二極化する世界(前編):三橋
2012-01-15
バブル崩壊後のデフレ恐慌からの脱出。
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二極化する世界 前編 1/5 三橋貴明 Klugから
2012年は「選挙」の年である。
2012年1月の中華民国(台湾)総統選挙を皮切りに、3月のロシア大統領選挙、5月にフランス大統領選挙、そして11月にアメリカ大統領選挙というビッグイベントが控えている。
さらに、12月には韓国でも大統領選挙が行われ、中国においても第18回中国共産党大会が開催され、胡錦濤国家主席の後継が選出される予定になっている。
韓国の場合は、大統領選挙の前に総選挙(4月)が実施されるわけだが、いずれの選挙にしても李明博大統領の「大手輸出企業優遇」の経済政策、そして米韓FTAが争点に上ってくるだろう。
韓国の国会は、12月30日に米韓FTAについて再交渉を政府に求める決議案を賛成多数で可決した。「賛成多数」になった以上、与党のハンナラ党の一部までもが賛成に回ったわけである。
国会で(催涙弾が投げ込まれる中)強行採決をしておきながら、何をいまさらハンナラ党の議員まで、と思いたいところだが、それだけ韓国国民の反FTAの世論が強いということだ。
韓国は97年のアジア通貨危機時にIMF管理下に置かれ、金融サービスや製造業における外資規制を撤廃させられた。結果、ウリ銀行を除く全ての大手銀行が「外資系」になっており、サムスン電子や現代自動車の株主の半分近くが外国人だ。結果、韓国は毎年四月に巨額の配当金を外国(主にアメリカ)に支払っている。
李政権としては、貿易依存度が極端に高い自国の経済モデルに鑑み、米韓FTAを「生き残り」のための道として選択したのだろう。
とはいえ、今回の米韓FTAは「第二次IMF管理」とも言うべきものであり、韓国の経済的主権は大幅に縮小してしまう。経済的主権を失った国がどうなるのか、米韓FTA発効(今年の1月1日)から数年後の韓国を見れば、誰の目にも明らかになることだろう。
もっとも、米韓FTAの発効はすでに止められないが(何しろ米韓両国の国会が批准したのだ)、このままではハンナラ党は4月の総選挙で敗北し、野党に転落する可能性がある。そうなると、李政権は完全にレームダック化し、大統領選挙に突入することになる。大統領選挙でハンナラ党候補が敗れると、新政権は米韓FTAの再交渉を俎上に載せざるをえない(さもなければ、韓国国民が納得しない)。
とはいえ、米韓FTAの修正にはアメリカ議会の議決も必要であるため、いずれにしても今後の韓国情勢、米韓関係は一筋縄ではいきそうにもない。
北朝鮮の金正日総書記が死去し、韓国は「北方問題」という難題も抱えている。北朝鮮の新指導者となった金正恩は政権基盤が軟弱で、前任者とは違い、後継者としての地位を固める時間もなかった。
地位が揺らいだ独裁国のトップがやることといえば、外敵を作り出して国民の目をそらすことと相場が決まっている。2012年の韓国は、世界の他の国と同様に、いやそれ以上に混乱の時代を迎える可能性が高い。
混乱の時代と言えば、台湾も同じである。現在、すでに激しい選挙戦が展開されている台湾総統選挙では、現在は現職の馬英九総統と民進党の蔡英文主席の支持率が拮抗している。国民党政権継続を望む中国は、例により「外圧」によって台湾総統選挙を左右しようと試みる可能性がある。
米軍事専門誌「ディフェンス・ニュース」は、中国がアメリカの空母を標的として開発中の「東風21D」の発射実験を、総統選の3日前(1月11日)に実施する可能性を報じた。中国が本当に総統選挙前にミサイル実験を強行した場合、前回同様に逆効果になると思われるわけだが。
さらに目を北方に転じると、2000年以降で最も大規模な反政府デモが行われる中、ロシア大統領選挙におけるプーチン首相の挙動が注目されている。12月4日のロシア下院選における不正追及の声が高まり、ロシアの大富豪のミハイル・プロホロフ氏が大統領選挙に出馬すると名乗りを上げた。
ロシアでは大晦日(12月31日)においても反政府デモが開催され、70人が逮捕された。プーチン首相は、現時点では、
「ある程度の動揺は民主主義の下では避けられないもので、特別ではない」
と、余裕綽々だが、いずれにしても3月の大統領選挙に向け、ロシアも混乱のときを迎えたと断ぜざるを得ない。
さて、新興経済諸国から先進国へと目を移すと、現在は明らかな「二極化」が発生していることが分かる。二極化とはずばり、
「バブル崩壊後に長期金利が超低迷している国々」
と、
「バブル崩壊後に長期金利が急騰している国々」
の二種である。
『2011年12月30日 ブルームバーグ紙「ユーロ下落、2001年以降で初の100円割れ」
ニューヨーク外国為替市場ではユーロが6日続落。対円では2001年6月以降で初めて1ユーロ=100円を割り込んだ。欧州債務危機が域内経済成長の足を引っ張るとの懸念が背景にある。(中略)
ニューヨーク時間午後5時現在、ユーロは対円で1%下げて1ユーロ=99円66銭。一時は99円51銭と、2000年12月以来の安値に下げた。ユーロは対ドルでほぼ変わらず1ユーロ=1.2961ドル。円は対ドルで0.9%上昇して1ドル=76円91銭。一時は76円89銭と、11月22日以来の高値に上げた。(後略)』
『2011年12月30日 ブルームバーグ紙「米国債(30日):上昇、欧州懸念で-年間リターンは08年来最大」
米国債相場は4日続伸。欧州ソブリン債危機が悪化するとの懸念から、米国債の逃避需要が高まった。米国債の年間リターンは2008年以降で最大となった。(中略)
ブルームバーグ・ボンド・トレーダーによれば、ニューヨーク時間午後2時43分現在、10年債利回りは前日比2ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)低下の1.88%。(後略)』
現在の先進国で起きていることは、先にも書いた通り二極化である。それは、為替と長期金利を見れば誰でも理解できる。
【図135-1 日米及び欧州主要国の長期金利推移(単位:%)】

出典:ユーロスタット
そもそもの問題の始まりは、08年のリーマン・ショックまで続いた世界的なバブル経済が崩壊したことだ(日本は90年だが)。無論、バブル崩壊開始の時期は各国バラバラであったが、いずれにしても欧米の現在の問題の根幹が「バブル」及び「バブル崩壊」であることは間違いない。
バブルとは、民間が「借金を増やし、資産に投資する」経済活動が爆発的に拡大する現象である。投資先は健全な設備投資に限らず、株式や不動産などが増え、投資ではなく「投機」が拡大してしまうのが経済のバブル化の特徴だ。
なぜ、民間が借金を増やしてまで「投機」を繰り返すのかと言えば、単純に「儲かる」からである。
すなわち、
「投資利益が実質金利を上回り、投資効率が高いから」
企業は負債をひたすら増やし、資産への投資を繰り返すのだ。
とはいえ、ある時期から投資利益が減少を始め、最終的に金利とイコールになる。この時点が、バブルのピークだ。(事前にバブルのピークを知ることはできない。あくまで、数年後に統計データを見て「ああ、あの時がバブルのピークだった」と分かるのである)
バブルがピークアウトすると、借り入れで調達された資金が投じられた、各種の資産価格が下落し、投資利益がさらに下がり、金利を下回るようになってしまう。
すなわち、企業が投資をしても「儲からない」という環境になり、バブルは一気に崩壊し、国民経済はデフレに突っ込んでしまうのだ。
この時点で「二極化」が発生する。先述の通り、長期金利が超低迷する国と、逆に高騰する国の二つである。
日本の場合、バブルはあくまで国内の流動性、すなわち「日本円」で膨張した。
バブル崩壊を受け、国内の資金需要が枯渇し、「民間が誰も金を借りたくない」状況が発生する。結果、日本政府が発行する国債の金利は超低迷状態に陥ってしまった。
すなわち、国内の過剰貯蓄の運用先が「国債くらいしかない」という、資本主義国としてはまことに情けない有様に至ったわけである。
この、
「民間が誰もお金を借りたくない(あるいは銀行側が貸さない)結果、長期金利が超低迷する」
現象は、健全な資本主義国がデフレに陥ると、必ず発生する(発生しなければ、そもそもデフレではない)。
図135-1を見ると、長期金利が超低迷している国が四つあることが見て取れるだろう。すなわち日本(0.99%)、ドイツ(1.83%)、スウェーデン(1.69%)、アメリカ(1.88%)の四か国(数値は十二月末時点)である。この他にも、スイスが長期金利0.66%と、
「スイスは本当に資本主義国なのか?」
と言いたくなるほど、極端な金利低迷状態に陥っている。すなわち、政府に十年満期でお金を貸しても、年に0.66%の金利しかもらえないわけだ。もっとも、03年の日本は長期金利が一時的に0.5%を下回っていたため、他人事では全くないわけだが。
スイスを含む上記の国々に共通しているのは、経常収支黒字すなわち国内の供給能力が余っており、国内が過剰貯蓄状態にあることだ。
経常収支黒字、過剰貯蓄状態の国がバブル崩壊に見舞われた結果、資金の貸しどころがなくなり、国債金利が下がっているわけである。
アメリカは世界最大の経常収支赤字国であるが、何しろ基軸通貨国だ。そのため、アメリカは「世界の供給能力」を自国のものと同じように使える。
対米貿易黒字になった国は「ドル」を資産として持つことになるが、それを投資する先がやはりなくなってきているのだ。結果、米国債に資金が流れ込み、長期金利が低迷しているという話である。
アメリカは微妙だが、バブル崩壊後に長期金利が低迷している国々は、基本的に「健全な資本主義国」であると考えて構わない。
逆に、ユーロ圏において経常収支赤字(国内が過小貯蓄)であるにも関わらず、バブルを膨張させてしまった「不健全な資本主義国」は、バブル崩壊後に長期金利がむしろ高騰している。代表的なのはギリシャ、ポルトガル、アイルランドなど、いわゆるPIIGS諸国になる。
PIIGS諸国では、バブルが崩壊した結果、銀行に不良債権問題が発生した(これは、どんな国でも同じだ)。
ところが、これらの国々は経常収支が赤字で、国内が過小貯蓄状態であるため、政府はバブル崩壊に対処するため「外国」からお金を借りなければならない。
しかも、ユーロ加盟国であるため、自国国債を中央銀行に買い取らせることもできないのである。
結果、ギリシャなどはバブル崩壊に対処するために「外国から借りた金(IMF含む)」を増やさざるを得なくなり、長期金利がひたすら上昇するという事態になっている。
今後の展開であるが、二極化の「金利高騰組」については、もはや今のままでは手の施しようがない。
唯一、解決策があるとすれば、PIIGS諸国がユーロを離脱し、政府のデフォルトという最終的な破綻局面を経て、為替レート暴落を奇貨として輸出拡大路線に転じ、経常収支を黒字化させて対外債務問題の解決を図ることだけである。
IMF管理以降の韓国、あるいは日露戦争時の対外債務問題を、日本が第一次世界大戦時の輸出拡大で解決してしまったのと同じ構図だ。
それに対し、二極化の「金利超低迷組」は問題解決の手段を普通に持ち合わせている。
すなわち、「超低迷」している長期金利を活用し、国内で「国債発行+財政出動+国債買取」というオーソドックスなデフレ対策、内需拡大策を実行に移すことだ。
特に、経済規模が大きな日本、アメリカ、ドイツの三カ国が上記を実施すると、世界は今回の恐慌の危機を脱することができる。
来週もこの話を続けたい。
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関連するページリンク。
「公平な分配で経済成長を続けるアルゼンチン」、「破滅するユーロか、破滅する国家か」、「アイスランドの教訓、ギリシャはドラクマに戻せ」。
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二極化する世界(後編)に続く。
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二極化する世界 前編 1/5 三橋貴明 Klugから
2012年は「選挙」の年である。
2012年1月の中華民国(台湾)総統選挙を皮切りに、3月のロシア大統領選挙、5月にフランス大統領選挙、そして11月にアメリカ大統領選挙というビッグイベントが控えている。
さらに、12月には韓国でも大統領選挙が行われ、中国においても第18回中国共産党大会が開催され、胡錦濤国家主席の後継が選出される予定になっている。
韓国の場合は、大統領選挙の前に総選挙(4月)が実施されるわけだが、いずれの選挙にしても李明博大統領の「大手輸出企業優遇」の経済政策、そして米韓FTAが争点に上ってくるだろう。
韓国の国会は、12月30日に米韓FTAについて再交渉を政府に求める決議案を賛成多数で可決した。「賛成多数」になった以上、与党のハンナラ党の一部までもが賛成に回ったわけである。
国会で(催涙弾が投げ込まれる中)強行採決をしておきながら、何をいまさらハンナラ党の議員まで、と思いたいところだが、それだけ韓国国民の反FTAの世論が強いということだ。
韓国は97年のアジア通貨危機時にIMF管理下に置かれ、金融サービスや製造業における外資規制を撤廃させられた。結果、ウリ銀行を除く全ての大手銀行が「外資系」になっており、サムスン電子や現代自動車の株主の半分近くが外国人だ。結果、韓国は毎年四月に巨額の配当金を外国(主にアメリカ)に支払っている。
李政権としては、貿易依存度が極端に高い自国の経済モデルに鑑み、米韓FTAを「生き残り」のための道として選択したのだろう。
とはいえ、今回の米韓FTAは「第二次IMF管理」とも言うべきものであり、韓国の経済的主権は大幅に縮小してしまう。経済的主権を失った国がどうなるのか、米韓FTA発効(今年の1月1日)から数年後の韓国を見れば、誰の目にも明らかになることだろう。
もっとも、米韓FTAの発効はすでに止められないが(何しろ米韓両国の国会が批准したのだ)、このままではハンナラ党は4月の総選挙で敗北し、野党に転落する可能性がある。そうなると、李政権は完全にレームダック化し、大統領選挙に突入することになる。大統領選挙でハンナラ党候補が敗れると、新政権は米韓FTAの再交渉を俎上に載せざるをえない(さもなければ、韓国国民が納得しない)。
とはいえ、米韓FTAの修正にはアメリカ議会の議決も必要であるため、いずれにしても今後の韓国情勢、米韓関係は一筋縄ではいきそうにもない。
北朝鮮の金正日総書記が死去し、韓国は「北方問題」という難題も抱えている。北朝鮮の新指導者となった金正恩は政権基盤が軟弱で、前任者とは違い、後継者としての地位を固める時間もなかった。
地位が揺らいだ独裁国のトップがやることといえば、外敵を作り出して国民の目をそらすことと相場が決まっている。2012年の韓国は、世界の他の国と同様に、いやそれ以上に混乱の時代を迎える可能性が高い。
混乱の時代と言えば、台湾も同じである。現在、すでに激しい選挙戦が展開されている台湾総統選挙では、現在は現職の馬英九総統と民進党の蔡英文主席の支持率が拮抗している。国民党政権継続を望む中国は、例により「外圧」によって台湾総統選挙を左右しようと試みる可能性がある。
米軍事専門誌「ディフェンス・ニュース」は、中国がアメリカの空母を標的として開発中の「東風21D」の発射実験を、総統選の3日前(1月11日)に実施する可能性を報じた。中国が本当に総統選挙前にミサイル実験を強行した場合、前回同様に逆効果になると思われるわけだが。
さらに目を北方に転じると、2000年以降で最も大規模な反政府デモが行われる中、ロシア大統領選挙におけるプーチン首相の挙動が注目されている。12月4日のロシア下院選における不正追及の声が高まり、ロシアの大富豪のミハイル・プロホロフ氏が大統領選挙に出馬すると名乗りを上げた。
ロシアでは大晦日(12月31日)においても反政府デモが開催され、70人が逮捕された。プーチン首相は、現時点では、
「ある程度の動揺は民主主義の下では避けられないもので、特別ではない」
と、余裕綽々だが、いずれにしても3月の大統領選挙に向け、ロシアも混乱のときを迎えたと断ぜざるを得ない。
さて、新興経済諸国から先進国へと目を移すと、現在は明らかな「二極化」が発生していることが分かる。二極化とはずばり、
「バブル崩壊後に長期金利が超低迷している国々」
と、
「バブル崩壊後に長期金利が急騰している国々」
の二種である。
『2011年12月30日 ブルームバーグ紙「ユーロ下落、2001年以降で初の100円割れ」
ニューヨーク外国為替市場ではユーロが6日続落。対円では2001年6月以降で初めて1ユーロ=100円を割り込んだ。欧州債務危機が域内経済成長の足を引っ張るとの懸念が背景にある。(中略)
ニューヨーク時間午後5時現在、ユーロは対円で1%下げて1ユーロ=99円66銭。一時は99円51銭と、2000年12月以来の安値に下げた。ユーロは対ドルでほぼ変わらず1ユーロ=1.2961ドル。円は対ドルで0.9%上昇して1ドル=76円91銭。一時は76円89銭と、11月22日以来の高値に上げた。(後略)』
『2011年12月30日 ブルームバーグ紙「米国債(30日):上昇、欧州懸念で-年間リターンは08年来最大」
米国債相場は4日続伸。欧州ソブリン債危機が悪化するとの懸念から、米国債の逃避需要が高まった。米国債の年間リターンは2008年以降で最大となった。(中略)
ブルームバーグ・ボンド・トレーダーによれば、ニューヨーク時間午後2時43分現在、10年債利回りは前日比2ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)低下の1.88%。(後略)』
現在の先進国で起きていることは、先にも書いた通り二極化である。それは、為替と長期金利を見れば誰でも理解できる。
【図135-1 日米及び欧州主要国の長期金利推移(単位:%)】

出典:ユーロスタット
そもそもの問題の始まりは、08年のリーマン・ショックまで続いた世界的なバブル経済が崩壊したことだ(日本は90年だが)。無論、バブル崩壊開始の時期は各国バラバラであったが、いずれにしても欧米の現在の問題の根幹が「バブル」及び「バブル崩壊」であることは間違いない。
バブルとは、民間が「借金を増やし、資産に投資する」経済活動が爆発的に拡大する現象である。投資先は健全な設備投資に限らず、株式や不動産などが増え、投資ではなく「投機」が拡大してしまうのが経済のバブル化の特徴だ。
なぜ、民間が借金を増やしてまで「投機」を繰り返すのかと言えば、単純に「儲かる」からである。
すなわち、
「投資利益が実質金利を上回り、投資効率が高いから」
企業は負債をひたすら増やし、資産への投資を繰り返すのだ。
とはいえ、ある時期から投資利益が減少を始め、最終的に金利とイコールになる。この時点が、バブルのピークだ。(事前にバブルのピークを知ることはできない。あくまで、数年後に統計データを見て「ああ、あの時がバブルのピークだった」と分かるのである)
バブルがピークアウトすると、借り入れで調達された資金が投じられた、各種の資産価格が下落し、投資利益がさらに下がり、金利を下回るようになってしまう。
すなわち、企業が投資をしても「儲からない」という環境になり、バブルは一気に崩壊し、国民経済はデフレに突っ込んでしまうのだ。
この時点で「二極化」が発生する。先述の通り、長期金利が超低迷する国と、逆に高騰する国の二つである。
日本の場合、バブルはあくまで国内の流動性、すなわち「日本円」で膨張した。
バブル崩壊を受け、国内の資金需要が枯渇し、「民間が誰も金を借りたくない」状況が発生する。結果、日本政府が発行する国債の金利は超低迷状態に陥ってしまった。
すなわち、国内の過剰貯蓄の運用先が「国債くらいしかない」という、資本主義国としてはまことに情けない有様に至ったわけである。
この、
「民間が誰もお金を借りたくない(あるいは銀行側が貸さない)結果、長期金利が超低迷する」
現象は、健全な資本主義国がデフレに陥ると、必ず発生する(発生しなければ、そもそもデフレではない)。
図135-1を見ると、長期金利が超低迷している国が四つあることが見て取れるだろう。すなわち日本(0.99%)、ドイツ(1.83%)、スウェーデン(1.69%)、アメリカ(1.88%)の四か国(数値は十二月末時点)である。この他にも、スイスが長期金利0.66%と、
「スイスは本当に資本主義国なのか?」
と言いたくなるほど、極端な金利低迷状態に陥っている。すなわち、政府に十年満期でお金を貸しても、年に0.66%の金利しかもらえないわけだ。もっとも、03年の日本は長期金利が一時的に0.5%を下回っていたため、他人事では全くないわけだが。
スイスを含む上記の国々に共通しているのは、経常収支黒字すなわち国内の供給能力が余っており、国内が過剰貯蓄状態にあることだ。
経常収支黒字、過剰貯蓄状態の国がバブル崩壊に見舞われた結果、資金の貸しどころがなくなり、国債金利が下がっているわけである。
アメリカは世界最大の経常収支赤字国であるが、何しろ基軸通貨国だ。そのため、アメリカは「世界の供給能力」を自国のものと同じように使える。
対米貿易黒字になった国は「ドル」を資産として持つことになるが、それを投資する先がやはりなくなってきているのだ。結果、米国債に資金が流れ込み、長期金利が低迷しているという話である。
アメリカは微妙だが、バブル崩壊後に長期金利が低迷している国々は、基本的に「健全な資本主義国」であると考えて構わない。
逆に、ユーロ圏において経常収支赤字(国内が過小貯蓄)であるにも関わらず、バブルを膨張させてしまった「不健全な資本主義国」は、バブル崩壊後に長期金利がむしろ高騰している。代表的なのはギリシャ、ポルトガル、アイルランドなど、いわゆるPIIGS諸国になる。
PIIGS諸国では、バブルが崩壊した結果、銀行に不良債権問題が発生した(これは、どんな国でも同じだ)。
ところが、これらの国々は経常収支が赤字で、国内が過小貯蓄状態であるため、政府はバブル崩壊に対処するため「外国」からお金を借りなければならない。
しかも、ユーロ加盟国であるため、自国国債を中央銀行に買い取らせることもできないのである。
結果、ギリシャなどはバブル崩壊に対処するために「外国から借りた金(IMF含む)」を増やさざるを得なくなり、長期金利がひたすら上昇するという事態になっている。
今後の展開であるが、二極化の「金利高騰組」については、もはや今のままでは手の施しようがない。
唯一、解決策があるとすれば、PIIGS諸国がユーロを離脱し、政府のデフォルトという最終的な破綻局面を経て、為替レート暴落を奇貨として輸出拡大路線に転じ、経常収支を黒字化させて対外債務問題の解決を図ることだけである。
IMF管理以降の韓国、あるいは日露戦争時の対外債務問題を、日本が第一次世界大戦時の輸出拡大で解決してしまったのと同じ構図だ。
それに対し、二極化の「金利超低迷組」は問題解決の手段を普通に持ち合わせている。
すなわち、「超低迷」している長期金利を活用し、国内で「国債発行+財政出動+国債買取」というオーソドックスなデフレ対策、内需拡大策を実行に移すことだ。
特に、経済規模が大きな日本、アメリカ、ドイツの三カ国が上記を実施すると、世界は今回の恐慌の危機を脱することができる。
来週もこの話を続けたい。
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関連するページリンク。
「公平な分配で経済成長を続けるアルゼンチン」、「破滅するユーロか、破滅する国家か」、「アイスランドの教訓、ギリシャはドラクマに戻せ」。
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二極化する世界(後編)に続く。
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二極化する世界(後編):三橋
2012-01-15
二極化する世界(前編)からの続き。
身動きがとれないユーロ。
統合か、分裂か、解体か。その前に世界デフレ恐慌か。
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二極化する世界(後編) 1/12 三橋貴明 Klugから
ユーロスタットは先日、欧州各国の11年12月時点の失業率を発表したが、これまた「二極化」の進行が著しく、驚いてしまった。
『2012年1月6日 共同通信社「ユーロ圏の失業率10・3% 昨年11月、最悪水準続く」
欧州連合(EU)の統計機関ユーロスタット9 件は6日、ユーロ圏(17カ国)の昨年11月の失業率9 件(季節調整済み)は10月と変わらず10・3%だったと発表した。EU全体(27カ国)も前月と同じ9・8%だった。
財政危機の影響で欧州経済が停滞する中で各国は雇用対策を打ち出せず、失業率は1999年のユーロ導入以来の最悪水準が長期化している。
昨年11月の失業率9 件は、スペインが22・9%、アイルランドが14・6%、ポルトガルが13・2%、イタリアが8・6%と財政難の国々で高止まり。ギリシャの最新データは9月時点で18・8%。』
共同通信の記事だけでは、欧州の雇用環境が今一つ分からないので、日米両国を含めた主要国の失業率をグラフ化してみよう。
【図136-1 2012年末時点 欧州主要国及び日米両国の失業率(単位:%)】

出典:ユーロスタット
現在の主要国の問題は(日本を含め)、負債拡大に依存した国民経済の成長モデルの崩壊である。すなわち、一言で書けばバブル崩壊だ。不動産バブルが発生しなかった日本やドイツにしても、07年まではアメリカの家計の負債(住宅ローン)拡大に依存した成長を遂げていたわけである。
現在はアメリカを皮切りに、各国で不動産バブル(他のバブルもあるが)が崩壊した。もしくは、崩壊しつつある。ところが、次なる成長モデルをどの国も作れず、具体的には失業率の悪化という形で問題が顕在化しているわけだ。
ユーロ圏の失業率を見ると、一部の国々がほとんど世界大恐慌(1929年-)並に雇用環境が悪化していることが分かる。ところが、逆に一部の国々の失業率は改善しており、見事なまでの「二極化」が発生しているのだ。
欧州で最も雇用環境が悪いスペインの失業率が22.9%、ギリシャが18.8%、アイルランドが14.6%、ポルトガルが10%、ユーロ圏全体で10.3%と、失業率が高めに張り付いている中、ドイツは5.5%と、ユーロ安を利用した輸出増で雇用環境を着実に改善していっている。ちなみに、ギリシャの18.8%は昨年の9月末時点であり、現時点ではさらに悪化している可能性が濃厚だ。
また、ユーロ圏全体の失業率10.3%は、ユーロ導入(1999年)以来、最悪の水準である。とはいえ、全体の雇用環境が悪化する中においても、ドイツ他、ユーロ圏北部の国々では失業率は改善していっており、明らかな二極化が進んでいることが分かる。
特に、PIIGS諸国では若年層の失業率の悪化が著しい。何と、スペインの若年層失業率は49.6%、ギリシャが46.6%と、ほぼ50%に達しているのだ。若者の半分が就職できない社会とは、一体、いかなるものか。日本人には想像もつかないだろう。(ユーロ圏17カ国の若年層失業率は21.7%である)
ユーロ圏では「長期金利」そして「失業率」の二つの面で二極化が発生しているわけだが、その原因はまことに構造的である。すなわち、小手先の「改革」では全く対処のしようがないほど根深い問題なのだ。
ユーロの問題が「構造的」だと考えるのは、南欧諸国の財政問題などでユーロの為替レートが下落すると、一部の輸出国(ドイツなど)の失業率は改善してしまうなど、「ユーロ全体での繁栄・衰退」が成り立たない構造になっていることだ。同じ共通通貨を使っているにも関わらず、雇用環境という重要指標が「真逆」の方向を目指してしまうのでは、ユーロ圏全体で方向性を決めるのは不可能である。
金利政策も同様だ。ドイツなどのインフレ率上昇を受け、ECBが利上げをすると、南欧諸国の危機に火に油を注ぐ形になってしまう。だからといって、インフレ率上昇を回避するため、ECBが南欧諸国の国債買取を停止すると、今度はギリシャなどの長期金利が急騰し、デフォルトへ一歩近づくことになってしまう(すでにギリシャの長期金利は凄まじい水準に高騰してしまっているが)。
そもそも現在のユーロの混乱は、01年のITバブル崩壊後に「ドイツ」の不況に対処するため、ECBが金利を引き下げたことに端を発している。ECBが断続的に政策金利を引き下げた結果、別に不況でも何でもなかったアイルランド、スペインなどで住宅バブルが膨らんでしまったのである。
とはいえ、明らかな不動産バブルが発生していたアイルランドなどの政府が、中央銀行に金融引き締めを命じたとしても、実行には移せない。何しろ、ユーロ加盟国は金融政策をECBに委譲しており、独自の政策はとれない仕組みになっているのだ。
すなわち、現在の混乱はもちろんのこと、ユーロは当初から「金融政策のみを統合」という仕組みが、経済の歪みを拡大する構造になっていたのである。さらに、現在は財政破綻目前国の影響でユーロが下落し、一部の国(ドイツなど)のみが失業率低下という恩恵を受けているわけであるから、これでユーロ圏の各国民が「ユーロとしての一体感」を感じろと言われても無理というものだ。
結局のところ、ユーロは92年以降の「グローバリズム」、あるいはそれ以前の「地球市民的」な発想により国境線を薄めた結果、行き詰ってしまったわけだ。しかも、国境線は薄くしたはいいが、各国のナショナリズム(注:国民意識)を取り去ることはできなかった。結果、現在のユーロ圏の各国民は、経済ナショナリズムに基づき「国民のための政策」を政府に求めているのである。
本来であれば、ユーロ加盟国は国境線を薄めると同時に、財政を中心とした政治統合を実現し、「ユーロ国民としての経済ナショナリズム」を醸成しなければならなかった。無論、方向性としてはそちらの方向を目指しており、現在も一応、そちらの方向に持って行こうとしているが、もはや手遅れだろう。
【図136-2 ユーロ紙幣と硬貨】

図136-2の通り、100ユーロ紙幣の表には門が、裏面には橋が書かれている。門にしても橋にしても、もちろん架空のものであり、何か(例:フランス凱旋門)をモデルにしているわけではない。
門と橋の意味は、明々白々である。
「誰でも入ってきてください。門は開いていますよ」
「みんなを繋ぐ架け橋ですよ」
という話なのだろうが、紙幣に描かれた図柄を見るだけで、ユーロというのはまことに「グローバリズム」的であることが分かる。あるいは、「地球市民」的と言い換えても構わない。
何というか、共通通貨ユーロの根本を流れる思想は、性善説に基づいているように感じられてならないのである。門を開き、橋を架け、川の向こう側からやってくるものは「常に良い人」という発想になっているとしか思えないわけだ。
現実には、ユーロ紙幣の裏に書かれた「橋」は良い人のみならず、「悪い人」も通してしまう。ギリシャの財政問題は、「橋」である共通通貨ユーロを通じ、全ユーロ加盟国に波及、伝播していく。しかも、ユーロのシステム上、この「橋」の通行を止めることはできない。
もっとも、現状のユーロの状況を見ていると、2012年には橋の一部を通行止めにし、門を閉ざす方向に踏み出さざるを得ないだろう。とはいえ、紙幣に書かれている象徴である「門と橋」を閉じる方向に進んだ場合、ユーロの基本理念が崩壊するという話になる。
そう考えたとき、そもそもユーロは「理念的」にも長期では維持できない「思想」だったことが理解できるわけだ。
現実の世界は、共通通貨ユーロの「門と橋」を考案した人々が信じるほど、性善説では成り立っていない。率直に書いてしまえば、「まともな国」もあれば「そうではない国」もあるのだ。地平線の彼方から異民族の大軍が押し寄せてきたときは、橋を落とし、門を閉じなければならない。さもなければ、自国の国民の安全を守れなくなってしまう。
さらに、各国の国民はどれだけグローバル化が進展したとしても、他国のために喜んで犠牲を払えるほど「地球市民」的ではないのだ。ドイツ国民はドイツ国民であり、ユーロ国民ではない。ドイツ国民は「自国民」のために政府が金を使うのは認めるが、他国民を支援することには素直に納得しない。
すなわち、ユーロ導入という極めて実験的な「国境線廃止」が行われたにも関わらず、各国の国民は未だに経済ナショナリズムを維持しているのだ。各国の国民が「国民意識」を保っている限り、経済ナショナリズムに逆らう政治家は選挙で落選することになる。
ユーロの事例が極めて典型だが、2012年は各国の境である国境線が次第に「濃く」なっていく一年になるだろう。理由は極めて簡単で、各国でバブルが崩壊し、揃ってデフレに陥ろうとしている場合、国境線を濃くし、保護主義の色を強めた方が、「世界経済」の回復が早まるためだ。
保護主義とは言っても、別に鎖国をしろと言っているわけではない。単に、これまで以上に政府が貿易を管理し、自国の雇用を拡大させるために内需拡大に乗り出した方が、世界全体の経済回復が早いという話だ。現在のように各国でバブル経済が崩壊した後は、各国は関税を引き上げ、自国の雇用維持に努めた方がいい。
世界の主要国が揃ってデフレに陥ろうとしている状況で自由貿易を推進すると、結局のところ「通貨安競争」が発生し、互いに窮乏化を押し付け合う泥沼に突入してしまう。(だからこそ、筆者は現時点におけるTPPに反対せざるを得ない)
とはいえ、現実の世界主要国の動きを見ていると、財政出動、国債発行、通貨発行のパッケージという、バブル崩壊後の国が実施すべき「正しいデフレ対策」を行っている国は一つもない。特に、二極化の片翼に位置する日本、アメリカ、ドイツは、長期金利が超低迷しており、正に「正しいデフレ対策」を実施すべき時期なのだ。ところが、各国政府はまさに真逆の政策に踏み切ろうとしている。
そういう意味で、2012年の世界経済の展望は厳しいと断ぜざるを得ないのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
関連するページリンク。
「公平な分配で経済成長を続けるアルゼンチン」、「破滅するユーロか、破滅する国家か」、「アイスランドの教訓、ギリシャはドラクマに戻せ」。
身動きがとれないユーロ。
統合か、分裂か、解体か。その前に世界デフレ恐慌か。
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二極化する世界(後編) 1/12 三橋貴明 Klugから
ユーロスタットは先日、欧州各国の11年12月時点の失業率を発表したが、これまた「二極化」の進行が著しく、驚いてしまった。
『2012年1月6日 共同通信社「ユーロ圏の失業率10・3% 昨年11月、最悪水準続く」
欧州連合(EU)の統計機関ユーロスタット9 件は6日、ユーロ圏(17カ国)の昨年11月の失業率9 件(季節調整済み)は10月と変わらず10・3%だったと発表した。EU全体(27カ国)も前月と同じ9・8%だった。
財政危機の影響で欧州経済が停滞する中で各国は雇用対策を打ち出せず、失業率は1999年のユーロ導入以来の最悪水準が長期化している。
昨年11月の失業率9 件は、スペインが22・9%、アイルランドが14・6%、ポルトガルが13・2%、イタリアが8・6%と財政難の国々で高止まり。ギリシャの最新データは9月時点で18・8%。』
共同通信の記事だけでは、欧州の雇用環境が今一つ分からないので、日米両国を含めた主要国の失業率をグラフ化してみよう。
【図136-1 2012年末時点 欧州主要国及び日米両国の失業率(単位:%)】

出典:ユーロスタット
現在の主要国の問題は(日本を含め)、負債拡大に依存した国民経済の成長モデルの崩壊である。すなわち、一言で書けばバブル崩壊だ。不動産バブルが発生しなかった日本やドイツにしても、07年まではアメリカの家計の負債(住宅ローン)拡大に依存した成長を遂げていたわけである。
現在はアメリカを皮切りに、各国で不動産バブル(他のバブルもあるが)が崩壊した。もしくは、崩壊しつつある。ところが、次なる成長モデルをどの国も作れず、具体的には失業率の悪化という形で問題が顕在化しているわけだ。
ユーロ圏の失業率を見ると、一部の国々がほとんど世界大恐慌(1929年-)並に雇用環境が悪化していることが分かる。ところが、逆に一部の国々の失業率は改善しており、見事なまでの「二極化」が発生しているのだ。
欧州で最も雇用環境が悪いスペインの失業率が22.9%、ギリシャが18.8%、アイルランドが14.6%、ポルトガルが10%、ユーロ圏全体で10.3%と、失業率が高めに張り付いている中、ドイツは5.5%と、ユーロ安を利用した輸出増で雇用環境を着実に改善していっている。ちなみに、ギリシャの18.8%は昨年の9月末時点であり、現時点ではさらに悪化している可能性が濃厚だ。
また、ユーロ圏全体の失業率10.3%は、ユーロ導入(1999年)以来、最悪の水準である。とはいえ、全体の雇用環境が悪化する中においても、ドイツ他、ユーロ圏北部の国々では失業率は改善していっており、明らかな二極化が進んでいることが分かる。
特に、PIIGS諸国では若年層の失業率の悪化が著しい。何と、スペインの若年層失業率は49.6%、ギリシャが46.6%と、ほぼ50%に達しているのだ。若者の半分が就職できない社会とは、一体、いかなるものか。日本人には想像もつかないだろう。(ユーロ圏17カ国の若年層失業率は21.7%である)
ユーロ圏では「長期金利」そして「失業率」の二つの面で二極化が発生しているわけだが、その原因はまことに構造的である。すなわち、小手先の「改革」では全く対処のしようがないほど根深い問題なのだ。
ユーロの問題が「構造的」だと考えるのは、南欧諸国の財政問題などでユーロの為替レートが下落すると、一部の輸出国(ドイツなど)の失業率は改善してしまうなど、「ユーロ全体での繁栄・衰退」が成り立たない構造になっていることだ。同じ共通通貨を使っているにも関わらず、雇用環境という重要指標が「真逆」の方向を目指してしまうのでは、ユーロ圏全体で方向性を決めるのは不可能である。
金利政策も同様だ。ドイツなどのインフレ率上昇を受け、ECBが利上げをすると、南欧諸国の危機に火に油を注ぐ形になってしまう。だからといって、インフレ率上昇を回避するため、ECBが南欧諸国の国債買取を停止すると、今度はギリシャなどの長期金利が急騰し、デフォルトへ一歩近づくことになってしまう(すでにギリシャの長期金利は凄まじい水準に高騰してしまっているが)。
そもそも現在のユーロの混乱は、01年のITバブル崩壊後に「ドイツ」の不況に対処するため、ECBが金利を引き下げたことに端を発している。ECBが断続的に政策金利を引き下げた結果、別に不況でも何でもなかったアイルランド、スペインなどで住宅バブルが膨らんでしまったのである。
とはいえ、明らかな不動産バブルが発生していたアイルランドなどの政府が、中央銀行に金融引き締めを命じたとしても、実行には移せない。何しろ、ユーロ加盟国は金融政策をECBに委譲しており、独自の政策はとれない仕組みになっているのだ。
すなわち、現在の混乱はもちろんのこと、ユーロは当初から「金融政策のみを統合」という仕組みが、経済の歪みを拡大する構造になっていたのである。さらに、現在は財政破綻目前国の影響でユーロが下落し、一部の国(ドイツなど)のみが失業率低下という恩恵を受けているわけであるから、これでユーロ圏の各国民が「ユーロとしての一体感」を感じろと言われても無理というものだ。
結局のところ、ユーロは92年以降の「グローバリズム」、あるいはそれ以前の「地球市民的」な発想により国境線を薄めた結果、行き詰ってしまったわけだ。しかも、国境線は薄くしたはいいが、各国のナショナリズム(注:国民意識)を取り去ることはできなかった。結果、現在のユーロ圏の各国民は、経済ナショナリズムに基づき「国民のための政策」を政府に求めているのである。
本来であれば、ユーロ加盟国は国境線を薄めると同時に、財政を中心とした政治統合を実現し、「ユーロ国民としての経済ナショナリズム」を醸成しなければならなかった。無論、方向性としてはそちらの方向を目指しており、現在も一応、そちらの方向に持って行こうとしているが、もはや手遅れだろう。
【図136-2 ユーロ紙幣と硬貨】

図136-2の通り、100ユーロ紙幣の表には門が、裏面には橋が書かれている。門にしても橋にしても、もちろん架空のものであり、何か(例:フランス凱旋門)をモデルにしているわけではない。
門と橋の意味は、明々白々である。
「誰でも入ってきてください。門は開いていますよ」
「みんなを繋ぐ架け橋ですよ」
という話なのだろうが、紙幣に描かれた図柄を見るだけで、ユーロというのはまことに「グローバリズム」的であることが分かる。あるいは、「地球市民」的と言い換えても構わない。
何というか、共通通貨ユーロの根本を流れる思想は、性善説に基づいているように感じられてならないのである。門を開き、橋を架け、川の向こう側からやってくるものは「常に良い人」という発想になっているとしか思えないわけだ。
現実には、ユーロ紙幣の裏に書かれた「橋」は良い人のみならず、「悪い人」も通してしまう。ギリシャの財政問題は、「橋」である共通通貨ユーロを通じ、全ユーロ加盟国に波及、伝播していく。しかも、ユーロのシステム上、この「橋」の通行を止めることはできない。
もっとも、現状のユーロの状況を見ていると、2012年には橋の一部を通行止めにし、門を閉ざす方向に踏み出さざるを得ないだろう。とはいえ、紙幣に書かれている象徴である「門と橋」を閉じる方向に進んだ場合、ユーロの基本理念が崩壊するという話になる。
そう考えたとき、そもそもユーロは「理念的」にも長期では維持できない「思想」だったことが理解できるわけだ。
現実の世界は、共通通貨ユーロの「門と橋」を考案した人々が信じるほど、性善説では成り立っていない。率直に書いてしまえば、「まともな国」もあれば「そうではない国」もあるのだ。地平線の彼方から異民族の大軍が押し寄せてきたときは、橋を落とし、門を閉じなければならない。さもなければ、自国の国民の安全を守れなくなってしまう。
さらに、各国の国民はどれだけグローバル化が進展したとしても、他国のために喜んで犠牲を払えるほど「地球市民」的ではないのだ。ドイツ国民はドイツ国民であり、ユーロ国民ではない。ドイツ国民は「自国民」のために政府が金を使うのは認めるが、他国民を支援することには素直に納得しない。
すなわち、ユーロ導入という極めて実験的な「国境線廃止」が行われたにも関わらず、各国の国民は未だに経済ナショナリズムを維持しているのだ。各国の国民が「国民意識」を保っている限り、経済ナショナリズムに逆らう政治家は選挙で落選することになる。
ユーロの事例が極めて典型だが、2012年は各国の境である国境線が次第に「濃く」なっていく一年になるだろう。理由は極めて簡単で、各国でバブルが崩壊し、揃ってデフレに陥ろうとしている場合、国境線を濃くし、保護主義の色を強めた方が、「世界経済」の回復が早まるためだ。
保護主義とは言っても、別に鎖国をしろと言っているわけではない。単に、これまで以上に政府が貿易を管理し、自国の雇用を拡大させるために内需拡大に乗り出した方が、世界全体の経済回復が早いという話だ。現在のように各国でバブル経済が崩壊した後は、各国は関税を引き上げ、自国の雇用維持に努めた方がいい。
世界の主要国が揃ってデフレに陥ろうとしている状況で自由貿易を推進すると、結局のところ「通貨安競争」が発生し、互いに窮乏化を押し付け合う泥沼に突入してしまう。(だからこそ、筆者は現時点におけるTPPに反対せざるを得ない)
とはいえ、現実の世界主要国の動きを見ていると、財政出動、国債発行、通貨発行のパッケージという、バブル崩壊後の国が実施すべき「正しいデフレ対策」を行っている国は一つもない。特に、二極化の片翼に位置する日本、アメリカ、ドイツは、長期金利が超低迷しており、正に「正しいデフレ対策」を実施すべき時期なのだ。ところが、各国政府はまさに真逆の政策に踏み切ろうとしている。
そういう意味で、2012年の世界経済の展望は厳しいと断ぜざるを得ないのだ。
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北朝鮮の中国属国化と東アジア、日本:田中
2012-01-15
米ソ冷戦の世界構造が終了して22年も経つのに、日米安保利権にしがみつき、放そうとしない。
日本の大マスコミ、経団連、官僚である。
米国の長期にわたる衰退は明らかになっている。
これからは本気で東アジアでの日本の位置と主導力を、築かなければならない時期になっている。
反中で対米盲従の愛国派などという者は売国奴である。
珍しく、田中宇氏が率直な言葉を選んでいる。
ーーーーーーーーーーーーーー
北朝鮮の中国属国化で転換する東アジア安保 2012年1月13日 田中 宇
(※太字強調は引用者)
昨年12月17日に金正日が死去し、北朝鮮は不安定な政権移譲期に入ったとされる。若造の金正恩が主導権を発揮しようと無茶して韓国に戦争を仕掛けるとか、12月30日に喪が明けた後が危ないといった予測報道も見た。しかし年が明けても、北朝鮮をめぐる事態は今のところ不安定になっていない。 (Cunning Kim confounds to the last)
韓国の李明博大統領が、年頭のテレビ演説の中で北に対話を呼びかけた。すると北は、李明博を「親米でファシストで凶暴な悪の頭目」と呼び、李明博とは決して交渉しない方針を、北の最高意志決定機関である国防委員会が発表した。こうした事態からは、金正日の死後、朝鮮半島がかなり不安定になっているようにも見える。 (NKorea calls SKorea president 'chieftain of evils')
しかしその一方で北朝鮮は、金正日の死の直前まで、食料支援と交換条件に核開発(ウラン濃縮)を止め、6カ国協議を再開する方向で行っていた米国との交渉について、いつでも再開する準備があると、1月11日に表明した。 (North Korea keeps door open for food-nuke deal with U.S.)
金正日の死の2日前、すでに米朝は交渉の末に合意に達しており、12月22日に6カ国協議の再開が正式に決まる予定だった。金正日が死んで北のトップが金正恩に代わっても、米国や中国が望む6カ国協議の再開に条件つきで協力する北朝鮮の方針は変わっていないようだ。
今後、意外に早く、米朝の合意が正式発表され、6カ国協議が再開するかもしれない。李明博も年頭演説で「韓半島は転換期に入った」と言っている。 (S. Korea president open to nuclear talks)
このような背景をふまえた上で、韓国の李明博の対話提唱を、北朝鮮が罵詈雑言とともに拒否した意味を再考察すると、別の見方になる。李明博は、対米従属の裏返しとしての数年の北朝鮮敵視策が失敗し、任期末を迎え、追い込まれて北敵視策を放棄し、対話姿勢に転換している。李明博は、北から罵詈雑言を浴びせられても、北敵視に戻れず、もっと北に譲歩するか、沈黙して北との関係改善を来年からの次の大統領に任せるしかない。
左右どちらの勢力が韓国の次期大統領になっても、北と敵対せず、交渉することが予測されるので、北は安心して李明博に罵詈雑言を浴びせている。
北朝鮮は、米国との関係を先に改善してから韓国との交渉に入った方が、南北交渉を有利に進められる。だから今後しばらく北は韓国と和解したがらず、韓国が来年初め、次期大統領の時代に入った後まで待つのでないかと考えられる。ただし、北の「宗主国」になった中国が、早く韓国と和解しろと求めているとも考えられるので、南北対話も意外と早く再開するかもれしない。 (金正日の死去めぐる考察)
金正日が死んでも北朝鮮の権力中枢が不安定にならないのは、事前に予測されていた。金正日は08年に心筋梗塞で倒れて以来、中国式の経済改革を進める責任者である張成沢と金敬姫(金正日の妹)の夫婦を、後継者の金正恩の摂政役に就け、自分の死後の北朝鮮の安定維持を画策した。
金正日の死後、金正恩が最高指導者を世襲し、張成沢と金敬姫が摂政役に就く新体制が、日本のマスコミでも繰り返し報じられている。金正日が画策した安定維持策は、今のところ成功している。6カ国協議の再開が近いという予測も、ここから出てくる。
(金正日が3人の息子のうち、長男の正男でなく三男の金正恩を後継者に選んだのは、権力を握った時に自分勝手にやりたがらず、摂政役の意見を素直に聞きそうな性格だったからなのかもしれない)
▼米国が北を中国に押しつけた
張成沢と金敬姫は、北朝鮮を中国の指導に沿って、中国型の社会主義市場経済の体制にしていくことを目標にしている。彼らを摂政役として金正恩の政権が続く限り、北朝鮮は中国の傘下で動き続ける。
中国は、北朝鮮が輸入するエネルギーの90%、食料の45%を供給している。中国は、北朝鮮が対中貿易で未払いを増やしても、北の中枢が中国式の経済政策を採っている限り、北との貿易を切らない。
逆に、金正恩が張成沢らを失脚させて中国の言うことを聞かなくなると、エネルギーや食料の輸出を静かに止め、北を制裁するだろう。北朝鮮は、中国の属国になっている。 (China-South Korea Summit to Focus on Free Trade Accord, North's Succession)
国際的に見ると、北朝鮮が中国の属国と見なされるようになったのは、北自身が属国化を認める数年前からだ。米国はブッシュ政権時代の03年から、北の核問題の国際解決を中国に押しつけ、それ以来6カ国協議はすべて北京で開かれている。
当初、北は中国の傘下に入りたがらず米国と直接交渉したがり、中国も北の面倒など見たくないという態度だったが、米政府は強い姿勢で「北と交渉しない。北の面倒は中国が見ろ」と言い続けた。
北を中国の属国にしたのは米国である。 (北朝鮮問題が変える東アジアの枠組み)
米国に押しつけられて、03年に6カ国協議が中国主導で始まった時、中国は北朝鮮の面倒を見ることに消極的だった。だが今では、中国は積極的に北朝鮮を傘下に入れている。
金正日が死んですぐ、胡錦涛と習近平が北京の北朝鮮大使館に弔問に訪れた。今年、中国の最高指導者が胡錦涛から習近平に変わっても、中国が北朝鮮を属国として大事にする姿勢は変わりません、という宣言だろう。 (China's Hu lauds military promotion for young Kim)
独裁の北朝鮮が独裁の中国の属国になっても、何も変わらないじゃないかと、マスコミしか見ていない人は言うかもしれない。だが、そう言う人も、自分の頭で少し考えてみれば、北朝鮮と中国が同じ独裁であっても、全く違う状況の国であることがわかる。
北は冷戦用に分断されて作られた国で、冷戦終結後、一時は中露からも見捨てられ、米国から敵視され続けて、孤立して過激な軍事外交策を採らざるを得ない、貧民が大多数の崩壊寸前の小国だ。
対照的に中国は、1979年の米中国交回復以来、米国の資本家層から支援され続け、経済改革で成功して急成長し、米国と並ぶ世界の大国となり、自国周辺の安定を重視し、敵国に対して真綿で首を絞める隠然制裁を好む、米国債の世界最大の保有国だ。
北朝鮮は自国周辺の情勢を不安定化したがるが、中国は逆に、自国周辺の情勢の安定を望んでいる。
国外に手強い敵がいた方が国内が結束して政権を維持しやすいので、北朝鮮政府が従来の好戦策を全面放棄するとは思えないものの、中国の属国になったことで、今後長期的には、好戦策を引っ込め、中国の傘下で安定を好む傾向が強まるだろう。
北朝鮮が好戦策を引っ込めると、日本と韓国の安全保障戦略の根幹が変わってしまう。日韓の安保戦略は、北の脅威に対抗することが大前提だった。日韓が米軍に駐留してもらっていたのは、北の脅威が前提だった。
今後、脅威が消えていく方向が見えだしたのだから、日韓は、米軍駐留を不要とみなすなどの安保戦略の見直しが必要になる。
北朝鮮が好戦策を引っ込めそうな方向性は、日本のマスコミでほとんど報じられていない。マスコミは、対米従属を基本方針とする官僚機構の下部組織だから、北朝鮮が好戦策を引っ込めて、在日米軍駐留の必要が低下してきそうなことを、国民に伝えない。
北朝鮮をめぐる実態が変わっても、マスコミ報道でしかイメージを形成できない日本人の頭の中は変わらない。
▼中国の脅威は軍事でなく経済
北朝鮮だけでなく中国も日本にとって脅威だから、中国の台頭が続く限り、在日米軍の駐留が必要だと考える日本人も多い。中国は確かに台頭しているが、その脅威は、軍事面でなく、経済面から来ている。
軍事面の中国の脅威は、10年秋に尖閣諸島で中国漁船の船長を逮捕・送検した時の日中間の緊張激化に象徴されている。だがあの時、中国漁船の船長を送検し、起訴まで進める方向に持っていったのは、当時国交相だった民主党の前原誠司である。前原の目的は、日中の軍事対立を激化して、中国を敵とする日米同盟を強化することだった。当時の日中の軍事対立の激化は、日本側から仕掛けたもので、中国は呼応したにすぎない。その後、日本政府は、中国と軍事対立することをやめ、日中の軍事対立は起きていない。昨秋、再び中国漁船が領海内に迷い込んできた時、日本政府は船長を逮捕したものの、送検せず帰国させている。 (日中対立の再燃(2))
日本の自衛隊は、米軍の支援を何も受けなくても、世界有数の強い防衛力を持っている。日本人独自の技術力が、実は、民生部門と同様に軍事部門で強く発揮されることは、戦前の歴史が証明している(外交力が低いので敗戦した)。たとえ今後、米国が財政破綻して日米同盟が事実上失効し、その後、中国の経済成長が50年続いたとしても、中国が日本に軍事侵攻するのをためらうぐらいの軍事力を、日本は保持し続けるだろう。
日本にとって中国の脅威は、軍事面でなく経済面だ。中国はここ数年、アジアや中東、アフリカ、中南米など世界中で、エネルギー開発や、インフラ整備の受注、中国製品の市場開拓など、経済的な利権あさりを貪欲に続けている。対照的に日本は、米欧の経済利権を高く売りつけられる買い手に徹しており、敗戦から65年以上、独自の国際経済利権をほとんど行っていない。今後、米欧の覇権が世界的にかげり、中国やBRICが台頭すると、日本は国際経済利権の面で窮乏していくだろう。 (America vs China in Africa)
中国は日本に対してだけでなく、米国に対しても、米国債の世界最大の保有国であるなど、経済面で対米優位に立っている。また中国製品は、世界的に人々の消費生活に不可欠になっている。日本国内で売る製品も、コンビニ商品やユニクロからiフォンまで、中国製がこの10年前後で急増した。中国は脅威だと声高に言う人も、ユニクロを着てiフォンを持ち、コンビニで買い物している限り、中国から乳離れできず、しかも自分でそれに気づいていない。
日本が経済面で中国に対抗したければ、日本も米欧に頼らず、独自に世界中でエネルギー開発やインフラ整備などを受注すればよい。しかし実際のところ、日本でマスコミや著名言論人が誘導する中国脅威論は、対米従属の裏返しでしかない。「日本も中国に負けないよう、米欧に頼らず、世界中で石油ガスの利権をあさろう」という呼びかけは全く行われず、それと正反対の「中国は危ないので、日米同盟(独自の利権あさりをタブー視する対米従属)を強化しよう」という呼びかけが席巻している。日本で流布する「ナショナリズム」は、実はナショナリズムからほど遠い、日本より米国の国益を重視する売国的態度だ。売国的態度を愛国的態度と勘違いしている人が多いのが、今の日本の悲劇である。
日本の140年の近現代史の全体を見る視点に立つと、北朝鮮が中国の属国になるのも、日本にとってマイナスのことだ。戦前は、北朝鮮も南朝鮮も、日本の属国(国内)だった。戦後も、1990年の自民党の金丸信らの訪朝など、日本が北朝鮮を傘下に入れることが可能な時期があった。戦後賠償の名目で北朝鮮を経済支援し、北朝鮮の中枢において在日朝鮮人の力を増加させることで、日本が間接的に北朝鮮を傘下に入れることが可能だった。
だがその後、金丸信は官僚機構によって連続的に汚職容疑をかけられて失脚・逮捕され、金正日は「交渉不能な危険人物」とされ、マスコミが喧伝する拉致問題で北朝鮮敵視が席巻し、在日朝鮮人は日本国内でバッシングされ、日朝間は全く関係断絶の状態が続いた。その間に米国は、北朝鮮の面倒を中国に見させる役目を押しつけ、北朝鮮は中国の傘下に入ってしまった。韓国も、最大の貿易相手国が中国であり、長期的には、朝鮮半島の全体が中国の影響圏になっていくだろう。朝鮮半島をめぐる国際体制は、明・清の中国が朝鮮を傘下に入れていた明治維新前の状態に戻ることになる。
日本で「日朝友好」を言う人は「アカ」や売国奴扱いされる。だが実は、日本の近現代史の全体を見ると、日本は「日朝友好」を掲げて、冷戦後に行き場を失った北朝鮮を救済しつつ自国の傘下にいれ、日本主導で南北朝鮮を和解させて、朝鮮半島への隠然とした覇権を回復する方策があり得た。愛国者や右翼こそ、日朝友好を掲げても不思議でなかったが、実際のところ愛国者や右翼は対米従属に絡め取られ、そんな発想すら出てこなかった。
頓珍漢なのは右翼だけでない。朝鮮や中国に対して「戦争責任」の土下座の謝罪を越える何の発想も出てこない左翼も同様だ。大国の他国に対する支配は一般的に、時代が下るほど巧妙になる。戦前の日本のアジア支配は直接的な軍事支配だったが、今の中国のアジア支配は間接的で外交や経済を重視する。中国は「覇権」のレッテルを貼られることを嫌うが、北朝鮮、ミャンマー、ラオス、カンボジア、中央アジア諸国などに対する中国の影響力行使は、明らかに「覇権」の部類に入る(覇権とは、軍事力を行使せず他国を支配すること)。
戦後の日本政府は、外国に対する影響力の行使を極力やらないようにしてきたが、今から覇権の行使を目指すなら、戦前と全く異なる、より巧妙な、相手国から絶賛される影響力の行使ができるはずだ。だが昨今の日本には、そのような発想が全くない。今後の日本が覇権行使をやる必要は全くないが、その場合、米国覇権が衰退しつつある中、日本人は自国のさらなる脆弱化を容認する必要がある(弱くて美しい日本も清貧で良いが)。それがいやで、日本が中国に対抗する国策を採るなら、覇権の行使で中国としのぎを削る必要がある。
日本が中国に対抗し、国家として経済的な国際利権あさりをやったとしても、日中関係は悪化しない。インドやロシアも、中国に対抗してアフリカなどに積極進出しているが、それが原因で中国と印露の関係が悪化することはない。日本が国際利権あさりをした場合、邪魔をしてきそうなのは、中国よりむしろ米国だ。戦後の日本が覇権を再拡大することを、米国が抑止しているというは「びんのふた」論が、広く信じられている。
しかしこれも、米国が日本の覇権再拡大を抑止しているのか、それとも日本の官僚機構が対米従属という権力の伝家の宝刀を失いたくないがために、びんのふた論を流布しているのか、どちらかわからない。日本が本気かつ粘着的に長期にわたって再拡大を試みるなら、米国が日本の再拡大を抑止しようとしても、止められないとも言える。日本に対米従属を強いているのが、米国でなく日本の官僚機構であることは、ほぼ確実であり、要は日本側の意志の問題である。
今後予測される米英覇権の衰退と覇権の多極化の中で、日本は、鎖国するにせよ、弱体化を容認するにせよ、世界の中での自国の政治的・歴史的な位置づけを、分析・認識する必要がある。米英以外のすべての国々が、米英の属国か敵国にされてきた従来の米英覇権体制では、日本が選択した一途な対米従属が一つの有効な国家のあり方だった。だが、きたるべき米英覇権衰退後の世界は、もっと国際秩序が流動的であり、各国は巧妙に振る舞う必要に迫られる。そこにおいて、国際的な影響力行使を嫌う態度は、清貧な潔さでなく、無知や臆病の表れにも見える。
今のところ、米英覇権は延命している。米国の覇権を支える債券金融システムは回復しており、ジャンク債がよく売れるので、米国の企業倒産率は、昨年の3・2%から、1・7%へと下がっている(逆にEUでの倒産率が1・4%から2・7%に上がった)。こうした事態が続く限り、米英覇権は延命するが、米国の実体経済は復活しておらず、延命状態がいつまで続くかわからない。 (Default Rate Falls in U.S., Rises in Europe)
日本の大マスコミ、経団連、官僚である。
米国の長期にわたる衰退は明らかになっている。
これからは本気で東アジアでの日本の位置と主導力を、築かなければならない時期になっている。
反中で対米盲従の愛国派などという者は売国奴である。
珍しく、田中宇氏が率直な言葉を選んでいる。
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北朝鮮の中国属国化で転換する東アジア安保 2012年1月13日 田中 宇
(※太字強調は引用者)
昨年12月17日に金正日が死去し、北朝鮮は不安定な政権移譲期に入ったとされる。若造の金正恩が主導権を発揮しようと無茶して韓国に戦争を仕掛けるとか、12月30日に喪が明けた後が危ないといった予測報道も見た。しかし年が明けても、北朝鮮をめぐる事態は今のところ不安定になっていない。 (Cunning Kim confounds to the last)
韓国の李明博大統領が、年頭のテレビ演説の中で北に対話を呼びかけた。すると北は、李明博を「親米でファシストで凶暴な悪の頭目」と呼び、李明博とは決して交渉しない方針を、北の最高意志決定機関である国防委員会が発表した。こうした事態からは、金正日の死後、朝鮮半島がかなり不安定になっているようにも見える。 (NKorea calls SKorea president 'chieftain of evils')
しかしその一方で北朝鮮は、金正日の死の直前まで、食料支援と交換条件に核開発(ウラン濃縮)を止め、6カ国協議を再開する方向で行っていた米国との交渉について、いつでも再開する準備があると、1月11日に表明した。 (North Korea keeps door open for food-nuke deal with U.S.)
金正日の死の2日前、すでに米朝は交渉の末に合意に達しており、12月22日に6カ国協議の再開が正式に決まる予定だった。金正日が死んで北のトップが金正恩に代わっても、米国や中国が望む6カ国協議の再開に条件つきで協力する北朝鮮の方針は変わっていないようだ。
今後、意外に早く、米朝の合意が正式発表され、6カ国協議が再開するかもしれない。李明博も年頭演説で「韓半島は転換期に入った」と言っている。 (S. Korea president open to nuclear talks)
このような背景をふまえた上で、韓国の李明博の対話提唱を、北朝鮮が罵詈雑言とともに拒否した意味を再考察すると、別の見方になる。李明博は、対米従属の裏返しとしての数年の北朝鮮敵視策が失敗し、任期末を迎え、追い込まれて北敵視策を放棄し、対話姿勢に転換している。李明博は、北から罵詈雑言を浴びせられても、北敵視に戻れず、もっと北に譲歩するか、沈黙して北との関係改善を来年からの次の大統領に任せるしかない。
左右どちらの勢力が韓国の次期大統領になっても、北と敵対せず、交渉することが予測されるので、北は安心して李明博に罵詈雑言を浴びせている。
北朝鮮は、米国との関係を先に改善してから韓国との交渉に入った方が、南北交渉を有利に進められる。だから今後しばらく北は韓国と和解したがらず、韓国が来年初め、次期大統領の時代に入った後まで待つのでないかと考えられる。ただし、北の「宗主国」になった中国が、早く韓国と和解しろと求めているとも考えられるので、南北対話も意外と早く再開するかもれしない。 (金正日の死去めぐる考察)
金正日が死んでも北朝鮮の権力中枢が不安定にならないのは、事前に予測されていた。金正日は08年に心筋梗塞で倒れて以来、中国式の経済改革を進める責任者である張成沢と金敬姫(金正日の妹)の夫婦を、後継者の金正恩の摂政役に就け、自分の死後の北朝鮮の安定維持を画策した。
金正日の死後、金正恩が最高指導者を世襲し、張成沢と金敬姫が摂政役に就く新体制が、日本のマスコミでも繰り返し報じられている。金正日が画策した安定維持策は、今のところ成功している。6カ国協議の再開が近いという予測も、ここから出てくる。
(金正日が3人の息子のうち、長男の正男でなく三男の金正恩を後継者に選んだのは、権力を握った時に自分勝手にやりたがらず、摂政役の意見を素直に聞きそうな性格だったからなのかもしれない)
▼米国が北を中国に押しつけた
張成沢と金敬姫は、北朝鮮を中国の指導に沿って、中国型の社会主義市場経済の体制にしていくことを目標にしている。彼らを摂政役として金正恩の政権が続く限り、北朝鮮は中国の傘下で動き続ける。
中国は、北朝鮮が輸入するエネルギーの90%、食料の45%を供給している。中国は、北朝鮮が対中貿易で未払いを増やしても、北の中枢が中国式の経済政策を採っている限り、北との貿易を切らない。
逆に、金正恩が張成沢らを失脚させて中国の言うことを聞かなくなると、エネルギーや食料の輸出を静かに止め、北を制裁するだろう。北朝鮮は、中国の属国になっている。 (China-South Korea Summit to Focus on Free Trade Accord, North's Succession)
国際的に見ると、北朝鮮が中国の属国と見なされるようになったのは、北自身が属国化を認める数年前からだ。米国はブッシュ政権時代の03年から、北の核問題の国際解決を中国に押しつけ、それ以来6カ国協議はすべて北京で開かれている。
当初、北は中国の傘下に入りたがらず米国と直接交渉したがり、中国も北の面倒など見たくないという態度だったが、米政府は強い姿勢で「北と交渉しない。北の面倒は中国が見ろ」と言い続けた。
北を中国の属国にしたのは米国である。 (北朝鮮問題が変える東アジアの枠組み)
米国に押しつけられて、03年に6カ国協議が中国主導で始まった時、中国は北朝鮮の面倒を見ることに消極的だった。だが今では、中国は積極的に北朝鮮を傘下に入れている。
金正日が死んですぐ、胡錦涛と習近平が北京の北朝鮮大使館に弔問に訪れた。今年、中国の最高指導者が胡錦涛から習近平に変わっても、中国が北朝鮮を属国として大事にする姿勢は変わりません、という宣言だろう。 (China's Hu lauds military promotion for young Kim)
独裁の北朝鮮が独裁の中国の属国になっても、何も変わらないじゃないかと、マスコミしか見ていない人は言うかもしれない。だが、そう言う人も、自分の頭で少し考えてみれば、北朝鮮と中国が同じ独裁であっても、全く違う状況の国であることがわかる。
北は冷戦用に分断されて作られた国で、冷戦終結後、一時は中露からも見捨てられ、米国から敵視され続けて、孤立して過激な軍事外交策を採らざるを得ない、貧民が大多数の崩壊寸前の小国だ。
対照的に中国は、1979年の米中国交回復以来、米国の資本家層から支援され続け、経済改革で成功して急成長し、米国と並ぶ世界の大国となり、自国周辺の安定を重視し、敵国に対して真綿で首を絞める隠然制裁を好む、米国債の世界最大の保有国だ。
北朝鮮は自国周辺の情勢を不安定化したがるが、中国は逆に、自国周辺の情勢の安定を望んでいる。
国外に手強い敵がいた方が国内が結束して政権を維持しやすいので、北朝鮮政府が従来の好戦策を全面放棄するとは思えないものの、中国の属国になったことで、今後長期的には、好戦策を引っ込め、中国の傘下で安定を好む傾向が強まるだろう。
北朝鮮が好戦策を引っ込めると、日本と韓国の安全保障戦略の根幹が変わってしまう。日韓の安保戦略は、北の脅威に対抗することが大前提だった。日韓が米軍に駐留してもらっていたのは、北の脅威が前提だった。
今後、脅威が消えていく方向が見えだしたのだから、日韓は、米軍駐留を不要とみなすなどの安保戦略の見直しが必要になる。
北朝鮮が好戦策を引っ込めそうな方向性は、日本のマスコミでほとんど報じられていない。マスコミは、対米従属を基本方針とする官僚機構の下部組織だから、北朝鮮が好戦策を引っ込めて、在日米軍駐留の必要が低下してきそうなことを、国民に伝えない。
北朝鮮をめぐる実態が変わっても、マスコミ報道でしかイメージを形成できない日本人の頭の中は変わらない。
▼中国の脅威は軍事でなく経済
北朝鮮だけでなく中国も日本にとって脅威だから、中国の台頭が続く限り、在日米軍の駐留が必要だと考える日本人も多い。中国は確かに台頭しているが、その脅威は、軍事面でなく、経済面から来ている。
軍事面の中国の脅威は、10年秋に尖閣諸島で中国漁船の船長を逮捕・送検した時の日中間の緊張激化に象徴されている。だがあの時、中国漁船の船長を送検し、起訴まで進める方向に持っていったのは、当時国交相だった民主党の前原誠司である。前原の目的は、日中の軍事対立を激化して、中国を敵とする日米同盟を強化することだった。当時の日中の軍事対立の激化は、日本側から仕掛けたもので、中国は呼応したにすぎない。その後、日本政府は、中国と軍事対立することをやめ、日中の軍事対立は起きていない。昨秋、再び中国漁船が領海内に迷い込んできた時、日本政府は船長を逮捕したものの、送検せず帰国させている。 (日中対立の再燃(2))
日本の自衛隊は、米軍の支援を何も受けなくても、世界有数の強い防衛力を持っている。日本人独自の技術力が、実は、民生部門と同様に軍事部門で強く発揮されることは、戦前の歴史が証明している(外交力が低いので敗戦した)。たとえ今後、米国が財政破綻して日米同盟が事実上失効し、その後、中国の経済成長が50年続いたとしても、中国が日本に軍事侵攻するのをためらうぐらいの軍事力を、日本は保持し続けるだろう。
日本にとって中国の脅威は、軍事面でなく経済面だ。中国はここ数年、アジアや中東、アフリカ、中南米など世界中で、エネルギー開発や、インフラ整備の受注、中国製品の市場開拓など、経済的な利権あさりを貪欲に続けている。対照的に日本は、米欧の経済利権を高く売りつけられる買い手に徹しており、敗戦から65年以上、独自の国際経済利権をほとんど行っていない。今後、米欧の覇権が世界的にかげり、中国やBRICが台頭すると、日本は国際経済利権の面で窮乏していくだろう。 (America vs China in Africa)
中国は日本に対してだけでなく、米国に対しても、米国債の世界最大の保有国であるなど、経済面で対米優位に立っている。また中国製品は、世界的に人々の消費生活に不可欠になっている。日本国内で売る製品も、コンビニ商品やユニクロからiフォンまで、中国製がこの10年前後で急増した。中国は脅威だと声高に言う人も、ユニクロを着てiフォンを持ち、コンビニで買い物している限り、中国から乳離れできず、しかも自分でそれに気づいていない。
日本が経済面で中国に対抗したければ、日本も米欧に頼らず、独自に世界中でエネルギー開発やインフラ整備などを受注すればよい。しかし実際のところ、日本でマスコミや著名言論人が誘導する中国脅威論は、対米従属の裏返しでしかない。「日本も中国に負けないよう、米欧に頼らず、世界中で石油ガスの利権をあさろう」という呼びかけは全く行われず、それと正反対の「中国は危ないので、日米同盟(独自の利権あさりをタブー視する対米従属)を強化しよう」という呼びかけが席巻している。日本で流布する「ナショナリズム」は、実はナショナリズムからほど遠い、日本より米国の国益を重視する売国的態度だ。売国的態度を愛国的態度と勘違いしている人が多いのが、今の日本の悲劇である。
日本の140年の近現代史の全体を見る視点に立つと、北朝鮮が中国の属国になるのも、日本にとってマイナスのことだ。戦前は、北朝鮮も南朝鮮も、日本の属国(国内)だった。戦後も、1990年の自民党の金丸信らの訪朝など、日本が北朝鮮を傘下に入れることが可能な時期があった。戦後賠償の名目で北朝鮮を経済支援し、北朝鮮の中枢において在日朝鮮人の力を増加させることで、日本が間接的に北朝鮮を傘下に入れることが可能だった。
だがその後、金丸信は官僚機構によって連続的に汚職容疑をかけられて失脚・逮捕され、金正日は「交渉不能な危険人物」とされ、マスコミが喧伝する拉致問題で北朝鮮敵視が席巻し、在日朝鮮人は日本国内でバッシングされ、日朝間は全く関係断絶の状態が続いた。その間に米国は、北朝鮮の面倒を中国に見させる役目を押しつけ、北朝鮮は中国の傘下に入ってしまった。韓国も、最大の貿易相手国が中国であり、長期的には、朝鮮半島の全体が中国の影響圏になっていくだろう。朝鮮半島をめぐる国際体制は、明・清の中国が朝鮮を傘下に入れていた明治維新前の状態に戻ることになる。
日本で「日朝友好」を言う人は「アカ」や売国奴扱いされる。だが実は、日本の近現代史の全体を見ると、日本は「日朝友好」を掲げて、冷戦後に行き場を失った北朝鮮を救済しつつ自国の傘下にいれ、日本主導で南北朝鮮を和解させて、朝鮮半島への隠然とした覇権を回復する方策があり得た。愛国者や右翼こそ、日朝友好を掲げても不思議でなかったが、実際のところ愛国者や右翼は対米従属に絡め取られ、そんな発想すら出てこなかった。
頓珍漢なのは右翼だけでない。朝鮮や中国に対して「戦争責任」の土下座の謝罪を越える何の発想も出てこない左翼も同様だ。大国の他国に対する支配は一般的に、時代が下るほど巧妙になる。戦前の日本のアジア支配は直接的な軍事支配だったが、今の中国のアジア支配は間接的で外交や経済を重視する。中国は「覇権」のレッテルを貼られることを嫌うが、北朝鮮、ミャンマー、ラオス、カンボジア、中央アジア諸国などに対する中国の影響力行使は、明らかに「覇権」の部類に入る(覇権とは、軍事力を行使せず他国を支配すること)。
戦後の日本政府は、外国に対する影響力の行使を極力やらないようにしてきたが、今から覇権の行使を目指すなら、戦前と全く異なる、より巧妙な、相手国から絶賛される影響力の行使ができるはずだ。だが昨今の日本には、そのような発想が全くない。今後の日本が覇権行使をやる必要は全くないが、その場合、米国覇権が衰退しつつある中、日本人は自国のさらなる脆弱化を容認する必要がある(弱くて美しい日本も清貧で良いが)。それがいやで、日本が中国に対抗する国策を採るなら、覇権の行使で中国としのぎを削る必要がある。
日本が中国に対抗し、国家として経済的な国際利権あさりをやったとしても、日中関係は悪化しない。インドやロシアも、中国に対抗してアフリカなどに積極進出しているが、それが原因で中国と印露の関係が悪化することはない。日本が国際利権あさりをした場合、邪魔をしてきそうなのは、中国よりむしろ米国だ。戦後の日本が覇権を再拡大することを、米国が抑止しているというは「びんのふた」論が、広く信じられている。
しかしこれも、米国が日本の覇権再拡大を抑止しているのか、それとも日本の官僚機構が対米従属という権力の伝家の宝刀を失いたくないがために、びんのふた論を流布しているのか、どちらかわからない。日本が本気かつ粘着的に長期にわたって再拡大を試みるなら、米国が日本の再拡大を抑止しようとしても、止められないとも言える。日本に対米従属を強いているのが、米国でなく日本の官僚機構であることは、ほぼ確実であり、要は日本側の意志の問題である。
今後予測される米英覇権の衰退と覇権の多極化の中で、日本は、鎖国するにせよ、弱体化を容認するにせよ、世界の中での自国の政治的・歴史的な位置づけを、分析・認識する必要がある。米英以外のすべての国々が、米英の属国か敵国にされてきた従来の米英覇権体制では、日本が選択した一途な対米従属が一つの有効な国家のあり方だった。だが、きたるべき米英覇権衰退後の世界は、もっと国際秩序が流動的であり、各国は巧妙に振る舞う必要に迫られる。そこにおいて、国際的な影響力行使を嫌う態度は、清貧な潔さでなく、無知や臆病の表れにも見える。
今のところ、米英覇権は延命している。米国の覇権を支える債券金融システムは回復しており、ジャンク債がよく売れるので、米国の企業倒産率は、昨年の3・2%から、1・7%へと下がっている(逆にEUでの倒産率が1・4%から2・7%に上がった)。こうした事態が続く限り、米英覇権は延命するが、米国の実体経済は復活しておらず、延命状態がいつまで続くかわからない。 (Default Rate Falls in U.S., Rises in Europe)
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