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もうすぐ北風が強くなる

金融政策を売り歩くいかさま師、身動きできなくなった黒田日銀

 舞う札

   「日銀は政治に支配され、動けなくなった」  5/2  森田長太郎 東洋経済オンライン

日本銀行の4月30日の金融政策決定会合は多くの市場関係者の予想通りの内容だった。
金融政策は現状維持で、展望レポート(「経済・物価情勢の展望」)では、実質GDP(国内総生産)、消費者物価指数(除く生鮮食品)の見通しがいずれも下方修正された。

消費者物価指数(除く生鮮食品)の見通しは2015年度プラス0.8%(1月時点の見通しはプラス1.0%)、2016年度はプラス2.0%(同プラス2.2%)、2017年度は予定されている消費増税の影響を除くケースでプラス1.9%と示された。
2016年度に前年比上昇率2.0%の物価目標達成の時期をずらしてきたのも、それまでの黒田東彦総裁の発言から予想されていた。

今後、日銀はどう動くのか
SMBC日興証券のチーフ金利ストラテジスト森田長太郎氏に見通しと黒田日銀が置かれている苦しい状況をどう見るか、聞いた。

   追加緩和の可能性は後退している

――黒田東彦総裁が就任し、量的質的緩和を開始してちょうど2年が経ちました。2年でインフレ率2.0%を達成するはずが、どんどん後ろにずれて、2016年度となっています。

これまでは「15年度を中心に」と表現するなど少しずつ「2年」の幅を広げてきたが、今回は総裁会見でも、「2年程度を目途に」という部分よりも「できるだけ早期に」という部分が強調されている印象だ。
一種の決着がついたのではないか

――足元の物価は消費増税を除くベースでは0%強です。一部で観測されている今年10月の追加緩和はあるのでしょうか。

昨年の10月末には原油価格の下落を理由に追加緩和を行ったが、今年2月に入ってから、「原油価格の下落は経済にはプラス」「基調インフレはしっかりしている」と論理がすり替わっていた
政府サイドはこれ以上の円安は望ましくないと思っているから、追加緩和は軽々にはできない

原油価格が日銀の想定しているような1バレル当たり70ドルに速やかに戻ったとしたら、原油価格は年末近くには前年比でプラスに転じる。
まだ10月の「展望レポート」の段階では、「ここから物価が上昇する」という見通しを示して、同レポートの中間評価を行う2016年1月まで引っ張るのではないか。
さらに2016年4月の「展望レポート」まで何もしない可能性もある。

そこまでいっても、7月には参議院選挙があるので、それとの絡みで政治的な判断とならざるを得ない。
さらに円安を加速するからダメ、ということになるかもしれないし、あるいは株価が下がっていれば株価を持ち上げるために政治的圧力が強まる結果、やるかもしれない。

2%との乖離は少なくともまだ1~2年では埋まらない。
しかし、年間80兆円の国債の買い上げはオペレーション上も行き詰まってくる。もはや2%はシンボリックなものでしかなく、デフレに戻らず物価が緩やかに上昇していけばいい、ということになるのではないか

  リフレ派の主張は実現せず

――結局は政治の要請で決まるということですね。

日銀、FRB(米国連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中央銀行)を比べて見たときに、日銀がもっとも政治に従属している、ということになってしまった
FRBはファンダメンタルズと市場とのギャップを修正しようとしているが、日銀はそもそも2年で2%のインフレ目標の実現というファンダメンタルズからまったく乖離した目標を掲げてしまったから、修正どころじゃなくなっている

――そもそも、安倍政権のもとで日銀が採用したいわゆるリフレ派の人たちの主張である「マネタリーベースを積み上げればインフレになる」という理論が間違っている?

すでにかつての翁・岩田論争(注)で決着している
マネタリーベースとインフレは関係ない。
銀行が持っている国債と日銀の当座預金を交換する取引でしかないからだ。
市中に出回っている広義のマネーとインフレとの関係ですら曖昧だ。
円安はマクロ的に見れば日本経済にはプラスであり、インフレの要因にはなる。だが円安自体も金融緩和がきっかけではなく、欧州の債務危機がおさまったことで、2012年秋には100円に戻っていた。あとはアナウンスメント効果だけだ。

(注)翁・岩田論争は、当時の翁邦雄・日本銀行調査統計局企画調査課長(現・京都大学教授)と岩田規久男・上智大学教授(現・日本銀行副総裁)によって1992年9月から『週刊東洋経済』誌上で展開されたマネタリーベースとマネーサプライの関係、その効果をめぐる論争。1993年3月まで続いた。

   国民にイリュージョン(幻想)を売る

――なぜ、エコノミストの一部は金融緩和に過度な期待を寄せるのか。

もともと米国の経済学者は一種の既得権益グループをつくっている。
フリードマンやケインズでもそう。自然科学であれば仮説がいずれは検証されるが、そもそも自然科学ではない経済学は、検証されない。
言いっ放しになってしまうことが、経済学の最大の問題だ。
そうした中で、経済学者という職業を守ろうとすれば、政策への反映を図っていこうということになる。
政策の役に立ちますよ、といえば、錬金術的になる。商売としての経済学だ。

なぜ多くの経済学者が財政政策でなく、金融政策を主張するかといえば、財政政策は選挙で選ばれた政治家の仕事だからだ。
だから、金融政策にがっちりしがみついて、中央銀行に乗り込もうと考える。
そういうグループが米国の経済学者のコミュニティを形成している。
まさに政策を売り歩くいかさま師達が流派を形成している。

――それに倣って日本でも日銀批判が始められたわけですね。

日本では長らく金融政策も含めたマクロ経済政策を官僚が統括していたので、まったく入り込む余地がなかった。
最近になって、妙な野心を持った人たちが日銀への攻撃を始めた。
リフレ派と呼ばれる人たちの「日銀官僚の手から金融政策を取り上げる」という主張は「自分たちの商売にする」ということだ。
だが、乗っ取ったからには結果に責任を持つべきだ。

米国ではリーマンショックが起きたことで、経済学者の地位が大きく低下して死活問題になった。
だから今、米国の経済学者らは何とか理論と現実を調整する努力を始めている。
日本の一部のリフレ派のように古典的な貨幣数量説にしがみつく人はいなくなっている

結局、「成長の限界」というものが見えてくると、1930年代と同じことで、国民にイリュージョンを売って歩く政治になる。
それにリフレ派の主張が合致した

1930年代には、軍部や一部の政治家が、満州国は日本の政治的、経済的な拡大路線の「生命線」だと主張し、国民の熱狂を誘導していった。そして、その権益を維持するために日本は破滅的な方向に向かっていった。
現在は軍事的な事態とは全く関係はないが、「成長の限界」に対してイリュージョンを拡散して国民の目をそらすような経済政策になっていやしないか。
 ーーーーーーーーーーーーーーー
※ アベノミクスの量的緩和は「インフレ期待」を作り出すことというのが名目だった。
 マスコミを動員した手品に一般国民はかなり騙されているだろう。
 しかし、カネの勝負が仕事のマーケットはなかなか騙されなかった。
 というところだろう。

 しかし、危機はこの後にある。
 出口戦略が無いからだ。
 ベースマネーの吸い上げには、膨大な国債などを市場売却しなければならないが、米国債ではあるまいし買う者などはおらん。
 金利高騰、財政窮乏、インフレ窮乏化はいつなるかという時間の問題だ。

 株価?勝手に暴落しろ。
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 山王ホテル
 日米合同委員会会場は山王ホテルという名称だが、米軍施設である。米国は横田基地から入国審査なしでヘリで東京に入る。

   抑圧されたものの噴出、日本の場合 後編  5/1  高島康司

  ●従属国家日本の実態

 今回は前回の続きです。後編になります。
 前回は、日本の外交政策の基本が「安保法体系」と呼ばれるアメリカとの一連の条約や密約群によって決められ、これらが日本の憲法や国内法よりも優先順位が高い事実を見ました。
 主権国家の独立性の根拠は、最高法規である憲法によって統治されているという事実にあります。
 ところが日本の場合、「安保法体系」は憲法の上位にあり、憲法が最高法規としての役割を果たしていないのです。
 これでは、日本は独立した主権国家であると主張することはできません

 そして、国内法を超越する「安保法体系」を日本に適用している機関は、毎月2回行われている米軍高官との調整会議である「日米合同会議」でした。
 前回はこのような内容を解説しました。

  ●政府機関の「裏マニュアル」

 この実態こそ、まさに日本の対米従属構造を示しています。でも、さらにこれを越えた内容が明らかになっているのです。後編では、まずこれを少し詳しく見て見ましょう。
 それは、いくつかの省庁がもつ「裏マニュアル」の存在です。今回も『検証・法治国家崩壊』、『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』、そして『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』の3つの名著を参考にしながた見て行きましょう。

 前編でも書いたように、日米関係は基本的に「安保法体系」という一連の条約や密約によって規制され、憲法や国内法は適用されません
 この超法規的な処理の方法のルールブックにあたるものこそ、「裏マニュアル」と呼ばれている一連の文書です。

 いま入手できる「裏マニュアル」には次のようなものがあります。もちろんこうした文書に、「裏マニュアル」というあからさまな名前がついているわけではありません。

最高裁判所:
 「日米行政協定に伴う民事及び刑事特別法関係資料(部外秘資料)」

検察庁:
 「合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料(実務資料)」

外務省:
 「日米地位協定の考え方」


 これらの文書が「裏マニュアル」と呼ばれている理由を、文書の名前から類推することは困難です。
 しかしこれらの文書は、アメリカ政府や米軍との関係で発生した問題を、憲法や日本の国内法を適用しないで処理する超法規的な方法が細かく規定されているのです。

  ●実務資料とは?

 たとえばこのよい例は、検察庁の「合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料」、つまり「実務資料」と呼ばれる「裏マニュアル」です。

 これは、1953年、在日米軍の将兵が関与する刑事事件について、日本政府と米政府の間で交わされた密約です。
 この文書は正式には、「行政協定第一七条を改正する一九五三年九月二十九日の議定書[3]第三項・第五項に関連した、合同委員会裁判権分科委員会刑事部会日本側部会長の声明」という長い名称の文書です。
 密約のアメリカ側代表は軍法務官事務所のアラン・トッド中佐、日本の代表は津田實・法務省総務課長です。

 そして、なんとこの文書には、「重要な案件以外、また日本有事に際しては全面的に、日本側は裁判権を放棄する」と明記されているのです。
 つまり、米軍の将兵が日本国内で刑事事件を起こしても、日本の国内法は適用されないということです。
 ちなみに、その後5年間には約1万3000件の在日米軍関連事件が起きました。なんとその実に97%の事件で日本は裁判権を放棄し、米軍の将兵を日本の法律で裁くことはしなかったのです。
 実際に裁判が行われたのは約400件だけでした。
 これは、1953年という、日本がサンフランシスコ講和条約の調印後、主権を回復して間もない時期に交わされた密約です。
 いくらなんでもそれから60年以上たった現在、日本が裁判権を放棄しているとは考えられません。

 しかし、これを調査したジャーナリストの吉田敏浩氏によれば、比較的最近の2008年に発行された「法務省検察統計」を分析したところ、全国の一般の刑法犯に比べて、米将兵の刑法犯の起訴率の方が極めて低いことが明らかになりました。
 つまり、米将兵の刑法犯には日本の裁判権は適用しないとする密約は現在でも生きており、これを原則に刑事事件がいまでも処理されているのです。
 さらに吉田氏によると、法務省は各地の地方裁判所に、批判を受ける恐れのある裁判権の放棄ではなく、起訴猶予にするよう勧めてると言います。

  ●外務省の裏マニュアル、「日米地位協定の考え方」

 これはまさに、犯罪を行っても犯人が米軍の将兵であれば、日本人と同じ刑法は適用されないというとんでもない実態を現しています。
 これでは日本が、「主権国家」であると言うことはできないでしょう。まさにアメリカの属国なのです。
 さらに、このような従属的な状態は、外務省の「裏マニュアル」である「日米地位協定の考え方」を見ると一層明らかになります。
 この文書は、外務省が1973年4月に作成したものです。この長い文書には、対米従属の具体的な状況を生々しく示す箇所が多くあります。
 ちなみに、かなり長い引用になりますが、「第二条」の「施設・区域の提供、返還及び共同使用」の箇所を見て見ましょう。読み安くするために、段落に分けました。

「一 施設・区域の提供」
 1 第二条1項(a)は、米側は、安保条約第六条に基づき日本国内の施設・区域の使用を許されること及び個々の施設・区域に関する協定は、合同委員会を通じて日米両政府が締結しなければならないことを定めている(第一文及び第二文)が、このことは、次の二つのことを意味している。

 第一に、米側は、わが国の施政下にある領域内であればどこにでも施設・区域の提供を求める権利が認められていることである。

 第二に、施設・区域の提供は、一件ごとにわが国の同意によることとされており、従って、わが国は施設・区域の提供に関する米側の個々の要求のすべてに応ずる義務を有してはいないことである。

 地位協定が個々の施設・区域の提供をわが国の個別の同意によらしめていることは、安保条約第六条の施設・区域の提供目的に合致した米側の提供要求をわが国が合理的な理由なしに拒否しうることを意味するものではない。
 特定の施設・区域の要否は、本来は、安保条約の目的、その時の国際情勢及び当該施設・区域の機能を綜合して判断されるべきものであろうが、かかる判断を個々の施設・区域について行なうことは実際問題として困難である。むしろ、安保条約は、かかる判断については、日米間に基本的な意見の一致があることを前提として成り立っていると理解すべきである。(注10)

 (注10)かかる判断について、常に日米間に意見の不一致がありうるとすれば、単に施設・区域の円滑な提供は不可能であるばかりでなく、わが国が自国の安全保障を米国に依存することの妥当性自体が否定されることとなろう。

 以上にも拘らず個々の施設・区域の提供につき米側がわが国の同意を必要とするのは、場合によっては、関係地域の地方的特殊事情等(例えば、適当な土地の欠除、環境保全のための特別な要請の存在、その他施設・区域の提供が当該地域に与える社会・経済的影響、日本側の財政負担との関係等)により、現実に提供が困難なことがありうるからであって、かかる事情が存在しない場合にもわが国が米側の提供要求に同意しないことは安保条約において予想されていないと考えるべきである。」

 以上です。

 この密約は法律用語も多くすごく読みにくいのですが、言っていることは明白です。つまり、「米軍はいついかなるときでも、必要があれば日本国内のあらゆる施設を日本政府の事前の同意なしに使うことができる」ということです。

  ●日本が脱原発できない理由、「日米原子力協定」

 これが現在の日本の状況です。
 つまり、米軍将兵の刑法犯には日本は裁判権を放棄し、そして日本政府の事前の同意なしに、外国の軍隊である米軍が日本国内の領域や施設を自由に使用する権利を与えているのです。
 これこそ、米軍やアメリカには、日本の主権の前提である憲法、ならびに国内法の適用を停止し、密約が定める超法規的な方法で日米関係を処理している実態なのです。

 このような状態の国家を「主権国家」と呼ぶことは極めて難しいのではないでしょうか?

 しかし、1000歩譲って「日本はアメリカに守ってもらっているのだからしょうがない」との諦めの論理もなんとか成り立つかもしれません。
 しかしこれと同じような状況が、日本の原子力政策にも適用されており、アメリカとの協定の存在が理由で原発を廃止できない構造になっていたとしたらどうでしょうか? 
 もしそうなら、日本国内の状況ではなく、日本はアメリカの定めた基本方針に優先的にしたがう文字通りの「属国」であることになってしまいます。

  ●日米原子力協定

 ちなみに「日米原子力協定」とは、日本の原子力発電を促進するため、アメリカが日本に濃縮ウランを貸与する目的から調印された協定です。
 1955年の調印以来、1968年、1973年と部分的に改正され、現在は1988年に改定された協定が適用されています。
 この協定も法律の専門用語がとても多く、なにを意味しているのか容易に解釈ができないような表現になっています。
 でもざっと読んで見ると、以下の5つを骨子とした協定であることが分かります。

 1)「核不拡散条約」に加盟する日本は核兵器の開発は行わない。

 2)日本は核兵器の開発を断念した証として、原子力の平和利用に努めなければならない。

 3)そのため、核燃料となる日本のプルトニウムはアメリカが管理する。

 4)MOX燃料を使用するプルサーマル発電は積極的に推進すること。

 5)日本政府、米政府、日本の原子力企業、アメリカの原子力企業は相互にビジネスができる。


 こうした5つの骨子です。これを一言で要約すると、日本は核兵器の不拡散を徹底し、兵器としての核は放棄するものの、原子力の平和利用は推進する。
 一方アメリカは、日本の原子力推進に全面的に協力し、アメリカの原子力産業に日本でビジネスを展開させる

 このような内容です。つまり、「日米原子力協定」は、日本がアメリカの協力のもとで積極的に原発を推進することを規定した協定なのです。
 そうすることで、言うまでもありませんが、日本はアメリカの原子力産業が自由にビジネスを展開できる市場となるのです。
 したがって、このような協定が存在する限り、福島第一原発の放射能漏れのような未曾有の大事故があっても、原発を容易にやめることができない状況に現在の日本はあるのです。

  ●放射能汚染による被害は存在しない

 このように「日米原子力協定」は、日本が原発を積極的に推進する方針を規定しています。
 こうした原発推進の方向性にとって最大の脅威となるのが、放射能汚染による被害の存在です。
 これが国内で明らかになってしまうと、国民の反発は高まり、原発の推進も容易に行うことはできなくなってしまうことでしょう。
 ということでは、放射能汚染による被害が出てきた場合、これを全面的に否認することができるような状況が必要になってきます。

  ●放射能汚染の対策はしない

 矢部宏治著、『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』では、日本の法律が放射能汚染とその被害を否認できるような構造になっていることを詳しく解説しています。
 日本には危険物資による汚染を防止するためのさまざまな法律が存在します。それらは、「大気汚染防止法」「土壌汚染対策法」「水質汚濁防止法」です。

 これらの法律で大気汚染の防止を目的にしたものが「大気汚染防止法」です。
 その「第二七条一項」では、「放射性物質による大気の汚染およびその防止については適用しない」とし、放射性物資を汚染物質から除外しているのです。
 さらに、「土壌汚染対策法」では、その「第二条一項」において「この法律において「特定有害物質」とは、鉛、ヒ素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く)であって」とあり、やはり放射性物資を除外しています。

 また「水質汚濁防止法」の「第二三条一項」でも、「この法律の規定は、放射性物質による水質の汚濁およびその防止については適用しない」としており、他の法律同様の規定が存在するのです。

 一方、これらの法律を統括する上位法の「環境基本法」では、その「第一三条」のなかで、そうした放射性物質による各種汚染の防止については「原子力基本法その他の関係法律で定める」としています。

 にもかかわらず、「原子力基本法」などの法律には放射性物資による汚染の規定はまったく存在しないのです。
 これはつまり、環境汚染を防止するためのあらゆる法律から、「放射性物資」は「汚染物質」として排除されながらも、汚染の防止を規定しているはずの法律では、「汚染物質」として「放射性物資」を規定する箇所が存在しないということなのです。

  ●311後も続く状況

 これはとんでもない状況です。
 これは、実質的に国内法が放射性物資による汚染の可能性を否認していることを意味します。

 でもこれは311以前の状況で、311以後の2012年には上位法の「環境基本法」が改正され、放射性物資もほかの汚染物質と同じく、「政府が基準を定め(16条)」「国が防止のために必要な措置をとる(21条)」ことで規制されると明記されるようになったとも言われています。
 しかしながら、「放射性物資の政府基準」は一向に定められておらず、危険性の根拠となる明確な基準はいまだに存在しません
 環境省令は、ほかの汚染物質の規制基準を細かく規定しています。たとえば、「カドミウム1リットル当たり0.1ミリグラム以下」とか、「アルキル水銀化合物は検出されないこと」などというように明確に決まっています。

 ところが、こと放射性物質に関しては、そうした基準がまったく決められていないのです。
 ということは、たとえ政府が「100ミリシーベルト」を越える汚染地域を「安全」としたならば、政府はこの地域の汚染に対処する必要はまったくなくなるということなのです。
 すると、もし住民になにかの健康被害が出てきた場合、これは「放射能汚染」ではなく、「ストレス障害」など他の原因のせいにされ、「放射能汚染」は健康被害の原因から完全に除外されてしまうことを意味します。

  ●属国の悲哀

 さて、どうでしょうか? 
 これが現在の日本という国の実態なのです。
「安保法体系」などの日米の条約や密約によって、主権国家の前提である憲法と国内法の米軍への適用が停止され、さらに「日米原子力協定」によって、日本国民の意思にはまったく関係なく、アメリカの意向で原発が推進され、放射能汚染とその被害が否認されてしまうという状況がいまの日本なのです。

 これは主権が国民にある状況ではありません。
 残念ながらこれは、日本はアメリカの属国であるといって差し支えない状況です。
 これまで権力によって隠蔽され続けていたこうした日本の真実の姿が、「抑圧されたものの噴出」という歴史的な過程で現れているというのが、いまの日本の状況なのです。

 このような現実は、「日本は神の国だ」「日本は偉大な大和の国だ」「日本は神に選ばれた世界の中心だ」とスピリチュアルな思想にはまり込む前に、日本人全員が認識しなければならない厳しい現実です。
 この現実を直視し、自ら主体的に乗り越えない限り、日本の発展は難しいでしょう。
 これが現実です。
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日本政府の国家主義教育統制

 日の丸

  【 批判を浴びる日本の国家主義教育方針 】  5/1  「星の金貨」から

教育界にも強要される統制主義、危機に陥る日本の教育、否定される自ら考え行動する自由
奪われる大学の自治と自主性、『政府批判をすれば解任されてしまう』恐れまである大学職員
教育現場への介入、メディアと報道に対する圧力、その両方が同時進行で行われている

ジュリアン・ライオール:ドイツ国際放送 4月16日

大学の意思決定権限が学長に集中する措置が採れている一方で、日本政府が進める『教育改革』は国立大学に対し、国旗掲揚と国歌の演奏を要求しています。
日本の高等教育機関に関する制度の変更が4月1日に実施されました。
そして、安倍晋三首相が4月9日の議会演説で述べたように、全国86の国立大学の入学式と卒業式において、国旗「日の丸」の掲揚と国歌「君が代」の演奏が確実に行われるよう、大学当局が「適切な措置」をとることを求めています。

こうした要求は文部科学省から日本国内の小学校、中学校、高等学校に対しても行なわれ、教職員と学校を運営する側との間で摩擦も生じています。
国家演奏の際起立することを拒否した教師に対しては、反抗を理由に制裁措置が行なわれました。

  ▽『危機』

「日本の教育界は危機的状況に陥っています。」
北海道文教大学でコミュニケーションとメディアについて講義している渡辺淳(まこと)講師が、ドイチェ・べレ(ドイツ国際放送)の取材にこう答えました。
「大学は多様な意見が生まれることを促し、それを尊重する場所でなければなりません。しかし私の目に映っているのは、大学の人間が何をすべきか命令される分野が増え続けているという現実です。」
渡部氏はこう語り、現在の政権が『直接的に、そして間接的に、その両面から教育界に圧力』をかけて続けていることを感じると語りました。

これとは別に、現在大学に対して加えられている圧力が、現在の政権に対し批判的な日本のメディアに対する圧力、中でも特に国営放送であるNHKに対して掛けられている圧力と同種のものであり、当然の成り行きとしてこの二つの圧力が同時進行しているのだと考える人もいます。
「4月1日の制度改定に応じ、ほとんどの国立大学が規則の変更を行いました。」
こう話してくれたのは、名前を明らかにしてこの問題について自分の意見を明らかにすると、解任されてしまう恐れがあるとして、匿名を条件に取材に応じた国立大学の准教授です。

「かつては大学内の事を決めていたのは理事会、教授会などの委員会組織でしたが、いまはすべての決定権がただ一人の人間の手ににぎられています。学長が全権者なのです。」
この教授はドイツ国際放送にこう語りました。
「私たち大学側は文部科学省の方針に従わない場合は、予算を減額するという警告も受けています。」
「文部科学省の方針に従順な大学には追加の補助金が交付され、従わない大学は罰せられることになっています。大学側に選択の自由はありません。」
「こんなことは民主主義の破壊以外の何ものでもありません。」
准教授はこの点を強調しました。

  ▽集中する権力

第二次世界大戦の終了以降、日本の国立大学は自由主義によって運営される機関であるという認識がいわば常識となり、これは日本が軍国主義の支配下にあった1930年代と1940年代に、きわめて国家主義的な教育を着要請されたことに対する反動であるとも言われていました。

しかし過去15年間、日本では保守政権の時代が長く続き、そうした自由主義の基盤が徐々に破壊されて行きました。
最も目だったのは、自由主義に関する文献等が撤去されてしまった事でした。
「1980年代に私は、大学でひどいことが起きたのをこの目で見ました。」
女性准教授が続けました。
「1980年代には、私は大学でひどい場面を見ました」
自由主義に立つ多くの書籍や出版物が学内から撤去され、大学はリベラルな内容の定期刊行物と週刊誌や月刊誌の購読を中止したのです。
結局いくつかの自由主義の立場に立つ週刊誌や月刊誌が廃刊に追い込まれてしまいました。

彼女はこう指摘しました。

北海道文教大学講師の渡辺氏は日本の高等教育が「攻撃をうけている」という見方に同意しています。
「たった1人の人間が決定権のすべてを握るという決定を聞いて、私は非常にショックを受けました。」
「そして、日本政府の決定は国立大学に限ったものであるにも関わらず、多くの私立大学もこの機に乗じて、類似した規則を導入しようとしているのです。」

「確かに旧来のシステムでは10人から20人の理事や教授たちの話し合いによって意思決定が行われていたため、合意に達するまで紆余曲折が起こりがちでした。その反面、双方の立場の人間がそれぞれの立場から議論を尽した上で決定がなされていました。
渡辺氏はこの点を強調しました。
「しかし今や、決定権はひとりの人間の手にゆだねられています。」
「かつては理事や教授たち全員に、文部科学省の方針に従うよう圧力をかけるなどということは、出来ない相談でした。
しかしこれからは、全権を握っているひとりの人間に圧力をかけて、言うことをきかせれば良いのです。

http://www.dw.de/japans-nationalist-education-agenda-comes-under-criticism/a-18387950

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いろんな旅を続けています。
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