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もうすぐ北風が強くなる

国民犠牲で対米従属を競いあう、民・自・維新

 戦争やる国競う民・自・「維新」 総選挙にらみ米国に売り込み
 世論は国政と逆へ大転換    8/31  長周新聞

 国政の場は、総選挙が規定の方針となり、国民の関心とはまったく離れたところで、だれが次の政府の主導権を奪うかをめぐって色めき立った動きをしている。
 民主党・野田政府の側は選挙になれば総崩れは必至で引き延ばしの見苦しい延命作戦。
 自民党は選挙をやれば与党に返り咲くと思いこんで総裁選は乱立。谷垣、石破、町村に安倍、林の下関勢。
 そこにメディアで連日もてはやされているのが、橋下徹大阪市長が率いる「大阪維新の会」の新党立ち上げ。
 この連中はいったいだれのために、どっちに向いて国政をやろうとしているのか。
 そこにはいずれも、戦争をやる国にするのはだれが一番かを競って、だれがアメリカに認められるかという点である。
 
  色めきたつ安倍、橋下、石原ら

 民主党は先の総選挙で、自民党がすすめてきた対米一辺倒の新自由主義改革の破産に怒った有権者の力に乗って、与党になった。
 しかし鳩山、菅から野田に至る過程で、公約のすべてを破棄し、自民党政治の継承者としてあらわれた。メディアにたたかれ、官僚に締め付けられ、アメリカに脅しつけられて、真っ先に覆した公約は普天間基地移転の覆し、日米同盟を柱とする軍事強化である。
 政治は選挙で決まるのではなく国民とは別のところで決まっていくのだという現実を疑問の余地なく明らかにした。日本社会は民主主義ではなく、専制政治、独裁国家にほかならないことを明らかにした。

 東北被災地の復興は外来資本の公共事業食いつぶしの道具となって遅遅として進まず、農林漁業の破壊と工場の海外移転と工場閉鎖・大量首切り、失業者の累積、働いてもまともに生活できない非正規雇用ばかり。
 そのうえに福祉切り捨て、重税、高負担で国民経済はつぶれるばかり。政府は国民生活のためにはまったく動かない。
 財界とアメリカのためにだけ尽くす姿を見せつけている。

 民主党政府は、国民の経済的な疲弊のなかで、消費税増税は菅が突如として叫びはじめて野田政府が自公と手を組んで強行した。
 福島原発の収束もしていないのに原発の再稼働を強行し、国民の生命や安全を守る意志などない姿をあらわした。
 そのうえにTPP参加をすすめ、日本経済をアメリカ企業に丸ごと乗っとらせようとしている。

 また尖閣、竹島領有権問題で、感情的な対立を煽り、自衛官を派遣したり、米軍との間で尖閣諸島を想定した島嶼防衛訓練を繰り返したり、事故ばかり起こしてアメリカでは飛行訓練をやめているオスプレイの岩国基地への配備を強行するなど、軍事衝突に向けて突っ走っている。
 人の住めない無人島の尖閣、竹島のために、国を挙げた戦争をやるというバカげたことを本気でやろうとしているのである。
 これはみなアメリカの指図である。
 そして民主党をはじめ、自民党、維新の会などは、みな戦争をやる国家にすることを競っている。

  公約覆しで総崩れ必至 民 主 党

 もともと民主党は「対等な日米関係」といい、日米地位協定改定、思いやり予算の削減、普天間移設問題など米軍再編計画の見直し、東アジア共同体構想でアジアとの関係を深める、などを公約にした。
 だが「最低でも県外」といった普天間基地移設は右往左往したあげく自民党と同じ辺野古への新基地建設計画に回帰した。
 厚木基地艦載機の岩国移転は愛宕山を米軍住宅用地として買いとることを決めた。自民党ですら毎年協定を結んでいた「思いやり予算」は2011年度から5年間、年間約1900億円で維持する特別協定に署名した。
 「朝鮮のミサイル」と大騒ぎして沖縄や九州で自衛隊が米軍と一緒になって離島を奪う大規模な軍事演習を繰り返してアジアとの関係ぶちこわしに奔走した。
 そして派遣法改正も郵政民営化全面見直しも覆した。

 尖閣諸島問題では石原都知事がアメリカへ行き「東京都が購入する!」と騒ぐと、野田首相も「国が買う」と呼応。
 小平時代に「将来の世代に解決をゆだねる」としてきた扱いを、わざわざ対立・緊張関係にするために煽り立て、岩国へのオスプレイ配備は「なんといっても日米安保が軸だ。米国がアジア太平洋地域に回帰している動きは歓迎すべきだ」(野田首相)と喜んで受け入れている。

 民主党は総選挙以後の3年間で公約をすべて覆し、自民党となんら変わるところがなくなり、とうとう自民党、公明党と合体して消費税増税法を成立させた。
 そして性懲りもなく野田首相は民主党代表選に意欲を示し、「課題を先送りしないで一歩一歩前進させるのがわれわれの役割だ」と表明している。
 民主党も自民党も国民のためというのはまるでなく、アメリカと財界の利益を遂行する道具という姿を隠すこともしない。

  戦争の反省の全面覆し 自 民 党

 民主党が総瓦解をするというので天下をとったような気になっているのが自民党である。「次期総選挙で第一党に返り咲く」のが既定事実であるかのような調子になっている。
 民主党が国民に見放されているのは、自民党と同じになったからである。自民党と同じと見なされて落ちぶれているのを元祖の方が喜んでいる滑稽な姿を見せつけている。

 総裁選に真っ先に手を挙げているのが、首相を放り投げした安倍元首相である。安倍総裁で総選挙をやったら自民党の票はさらに減るとは思っていない。
 橋下維新の会が党首に招いたというので、自公維の連立でいけるといっても、安倍党首を志向した維新の会こそ、その本音は「改革」派どころかとんだ時代遅れという姿が暴露されて票が減るのは必至。
 そのほかに、谷垣、石破、町村に林などの名前が挙がっている。林芳正は「総裁になるには衆議院」というので、4区の安倍との勝負は恐れて逃げ出し、宇部興産を頼みにして3区への鞍替えをはかったが、河村現職に激怒されてとん挫し恥をさらしたばかり。
 国民がどう見ているかという感覚はない。

 9月の自民党総裁選にむけて意欲を示す安倍は橋下について「たたかいにおける同志」と親密さをアピールしている。
 共有できる政策として「教育改革」「憲法改正」「慰安婦問題をはじめとする歴史認識分野」をあげ、「憲法改正は大きく戦後体制を変えていく道だ。強い国をつくる」と息巻いている。
 安倍は尖閣問題について「挑戦を跳ね返すのは純粋に軍事力。本気でこの島を守る意思を示していくべきだ。日本人が尖閣に常駐する必要がある」と主張している。

 さらに自民党が政府を握った場合、歴史認識に関する過去の三つの談話について「すべて見直す必要がある」と発言している。
 教科書で周辺諸国への配慮を約束した宮沢談話、慰安所の設置・管理や慰安婦の移送に旧日本軍が関与したことを認め謝罪した河野談話、植民地支配と侵略戦争について謝罪した村山談話など歴代政府の評価を公然と覆し、憲法も変えて「戦争ができる国」にするというのである。

 これはかつての戦争の反省をみな覆すというものであり、朝鮮、中国、アジアの国国の歴史的な恨みを公然と逆なでして衝突していこうというものである。

 これは自民党全体の方向であり、自民党はすでに天皇を国家元首、自衛隊を国防軍とする憲法改正案をまとめており、5月末に出された「日本の再起のための政策」でもこの改憲を実現させることを提唱している。

 そのほか今度の尖閣問題で「都が買い上げる」とアメリカで発言して火をつけた石原東京都知事は衆参国会議員5人で構成する「立ち上がれ日本」を軸に、集団的自衛権の行使を可能にする憲法改正に向け、新党を結成する動きを見せている。

 「みんなの党」は「維新の会」との連携を打診して断られたが「政策は一致している」(渡辺代表)とのべている。名古屋市の姉妹都市である南京市の訪問団に「南京大虐殺はなかった」と発言した河村たかし(名古屋市長)率いる「減税日本」も橋下や石原の新党と連携する方向である。
 民主党がさんざん公約を覆して掃き清め、猛反発を食らって行き詰まっている戦争国家への道を、「われこそはもっとすすめる」と安倍、橋下、石原などの親米諸勢力が飛び出し、新党まで作ってアメリカに売り込もうというのである。

  専制国家作りをめざす 橋下維新の会

 メディアが盛んに持ち上げるのは「大阪維新の会」の国政新党立ち上げである。
 9月中旬に新党を旗揚げする方針で、その目玉候補として東国原前宮崎県知事などの名前が浮上。現在与野党約20人の国会議員が参加を模索しているといわれている。来月9日に、次期衆院選の公約「維新八策」の公開討論会をおこなう予定となっている。

 「維新の会」が先月発表した「維新八策」(改定案)は「旧来の日本型国家運営モデルはもはや機能しない」「競争力が必要」として統治機構の作り替えを主張している。
 首相は公選制にし、道州制を導入し、公務員の身分保障廃止などを盛りこんだ。教育改革では教育委員会制度廃止論をふくむ抜本改革、大学もふくめた教育バウチャー(クーポン)制度導入、公立学校教員の非公務員化などが内容。
 経済面ではイノベーション(新機軸)促進のための徹底した規制改革、TPP参加、FTA拡大のほか、税制の減免措置原則廃止や国民総背番号制で所得・資産を完全把握することもあげている。

 露骨なのが外交・防衛である。「日本の主権と領土を自力で守る防衛力と政策の整備」「日米同盟を基軸とし、自由と民主主義を守る国国との連携強化」「日本の生存に必要な資源を国際協調のもとに確保」などを「大きな枠組み」と位置づけ、アメリカと連携して中国を封じ込める意図を隠さない。

 政策例では「日本全体で沖縄負担の軽減を図るさらなるロードマップの作成」「国連PKOなどの国際平和活動への参加を強化」「ODAの継続的低下に歯止めをかけ、積極的な対外支援策に転換」「外交安全保障の長期戦略を研究、立案、討議するための外交安全保障会議の創設」をあげている。これを実現するため「憲法九条を変えるか否かの国民投票実施」を掲げている。

 橋下は先月、「集団的自衛権の議論をするとか、TPPへの参加を表明するとか、消費税率も上げて社会保障の議論もするなど確実に『決める政治』をしている野田首相はすごい」と絶賛した。
 橋下新党はそれをさらに推し進めるものとなる。
 アジア諸国との関係でも「強制連行(従軍慰安婦)を直接示すような資料はない」「河野談話は証拠に基づかない談話で最悪だ」とのべ好戦的な挑発姿勢をむき出しにしている。

 維新の会は自民党や民主党などとは違った新しい改革派というイメージを振りまいてきたが、安倍元首相を党首に求め、自民、民主の脱落議員が中心となる方向である。それはより強力な専制国家づくり、戦争をやる国にするという方向にほかならない。

  日本盾に戦争企む米国 新軍事戦略に基づき

 以上のような連中を操り指図しているのはアメリカである。
 財界やメディア、官僚、御用学者などがアメリカの意向をうけて、戦争をやる国づくりの旗を振っている関係である。
 アメリカが現在、次なる与党に実行させようとしているのはアジアを重視する「新軍事戦略」にもとづき、日本国民が反対しようが、事故が起ころうがまったく聞く耳なく、対中国代理戦争のために日本を駆り立て、米本土防衛の盾にすることである。

 アメリカの「新軍事戦略」はアフガン・イラク戦争で敗北し、米国家財政が窮地に陥るなか、アジア重視、中国重視の戦略に転換するというものである。
 それは米軍はハワイやグアム、オーストラリアなど後方に下げて、中国の核ミサイル攻撃が届く九州、沖縄をはじめ日本列島、台湾、フィリピンを結ぶ第一列島線を最前線の盾にするというものである。
 アメリカは日本を戦争の矢面に立たせて、自分は仲裁者のような顔をして利を得るという構図も見えている。対中国戦争となれば、核ミサイル戦争の戦場となるが、前面には日本や韓国、フィリピンなどの近隣諸国の兵員を立たせ、米軍の損害は最少にしてアメリカの国益のために日本人を使うという作戦である。

 アメリカのアジア重視の軍事戦略は、TPPなる経済戦略と結びついている。TPPはアジア・太平洋で日本を中心とするアメリカ支配の経済ブロック化をすすめるものであり、中国と対抗して圧力をかけ支配下に置こうというものである。

 日本の主権は国民にはなくアメリカにある。各政党、政治家どもは今国民に認められるかどうかはどうでもよく、アメリカに認められるために必死なのだ。
 どの政党・政治家が政府を担当してもやることは変わらず、みなアメリカのいいなりである。総理大臣をはじめ大臣や議員はアメリカの代理人にすぎない。
 財務省、防衛省、検察をはじめ官僚組織、軍事・司法組織はアメリカや財界と直結して実際の政治を動かしている。
 大メディアもアメリカ直結で大本営報道に終始している。そういう権力構造がフル回転して政党を操り政治を動かす姿が浮き彫りになっている。

 今国民世論は、国政の方向とは全く逆の方向に向かって歴史的な大転換をしている。
 東日本大震災は戦後社会のいい加減さを暴露し、共同体的な絆を大切にしてきた民族精神をとり戻させてきた。今の尖閣諸島の領有権問題も、政府やメディアがいくら騒いでも国民は踊らない。
 むしろ「かつての戦争もああやって憎しみを煽ってはじまった」「あんな島のために戦争をやるなら話は別だ」「戦争をやるならくれてやったらいい」とか「爆破して海にしてしまった方がいい」とも語られている。

 売国政治家どもが自分の損得しか関心がなく、いくらアメリカの方ばかり向いて戦争をやる国にしようとしても、国民を動員できなければ戦争などできるわけがない。
 連中は自分が戦争をやるのではなく国民に戦争をやらせるほかはない。そして日本社会で本当の力を持っているのは空中を漂うような売国政治家どもではなく働く国民である。
 働く国民が自分たちの存在を役割を自覚し、バラバラ状態を解決しひとつに世論と運動を結びつければ、だれもそれをつぶすことはできない。
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チェリノブイリと福島:ジーデントプフ

 独TAZ紙:デルテ・ジーデントプフ博士インタビュー  2011/12/27 翻訳 Entelchenのブログから

女医デルテ・ジーデントプフは、20年来、チェルノブイリの子供達を療養滞在のためドイツに招聘し続けて来た。彼女は、福島事故に対する措置に、ただただ唖然としている。(ガブリエレ・ゲートレ取材)

12月初旬、ジーデントプフ博士は私達取材班を、ベルリン・パンコフの市民公園沿いにある彼女の小さな屋根裏のアパートに迎え入れてくれた。 お茶とクッキーをはさんで、今までの救援活動や経験について語ってくれる。

「一番ひどいのは、責任者達がチェルノブイリから何一つ学んでいないことです。チェルノブイリ事故よりもさらに規模の大きい福島原発事故に対する対応ぶりには、私は茫然自失としています。
日本政府が避難地区を事故に見合った範囲に拡大しなかったこと、女性や子供達を即座に安全な南部に避難させなかったことに対しては、ただただやり場のない怒りを感じるだけです。
そうした適切な措置を取る代わりに、国民はシステマティックに騙されてきました。実際の危険に関する情報は伝えられない、あるいは伝えられても誤った情報である。
なんという無責任でしょう。
これから日本の方々を襲おうとしている健康問題は想像を絶します。しかも政治と原子力産業はそのことを黙認しているのです! 世界中で!

チェルノブイリの先例を見れば、事故の規模についてはある程度想像が出来るでしょう。多くの人々がチェルノブイリははるか昔のことだ、ウィキペディアで調べられるような過去の事故だと考えています。
しかし汚染地域の住民達は1986年から現在までチェルノブイリ事故と共に生活してきているのです。事故による被害は収束するということを知りません
。自然災害と違って、原発事故の被害は時間の経過と共に減少していく代わりに増大していくのです。しかもその期間は今後少なくとも300年間にも及びます。このことに関しては後ほどもっと詳しくお話しましょう。(Gesundheitliche Folgen von Tschernobyl, 20 Jahre nach der Reaktor- Katastrophe )」

  人々は何十年にも渡って汚染地域で生活してきた

「その前にまず 何故私達が援助活動をベラルーシーで始めるようになったのか、手短にお話しましょう。チェルノブイリ事故による汚染地域の大部分はベラルーシーにあるのです。
当時のソ連邦に降下した放射性物質の70%が当時の旧ソ連ベラルーシー共和国に降り注ぎ、国土のおよそ四分の一が放射能汚染されました。ベラルーシーの国境は原子炉から約15キロの距離にあります。

それだけではありません。事故後、風向きが変わって放射能雲がモスクワに向かい始めたとき、ヨウ化銀を用いた人工雨によって、大急ぎで放射性物質のベラルーシー領域への降下が促進されたのでした。
もちろん住民には何も知らされませんでした。五月初旬のよく晴れた日、突然空からべとべとした黄色い雨が落ちて来たと人々は語ります。
このことは長年の間住民に明らかにされず、ただ移住が行われ、指令が出され、人々をなだめすかせるようなことが行われただけでした。
計測器は厳重に禁止されていました。

特に汚染がひどかったのがゴメルとモギリョフでした。このモギリョフ地方にあるのが、私が20年来足を運び続けている小都市コスジュコヴィッチなのです。
ゴメルとモギリョフ両地方は大きな面積が放射能汚染され、約百万人が移住させられましたが、移住を実行するためにはまず大きな都市や区域に家々を建設しなければなりませんでした。
ミンスク(ベラルーシー首都)周辺には大きな街が建てられました。新しい住居に移住できるようになるまで、多くの人々は十年間も汚染地域に住み続けなければなりませんでした。
そして今でも多くの人々が汚染された土の上に住み、農業に従事しています。

ソ連邦が崩壊した後には、こうした措置の責任はすべてベラルーシーが負うことになりました。私達の「区域」だけでも8000人の住民が移住させられました。26の村が取り壊され、土に埋められました。
放射能汚染地域の村々の多くは、空っぽのまま取り残されています。
そこには老人達が帰郷したり、町で生活していけないアフガニスタンやチェチェン戦争の旧軍人達が住み着いたりしています。

チェルノブイリ周辺の閉鎖区域でも似たような光景が見られます。古い村に人々は電気も水道もないまま住み続け、自分達の手でなんとか生き延びています。
この地域の地面は砂地です。ベルリンと同じで、白樺の森はベルリンからモスクワまで続いています。この土地では地下水は浅く、放射性物質が年に2センチずつ沈下していくと考えると、現在では地下50センチまで達していることになり、地下水まであとわずかです。

  国家予算の半分

そういうわけですから、彼の地では大々的な変革が起こりました。ベラルーシーは莫大な医療費を負担しなければいけませんでした。
チェルノブイリ事故後十年、十五年に渡って行われてきた国土に対する対策、校庭の除染ですとか、取り壊しなど。いったいその汚染土がどこに運ばれていったのか私は知りません。
こうした費用はすべてベラルーシーが負担しなければなりませんでした。おそらく国家予算の半分はチェルノブイリ事故処理のために消えていったと思われます。

とうとうある時期、ソ連時代のような比較的気前の良い措置を実施し続けることは望まれなくなり、また続けることも不可能になったのです。
ルカシェンコ大統領がチェルノブイリ事故は収束したものであり、博物館に収めるべき過去の出来事であると発表したのはそのためです。
放射能汚染されていたベラルーシーの地域はすべて安全になったと公式表明されました。

旧リキダートア達(事故処理作業員)で証明書を保持する者には、事故後20年間、「石棺費」と呼ばれる補償が支払われてきました。また移住をさせられた人々も請求権を所持していました。こう言った手当てが広範囲に中止されてしまったのです。
決して多額ではありませんでしたが、その他に無料に施されていた医療手当ても廃止されてしまいました。またチェルノブイリ事故の影響と認められてきた幾つかの病気も、現在では容易には認められなくなりました。

事故を起こしたチェルノブイリ原発とその周辺地域には、およそ百万人の「事故処理作業員」 が送られました。ほとんどが若者です。そして多くがベラルーシー出身でした。
今日こうした作業員のほとんどが身障者です。肺癌、甲状腺癌、心臓疾患、腎臓や胃腸の障害、白血病のほか、精神病を病んでいる者もあります。
すでに約十万人が40~50代で亡くなっています。自殺をした者も数多くあります。それなのにあっさりと「チェルノブイリは過去のものだ」といわれるのです。
ミンスクでは抗議運動が起こりました。そして現在キエフでも旧リキダートア達が、ウクライナ政府が目論んでいる年金や手当て打ち切りに対してハンガーストライキを行ったところです。

例えばベラルーシーでは、被害者達は幼稚園や学校給食が無料だったり、子供達は特別のヴィタミン剤や保養を受けることも出来ました。
保養こそ今でも年に一度受けることが出来ますが、その他の措置はすべて打ち切られてしまいました。ヴィタミンたっぷりの給食もです。
被害者達は今でも証明書を所持していて私達に見せてくれますが、実際には価値がなくなってしまったわけです。
事故当時の請求権はすべて廃止されてしまったのです。

そもそも収入が少ない上に体も壊している人々にとって、こうした廃止や短縮はすぐに響きます。
今もちょうど毎年恒例の地方税増税を行ったところです。つまり水道代と暖房費。
例えばこの暖房ですが、田園地帯を通って耐寒措置の施されていない配管から都市や大きな住宅、団地に送られるので、途中で多くの熱が失われてしまいます。
そして人々は失われた暖房分も支払わなければなりませんから、村に住んだ方が安くあがることになります。

国民の生活を圧迫する国家巨大赤字は、確かにチェルノブイリ事故処理を原因とする面もありますが、ずさん極まりない経済体制によるところも大きいのです。
ベラルーシーのハイパー・インフレは目下113パーセントにも昇ります。国民の平均所得は月々150~300ユーロ(約1万5千円~3万円)です。外国での就労は認められていません。

  反対運動はまったく存在を許されない

ベラルーシーと新たなEU参加国であるポーランドやラトヴィア、リトアニアへの国境は非常に近いです。しかし問題はお金や国家破綻の脅威だけではありません。
20年間この国はどうにも民主主義を樹立させられずにいるのです。政権に対する反抗はまったく許されません。それでもなお抗議運動が起こるのです。
新しい原発建設と言うとんでもない政治決定に対する抗議です。

ベラルーシーは原発を所持しません。しかし福島原発事故後間もなくルカシェンコは、ロシアの支援を受けて、リトアニアとの国境から20キロの場所にあるオストロヴェッツに原発を建設すると発表しました。その後ルカシェンコとプーチンの間で契約も締結されました。
建設費用は50億ユーロ以上掛かると言われていますが、この新型でまったく安全な原発により、クリーンで安価なエネルギーの供給が可能になり、雇用も増加するというお決まりのプロパガンダが行われています。
東でも西でも原発産業はまったく変わりません。

(中略:デルテさんのベラルーシー訪問や支援活動について語られますが長いのでいったん略させていただきます)

さて、現地の人々の健康状態についてお話しましょう。ドイツでは耳にすることのない内容です。
次のことをよく念頭に入れておくことが重要です:事故から時間が経過するとともに、人々の健康と生物学上の被害は甚大になっていくのです
ドイツ政府もマスコミも、ルカシェンコ大統領と同じ様にこの事実から目を逸らそうとしています。事故は過去のもの、博物館入りしたものと言う政治決定がなされたからです。

  身を隠す母親たち

チェルノブイリ事故後、様々な異なる被害の波が発生しました。
最初の波はまず成人に襲いかかりました。リキダートア達、放射能汚染した村を訪れた医者やその他の人々、そしてそう言う場所に住んでいた人々の多くが間もなく癌で亡くなったのです。
またもう一方で、間もなく子供達も被害を受け始めました。ベラルーシーではヨード不足が蔓延しています。
ベラルーシーには海岸がありませんから。その点日本は幸運でした。蔓延するヨード不足のため、ベラルーシーの子供達は甲状腺に大量の放射性ヨウ素を取り込んでしまいました。放射性ヨウ素は半減期が短いので、最初の十日間で取り込まれたことになります。

またチェルノブイリ事故後、被害を受けた妊婦を全員堕胎させる試みが行われました。
しかし一部の妊婦達は身を隠してしまったのです。そしてその翌年生まれてきた子供達の間にも、甲状腺癌が現われたのでした。
甲状腺癌はチェルノブイリ事故以前には子供にはまったく見られなかったのに、今では4000人の子供の甲状腺癌がベラルーシーでは公的に認められています。
この子供達は手術を受け、放射性治療を受けました。それでも一生ホルモン投与を続けなければ、クレチン病 (甲状腺機能低下による先天性の病気; 体の奇形・白痴症状を伴う)を患ってしまいます。
こうした一連の治療は、後年発症した機能障害のケースも含めて、事故から25年が経過した今日でも無料で行われるべきです。

続く世代には血液の病気が増発しました。ですから私達は「チェルノブイリは遺伝子の中で荒れ狂っている」と表現するのです。そしてこの現象はあと300年間続くことになるでしょう。
これはストロンチウムとセシウムの半減期30年を十倍して計算した大まかな期間です。そして少なくとも7から8世代を意味します。半減期が2万4千年のプルトニウムには言及しません。
糖尿病も問題の一つで、成人のみならず子供や特に新生児に見られます。かつてはありえなかったことです。

糖尿病に対して、ベラルーシーは二種類のインシュリンを購入して、すべての患者に対応しようとしています。しかし子供には少なくとも三種類のインシュリンが必要です。
これはNGOが面倒を見なければ、手に入らない状態です。NGOはまた、不足している知識を人々に広める役割も果たしています。
さらなる問題としては、子供の視力障害、白内障が挙げられます。
また女性の間では乳癌が増加し、患者の多くは5年以内に命を落としてしまいました
もしかしたら被曝によって引き起こされる癌は、通常の生活の中で発生する癌よりもタチが悪いのでしょうか?

奇形の数も増えました。
堕胎は大きなテーマです。ベラルーシーには避妊費用を負担できる人がほとんどいないのです。ですからこれは大きな問題です。
また逆に不妊に悩む夫婦の問題も発生しています。コスチュコヴィッチでは30%の夫婦が、望まない不妊に悩んでいます。
また現在6,7,8,9歳の子供達の間で悪性腫瘍が増加し、新たな問題となっています。脳腫瘍や骨の腫瘍です。

まだまだ問題はあります。放射能汚染した地域では、傷口がなかなか癒えないのです。これはドラマチックでした。
原因は免疫力の低下。骨に取り込まれたストロンチウムのせいです。骨の中では血液が製造されますが、それが常に被曝を続ける状態になるわけです。
ちょうどエイズと同じような状況で、抗体が製造されなくなるために予防接種が効かないのです。そのために予防接種にも関わらず急性灰白髄炎(ポリオ)が増加しました。
予防接種が効かなくなったせいと栄養状態が悪いせいで結核も増加しました。
その上人々は自家菜園に雨水を撒き、秋になると今でも汚染度の極めて高いキノコや野いちごを収穫します。

  傷ついた細胞

被曝が直接引き起こす健康被害にはまた、身体又は精神に障害を持つ子供の増加があります。
女性の卵巣は胎児の状態ですでに形成されることをよく知っておかなければなりません。そして細胞の多くは約8百万個の卵胞に発達します。母体が受けている傷はすべてこうした細胞に伝達されます。
胎盤という保護膜がありますが、よりによって放射性物質はこの部分に凝縮しやすいのです。傷ついた卵子は修復されることができません。
誕生時に1~2百万個が傷ついていることになります。
思春期では約40万個がまだ残っています。依然傷ついたままの卵子を持った母体が妊娠すると、それに応じた障害が引き起こされるのです。
もう一つ知っておかなければならない大事なことがあります。こうした遺伝子の障害や癌と言った症状の原因はすべて低線量被曝 だということです。これはリキダートア達を襲った被曝症状とは別物なのです。
そして責任者達はこのことを頑なに認めようとしていません。

身体に取り込まれた人工放射性物質が内臓器官を傷つけるのは、波長の短い放射線を発するためです。放射性物質が細胞を傷けた場合起こりえる現象は四通りあります:

1)細胞は死亡する 
2)細胞の機能が障害を受ける
3)細胞は劣化し癌に変わっていく
4)細胞は修復される

4)が可能なのは成長した細胞だけです。胎児には修復機能は全く備わっていませんし、子供の細胞も修復はできません。子供の細胞は成長と分裂を行うように出来ているだけで、修復機能は徐々に取得されていくものなのです。
そのため、子供達はひときわ被曝の脅威にさらされています。福島の妊婦と子供達が即座に避難させられなければいけなかったのもそのためなのです!

原子力産業の規模というものは、私達などにはまるで想像も及ばないほど巨大なものです。あまりに多くの経済的利権、お金が背景に絡んでいます。
そして原子力産業とそのロビイスト達(これに含まれるのは政治家や関連組織ですが)は、徹底して冷笑的な存在であり、それに見合った行動を取ることだけは私達にもわかります。
まずは被曝許容基準量が一番の例です。ベラルーシーとウクライナでさえ、被曝許容基準は私達(ヨーロッパ)よりも低いのです。
とにかく世界には完全に中立の機関が一つとして存在しないのです。WHOには、放射線防護の専門家はたった1人しかいません。 それにどっちみちWHOは発言なんてできないのです。
放射線問題に関しては完全に口を封じられてしまっているからです。1957年にIAEA(世界原子力機構)との間に結んだ協定によって、WHOは、本当の放射能危機に関するいかなる報告を行うことも阻止されているのです。
私達はこの口封じの協定を断固として弾劾しなければなりません。IPPNWはこの協定の破棄を求めています!
この協定を破棄することで、WHOはようやく自らの憲章前文を正当に実施することが出来るようになるかもしれません:「最高水準の健康に恵まれることは、 あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつです。」

IPPNWは、2011年8月に公表したFoodwatch リポートにおいて明白な表現を行っています:「許容基準の設定とは、結局のところ社会が許容する死亡者数を意味するのである。」

***
医学博士デルテ・ ジーデントプフ。1942年オルデンブルグ(北ドイツ)生まれ。同地でアビトゥア(大学入学資格)まで学び、1961年からヴュルツブルグ、ベルリン、 ゲッティンゲンで人間医学を学ぶ。1966年学位取得試験、1968年博士号取得。1967年結婚し、子供二人を持つ。1970年からはヘッセン州ディー ツェンバッハの共同診療所に一般医・心理セラピストとして常勤。2003年現役引退。

ジーデントプフ博士は1981年の創設当時からIPPNW (核戦争防止国際医師の会)に所属する。
90年代はじめ「ディーツェンバッハ・コスチュコヴィッチ友の会財団」を設立。年二回、ベラルーシに医療器具、衣服、自転車、ミシン、コンピューターなどの支援物資を送付するなどしている。

ド イツでは20年来、チェルノブイリの子供達のための療養滞在が組織されて来ている。ディーツェンバッハ市ではホストファミリーが毎年夏にベラルーシーの子 供達を迎える。今では「友の会」はメンバーの数も増え、コスチュコヴィッチ市との間に数々の交友を実現させてきた。何人かの実行グループのメンバーが世話 を一手に引き受け、寄付金や物資支援も募集している。2009年チェルノブイリ事故から23周年の日には、両市は姉妹都市となった。ジーデントプフ博士は 医師の夫を持ち、子供が二人いる。父親は地方医、母親は教師で主婦だった。
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 ミュンヘンではダウン症と診断された子どもが2、3倍に」 ジーデントプフ 書き起こし「kiikochan.blog」から

ミュンヘンでは放射能の雨が5月の初めに降りましたが、
1987年1月にはダウン症と診断された子どもが2~3倍に上りました
同様のことがベルリンでも起きました。
ベルリンでは通常は一カ月に2、3人が報告されているのですが
1987年1月にはダウン症の子どもが12人生まれています。
放射性ヨウ素131は卵巣で濃縮するため、
そのヨウ素131が原因であると議論されています。

ドイツの多く町で早産児や不当軽量児の数がかつてないほど多くなりました。
口唇外裂のようなその他の奇形や中枢神経の異常
そしてありとあらゆる種類の腹部の危険がピークに達しました。
最近科学者が発見したのですが、チェルノブイリの翌年には、
ヨーロッパ中で、統計上で予測されるよりも80万人も少ない赤ちゃんが生まれたそうです。

ドイツで起こったことは当然ベラルーシでも起きたのですが、
放射線レベルがずっと高いため、もっと多種多様にわたっていました。
ベラルーシでの放射線の量は広島原爆の10万発分だと言われています。
ベラルーシの国土の25%以上が汚染されました。

事故直後の数日間は、風が南東から北西に吹いていました。
そのため事故は最初スゥエーデンで検出されたのです。
風向きが西からモスクワ方向に変わった時、人口の雨を降らせて放射能の雲を降ろしました
その結果、チェルノブイリから200kmのところにあり、ロシア国境の隣にあるモギレヘフ州は、
深刻な汚染を被ったのです。

放射性ヨウ素131は半減期が8日間です。
すなわち環境中では同位体が半減期の10倍の間存在し続けますから、
この80日間にヨウ素131は、赤ちゃん、子ども、
特に母親がヨウ素131を吸い込んだり、食物を通して取り込むので、
体内の中でも生物学的に活性
なのです。

その理由は甲状腺は特に成長する生体に於いて活性があり、
甲状腺ホルモンを生産するためにはヨウ素が必要なのですが、
悪いヨウ素と良いヨウ素を区別せずに取り込む事は、取り込めるものを取りこむからです。

1990年、私は子どもの甲状腺がんを治療

ーここから無音(非常に残念です)ー

ー10分ごろから音声復活ー

セシウムはまた、抗血栓作用を減じるので、血管内の血液凝固を起こし、
子どもの高血圧や若い人の心筋梗塞や脳溢血の原因となっているのです。

また子どもの白内障も年を追って増加しています。
コシュクコビッチの友人によれば、お年寄りはほとんどが白内障を患っているそうです。
またいわゆるリコビダートルの間では広範囲血栓や慢性結膜炎などが見られます。


次にストロンチウム90についてお話ししようと思います。
生体はストロンチウム90をカルシウムと取り違えます。
そのため、歯と骨に最も蓄積します。
半減期は29年で、ベータ線を骨髄の中で発して、造血系を損傷します。
これがチェルノブイリ直後の白血病、肉腫、リンパ腫等の悪性の血液疾患の原因で、
現在は、2世にも現れています。

また、免疫系が弱まり、いわゆる「チェルノブイリエイズ」の原因となっています。
1991年にオキリエフ州の子ども病院を訪れましたが、
普通なら大したことがない怪我や手術が、生命に関わる重篤な問題になっていたのです。
重複感染や耐抗生物質等の問題もありました。

昨年の夏コシュクコビッチから私たちの町に保養プロジェクトできた10代の少女二人は、
歯科治療を完全に行って帰りました。
ところが今年の夏この二人が戻ってきまして、
この1年間で虫歯が16本と12本増えたという事が分かったのです。
炎症がひどくて抜糸しなければならなかった子どもたちもいます。
鼻血や慢性気管支炎、疲れやすい、中枢神経系の様々な疾患などが、
多くの子どもにみられます。

いまのコシュクコビッチですが、これはモギレフシュ州の軍の??の町の名前でもあります。(*モスクワを守るため人工降雨で放射能を落としたところ)
1986年の5月はじめコシュクコビッチの1500平方kmの上に、
黄色っぽい雨が降り注ぎました。
その時住民は何の警告も受けていなかったのです。
頭痛、吐き気、嘔吐、のどの痛み、さまざまな皮膚疾患や咳が報告されています。
住民は数カ月後にこの雨がチェルノブイリと関係があることを、
またコシュクコビッチ肥よくな土地の25%が汚染したことを知ることになります。
その当時コシュクコビッチ地方には3万5000人の人達が住んでいました。

1989年、「チェルノブイリの子どもたち」という市民団体が、
政府に圧力をかけ、ベラルーシの汚染地図を公表させました。
私はこの団体を訪れて、支援は都市ではなく地方に必要なことを知りました。
そのため私たちはコシュクコビッチで人道支援と医療支援を始めたのです。
初めの10年間は主に医療支援に力を入れ、
町の100年もの歴史を持つ病院に医薬品や医療物質を提供しました。
現在では人道支援、または社会支援に力を入れております。

夏には汚染地域の子どもたちを保養に招待しています。
向こうの学校の先生によると、
綺麗な環境で数週間過ごした子どもは病気にかかりにくくなり、少なくとも1年間は大丈夫だ
という事です。

放射性物質は毎年ベラルーシの砂地に2cmの速度で沈下していきます。
森の中では葉っぱやコケから離れません。
野生のベリー類、キノコ、野生の動物の肉は、安全が確認されないと食べることはできません。
現地の食べ物からは1kgあたり9000ベクレルが発見されています。
そして田舎の村の人達は森で採れたものを食べてきたのです。

古かった町の病院は現在では新しい建物になっていますが、
そこで働く地元の医師の友達に会いに行き、なんか統計がないかと聞いてみました。

そうするとその医師は私を笑って、
「統計はモギレフ州の保健局から貰っているよ。ボーナスが無いとみんな暮らせないからなぁ。
コシュクコビッチ郡ではチェルノブイリ関連の病気で死ぬ人なんていないのさ。
死因は何時も事故、感染、アルコール、出稼ぎ先のモスクワでうつった結核で、
60歳を超えたらここではみんな老人だからなぁ」

しかし他の友人からの話では、
「ほぼ全部の??で、チェルノブイリ関連の病気で亡くなった人がいる」
ということです。
モシュクコビッチ郡の人口は年々減り続け、26年間で1万人減少しました。

出生に関する統計も入手が困難ですが、
早産児や不当軽量児の数は増え続けています
子宮内の異常が超音波で発見されると、中絶手術が行われます

ベラルーシ政府は
「チェルノブイリは過去のことである」と国民を納得させようと多大な努力をしています。
しかし、健康に問題のある国民は次のように語っています。

「チェルノブイリ事故の後、26年間私たちは生きてきたのではなくて、
この26年間チェルノブイリ事故と一緒に生きてきたんだよ」
(了)

突然目につくこのニュース…「ダウン症など胎児の染色体異常を調べる出生前検査」自粛を!

※不当軽量児
ふとうけいりょうじ【不当軽量児 Light for Dates Infant】
[どんな病気か]
在胎(ざいたい)週数から予測される体重より体重が少ない、
胎内発育遅延(たいないはついくちえん)状態の胎児(たいじ)をいいます。
母親側の原因としては重症妊娠高血圧症候群(重症妊娠中毒症)が、
胎児側の原因としては染色体異常などが考えられます。
在胎週数相当の体重の早産児(そうざんじ)(相当重量児(そうとうじゅうりょうじ))に比べて、
やせて生まれます。
重症の場合は慢性的な低酸素状態になるため、
多血症や心不全、胎便栓(たいべんせん)症候群などをおこしやすくなります。
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