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もうすぐ北風が強くなる

小沢一郎氏の20年

 若い小沢

 テレビと大新聞により、発言は編集歪曲され、捏造され、さらに検察には軽犯罪法にさえならない容疑をご丁寧に捏造されて叩き潰されたかの如き小沢一郎氏。
 小沢氏は、依然として日本の政治家の中で政策力、実行力、統率力、影響力等全面的に群を抜いた圧倒的な力を保持している。
 
 この比類のない能力は何なのだろう。

 週刊ポスト2011年1月7日号にこの20年間の発言要約が掲載されたので、引用します。
以下転載「」、特に注目≪≫

【若き豪腕時代~自由党結党(90~98年)】

『週刊ポスト』が初めて小沢一郎氏にインタビューをしたのは1990年だった。自由党の若き豪腕幹事長として、湾岸危機のさなかに海部内閣で自衛隊海外派遣論議を仕切っていた。以来、小沢研究の第一人者、渡辺乾介氏による独占インタビューは22回にのぼる。その「語録」を振り返ると、小沢氏の一貫した改革論と「読みの鋭さ」に瞠目(どうもく)させられる。
記念すべき第1回では、日本の国際貢献に並々ならぬ意欲を語っていた。
「日本が国際責任を果たす方向付けだけは絶対にやりたい」(90年11月30日号)

 その自衛隊派遣が党内外の横槍で失敗すると、「小沢降ろし」が起きる。「反小沢」政治の幕開けだった。
≪≪「僕は全ての問題について幹事長として最終責任を持つ決意でいる。ただ、問題なのは、僕がそう言ったからといって、“あいつ責任を取ると言ったぞ、シメシメ”とかね。国際環境の厳しい状況の時に、政争、政局の次元でしか見られないのというのも情けない」≫≫(91年3月29日号)
 
 続く宮沢内閣では、小沢氏が代表代行を務めた竹下派による“数の論理”が批判された。小沢氏の反論。
「国民の支持を多く集めているところが、(中略)影響力を強く持つというのは民主主義の当然の帰結です。(中略)その基本の部分を遊んで茶化してしまうのは非常に危険な思想に陥る可能性がある」(91年11月22日号)
そして宮沢内閣に構造改革を強く迫った。

 「戦後を支えた秩序が根底から変わっているのだから、何故今までと同じで上手くいくのか、おかしな話でしょ。新しい秩序の中で新しい時代が進んでいることを認識してやってほしい」
[Roentgenium:日本の〔支配層ではなく一般庶民、中流家庭の〕為の構造改革と、米国の為の日本の構造改革〔支配層はこちらに組みする?〕では、言葉は同じでも中身がまるで違う。政治改革も然り]

 しかし、小沢氏の急進的改革論は党内で危険視される。自民党離党直前の弁はこうだった。
≪≪「総理になることが自分の最大の目的なら、昨年は確実になれただろう。しかし、それでは寂し過ぎます。総理として何をなすべきか、時代の要請を受けて何が出来るか、そういうことがやれる条件を整えなければ(総理になる)意味がない。(中略)改革派とは常に少数だが、例え少数でも、先見性を持って未来の為に行動しなければならない」≫≫(92年11月20日号)

 離党して新生党を結成した直後にはこう述べた。
≪≪「もはや自民党は駄目だ、全く活力を失ったと判断した。自己改革をしていくのが保守です。(中略)選挙制度を改革することによって、政界再編をスムーズにし、2大政党制、政権交代の議会政治の機能を果たすようにするというのが最善の策」≫≫(93年7月23日号)

 その直後に細川連立政権で自民党を下野に追い込むが、その抵抗は凄まじく半年で政権は窮地に陥る。小沢氏は、自民党の「政治改革より経済対策が先だ」という声に反論した。
≪≪「当たり前のやり方で不況を脱したり、経済構造が変わるんだったら、とうに直ってます。(中略)政治がリーダーシップを持たなければいけないのであって、だからこそ、政治改革を先行して早くやらないと、(中略)政府が少なくとも21世紀初頭ぐらいまでを展望することによって、個人消費も、設備投資も、技術開発も行なわれてくるはずです」≫≫(93年12月24日号)

 連立は崩壊し、時代は自社さ政権へ。野党となった小沢氏は、村山内閣の“えせ改革”に噛み付いた。
≪≪「行政改革はこの内閣の最大の問題になると思うと、どなたか仰っているわけだね。それではとばかり、行政改革や規制緩和の項目がいっぱい出ました。ところが、各大臣がこぞって反対している。どういうことですか。口では改革と言っても、国民の目には明らかに違うと映りますよね」≫≫(94年11月25日号)

 [Roentgenium:細川連立政権が余りにも短命だった為、自民党は浄化されるどころかますます悪くなり、手段を選ばなくなったようにも思える。霞が関に見られる風潮として、独立国家としての国家ビジョンが遠のくことになっても、既得権益に執着することのほうを最優先させる、そんなタレントのように軽薄な輩ばかりになった気がする。さきがけの武村正義、社会党、松下政経塾、それらの野心が大きな要因で、細川連立政権が短命に終り、自民党が駄目になったことと相まって小泉“売国”政治を許すこととなり、さらに今の菅政権に結びついているのではないか?菅政権は鳩山政権よりも、自民党政治よりも小泉“売国”政治の流れを汲んでいると言える。野党第一党でありながら、小泉劇場をともに演出してきたのが面々がいまの菅内閣を形成している。その先にあるものは悪夢の“小泉劇場第二幕”だろう。その下地作りという茶番がいま行なわれており、菅政権のアジェンダ=消費税増税や自由・人権の剥奪への布石を経て、今度は対日改革要望書ではなく、TPP無条件参加を実現させるだろう]

 現在の民主党にも通じる問題である。通じると言えば、新進党が結成され、その幹事長に就いた直後の言葉も興味深い。
≪≪「自社の人たちは、(中略)みんな僕の悪口ばかり言っているわけ。その度に僕は男が上がるんですよ(笑い)。(中略)人の悪口や誹謗中傷で、天下の正道を動かすとか、或いは国民の信頼を得るということは、それは出来ません」
「民主主義社会の中でリーダーシップを発揮する為には、みんなが同じレベルで共通の認識があって、初めてリーダーに対して信頼関係が生まれてくるわけでしょう。そういう意味では選挙一つにしても、党運営も、全てにおいてみんなをそういうレベルに持ち上げないと、リーダーシップと言ったって、それは無理なことです」≫≫(いずれも95年8月11日号)
 
 その年末に新進党党首に立つと、自民党が新進党攻撃で「池田大作喚問」をチラつかせた。それに反駁(はんばく)した言葉は現在に通じるか。
「多数党が、気に入らん奴を国会に招致だ、参考人だと呼んでやるというやり方を許したら、次に新進党が政権を取った時、自民党を応援した者をみんな呼んで文句をつけることになるのか。(中略)絶対やっちゃいけないことなんです」(96年1月19日号)

 新進党は解党し、小沢氏は自由党党首となった。この時期、小沢氏は改革論を一気に純化させていった。
「僕は所得税・住民税を半分にし、法人税を現行の50%から40%に下げよと言っています。(中略)単純に景気対策で言っているんじゃなく、(中略)個人の選択肢を広げることと、官僚の裁量の余地を無くすことになるからです。(中略)これが規制を撤廃することですよ」(98年1月9日号)
→法人税率の推移、欠損金の繰越制度など - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E4%BA%BA%E7%A8%8E
→企業の法人所得税と社会保険料の事業主負担分を合算した数値を名目GDPで割った比率の国際比較
http://aldente512.blog63.fc2.com/blog-entry-135.html
→〔超二極化・超管理社会を加速させるであろう法人税減税〕何故、法人税率の引き下げが必要か - 池田信夫 2010年6月6日
http://agora-web.jp/archives/1028326.html
→R.ライシュ教授変説か?『法人税引下げはばかげている』 - 富士通総研http://jp.fujitsu.com/group/fri/column/opinion/201003/2010-3-3.html

 このインタビューでは、改革を嫌がる守旧派を「幕藩体制」と表現し、マスコミから叩かれることを、こんなふうに言っていた。

「幕藩体制で禄高(ろくだか)を貰っている人、その典型はだから僕はマスコミだと言っているんですよ。それは、反対するに決まっている」

 そして、もし“マスコミの嫌われ者”が総理大臣になったらどうするか、という問いにこう答えた。
「先ず第一に選挙をやって、国民に“ほんとにオレでいいのか”と聞く」

[Roentgenium:幕藩体制というよりも、CIAが金を出して作らせた日本テレビや読売新聞が記者クラブの中心であることから見ても、本質的には米国隷属の機関であると見るべきだろう。ただ旧来の既得権という部分では幕藩体制というのも半分はあるかも知れない。あと半分は外資だが。クライアントである日本の経団連企業も然り。皮肉なことに、(在日)朝鮮学校の反日教育と大差ないんじゃないか?〔差別とか偏見の意はない〕現在の日本財界に蔓延る孫正義(代理人の1人?)のような新自由主義的思考〔後日、『週刊ポスト』12月10日号に掲載されたインタビューを転載予定〕には全く賛同しない。菅政権に対する、小泉政権にも共通する異様な“メディアからの優遇”には、官房機密費の影響や電波利用料をめぐる取引、司法とメディアの癒着構造、そして現政権が米国に従順であることなどが幾重にも関係しているのだろう]

【自自連立~民主党代表(99~07年)】

 00年に自自連立が崩れてから今日までは、政権に執着する自民党と、政権党に脱皮出来ない野党のもどかしい争いが続いた。自自連立初期の小沢語録から振り返る。

 「私は以前から、日本再建の為に自由党の政策が実行出来るなら、誰とでも、どの政党とも組むということを言ってきました。(中略)大変な時だから協力してほしいと言われた。100%とは言わんけれども、自由党の改革の基本の考え方を採用してくれるならいいよという一幕がありました。(中略)僕の提起した政策論は、日本社会をどこへ持っていくかという岐路になる」(99年1月22日号)

 そして連立離脱した後。
≪≪「日本人自身の精神的不安定、荒廃かな、これを世論調査で国民が一番に挙げるようにならなければ救いようがないんだ、この国は。(中略)政治のサイドにそういう危機意識、時代認識が非常に希薄だよね。多少は感じていても、目先の利害が先に来ちゃっている」≫≫(01年1月1日号)
現在の民主党に繋がる野党共闘を主導した時期、小沢氏は「改革の意思を持て」と訴え続けた。

 「だめだと思えば変えりゃあいいんだよ。変えるものはどんなもんかなんて、今から心配したってしょうがないじゃないか。先ず変えてみなきゃしょうがない。そして、それが駄目ならば次のものにする以外ない」(01年2月16日号)
しかし自民党は、小泉内閣成立で息を吹き返す。小沢氏はその人気はイカサマだと言い放った。

 ≪≪「小泉さんは、口では改革と言っているけれども、自民党全体から見ると、小泉さんが改革を標榜する月光仮面の役割をして、その為のセリフを発することは許されている。しかし、実態は権力維持の為の役割分担なんだね。当初からわかっていた構図なんだけれども、最初は、一般の人はわからなかった」≫≫
そして見事に予言した。

 ≪≪「辞めざるを得ないんじゃないですか。だけど、それがイコール、多分、自民党政権の終焉だと僕は思うけどね。まあ、一時的に、じゃあ代わりに誰がやれとか、何やれとかなるけど、経済のクラッシュが起きた時に、もはや自民党では絶対に対処出来ない」≫≫
民由合併を決めた直後、同志にも注文を付けた。

 ≪≪「僕は万年野党でいいという人とは組まないと言っているんです。(中略)責任ある者が責任者の立場で決断しないというのが日本的文化だとしたら、それは自民党と何も変わりない」≫≫(03年10月3日号)
次は郵政解散直後の弁。民主党の岡田執行部は、「自民党分裂だから楽勝」とタカを括っていたが、小沢氏の見方が冷静だった。

 [Roentgenium:いまのイオン・グループがあるのは〔官僚当時の岡田にはインサイダーの疑いもあり〕対日年次改革要望書に忠実な小泉政治のおかげであるとも言えるし、郵政選挙に際しては自民党の広告代理店(BBDO)と民主党の広告代理店(フライシュマンヒラード)がともにデヴィッド・ロックフェラーのオムニコム・グループの参加企業だったという事実もあり、全くの茶番だったという見解もある。また、売国“談合”マスゴミのほうは官房機密費、郵貯・簡保の金が欲しい米金融界からの資金、そして小泉が餌にした地デジ利権に餌付けされ、米国シンクタンクが送り込んだ代理人・竹中平蔵らを重宝し、魂を売って“売国”小泉劇場を過剰演出した。前原誠司はその小泉と「郵政民営化研究会」に名を連ねていた張本人であり、“双頭政治”のキーマンの1人である]

 「郵政解散というよりも、僕はやっぱり、自分が居座り続ける為の解散だと思うね。(中略)民主党は、それがいけないからこっちに政権を寄こせ、という側なわけだね。だから、我々はこう考えているんだということを、(中略)国民に届くように言わないといけない。国民にしたら、そうしないと、何だ、結局どっちも曖昧かとなる。それだったら、まあまあ小泉のほうに入れるかとなっちゃうわけです」(05年9月9日号)
皇太子の「雅子妃の人格否定」発言で皇室が揺れた際には、小沢氏はこれを会見で言わせてしまった内閣の責任を説いた。

 「天皇陛下も皇太子も、或いは皇室として、何かあるなら内閣に言わなければならない。(中略)こうしてほしいということがあれば内閣に言うというのが、日本国憲法の示す立憲君主制のあるべき姿ではないかと思います」(05年1月1・7日号)

 小沢氏の読み通り、小泉氏が辞任した後、自民党は迷走を続けた。安倍内閣発足直後の評価はこうだ。
「小泉氏が辞めたのも、彼はなかなか利口だから、この辺が限界だと思ってのことだろう。安倍さんは、そういうしたたかさ、無責任さというものが小泉氏ほどないから、この政権は大変なことになると思う」(06年10月27日号)

そして福田内閣で起きた「大連立問題」直後、連立協議は民主党の政策実現の為だったと述べたインタビューで、民主党の力不足も嘆いていた。

 小沢2008

 ≪≪「民主党ではみんな権力の座にいたことがないから、権力というものがどういうものかよくわからないんだ。農業でも、年金でも、子育てでも、高速道路でも、財源はどうするんだと言われると、ちょっとうろたえちゃうんだね。僕は『心配ない、金なんぞ何ぼでもある』と言っている。金の遣い方は結局、選択の問題、政策の優先順位ですよ」≫≫(07年12月7日号)

 菅内閣は、いまそこで立ち往生している。
[Roentgenium:〔一般庶民の為には使われない〕消費税増税というアジェンダから考えれば、立ち往生というよりむしろ“規定路線”であり、筋書き通りなのではないか?]

 小沢2010_2

 
小沢一郎氏の「政治とカネ」問題の「事実」を改めて簡潔に纏めてみる。

 ●西松建設事件
同社社員らでつくる政治団体が小沢氏に献金していたことが「実体のないダミー献金」として摘発された。実際には、公判で検察側証人からも「活動実態のある団体だった」との証言が相次ぎ、困った検察は後述の「陸山会事件」を後から訴因に加えて公判を長引かせるという異常事態になっている。
大メディアは「西松の献金はダム建設談合の見返り。小沢が天の声を出した」と報じたが、検察が多くのゼネコンを強制捜査や取り調べ対象にしても、何の証拠も出なかった。

 
●陸山会事件
小沢氏の資金管理団体が土地を購入した。それが政治資金規正法に違反するとして摘発された。検察もマスコミも「不実記載」と騒ぎ立てたが、実際に立件出来たのは「04年に買ったのに05年に報告した」という「期ずれ」の問題のみ。しかも、小沢氏側は、農地法による地目変更手続きの為に本登記が遅れたものと説明している。
大メディアは「購入原資は闇献金だ」と報道したが、その根拠は、検察の依頼で偽証した前歴のある建設会社元社長(水谷 功・受刑者)の証言のみ。「ホテルで受け渡し」「秘書の手帳にメモ」などの報道もあったが、いずれも誤報と判明している。

 ●検察審査会問題
以上2つの“事件”で小沢氏の秘書3名が起訴されているが、民主党政権打倒を謳う市民団体の訴えで、検察審査会は小沢氏を共犯として強制起訴した。但し、この議決には数々の違法性が指摘されている他、検審メンバーは恣意(しい)的に選ばれた可能性が高い。


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