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小沢氏インタビュー「恐ろしい世の中になる」

 小沢

   <サンデー時評>「恐ろしい世の中になるよ」  サンデー毎日 4月1日(水)17時34分配信

 ◇小沢一郎から見た安倍政権

 永田町を歩いていて、古老がいないのが気になる。
 時の政権を歴史の中で相対化し、政治家の言葉で時代状況を切り刻める人物である。永田町の大局的解説者であり、政権への御意見番的存在だ。
 歴代首相経験者や当選回数の多い議員とか、政治記者それぞれのツボがあったはずだが、ここ20年で多くは引退、または鬼籍入りした。ただ、まだそういう人物が全く消えた、というわけでもない。

 小沢一郎氏はどうだろうか。
 当選回数16回、議員歴46年。700余人の現職国会議員の中で群を抜く。
 政治キャリアは自民党幹事長、いくつもの党の党首(その記録もトップであろう)を歴任、二度自民党政権を引っくり返した。

 一時は、新聞の政治欄でこの人物の名前の出ない日はなかった。
 世の中がメディアも含めて反小沢vs.親小沢で二極化された時代もあった。ただ、今は零落の身だ。
 その勢力は先の衆院選では小沢氏含め2人のみとなり、政局プレーヤーとしてはもう終わり、というのが永田町の客観的評価である。
 ただ、私は政局解説者としての小沢氏に着目したい。権力、政局、そして日米関係の奥座敷を見てきた永田町最後の古老が、安倍晋三政権をどう斬るか、聞いた。
 まずは、安保法制の現状だ。

背景も理念も進めようとしていることの論理構成も無茶苦茶(むちやくちや)だね。
 最終的には国家の存立、国民の生命財産が危機に瀕(ひん)することが政府判断になるのはその通り。
 その通りだが、集団的自衛権を憲法の理念に反しながら推し進めようとするに当たっての論理としてはあまりにも粗雑で幼稚で抽象的だ

 なぜ、その幼稚な論理に対し自民、公明内で反対が起きないのか。
 「今の日本社会、どこもそうでしょう? 誰も異論を言わなくなった。メディアも太鼓をたたくほう。テレビも脅されると静かになる

 特に、自民党内が静かすぎる。
 「それだけの人がいなくなったんだろうね。
 (選挙制度のせい?)いやそうじゃない。英米も小選挙区制だもの。
 政治家の資質と見識の問題だな。
 (戦争体験者がいなくなったから?)いやあ、違うね。日本全体が1人の情緒的な思いの方に引きずられている

 誰が、その小沢さんの言う情緒的な人物、つまり安倍首相を支えているのか。
 「政治的に大きいのは野党の受け皿がないこと。
 国民は集団的自衛権も原発も反対だ。なのに安倍支持というのは、しょうがない、それしかないんだからと。
 決して積極的支持ではない


 ◇「彼は核武装論だから。(原発にこだわるのは)そのへんがある」

 安倍首相は中東での海自の機雷掃海にこだわっている。
 「もっとやっちゃうんじゃないか。
 戦前回帰という心情と大国主義を持っている。国連安保理常任理事国(米露中英仏)の連中に負けてない、伍(ご)していける、という気持ちが心の中にあるのではないかな。
 機雷はとってつけたようなもので


 機雷掃海といえば、1990年の湾岸危機では、当時自民党幹事長の小沢さんも執着した。

あれは国連の決定に基づいたものだからやるべきだと言った。
 その後のものは全部国連(が正式に機関決定したもの)ではない。
 僕は国連中心主義。世界を治めるのはそれ以外ない、と思っている。
 日本国憲法もたまたま国連と同じ理念を共有している。
 安倍流の自国だけで何とかしようというのは、国威発揚か何か知らんけど、一番の危険な方法
だね」

 90年当時は内閣法制局の壁も厚かった。
 「法制局は戦後何度も見解を変えてきてはいる。ただ(集団的自衛権は行使できないという)一線は超えなかったんだ」

 後方支援も武器弾薬の補給など拡大の流れだ。
 「(実戦と)同じだ。
 兵たん線が戦争の一番の要、戦争そのもの。
 だから、(実戦と一体化する可能性のある後方支援を忌避する)一体化論があった


戦前の昭和史と似てきた。
 経済格差が増え、軍需産業で不況を乗り切ろうとしている


彼は核武装論だから。武装独立論、石原慎太郎と同じ。
(原発にこだわるのは)そのへんがある。
 核技術を温存したいんだ
ろう」

 米政権は安倍政権をどう見ている?
 「困っていると思う。民主党はダメだ、小沢はダメだということだったが、今は少しずつ、あれ違ってきたな、と思っているんじゃないか
 (安倍首相の何が米にとってダメなのか?)だって基本的に反米だもの。最後のところは戦後体制の否定だ。
 大日本帝国時代の国務大臣(商工相)だったおじいちゃん(祖父の岸信介元首相)の言葉の端々が孫に入っていったのではないか。
 このままだと恐ろしい世の中になる


 では、台頭する中国とどう向き合う? 
 「核武装して中国とやろうとしても無理。もちろん通常の抑止力は必要だが、トータルな抑止力は米に頼む以外にない

日中の本当の信頼関係を構築するしかない。
 言うことを言い、認めることは認める。
 ライバル心を燃やしつつも友好関係をもつようにしないとね


 その意味では70年談話は重い。
 「重いし、大きいさ。
 欧米の安倍政権への不信論の象徴がメルケル(独首相)来日だ。公式訪問してあんなこと(日本の歴史認識について注文)は普通は言わない


 靖国参拝は? 
 「戦争で死んだ人を祀(まつ)る所であって、政治的な責任者を祀る所ではない。
 戦争責任を問われて死刑になった人を厚生省と生き残り軍人が無理やり合祀(ごうし)した。
 そんなものはやめて元に戻し自由に参拝できる所にすべきだ


 政局見通しも語った。野党再編が動き出すのは年内で、参院選に向けて統一名簿を作れるかどうかがカギだという。
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沖縄上陸70年 日本軍は住民の全滅を図った

沖縄生き残り住民
 当時の沖縄県民50万人。南部で生き残った住民。
 
   <社説>本島上陸70年 軍は住民を守らない この教訓を忘れまい  4/1  琉球新報

 70年前のきょう1日、米軍は沖縄本島に上陸した。
 米軍の戦史に「ありったけの地獄を集めた」と刻まれる、とてつもない悲劇がここに始まった。
 沖縄戦の最大の教訓は「軍隊は住民を守らない」である。
 これは抽象的なスローガンではない。無数の実体験、戦場の実際によって立証された事実である。
 こう言い換えてもいい。
 「軍隊がいると住民は犠牲になる。とりわけ、心の底では住民を同胞と思っていない軍隊が一緒にいると、住民はむしろ死を望まれる」
 この教訓を忘れまい

  出血持久戦

 米軍はまるで「ピクニックのように」無血上陸した。日本軍がそういう作戦を立てたからだ。
 作戦とは、本土決戦の準備が整うまで、米軍を一日でも長く沖縄に引き付ける「出血持久戦」(帝国陸海軍作戦計画大綱)である。
 一日でも長引かせるため、米軍上陸時に日本軍は兵力を温存した。
 その結果の無血上陸なのだ。

 上陸時、沖縄戦の見通しを尋ねた小磯国昭首相に対し、大本営はこう答えている。
 「結局敵ニ占領セラレ本土来寇(らいこう)ハ必至」(「大本営陸軍部戦争指導班の機密戦争日誌」)。最後は占領されると分かっていながら沖縄戦に突入したことになる。
 住民が多数いる沖縄にあえて敵軍を上陸させ、最後は占領されると知りながらなるべく長くとどめようとする。
 こんな計画のどこに住民を守る視点があるか。住民保護の意識は決定的に欠けていた

 上陸のこの日以降の戦没県民は判明分だけで10万4千人に上る。
 沖縄戦の県民の戦没者の9割だ。
 無謀な沖縄戦に突入しなければ、助かったはずの命はかくも多かったのである。
 この上陸の後、読谷のガマなど各地で強制集団死(「集団自決」)の悲劇が発生した。
 それもまた軍の方針の反映だ。「軍官民共生共死」である。

 沖縄戦に先立ち、軍部は中学生を含む住民に壕を掘らせ、戦争準備を強制していた。
 従って住民が投降すれば、どこに司令官がいて、どこに武器弾薬があるか、敵軍に知られてしまう
 だから住民が生き残るよりは住民の全滅を願う
 「むしろ死を望まれる」とはそういう意味だ。強制集団死はその結果である。

 その後も、多くの住民が助かりそうな局面はいくつかあった。
 しかし日本軍はことごとく、住民を死に追いやる方向を選択した

  同胞扱いせず

 例えば中部戦線の第1防衛ライン(嘉数高地)が突破され、第2防衛ライン(前田高地)も破られた5月上旬。
 ここまでに日本軍は主力の7割を失った。まともな判断があれば戦闘継続は不可能と分かる。
 だが投降しなかった。
 これ以降の沖縄戦はもはや戦闘ではない。虐殺だ

 激戦地のシュガーローフも奪われ、首里の司令部が維持できなくなった5月22日。
 第32軍は玉砕か南部撤退かを議論したが、「南の果てまで戦う」と決めた。
 この時、南部には避難住民10万人がいた。
 住民を巻き込むのを知りながら、否、むしろ巻き込むつもりで撤退を選択したのだ。

 これ以降、日本軍による食料強奪、住民の壕からの追い出し、壕内で泣く子の殺害が頻発する。
 「出血持久戦」でなければ無かった悲劇だ。
 果ては方言を話す住民をスパイ扱いしての殺害も起きた。
 住民を同胞扱いしない軍との同居の危険がここに顕在化した。

 今、日本政府は辺野古新基地建設を強行している。
 知事も地元市長も県議会も市議会も反対する中での強行は、他県ではあり得ない
 まさに「同胞扱いしない」政府の姿である。

 沖縄戦体験者の4割は心的外傷を持つとされる。
 その傷口に塩を塗り込むように、沖縄では70年後も米軍機の爆音がまき散らされ、新基地建設は強行される。
 われわれは今も悲劇の中を生きている

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原発事故の廃炉処理は数百年の技術開発が必要

3号機
 3号機の爆発では、プールの使用済み核燃料のほとんどが飛散した。

 東京電力が、人類史上最悪の原発事故をひき起こした福島第一原発。
 既に炉心の核燃料は圧力容器の中にはほとんど無くなっており、薄っぺらい格納容器を溶かして地中深くに落下している。
 政府とマスコミは、何かしら廃炉に向けての作業が進んでいるかのような雰囲気作りに励んでいるが、具体的には4年の間には次々と発生する危機への応急対応をしてきただけだ。
 このブログでも度々言ってきたことだが、地中に落下した炉心の溶融核燃料を回収する方法、技術などは世界に存在しない。
 
 放射能は今、現在も空中に放出され、海洋に垂れ流され地中は再臨界を繰り返し、汚染と被曝の拡大が続いている。
 政府とマスコミは日本人の従順な性質につけ込み、もう過去のことと忘れさせようとしている。
 現実は首都圏のサラリーマンでさえ0.8uSv/H前後の汚染地帯を通勤している。
 二百数十種に昇る放射性物質のうち、セシウム137のみを取り上げても半滅期は30年であり、500BQ/kgに汚染された土地なら30年で250BQ/kg、1%に相当する5BQ/kgになるには300年の年数が必要である。

 一見正常な社会が成り立っているように見えているが、思考力の低下でマニュアルロボット化で何とか保っている社会である。
 何か対策をやっている「ふり」をしている、見かけに騙されてはならない。
  ーーーーーーーーーーーーーーーー
   廃炉に数世紀が必要だとも言われる東電福島第一原発の状況を気にしていない日本人が少なくない   3/31  櫻井ジャーナル

 東電福島第一原発が「過酷事故」を起こしたのは2011年。
 その40年後、つまり2051年までに廃炉させることは、飛躍的な技術の進歩がない限り、不可能かもしれないと同発電所の小野明所長は認めたという。
 イギリスのタイムズ紙は200年という数字を出しているが、数百年はかかるだろうと推測する人は少なくない
 勿論、その間に新たな大地震、台風などによって原発が破壊されてより深刻な事態になることも考えられる。
 これが世界的な見方だが、日本では多くの人が事故のことを忘れているようにしか見えない

 事故を起こしたこの原発は今でも大量の放射性物質を環境中に放出している。
 現在、その大半は汚染水として海へ流れているのだろうが、その汚染水対策を担当しているのが昨年4月に設置された「福島第一廃炉推進カンパニー」で、廃炉も担当している。
 その最高責任者は増田尚宏元福島第二原発所長。小野所長も副責任者として参加している。

 全世界につながっている海を汚染するということは、全世界に影響が及ぶことを意味しているわけで、福島第一原発の状況に関し、国際的には厳しい見方が強まっている。
 今でも環境を汚染し続け、すでに福島では健康への影響が出始めている可能性が高く、太平洋の対岸、アメリカの西海岸でも汚染の兆候が出ていると考えているからだ。

 そうした目もあり、放射能レベルに関する全てのデータを公表すると東電は発表したようだが、事故直後から事故の当事者、つまり政府や東電は情報を隠し、嘘をつき続け、そうした情報操作をマスコミは受け入れ、その一方で事実に迫ろうとする人びとは攻撃されてきた。
 特定秘密保護法も情報を隠蔽する武器になるだろう。

 廃炉作業を勧める上で最大の問題は溶融した燃料がどこに、どのような状態で存在しているかを特定することにあるだろうが、わかったとしても、それを取り出して処分する方法はないようだ。
 燃料以外にも処分しなければならない放射性廃棄物は膨大。
 溶融した燃料は瓦礫を飲み込みながら下へ向かい、地中に入っている可能性もある。
 それを地下水が「冷却」、汚染された水が海へ流れているとなると手の打ちようがない。地下水を止めると別の問題が出てくる。

 事故直後から官僚や東電は汚染水を環境から隔離しようとしていない
 さまざまなアイデアが出されたときも反応は鈍かった。
 事故の前から汚染水は海へ流すと決めていたのだろう。事前に行ったシミュレーションで流すしかないという結論が出ていたのかもしれない。

 既に放出された放射性物質の総量も疑問を持つ人は少なくない。
 チェルノブイリ原発事故の1割程度、後に約17%に相当すると発表されているが、その算出の前提条件に問題があるというのだ。

 格納容器も破損しているので、放射性物質はダイレクトに環境中へ放出されているはずだが、そうした想定はせず、圧力抑制室(トーラス)の水で99%の放射性物質が除去されることになっている。

 しかし、今回は水が沸騰していたとみられ、ほとんどの放射性物質が環境中に漏れ出たと考えるべき状況トーラスへの爆発的な噴出で水が存在していても吹き飛ばされ、除去できないとする指摘もある。

 いずれにしろ圧力容器内の放射性物質がストレートに外部へ出た可能性が高いと言うことであり、原発の元技術者であるアーニー・ガンダーセンは少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2〜5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書)

 福島第一原発の事故では別の問題も注目された。
 日本はアメリカ支配層の一部勢力から支援を受け、1980年代から2011年3月11日までに70トンのプルトニウムを蓄積していたとジャーナリストのジョセフ・トレントは主張、平和的宇宙探査計画を高性能核兵器運搬手段を開発するための隠れ蓑にしたという。
 実際、佐藤栄作首相は核兵器の開発に乗り出していたことが判明している。そうした事実をIAEAは見て見ぬ振りをしてきたという。
 IAEAはアメリカの傀儡機関であり、ありえる話だ。

 事故を引き起こしたのは地震だが、その地震が起こる3日前、つまり2011年3月8日付けのインディペンデント紙は石原慎太郎のインタビュー記事を掲載した。
 その中で石原は外交力を核兵器と結びつけている。核兵器で威圧することが外交だというのだ。
 要するにアメリカの猿まね。

 アメリカの情報機関で分析官を務めた人物も日本は核兵器の開発をしていると語っていた。
 そのため、CIAは日本の政府機関にバックドア付きのコンピュータ・システムを買わせ、プルトニウムの動きを監視している可能性が高いと語っていた。
 トレントの記事と矛盾しない。
 福島第一原発と核兵器の開発を結びつけて考える人も世界的に存在、この面に関する情報の公開もする必要がある。
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