNDに50議席を上乗せし、PASOKの議席と合わせても、ギリシャ議会の過半数である151に2議席足りない状況になっている。
何しろ、NDとPASOKの双方を合わせると、09年の総選挙の際には77.4%の得票を得たのだ。それが今回の総選挙では、わずかに32.1%だ。ある意味で、気持ちがいいほどの負けっぷりである。
フランスの現職であるサルコジ大統領が、社会党のオランド候補に敗れた。ギリシャの巨大連立与党であったNDとPASOKが惨敗し、過半数の確保が不可能になった。
サルコジ大統領とギリシャ連立与党に共通しているのは、もちろん「ドイツが主導する緊縮財政路線」を支持していたことである。
逆に、勝利したオランド候補及びギリシャの野党各党は、全て「反・緊縮財政」を主張していた。
すなわち、フランスとギリシャの国民は、現在のドイツ主導の緊縮財政路線に、明確に「NO!」を突きつけたのである。
【図153-1 ユーロ主要国の失業率推移(単位:%)】

出典:ユーロスタット
図153-1の通り、ユーロ主要国の雇用状況は、ドイツを例外として、他国は軒並み悪化している。ギリシャやスペインに至っては、何と20%を上回っているのだ。フランスにしても、失業率は10%で推移している。
ドイツの経済の好調をもたらしているのは、ユーロ安に牽引された「輸出増」である。すなわち、ドイツは輸出(GDP上は純輸出)という「外国の需要拡大」により、経済を成長させ、失業率を引き下げていっているわけだ。
さらに、このユーロ安をもたらしているのは、PIIGS諸国などの財政危機なのである。
すでに本連載において何度も取り上げたが、ドイツは2005年前後に失業率が10%を超え、何と当時のスペインをも上回っていた。理由は、01年にITバブルが崩壊し、企業が負債返済を優先し、投資を縮小するバランスシート不況に陥っていたためだ。
苦境に陥ったドイツを「助けるため」に、フランクフルトに本拠を持つECB(欧州中央銀行)は政策金利を引き下げ始め、これがドイツ以外のユーロ加盟国にバブルをもたらした。ドイツは南欧などのバブル諸国向けの輸出を拡大し、失業率をようやく引き下げることが出来るようになったわけである。
同時に、当時のドイツではシュレーダー政権による「改革」が行われ、非正規労働に関する規制緩和などが実施された。結果的に、各種産業において企業の人件費負担が緩和され、投資に回せるお金が増えたのである。
そもそも、最低賃金引き下げや非正規労働の拡大は、純利益を増やすことで投資を拡大しようとする、サプライサイド(供給能力)政策になる。すなわち、インフレ対策だ。
純利益を拡大すれば、企業の投資は増える「はず」である。デフレ期の日本では、純利益が増えた企業は内部留保(現預金)を増やしており、米韓などの諸国では配当金に回ってしまっているが、元々の法人減税や最低賃金制度改革の目的は、国民経済の供給能力を高めるインフレ対策なのだ。
いずれにせよ、ドイツはシュレーダー政権期に「供給能力を引き上げる政策」を実施し、現在はユーロ安による「外需拡大」に巧く対応し、国民経済を成長させているわけだ。
例えば、現在のユーロ危機が(*南欧諸国でなく)「ドイツ国内の不動産バブル崩壊」をトリガーにしていた場合、ドイツの「改革」は裏目に出た可能性が高い。
すなわち、不動産バブル崩壊で需要が急収縮し、デフレギャップが拡大しているところに、さらに供給能力の強化がなされるという話になり、現在の日本と同じ状況に陥ったはずなのだ。
ところが、ドイツは国内で不動産バブルが発生せず、かつ各ユーロ加盟国のバブル崩壊で、ユーロ危機が深刻化した結果を受けたユーロ安を「外需拡大」のために活用しているわけだ。
何というか、現在のユーロが、
「ドイツの、ドイツによる、ドイツのためのユーロ」
という状況に陥っているのがよく分かる。
最低賃金制度改革に代表される各種の構造改革とは「インフレ対策」であり、現在のスペインやギリシャ(恐らくフランスも)が実施すると、デフレギャップが拡大し、失業率がさらに上昇する。
さらに、ギリシャやスペインなど、高品質な製品を生産する企業を持たない国が生産性を高めたところで、ドイツと同じ真似はできない。ドイツはあくまで「元々、競争力が高い製造業大国」だったからこそ、現在のユーロ安による外需拡大に対応できているわけだ。
とはいえ、ドイツの競争力強化は、国民の可処分所得を引き下げることにより達成された。すなわち、国民の消費という最も重要な内需が、今後、ドイツ国内で順調に増えていくのか、疑問を持たざるを得ないわけだ。
また、スペインやギリシャがドイツと同じ真似をすると、デフレ深刻化で財政が今以上に悪化する。そうなると、両国の財政問題が悪化し、またまたユーロ安ということでドイツは潤う。
このドイツが「自国の方針」に基づき、ユーロ加盟国に緊縮財政や財政均衡の憲法化を要求しているわけであるから、他のユーロ諸国の国民としてはたまったものではないわけだ。
特に、スペインやギリシャのように失業率が20%を超え、アメリカ大恐慌期に近づいているような国々までもが、「他国(ドイツ)」の望む緊縮財政路線を歩まされるわけである。
各国の国民が怒り、既存の政党や政治家に「NO!」を突きつけるのは、むしろ当たり前に思える。
何しろ、緊縮財政とは増税や政府支出削減(公共事業削減、公務員経費縮小、年金削減など)を意味しており、雇用環境には確実に悪影響を与える。
他国(ドイツ)の望む緊縮財政を自国にまで強要されている状況下で、欧州諸国の政治家は選挙の洗礼を受けねばならなくなってしまった。
その先陣を切ることになったフランス大統領選挙、及びギリシャ総選挙では、両国民が共に緊縮財政路線について、民意をもって否定した。
ギリシャの場合、連立与党以外の政党は全てが「反・緊縮財政」である。緊縮財政に反対したからこそ、一気に議席を伸ばしてきた各党が、選挙後にNDの既存路線に賛成することはできない。
今回の選挙で第一党となったND(新民主主義党)のサマラス党首は、ギリシャのユーロ圏残留を目指す連立政府を樹立する意向を表明はしている。とはいえ、ユーロ残留・緊縮財政を訴えていたのは、他には大敗北を喫したPASOKのみだ。
そして、NDとPASOKが連立し、NDに50議席をプラスしても、ギリシャ議会の過半数を占めることができないとなると、緊縮予算がことごとく否決されるだけの話になる。
すなわち、IMFやEUのギリシャ支援の前提が崩れてしまうわけだ。
無論、EUやIMFの支援が止まれば、ギリシャは最終的なデフォルト(EU関係者ですら認めざるを得ない完全なるデフォルト)に追い込まれることになる。同時に、ギリシャのユーロ離脱が現実味を帯びてくることになるだろう。
とはいえ、反・緊縮財政路線を叫び、勝利した野党陣営とはいえども、別にユーロ離脱の構想や経済成長への道筋が立っているわけではない。中途半端なままユーロに残り、緊縮財政を拒否すると、長期金利が再び急騰し、政権はすぐに行き詰ることになる。
これが日本の場合、超低迷している金利を利用し、「国債格下げだ!」などと叫ぶ外野(格付け機関など)をよそに、財政出動と金融緩和という「正しいデフレ対策」のパッケージにより成長路線に戻れる。
それに対し、ギリシャは「デフォルト」及び「ユーロ離脱」という二つの関門を潜り抜けなければ、成長路線に戻る見込みは立たない。しかも、この二つの関門を抜ける際に、国民経済がどれほどの傷を負うのか、想像もつかない状況なのだ。
さて、実は筆者はフランスのオランド氏の勝利は予想していた。何しろ、失業率10%の国で現職の大統領が勝つのは極めて困難である。
ユーロ二大国の一つであるフランスの国民が緊縮財政路線を拒否したことで、今後のユーロはドイツの対応、あるいはフランスのドイツへの対応が注目点になる。オランド新大統領は、ドイツに対し、
「緊縮財政路線のみではなく、『成長』のことを考えるべきだ。さもなければ、財政が余計に悪化することになる」
と、マクロ経済的にまことに適切な要求をすることになるだろう。それに対し、メルケル政権はいかに応えるのか。
また、オランド新大統領は、元々、現在のグローバル経済を支配しているのも同然な「金融産業」について快く思っていない。オランド新大統領は、選挙演説中に何度も金融産業を批判するスピーチをしている。(オランド氏は選挙期間中に、金融産業について「真の敵」と呼んでいた)
オランド新大統領が、国際的な金融産業あるいは「グローバリズム」により経済が支配され、国民経済(雇用と所得)がないがしろにされがちな現状を問題視しているのは間違いない。
また、オランド新大統領は金融機関や原子力、防衛、プライベートエクイティファンドなどについて「改革」の対象に挙げているわけであるから、「グローバリズム」信奉者は戦々恐々としていることだろう。
ちなみに、筆者が何度も引用し、
「自由貿易(製品の輸出入のみならず、投資や金融サービスの自由化を含めた自由貿易)は民主主義を壊す」
と主張しているエマニュエル・トッド氏は、オランド支持を表明していた。
とはいえ、オランド氏が現在のフランスが置かれている環境において、「グローバル企業や投資家を利するのではなく、国民所得を高める」形の経済成長を実現するのは、極めて困難を伴う。
何しろ、フランス(フランスだけではないが)は金融政策の機能をECBに委譲している。日本やアメリカのように、フランスは「通貨発行、国債発行、財政出動」のパッケージという、正しいデフレ対策を打つことはできない。
また、さすがにユーロの中心国の一つであるフランスが、自国のみに重点を置いた政策を実施することもまた、不可能事に近い。
だが、各国の金融政策の機能がECBに委譲されている不自由な状況下において、「ユーロ圏全体」の成長を目指すなど、果たして可能なのだろうか。
さらに、経済のファンダメンタルや競争力がバラバラなユーロが、一致団結して成長を目指せるような、魔法の如き政策が、果たして存在しているのか。
ドイツのメルケル政権とオランド新大統領との話が決裂すると、ユーロ内は決定的に分裂することになる。すなわち「成長派」と「緊縮派」に分裂するわけだ。
いまさらだが、「成長を目指す」も「緊縮財政を実施する」も、常に正しい政策というわけではない。
デフレの時は緊縮に背を向け、成長を志向し、インフレ期に成長率が十分なときは、緊縮財政を実施するべき。ただ、それだけの話だ。
現在は「環境に応じてソリューション(解決策)は変わる」という当たり前の事実を多くの政治家が失念し、日本はもちろんのこと、アメリカや欧州でも混乱を巻き起こしているわけである。
特に、メルケル政権の緊縮路線は、デフレに片足を突っ込んでいる他のユーロ加盟国にまで「憲法的に」強制されるわけで、「政策」というよりは「イデオロギー」としか表現のしようがない。
上記のイデオロギー的な緊縮路線に、今回、フランスとギリシャの国民が「NO!」を突きつけた。他のユーロ圏の国民は、どうするのだろうか。そして、アメリカ国民は? 日本国民は?
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