政府はオスプレイを米国と協議せよ
2012-07-30
オスプレイに限ったことではないが、いったい日本政府はなぜ米国と日米安保に基づく事前協議をしないのか。
条約で事前協議の必要な部隊配置、装備の変更、基地の使用などのはずだが、現状は完全に条約違反の横行である。
現状は核とミサイルの移動は事前協議対象などと言っていたが、これも実は「核密約」でほごにしてきたのである。
なぜ放置して米軍の思うままにさせているのか。
全国民的な反対となっているオスプレイは、条約上の事前協議の対象である。
CIAを怖がる腰抜け政府らしいが「ただちに」暗殺などはされない。
そんなことより、基本的なこと。
国民に命がけの我慢を強いるならば日本の政府ではない。
政府はただちに米国との協議に入れ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
【社説】週のはじめに考える 米との事前協議見直せ 7/29 東京新聞
米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが「配備反対」の大合唱の中、日本に上陸しました。米国との事前協議は何のためにあるのでしょうか。
十二機のオスプレイは輸送船に載せられ、山口県の岩国基地に運ばれました。今年四月と六月に起きた墜落事故の分析が終わり、安全性が確認されたのちに飛行開始の運びとされています。
米政府は沖縄県の普天間飛行場で十月から本格運用を始める考えを変えておらず、はじめから配備ありきの姿勢です。
◆「出撃」を「移動」扱い
野田佳彦首相は「米政府が決めることで、どうこういえる話じゃない」とまるで人ごと。米国の政策が最優先で、国民の安全は二の次といわんばかりです。
日米安保条約第六条は米軍による基地利用を認めていますが、一方的な行動をとらないよう安保改定時の一九六〇年、交換公文で「部隊配置の重要な変更」「装備の重要な変更」「戦闘作戦行動のための基地使用」の三項目について事前協議を義務づけています。
在日米軍の行動をみると「戦闘作戦行動のための基地使用」があったように思えてなりません。例えばベトナム戦争で、東京にある横田基地が大型輸送機の拠点となり、戦車や兵士を空輸していたのは公然の秘密です。
新しいところでは、二〇〇四年十月、沖縄から第三一海兵遠征隊がイラク戦争に派遣されました。
それでも事前協議は、一度も行われていないのです。米軍は戦闘作戦行動をとったのではなく、日本から移動したにすぎないというのが日本政府の見解です。
第三一海兵遠征隊は五カ月後、五十人が戦死、二百二十一人が負傷して沖縄に戻りました。どうみても戦闘作戦行動であり、出撃先ははるか離れた中東です。日本や極東の平和と安全のための基地利用という安保条約を踏み越えていないでしょうか。
◆危険なオスプレイ配備
さて、オスプレイです。これも事前協議には該当しないというのが政府見解です。事前協議が必要なのは「核弾頭および中・長距離ミサイルの持ち込みとそれらの基地の建設」のみというのです。
非核三原則を堅持するわが国において、核兵器や核の運搬手段であるミサイルの持ち込みは拒否しかありません。そこで核搭載艦の寄港・通過は事前協議の対象外とする「核密約」が結ばれました。「装備の重要な変更」をめぐる事前協議は空文化したのです。
神奈川県の横須賀基地を事実上の母港とする通常型空母「キティホーク」が原子力空母「ジョージ・ワシントン」に交代した際も、事前協議は行われませんでした。通常型空母が三日に一回の割合で燃料補給が必要なのに対し、原子力空母は二十年に一回の燃料棒交換で済みます。
燃料補給がいらず、しかも燃料タンクが消えたスペースに弾薬や武器を搭載できるため戦闘力が大幅に向上した原子力空母の配備も、政府見解では「装備の重要な変更」には当たらないのです。
オスプレイは交代するCH46ヘリコプターと比べ、速度で二倍、搭載量で三倍、航続距離で四倍という性能アップと引き換えに、安全性を犠牲にした特殊な航空機とされています。米国は四百五十八機調達する予定で、既に海兵隊には百四十機が配備されています。
近くに住宅地があるカリフォルニア州のミラマー基地にも四十二機が置かれました。離着陸には住宅地を避けて飛行していますが、普天間飛行場ではそうはいきません。基地を囲むようにして九万人もの宜野湾市民が生活しており、どの方向に飛ぼうとも住宅地を避けることはできないからです。
米政府からすれば、日本政府には沖縄特別行動委員会(SACO)があった一九九六年に沖縄配備を伝えたのに、いまさら何の騒ぎか、との思いでしょう。国民への説明を先送りしてきた自民党政権と民主党政権の責任は極めて重大です。だからといって、わたしたちが政治の怠慢のツケを払わされたのではたまったものではありません。
政府は事前協議の「例示」にないことを理由に、米国にオスプレイ配備の見直しや延期を求めないつもりでしょうか。沖縄や低空飛行訓練ルートを抱える自治体に文字通り、命懸けの我慢を強いるつもりでしょうか。
◆対米追従はやめろ
配備を強行して、事故が起きた場合、日米安保体制そのものが揺らぐおそれがあります。
真の友人なら罵倒されても、言うべきことは言う。
事前協議とは本来、そういう性質のものだし、そうでないなら見直す必要があります。
米国に追従する政治は、もう終わりにしなければなりません。
条約で事前協議の必要な部隊配置、装備の変更、基地の使用などのはずだが、現状は完全に条約違反の横行である。
現状は核とミサイルの移動は事前協議対象などと言っていたが、これも実は「核密約」でほごにしてきたのである。
なぜ放置して米軍の思うままにさせているのか。
全国民的な反対となっているオスプレイは、条約上の事前協議の対象である。
CIAを怖がる腰抜け政府らしいが「ただちに」暗殺などはされない。
そんなことより、基本的なこと。
国民に命がけの我慢を強いるならば日本の政府ではない。
政府はただちに米国との協議に入れ。
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【社説】週のはじめに考える 米との事前協議見直せ 7/29 東京新聞
米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが「配備反対」の大合唱の中、日本に上陸しました。米国との事前協議は何のためにあるのでしょうか。
十二機のオスプレイは輸送船に載せられ、山口県の岩国基地に運ばれました。今年四月と六月に起きた墜落事故の分析が終わり、安全性が確認されたのちに飛行開始の運びとされています。
米政府は沖縄県の普天間飛行場で十月から本格運用を始める考えを変えておらず、はじめから配備ありきの姿勢です。
◆「出撃」を「移動」扱い
野田佳彦首相は「米政府が決めることで、どうこういえる話じゃない」とまるで人ごと。米国の政策が最優先で、国民の安全は二の次といわんばかりです。
日米安保条約第六条は米軍による基地利用を認めていますが、一方的な行動をとらないよう安保改定時の一九六〇年、交換公文で「部隊配置の重要な変更」「装備の重要な変更」「戦闘作戦行動のための基地使用」の三項目について事前協議を義務づけています。
在日米軍の行動をみると「戦闘作戦行動のための基地使用」があったように思えてなりません。例えばベトナム戦争で、東京にある横田基地が大型輸送機の拠点となり、戦車や兵士を空輸していたのは公然の秘密です。
新しいところでは、二〇〇四年十月、沖縄から第三一海兵遠征隊がイラク戦争に派遣されました。
それでも事前協議は、一度も行われていないのです。米軍は戦闘作戦行動をとったのではなく、日本から移動したにすぎないというのが日本政府の見解です。
第三一海兵遠征隊は五カ月後、五十人が戦死、二百二十一人が負傷して沖縄に戻りました。どうみても戦闘作戦行動であり、出撃先ははるか離れた中東です。日本や極東の平和と安全のための基地利用という安保条約を踏み越えていないでしょうか。
◆危険なオスプレイ配備
さて、オスプレイです。これも事前協議には該当しないというのが政府見解です。事前協議が必要なのは「核弾頭および中・長距離ミサイルの持ち込みとそれらの基地の建設」のみというのです。
非核三原則を堅持するわが国において、核兵器や核の運搬手段であるミサイルの持ち込みは拒否しかありません。そこで核搭載艦の寄港・通過は事前協議の対象外とする「核密約」が結ばれました。「装備の重要な変更」をめぐる事前協議は空文化したのです。
神奈川県の横須賀基地を事実上の母港とする通常型空母「キティホーク」が原子力空母「ジョージ・ワシントン」に交代した際も、事前協議は行われませんでした。通常型空母が三日に一回の割合で燃料補給が必要なのに対し、原子力空母は二十年に一回の燃料棒交換で済みます。
燃料補給がいらず、しかも燃料タンクが消えたスペースに弾薬や武器を搭載できるため戦闘力が大幅に向上した原子力空母の配備も、政府見解では「装備の重要な変更」には当たらないのです。
オスプレイは交代するCH46ヘリコプターと比べ、速度で二倍、搭載量で三倍、航続距離で四倍という性能アップと引き換えに、安全性を犠牲にした特殊な航空機とされています。米国は四百五十八機調達する予定で、既に海兵隊には百四十機が配備されています。
近くに住宅地があるカリフォルニア州のミラマー基地にも四十二機が置かれました。離着陸には住宅地を避けて飛行していますが、普天間飛行場ではそうはいきません。基地を囲むようにして九万人もの宜野湾市民が生活しており、どの方向に飛ぼうとも住宅地を避けることはできないからです。
米政府からすれば、日本政府には沖縄特別行動委員会(SACO)があった一九九六年に沖縄配備を伝えたのに、いまさら何の騒ぎか、との思いでしょう。国民への説明を先送りしてきた自民党政権と民主党政権の責任は極めて重大です。だからといって、わたしたちが政治の怠慢のツケを払わされたのではたまったものではありません。
政府は事前協議の「例示」にないことを理由に、米国にオスプレイ配備の見直しや延期を求めないつもりでしょうか。沖縄や低空飛行訓練ルートを抱える自治体に文字通り、命懸けの我慢を強いるつもりでしょうか。
◆対米追従はやめろ
配備を強行して、事故が起きた場合、日米安保体制そのものが揺らぐおそれがあります。
真の友人なら罵倒されても、言うべきことは言う。
事前協議とは本来、そういう性質のものだし、そうでないなら見直す必要があります。
米国に追従する政治は、もう終わりにしなければなりません。
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ガザの開放とアラブの統合
2012-07-29
エジプトでイスラム同胞団が議会の多数と大統領の地位をとったことは、利権にまみれた国軍幹部の反動的な行動にもかかわらずに、徐々に弛みなくイスラム重視への道を歩む可能性が強くなる。
このことは同時に親パレスチナ、反シオニズム、汎アラブへの道を進むだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガザの開放、アラブの統合 7/24 田中 宇
エジプトのモルシー新政権が7月23日、パレスチナ人に対し、エジプトにビザなしで自由に渡航してくることを認める新政策を開始した。
パレスチナはヨルダン川西岸とガザの2地区に分かれ、両地区ともイスラエルから封鎖され、人の往来と物資の輸出入を強く規制されて困窮している。
ガザはエジプトとも国境を接しているが、これまでのエジプト政府は「パレスチナ人を支援する」「イスラエルはけしからん」と口で言うだけで、実際のところガザのパレスチナ人のエジプト入国を禁じていた。
病人や留学生らのみが出入国を許されていた。 (Gaza Blockade Over? Egypt Opens Border to Palestinians)
モルシー新大統領は、就任から3週間という速攻で、ガザを統括するパレスチナ人の組織ハマスと会談し、ガザとエジプトの間の自由往来を実現した。
ガザから陸路で来る人々だけでなく、西岸から飛行機でエジプトに来るパレスチナ人も簡単に入国できるようになった。
エジプトの入国係官の中には、いまだに親ムバラク・反同胞団の人もいて、彼らは新政権の言うことを聞かず、新政策を始めた初日、カイロの空港に降り立ったパレスチナ人にビザを与えなかった。 (Egypt allowing Palestinians freer temporary entry)
エジプト政府は同時に、ガザに電力とガスを供給することを決めた。
これまでガザは、イスラエルから電力の供給を受けていた。エジプトとガザは以前から送電線がつながっており、05年ごろからイスラエルでなくエジプトがガザに電力供給する構想があった。
イスラエル(特に05年ごろのシャロン政権)は、ガザの面倒をエジプトに押しつけようとしたが、エジプトのムバラク政権は「口だけパレスチナ支持、実は米イスラエルの傀儡で事なかれ主義」だったので、電力供給源の切り替えが実現しなかった。 (Gaza to soon get electricity and gas from Egypt, Hamas official says)
ここ数年、ガザとエジプトの国境は、何度か開放されそうな流れになったが、そのたびに事なかれ主義のムバラク政権によって再び閉鎖されてきた。
だが今回は、ガザを統治するハマスの兄貴分の組織であるムスリム同胞団がエジプトの政権を取ってガザを開放したのだから、ガザが再び封鎖されることはないだろう。 (中東の中心に戻るエジプト) (「ガザの壁」の崩壊)
ちょうど、ガザやエジプトなどイスラム世界全域で、7月20日から祝祭年中行事として最大の断食月(ラマダン)が始まっている。
これまで何年も狭い地域に密集して閉じこめられてきたガザの人々にとっては、自由渡航の開始が、ラマダンを期したムスリム同胞団からの大きな贈り物となった。
モルシーが大統領になったらガザの封鎖を解くことは事前に予測できたが、実際に封鎖が解かれるやり方はあまりに静かで、大した報道もされず、ガザ開放の意味の重大さを忘れさせるほどだ。
▼パレスチナ人を「人間の盾」に使っていたアラブ諸国
これまでエジプト、ヨルダン、シリア、レバノンといったイスラエル周辺のアラブ諸国は、パレスチナ人を政治的な「人間の盾」として使ってきた。
アラブ諸国の政府の多くは、自国の政治への不満から国民の目をそらすためパレスチナ問題を使い、イスラエルを敵視してきたが、実際のところアラブ諸国の多くは米イスラエルの傀儡か、負けて窮している敗戦国であり、イスラエルと再戦争して勝てると思っていない。
アラブ諸国の政府は、パレスチナ問題を「アラブの大義」などと持ち上げつつも、同じアラブ人であるはずの、自国に逃げてきたパレスチナ難民に対し「イスラエルに勝ってパレスチナ国家を建国しよう」などと絵空事を言うばかりで、市民権も与えず差別してきた。
「人間の盾」なのだから、西岸やガザにいるパレスチナ人を外に出すわけにいかなかった。
20世紀初頭、オスマントルコ帝国の崩壊を機に、アラブの地域内に半ば人工的な国境線を引いてバラバラの中小国家に分断し、個別に国王や独裁者を置いて小さなナショナリズムを植え付けて相互に反目させ、アラブを分割支配するのが、この百年の欧米の中東戦略だった。
ムバラクもアサド父子もハーシム(ヨルダン王家)も、大体この線に沿って国家運営してきた。パレスチナ人に、小さなナショナリズムを持った小さな国家を与える従来のパレスチナ和平構想も、欧米の中東支配の流れに沿っていた。
モルシー政権のガザ開放は、エジプトが、パレスチナ問題を従来と全く異なるものとして見始めたことを示している。
モルシーのムスリム同胞団は、小さな国民国家が欧米に分断されて延々と兄弟喧嘩する従来のアラブ諸国の状況を乗り越える、汎アラブのイスラム主義を掲げている。
アラブをイスラム主義で統合し、パレスチナ人とかエジプト人とかシリア人といった従来の国籍やナショナリズムを、過去の遺物にしてしまうのが同胞団の究極の目標だろう。
国民国家を越えて地域を統合する試みという点で、ムスリム同胞団はEUと似ている。
両者の違いは、EUが顕在的に国家統合を試みているのに対し、同胞団は隠然と統合を進めようとしている点だ。
そもそも国民国家は人類史上、自然にできたものでなく、フランス革命の実験後、マスコミや教育で人々を洗脳して国民に仕立てて作られた、人工的なものだ。
EUや同胞団の試みは、フランス革命以来の国民国家の事業を超える、新世代の人類の体制を模索するものであり、世界的に重要だ。
(日本は偶然、1列島1民族1国家の天然の国民国家なので、国民国家が人工的なものという考えは、沖縄やアイヌなど同化させられた側の人々を除く、多くの日本人に理解不能だろう。同じ1列島1国家でも、英国はイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドという多民族だ。いずれスコットランドは独立する) (No poverty in an independent Scotland)
同胞団の超国民国家の試みのもとで、パレスチナ人やパレスチナ国家は、むしろ邪魔だ。
だから同胞団はガザの国境を開け、パレスチナは自然にエジプトの一部になり出した。
政治的にも、もともと同胞団とハマスは同一組織だ。モルシーは、ハマスと対立してきた西岸のパレスチナ自治政府(PA)のアッバース大統領とも会談しており、次の目標はエジプトの仲裁でPAとハマスを和解させることだろう。
そのうち、内戦が一段落した後のシリアやヨルダンでも同胞団が強くなり、隠然と統合されていく同胞団系の国々がイスラエルを取り囲む。
その流れの中で、イスラエルはエジプトと協調し、パレスチナ問題に何らかの解決を与えようとするだろう。同胞団はイスラエルを「潰す」必要がない。
イスラエルがユダヤ人本来の現実主義を保持しているなら、パレスチナ問題で譲歩し、同胞団と和解するだろう。
問題は、米イスラエル政界に巣くう右派が、イスラム世界と絶対に和解しない非現実的な強硬姿勢を意図的にとり続け、イスラエルを自滅させようとしていることだ。
米国は覇権国として、英国から中東分割支配の体制を引きついだものの、米国が最近やっているのは、中東全域でイスラム主義を扇動し、エジプトなどアラブ諸国で民主化運動を起こして、同胞団を強化することだ。
エジプトに同胞団政権ができるのと同じタイミングで、米国の外交戦略を決める奥の院である外交問題評議会(CFR)のハース会長がイスラエルにやってきて「米国がパレスチナ和平交渉において大きな役割を果たす時代は終わった」「誰が米国の次期大統領になっても国内問題に忙殺され、パレスチナ問題をあまりやらないだろう」と言って帰った。 (Ex-U.S. official: American dominance over Mideast peace process is ending)
最近ではクリントン国務長官もイスラエルを訪問したが、イランやシリアの問題ばかりが議論され、パレスチナ和平についてはほとんど何も語らずに帰っていった。
もう米国はパレスチナ和平を仲裁しないだろう。代わりにエジプトがやる流れになっている。 (Mideast peace slips to second billing for US)
そんなおり、駐米国のイスラエル大使館では、ネタニヤフ首相が任命した大使と、外務省から来た副大使が対立し、機能不全に陥っている。
これは右派と中道派の対立で、見かけ上は大使の側が右派だが、実質はおそらく外務省の方が右派という、暗闘状態になっている。イスラエル外務省は以前、首相が政治的に協調的外交をやろうとすると、組合が時期はずれの長期ストライキをやって外交を機能不全に陥れる策略をやっている。
イスラエルが米国の中東外交を牛耳る従来の戦略が無力化されている。 (Israel's embassy to the U.S. in turmoil)
イスラエルにとって危険なのは、エジプトやハマスとの関係が問題になる南方戦線でなく、シリアやレバノン、ヒズボラとの関係が問題になる北方戦線だ。
南方は外交交渉で何とかやれる。北方は、内戦のシリアに中東全域からスンニ派の武装過激派(いわゆるアルカイダやアフガン帰り)が、米国やサウジが用意した武器を受け取ってどんどん流入している。
今後アサド政権を倒したら、その後の彼らの敵はイスラエルになる。ゴラン高原の国境付近からイスラエルを砲撃するかもしれない。
イスラエルは、シリアとの戦争に巻き込まれかねない。 (Islamic Fighters Swarm into Syria)
レバノンの与党でもあるシーア派武装組織ヒズボラも、イスラエルと戦う気が十分にある。
イスラエルが06年に仕掛けたヒズボラとの戦争は、戦線拡大の危険を悟ったイスラエル側が1カ月後に停戦する「引き分け」で止まっている。
それ以来ヒズボラは、レバノンの政権を取ったこともあり、次にイスラエルが戦争を仕掛けてきた時に備え、軍備を大増強している。
ヒズボラはアサド政権と親しく、アサド政権は崩壊する前に良い兵器をヒズボラに横流しするだろうとも言われている。 (Barak Orders Israeli Military to Prepare for Syria Invasion) (ヒズボラの勝利)
イスラエルがレバノンやシリアと戦争になると、イランとの戦争に拡大して「中東大戦争」になるだろう。
中東で戦争を起こしたがる勢力は、米国の右派、イスラエルの右派(1970-80年代に米国からイスラエルに移住してきたユダヤ人が中心、要するに米国人)、アルカイダ(米軍やCIAに操られる傀儡テロリスト。これも米国系勢力といえる)など、すべて土着でない米国系の組織だ。
土着の組織である同胞団やハマス、ヒズボラなどは、他の地域の土着勢力と同様、中東が安定して経済発展できることを求めており、戦争を望んでいない。
土着勢力を「テロリスト」呼ばわりするのは米国の濡れ衣だ。 (中東大戦争は今週始まる?)
米国の中枢で「中東民主化」を押してイラク戦争を強行し、中東の反米イスラム主義を扇動し、米国の覇権の力を浪費した張本人は、親イスラエルのふりをした反イスラエルのユダヤ人らの集団「ネオコン」だった。
その中心人物の一人であるエリオット・アブラムスは、CFRの研究員として、同胞団がガザを開放したことを、いち早く分析して書いている。
事実だけを淡々と解説しているだけだが、中東の事態がネオコンがこっそり狙ったとおりの展開になっていることを考えると、アブラムスがガザ開放に注目するのは興味深い。 (Egypt opens to Gaza By Elliott Abrams, CFR)
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このブログ内でのアラブ、イスラム、パレスチナ関係ページのリンク。
・ 国際金融資本の成立
・ 中東への分裂謀略が続く
・ エジプト反政府デモは勝利するか
・ 反政府闘争はムバラク追放では終わらない
・ 復興するイスラムの力
・ 復興するイスラムの力(2)
・ バーレーンからサウジへの道
・ 孤立を深めるシオニストと復興するイスラム
・ 自ら自分の首を絞めるシオニスト国家
・ イラン経済封鎖で政府転覆を狙う米国
・ 米国、イスラエルがイランにサイバー・テロ
このことは同時に親パレスチナ、反シオニズム、汎アラブへの道を進むだろう。
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ガザの開放、アラブの統合 7/24 田中 宇
エジプトのモルシー新政権が7月23日、パレスチナ人に対し、エジプトにビザなしで自由に渡航してくることを認める新政策を開始した。
パレスチナはヨルダン川西岸とガザの2地区に分かれ、両地区ともイスラエルから封鎖され、人の往来と物資の輸出入を強く規制されて困窮している。
ガザはエジプトとも国境を接しているが、これまでのエジプト政府は「パレスチナ人を支援する」「イスラエルはけしからん」と口で言うだけで、実際のところガザのパレスチナ人のエジプト入国を禁じていた。
病人や留学生らのみが出入国を許されていた。 (Gaza Blockade Over? Egypt Opens Border to Palestinians)
モルシー新大統領は、就任から3週間という速攻で、ガザを統括するパレスチナ人の組織ハマスと会談し、ガザとエジプトの間の自由往来を実現した。
ガザから陸路で来る人々だけでなく、西岸から飛行機でエジプトに来るパレスチナ人も簡単に入国できるようになった。
エジプトの入国係官の中には、いまだに親ムバラク・反同胞団の人もいて、彼らは新政権の言うことを聞かず、新政策を始めた初日、カイロの空港に降り立ったパレスチナ人にビザを与えなかった。 (Egypt allowing Palestinians freer temporary entry)
エジプト政府は同時に、ガザに電力とガスを供給することを決めた。
これまでガザは、イスラエルから電力の供給を受けていた。エジプトとガザは以前から送電線がつながっており、05年ごろからイスラエルでなくエジプトがガザに電力供給する構想があった。
イスラエル(特に05年ごろのシャロン政権)は、ガザの面倒をエジプトに押しつけようとしたが、エジプトのムバラク政権は「口だけパレスチナ支持、実は米イスラエルの傀儡で事なかれ主義」だったので、電力供給源の切り替えが実現しなかった。 (Gaza to soon get electricity and gas from Egypt, Hamas official says)
ここ数年、ガザとエジプトの国境は、何度か開放されそうな流れになったが、そのたびに事なかれ主義のムバラク政権によって再び閉鎖されてきた。
だが今回は、ガザを統治するハマスの兄貴分の組織であるムスリム同胞団がエジプトの政権を取ってガザを開放したのだから、ガザが再び封鎖されることはないだろう。 (中東の中心に戻るエジプト) (「ガザの壁」の崩壊)
ちょうど、ガザやエジプトなどイスラム世界全域で、7月20日から祝祭年中行事として最大の断食月(ラマダン)が始まっている。
これまで何年も狭い地域に密集して閉じこめられてきたガザの人々にとっては、自由渡航の開始が、ラマダンを期したムスリム同胞団からの大きな贈り物となった。
モルシーが大統領になったらガザの封鎖を解くことは事前に予測できたが、実際に封鎖が解かれるやり方はあまりに静かで、大した報道もされず、ガザ開放の意味の重大さを忘れさせるほどだ。
▼パレスチナ人を「人間の盾」に使っていたアラブ諸国
これまでエジプト、ヨルダン、シリア、レバノンといったイスラエル周辺のアラブ諸国は、パレスチナ人を政治的な「人間の盾」として使ってきた。
アラブ諸国の政府の多くは、自国の政治への不満から国民の目をそらすためパレスチナ問題を使い、イスラエルを敵視してきたが、実際のところアラブ諸国の多くは米イスラエルの傀儡か、負けて窮している敗戦国であり、イスラエルと再戦争して勝てると思っていない。
アラブ諸国の政府は、パレスチナ問題を「アラブの大義」などと持ち上げつつも、同じアラブ人であるはずの、自国に逃げてきたパレスチナ難民に対し「イスラエルに勝ってパレスチナ国家を建国しよう」などと絵空事を言うばかりで、市民権も与えず差別してきた。
「人間の盾」なのだから、西岸やガザにいるパレスチナ人を外に出すわけにいかなかった。
20世紀初頭、オスマントルコ帝国の崩壊を機に、アラブの地域内に半ば人工的な国境線を引いてバラバラの中小国家に分断し、個別に国王や独裁者を置いて小さなナショナリズムを植え付けて相互に反目させ、アラブを分割支配するのが、この百年の欧米の中東戦略だった。
ムバラクもアサド父子もハーシム(ヨルダン王家)も、大体この線に沿って国家運営してきた。パレスチナ人に、小さなナショナリズムを持った小さな国家を与える従来のパレスチナ和平構想も、欧米の中東支配の流れに沿っていた。
モルシー政権のガザ開放は、エジプトが、パレスチナ問題を従来と全く異なるものとして見始めたことを示している。
モルシーのムスリム同胞団は、小さな国民国家が欧米に分断されて延々と兄弟喧嘩する従来のアラブ諸国の状況を乗り越える、汎アラブのイスラム主義を掲げている。
アラブをイスラム主義で統合し、パレスチナ人とかエジプト人とかシリア人といった従来の国籍やナショナリズムを、過去の遺物にしてしまうのが同胞団の究極の目標だろう。
国民国家を越えて地域を統合する試みという点で、ムスリム同胞団はEUと似ている。
両者の違いは、EUが顕在的に国家統合を試みているのに対し、同胞団は隠然と統合を進めようとしている点だ。
そもそも国民国家は人類史上、自然にできたものでなく、フランス革命の実験後、マスコミや教育で人々を洗脳して国民に仕立てて作られた、人工的なものだ。
EUや同胞団の試みは、フランス革命以来の国民国家の事業を超える、新世代の人類の体制を模索するものであり、世界的に重要だ。
(日本は偶然、1列島1民族1国家の天然の国民国家なので、国民国家が人工的なものという考えは、沖縄やアイヌなど同化させられた側の人々を除く、多くの日本人に理解不能だろう。同じ1列島1国家でも、英国はイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドという多民族だ。いずれスコットランドは独立する) (No poverty in an independent Scotland)
同胞団の超国民国家の試みのもとで、パレスチナ人やパレスチナ国家は、むしろ邪魔だ。
だから同胞団はガザの国境を開け、パレスチナは自然にエジプトの一部になり出した。
政治的にも、もともと同胞団とハマスは同一組織だ。モルシーは、ハマスと対立してきた西岸のパレスチナ自治政府(PA)のアッバース大統領とも会談しており、次の目標はエジプトの仲裁でPAとハマスを和解させることだろう。
そのうち、内戦が一段落した後のシリアやヨルダンでも同胞団が強くなり、隠然と統合されていく同胞団系の国々がイスラエルを取り囲む。
その流れの中で、イスラエルはエジプトと協調し、パレスチナ問題に何らかの解決を与えようとするだろう。同胞団はイスラエルを「潰す」必要がない。
イスラエルがユダヤ人本来の現実主義を保持しているなら、パレスチナ問題で譲歩し、同胞団と和解するだろう。
問題は、米イスラエル政界に巣くう右派が、イスラム世界と絶対に和解しない非現実的な強硬姿勢を意図的にとり続け、イスラエルを自滅させようとしていることだ。
米国は覇権国として、英国から中東分割支配の体制を引きついだものの、米国が最近やっているのは、中東全域でイスラム主義を扇動し、エジプトなどアラブ諸国で民主化運動を起こして、同胞団を強化することだ。
エジプトに同胞団政権ができるのと同じタイミングで、米国の外交戦略を決める奥の院である外交問題評議会(CFR)のハース会長がイスラエルにやってきて「米国がパレスチナ和平交渉において大きな役割を果たす時代は終わった」「誰が米国の次期大統領になっても国内問題に忙殺され、パレスチナ問題をあまりやらないだろう」と言って帰った。 (Ex-U.S. official: American dominance over Mideast peace process is ending)
最近ではクリントン国務長官もイスラエルを訪問したが、イランやシリアの問題ばかりが議論され、パレスチナ和平についてはほとんど何も語らずに帰っていった。
もう米国はパレスチナ和平を仲裁しないだろう。代わりにエジプトがやる流れになっている。 (Mideast peace slips to second billing for US)
そんなおり、駐米国のイスラエル大使館では、ネタニヤフ首相が任命した大使と、外務省から来た副大使が対立し、機能不全に陥っている。
これは右派と中道派の対立で、見かけ上は大使の側が右派だが、実質はおそらく外務省の方が右派という、暗闘状態になっている。イスラエル外務省は以前、首相が政治的に協調的外交をやろうとすると、組合が時期はずれの長期ストライキをやって外交を機能不全に陥れる策略をやっている。
イスラエルが米国の中東外交を牛耳る従来の戦略が無力化されている。 (Israel's embassy to the U.S. in turmoil)
イスラエルにとって危険なのは、エジプトやハマスとの関係が問題になる南方戦線でなく、シリアやレバノン、ヒズボラとの関係が問題になる北方戦線だ。
南方は外交交渉で何とかやれる。北方は、内戦のシリアに中東全域からスンニ派の武装過激派(いわゆるアルカイダやアフガン帰り)が、米国やサウジが用意した武器を受け取ってどんどん流入している。
今後アサド政権を倒したら、その後の彼らの敵はイスラエルになる。ゴラン高原の国境付近からイスラエルを砲撃するかもしれない。
イスラエルは、シリアとの戦争に巻き込まれかねない。 (Islamic Fighters Swarm into Syria)
レバノンの与党でもあるシーア派武装組織ヒズボラも、イスラエルと戦う気が十分にある。
イスラエルが06年に仕掛けたヒズボラとの戦争は、戦線拡大の危険を悟ったイスラエル側が1カ月後に停戦する「引き分け」で止まっている。
それ以来ヒズボラは、レバノンの政権を取ったこともあり、次にイスラエルが戦争を仕掛けてきた時に備え、軍備を大増強している。
ヒズボラはアサド政権と親しく、アサド政権は崩壊する前に良い兵器をヒズボラに横流しするだろうとも言われている。 (Barak Orders Israeli Military to Prepare for Syria Invasion) (ヒズボラの勝利)
イスラエルがレバノンやシリアと戦争になると、イランとの戦争に拡大して「中東大戦争」になるだろう。
中東で戦争を起こしたがる勢力は、米国の右派、イスラエルの右派(1970-80年代に米国からイスラエルに移住してきたユダヤ人が中心、要するに米国人)、アルカイダ(米軍やCIAに操られる傀儡テロリスト。これも米国系勢力といえる)など、すべて土着でない米国系の組織だ。
土着の組織である同胞団やハマス、ヒズボラなどは、他の地域の土着勢力と同様、中東が安定して経済発展できることを求めており、戦争を望んでいない。
土着勢力を「テロリスト」呼ばわりするのは米国の濡れ衣だ。 (中東大戦争は今週始まる?)
米国の中枢で「中東民主化」を押してイラク戦争を強行し、中東の反米イスラム主義を扇動し、米国の覇権の力を浪費した張本人は、親イスラエルのふりをした反イスラエルのユダヤ人らの集団「ネオコン」だった。
その中心人物の一人であるエリオット・アブラムスは、CFRの研究員として、同胞団がガザを開放したことを、いち早く分析して書いている。
事実だけを淡々と解説しているだけだが、中東の事態がネオコンがこっそり狙ったとおりの展開になっていることを考えると、アブラムスがガザ開放に注目するのは興味深い。 (Egypt opens to Gaza By Elliott Abrams, CFR)
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このブログ内でのアラブ、イスラム、パレスチナ関係ページのリンク。
・ 国際金融資本の成立
・ 中東への分裂謀略が続く
・ エジプト反政府デモは勝利するか
・ 反政府闘争はムバラク追放では終わらない
・ 復興するイスラムの力
・ 復興するイスラムの力(2)
・ バーレーンからサウジへの道
・ 孤立を深めるシオニストと復興するイスラム
・ 自ら自分の首を絞めるシオニスト国家
・ イラン経済封鎖で政府転覆を狙う米国
・ 米国、イスラエルがイランにサイバー・テロ
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ヨーロッパ金融危機と日本経済:植草
2012-07-26
植草一秀氏はケインズ派経済学者なのだが、彼のブログでは政治問題がほとんどである。
ごくたまに専門である経済論が書かれる。
ユーロ/円は、ドル/円のように日米の政治的操作が噛んでいないので、率直に双方の経済関係を反映する、と言う話です。
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欧州金融危機の持続が日本経済に落とす深刻な翳 7/24 植草一秀
ユーロの下落が続いている。
日本円の対ユーロレートは95円台を割り込み、94円台に突入した。
2000年10月に記録した1ユーロ=88.8円に接近しつつある。
2008年に深刻化したサブプライム金融危機。このなかで、ユーロの大暴落が始まった。
2000年10月から2008年7月までの8年間は、文字通りのユーロ高の時代だった。世界の投資資金がユーロに吸い寄せられた。その結果として、2008年7月ユーロは対円でも1ユーロ=170円を記録した。
2000年から2008年までのユーロ高の時代のあと、2008年7月以降、ユーロが暴落に転じた。円の対ユーロでも急騰である。
2008年7月から4年の時間が経過したが、このなかで、日本円の対ユーロレートは1ユーロ=94円台にまで急騰して現在に至っている。
ここで興味深いことは、日本の株価が円の対ユーロレート変動と、驚くほど酷似した推移を示してきたことである。
『金利・為替・株価特報』では、2009年年初以降、この点を指摘し続けてきた。
日本の経済・株価の低迷が持続しているが、そのひとつの断面として、日本円の上昇、急激な円高を見落とせない。
もちろん、日本経済に与える影響を考える際には、円ドルレートの変動も注視しなければならない。
円ドルレートは2007年6月の1ドル=124円から趨勢的に円高方向に変化し、昨年10月に1ドル=75円台を記録したのち、現在も1ドル=78円台で推移している。
2003年から2007年にかけて、日本経済は極めて緩やかな経済改善の道を進んだ。小泉政権が無茶な緊縮財政政策を強行したために、日本経済が無残に破壊されてしまったのが2003年だった。
小泉竹中政権は「大銀行もつぶす」との風説を流布して株価暴落を誘導した。この政策誘導によって、日本の株価や不動産価格は大暴落を演じた。
金融恐慌が引き起こされるなら、二束三文の価格でも、株や不動産所有権が紙くずになる前に換金しようと人々が殺到したからだ。
ところが、小泉竹中政権は、最後の最後、暴落価格で株や不動産を投げ売りした人々をあざ笑うかの如く、大銀行を税金で救済した。
小泉竹中政権の目標は、小泉竹中政治を批判する大銀行トップを追放すること、そして、この大銀行を乗っ取ることだった。
りそな銀行処理は、まさに、風説の流布、株価操縦、インサイダー取引などの重要犯罪が国家規模で実行された疑いが濃厚の、今世紀最大の巨大国家犯罪であったとの推論でしか説明できない事象である。
この話はさておき、2003年の人為的な経済破壊が税金による銀行救済で終止符を打つと、日本経済は、自律的に緩やかな改善を示した。
その結果、日本の財政状況は2007年には劇的改善を遂げる。
2007年度の国債発行金額は25兆円だったが、日本の財政制度では、政府支出のなかに「債務償還費」が含まれている。国債発行残高を減少させるための支出、国債の償還金だ。2007年度は債務償還費が14兆円も計上されたから、実際の政府の借金金額は11兆円にまで減少した。
OECDのEconomic Outlook統計による、日本の一般政府財政赤字で見ても、2007年にはGDP比2%の水準にまで、財政赤字は減った。
財政規律がやかましいユーロ諸国における、ユーロ加盟基準は財政赤字GDP比3%であり、2007年の日本の財政赤字はこの基準さえクリアーした。
緩やかな景気改善と劇的とも言える財政赤字の縮小が実現したのが2007年だったが、このタイミングで、サブプライム金融危機が発生した。
サブプライム金融危機の発火点は欧州だった。欧州の金融機関の一部がサブプライム金融危機で巨額損失を計上し始めたのだ。
サブプライム危機の象徴は2008年9月15日のリーマンブラザーズ破綻だ。いわゆる「リーマンショック」である。
しかし、金融機関の損失発生の分布を見ると、その傷は欧州を中心に広がっていたのである。
この変化を背景にユーロが急落した。
2008年7月に1ユーロ=170円だった円の対ユーロレートが10月には一気に1ユーロ=113円に急騰した。
この激しいユーロに対する日本円急騰が日本の製造業を直撃した。
製造業では販売不振から在庫が急増し、これを背景に生産活動が激減したのである。
製造業における稼働率急低下は、製造業に従事していた非正規労働者を直撃した。多数の非正規労働者が「雇い止め」の事態に直面した。
寒空の下で会社の寮からも放り出された非正規労働者は、命からがら東京の日比谷公園にたどり着いたのである。これが、あの年越し派遣村であった。
2008年7月以降の金融市場を観察すると、円ユーロレートの推移と日経平均株価の推移が驚くほどの連動関係を維持していることが分かる。
日経平均株価の推移とは、日本経済の推移と言い換えても良い。
円ユーロレートの推移(2008年7月~2012年7月)

日経平均株価の推移(2008年7月~2012年7月)

数多くの経済指標があるが、もし、多数ある経済指標から、日本経済の動向を占う指標をただひとつだけ取り出すとするなら、私は、この円・ユーロレート、そして、これと連動する日経平均株価の推移をあげる。
いま、世界金融が動揺している震源地は欧州である。
この欧州が揺れ動くということは、ユーロの対日本円レートがさらに下落傾向を維持するということになる。
この意味で、日本経済にとっても最重要の指標であるユーロの先行き動向に、なお、大きな警戒が求められるのだ。
ごくたまに専門である経済論が書かれる。
ユーロ/円は、ドル/円のように日米の政治的操作が噛んでいないので、率直に双方の経済関係を反映する、と言う話です。
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欧州金融危機の持続が日本経済に落とす深刻な翳 7/24 植草一秀
ユーロの下落が続いている。
日本円の対ユーロレートは95円台を割り込み、94円台に突入した。
2000年10月に記録した1ユーロ=88.8円に接近しつつある。
2008年に深刻化したサブプライム金融危機。このなかで、ユーロの大暴落が始まった。
2000年10月から2008年7月までの8年間は、文字通りのユーロ高の時代だった。世界の投資資金がユーロに吸い寄せられた。その結果として、2008年7月ユーロは対円でも1ユーロ=170円を記録した。
2000年から2008年までのユーロ高の時代のあと、2008年7月以降、ユーロが暴落に転じた。円の対ユーロでも急騰である。
2008年7月から4年の時間が経過したが、このなかで、日本円の対ユーロレートは1ユーロ=94円台にまで急騰して現在に至っている。
ここで興味深いことは、日本の株価が円の対ユーロレート変動と、驚くほど酷似した推移を示してきたことである。
『金利・為替・株価特報』では、2009年年初以降、この点を指摘し続けてきた。
日本の経済・株価の低迷が持続しているが、そのひとつの断面として、日本円の上昇、急激な円高を見落とせない。
もちろん、日本経済に与える影響を考える際には、円ドルレートの変動も注視しなければならない。
円ドルレートは2007年6月の1ドル=124円から趨勢的に円高方向に変化し、昨年10月に1ドル=75円台を記録したのち、現在も1ドル=78円台で推移している。
2003年から2007年にかけて、日本経済は極めて緩やかな経済改善の道を進んだ。小泉政権が無茶な緊縮財政政策を強行したために、日本経済が無残に破壊されてしまったのが2003年だった。
小泉竹中政権は「大銀行もつぶす」との風説を流布して株価暴落を誘導した。この政策誘導によって、日本の株価や不動産価格は大暴落を演じた。
金融恐慌が引き起こされるなら、二束三文の価格でも、株や不動産所有権が紙くずになる前に換金しようと人々が殺到したからだ。
ところが、小泉竹中政権は、最後の最後、暴落価格で株や不動産を投げ売りした人々をあざ笑うかの如く、大銀行を税金で救済した。
小泉竹中政権の目標は、小泉竹中政治を批判する大銀行トップを追放すること、そして、この大銀行を乗っ取ることだった。
りそな銀行処理は、まさに、風説の流布、株価操縦、インサイダー取引などの重要犯罪が国家規模で実行された疑いが濃厚の、今世紀最大の巨大国家犯罪であったとの推論でしか説明できない事象である。
この話はさておき、2003年の人為的な経済破壊が税金による銀行救済で終止符を打つと、日本経済は、自律的に緩やかな改善を示した。
その結果、日本の財政状況は2007年には劇的改善を遂げる。
2007年度の国債発行金額は25兆円だったが、日本の財政制度では、政府支出のなかに「債務償還費」が含まれている。国債発行残高を減少させるための支出、国債の償還金だ。2007年度は債務償還費が14兆円も計上されたから、実際の政府の借金金額は11兆円にまで減少した。
OECDのEconomic Outlook統計による、日本の一般政府財政赤字で見ても、2007年にはGDP比2%の水準にまで、財政赤字は減った。
財政規律がやかましいユーロ諸国における、ユーロ加盟基準は財政赤字GDP比3%であり、2007年の日本の財政赤字はこの基準さえクリアーした。
緩やかな景気改善と劇的とも言える財政赤字の縮小が実現したのが2007年だったが、このタイミングで、サブプライム金融危機が発生した。
サブプライム金融危機の発火点は欧州だった。欧州の金融機関の一部がサブプライム金融危機で巨額損失を計上し始めたのだ。
サブプライム危機の象徴は2008年9月15日のリーマンブラザーズ破綻だ。いわゆる「リーマンショック」である。
しかし、金融機関の損失発生の分布を見ると、その傷は欧州を中心に広がっていたのである。
この変化を背景にユーロが急落した。
2008年7月に1ユーロ=170円だった円の対ユーロレートが10月には一気に1ユーロ=113円に急騰した。
この激しいユーロに対する日本円急騰が日本の製造業を直撃した。
製造業では販売不振から在庫が急増し、これを背景に生産活動が激減したのである。
製造業における稼働率急低下は、製造業に従事していた非正規労働者を直撃した。多数の非正規労働者が「雇い止め」の事態に直面した。
寒空の下で会社の寮からも放り出された非正規労働者は、命からがら東京の日比谷公園にたどり着いたのである。これが、あの年越し派遣村であった。
2008年7月以降の金融市場を観察すると、円ユーロレートの推移と日経平均株価の推移が驚くほどの連動関係を維持していることが分かる。
日経平均株価の推移とは、日本経済の推移と言い換えても良い。
円ユーロレートの推移(2008年7月~2012年7月)

日経平均株価の推移(2008年7月~2012年7月)

数多くの経済指標があるが、もし、多数ある経済指標から、日本経済の動向を占う指標をただひとつだけ取り出すとするなら、私は、この円・ユーロレート、そして、これと連動する日経平均株価の推移をあげる。
いま、世界金融が動揺している震源地は欧州である。
この欧州が揺れ動くということは、ユーロの対日本円レートがさらに下落傾向を維持するということになる。
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