FC2ブログ

もうすぐ北風が強くなる

東電へ賠償請求、罠に注意、日弁連が無料相談開始

 不法行為の原因加害者である東京電力が、被害者への賠償請求手続きを送付したが、そのあまりにも尊大で傲慢な手続きに、日弁連が抗議した。「東電の異様な賠償手続きに日弁連会長声明」。
 各地で無料相談を始めている。
 あきらめたりしないこと。勘違いしたり、合意書の罠にかからないでください。

東京電力からの損害賠償請求書類について無料相談を受けています

東京電力からの損害賠償請求書類について、私たち弁護士が無料で相談を受けています。少しでも疑問・不安がありましたら、弁護士に相談してください。
(相談は無料ですが、具体的な事件について弁護士に代理を依頼する場合は有料になります。事前にご確認ください。)

福島県弁護士会 震災・原発無料面談相談予約受付

実施日 平日 10時~16時
電話番号 0120-700-791
福島県弁護士会 原子力発電所事故被害者救済支援センター

実施日
平日 10時~15時
電話番号 024-533-7770
備考 ご相談やご依頼に応じる弁護士をご紹介します

福島県弁護士会 震災・原発無料電話相談

実施日 平日 14時~16時
電話番号 福島 024-534-1211
郡山 024-925-6511
会津若松 0242-27-2522
いわき 0246-25-0455

各地の弁護団

電話番号 東京 0120-730-750 埼玉 048-642-3883
群馬 027-251-7871 札幌 011-251-1771
新潟 025-222-5533
特にご注意いただきたい点

東京電力からの損害賠償請求書類について(PDFファイル;386KB)
東京電力への損害賠償請求に関する注意事項について(PDFファイル;277KB)(<-※注意の呼びかけ、重要!)


東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者に対する損害賠償に関する会長声明(9月30日)
東京電力株式会社が行う原発事故被害者への損害賠償手続に関する会長声明(2011年9月16日)
東京電力株式会社が公表した損害賠償基準に関する会長声明(2011年9月2日)

1 記入は慎重に

東京電力からの原子力損害賠償の請求書類には、「同一補償対象期間における各補償項目の請求は1回限りとすること」とあり、請求漏れがあっても後から請求できなくなるおそれがあります。

2 合意書を作成する前に再確認を

原子力損害賠償の請求書類中に同封されていた「合意書」には、「一切の異議・追加の請求を申し立てることはありません」と記載されており、一度合意してしまうと、その期間のその項目の損害について、それ以上の請求ができなくなります。


3 土地や住宅については、別途請求することになります

東京電力からの原子力損害賠償の請求書類では、住めなくなった土地・住宅等の「財産価値の減少分の補償」という重要な部分については、この書式で請求できないことになっています

4 観光業の減収の2割除外は決められたことではありません

東京電力は、観光業の減収の2割は原子力発電所事故以外が要因とみなし、損害賠償額から除外するとしていますが、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が策定した「中間指針」にはそのような記載はなく、必ずしも決められたことではありません。

5 請求方法は他にもあります

損害賠償請求の手続の方法はひとつではありません。より簡便な申立書式による申立てを認めている原子力損害賠償紛争解決センターに申し立てる方法(※)もあります。

※ただし、東京電力の損害賠償請求書類を利用した東京電力への直接請求をした場合に比べ、手続に時間がかかり、損害賠償金の支払いが遅れる場合があります。また、必ずしも希望どおりに和解できるとは限らないことにご注意ください。


※ 原子力損害賠償紛争解決センター
関連記事
スポンサーサイト



10月はたそがれの国

 10月

 猛暑の夏もすぎて、早くも10月になった。
 涼しくなり、風が吹き、雨が降り、そしてなにより身にしみて早く日が暮れる。

 レイ・ブラッドベリの短篇集「10月はたそがれの国」。
 子どもは日暮れが早くなったことに気づき、屋根の風見鶏が回っていることに気づく。
 もう、夕暮れだ。家に帰らなくっちゃ。

 小学校の高学年ころからSFマガジンなど愛読していて、中学校、高校にかけて早川書房、創元社などのSF小説を読みまくった時期がありました。
 レイ・ブラッドベリは最も好きな作家でした。

 華氏451度。火星年代記。ハロウィーンがやってきた。何かが道をやってくる。黒いカーニバル。入れ墨の男。太陽の黄金のりんご。メランコリイの妙薬。その他数多くの作品がありますが、ほぼすべてが日本語に翻訳出版されています。
 SF、幻想、怪奇が特徴ですが、このモチーフによって、彼なりのリアルな真実性の世界を創り出しています。

 火星年代記  ブラッドベリ

 レイ・ブラッドベリについてのインタビューが見つかりましたので、その人となりを知るための参考に紹介します。

 レイ・ブラッドベリ インタビュー  「ぷらちな」からの引用です。

レイ・ブラッドベリ。1920年生まれ。『火星年代記』『華氏451度』などで知られる世界的に有名な作家である。
SFから幻想文学まで幅広い作品を手がけており、多くの作品が映像化されている。先日、日本でも上映され話題となった映画『サウンド・オブ・サンダー』もまた、彼の短篇「雷のような音」を原作とした映画だ。
叙情的でどこか懐かしいその作風は、日本のクリエーターたちにも大きな影響を与えている。
そんな生ける伝説が、クリエイターの卵たちに向けて、自身の初期作品の誕生秘話、そして自身の創作作法について語ってくれた。

   傑作『霧笛』の誕生

『霧笛』を書いた1950年代、私はカリフォルニアのベニスに住んでいて、ワイフといっしょにビーチをよく散歩していた。当時、ベニスにあった古い桟橋が取り壊されたところでね。ビーチには、その残骸ばらばらに放置されていたんだ。
私はワイフにいったよ。ごらんよ、あの恐竜たちはこんなところに寝転がって、いったい何をしているんだろうね? って。
誰かに呼ばれたような気がして、夜中に目を覚ましたのはその日のことだった。ワイフは隣ですやすやと寝息をたてていたし、窓の外を見ても霧で何も見えなかった。だけど、そのとき、湾のどこかで霧笛が鳴って、ああこの音だったのか、とわかったんだ。
「霧笛」(”The Fog Horn”、1951年、ハヤカワ文庫SF『太陽の黄金の林檎 』所収)を思いついたのは、その時だった。
霧笛の音を仲間からの呼び声だと思い、百万年の眠りから醒めた恐竜が、仲間とめぐり合うために霧の海を渡ってくる。しかしそれがただの霧笛だとわかると、怒った恐竜は灯台を壊し、哀しみに打たれながら霧の海に帰っていくんだ……。

翌朝早くに起きて、一気に書き上げたよ。この作品は私の人生を変えた。私の初期の代表作になっただけでなく、これを読んだジョン・ヒューストン(映画監督。ハードボイルドな作風で知られる。代表作に『マルタの鷹』、『アフリカの女王』など)が、『白鯨』(”Moby-Dick”、1851年、ハーマン・メルヴィル)の映画脚本執筆の仕事をくれたんだよ(映画は1956年公開)。
   映画『白鯨』の誕生

ある日、ヒューストンのホテルまで呼び出されて、「『白鯨』の脚本を書いてみたくはないかね?」と訊かれたんだ。
ヒューストンの映画は好きだった。『マルタの鷹』なんて、何度観かえしたことか。いつか一緒に仕事をしたいと思っていたよ。だけど、私はこう答えたんだ。「ヒューストンさん、あんな本、私は一度も読んでいないですよ」
長い沈黙があった。きっと、彼はそんな言い方を一度も聞いたことがなかったんだね。そして、それからこう言った。
「レイ、今晩、これからあの本を読んで、明日の朝またここに来て、私が白鯨を殺す仕事にキミが手を貸してくれるかどうか教えてくれないかね?」
それで、家に帰るなり私はワイフに言ったさ。「ぼくのために祈ってくれ! ぼくはこれから本を読んで、明日の朝にはレポートを仕上げなくちゃあならない!」って。
私は神に感謝しなくてはいけないね。それまでメルヴィルを軽く見ていたけど、『白鯨』は素晴らしい小説だった。
でも、とにかく大変な仕事だったよ。なにしろ800ページの小説を120ページの脚本にまとめねばならないんだ。八ヶ月が過ぎる頃には、2000回くらい読み込んだ箇所さえあった。そして8月のある朝。私は鏡を見ながら、こう宣言した。
「余は、ハーマン・メルヴィルである!」
それから8時間、私は夢中でタイプライターを叩き続けて、脚本の最後の35ページを一気に書きあげた。まるで指先が燃えあがるようだった。それからロンドンに行って、ジョン・ヒューストンの膝の上に書きあげたばかりの脚本を放り出して、私はいった。
「完成したと思います」
ジョン・ヒューストンはびっくりしていたよ。「マイ・ゴッド! いったい何があったんだ!」って。

   ブラッドベリの小説作法

私はいつも情熱のほとばしるままに書いていく。頭を空っぽにして……まさに禅だね、心にとまったことをすべて書き上げ、最後まで書き通してしまうことだ。考えながら書くのではなく、情熱にまかせて書くんだ。考えたり手を加えたりするのは後でいい。そうでなければ創造は不可能になる。
このあいだ書き上げた小説には約3年かけたけど、最初は何も分からなかった。ただ面白い登場人物たちがいて、彼らが生きて動き出した。それが何を描いた小説なのかがようやく見えてきたのは、書き始めて2年くらいたってからだったよ。
フェデリコ・フェリーニ(映画監督、実験的な手法を駆使し、「魔術師」の異名を持つ。代表作に『道』『サテリコン』)とも何度か話したことがあるけど彼は、とにかくラッシュも見ずに撮り続ける。自分が撮った映像を見るのは、30日間ほどたってからなんだそうだ。仕事場代わりに使っていたUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)にフェリーニがきて『サテリコン』を上映したとき、学生にまぎれて私はその理由を聞いたよ。フェリーニはこう答えたんだ。
「自分が何をしているのかを頭で理解したくないから。私はミステリーを失いたくないんです」
フェリーニが言おうとしたのはこういうことだ。
一日の撮影を終了したところで、昨日は何を録ったかなと振り返ってみる。
おそらく正確には思い出せないだろう。でも、だからこそ、しっかり憶えようと情熱を燃やすことになるし、ミステリーも生き続けるんだ。ところがラッシュを見てしまったら、何を録ったかがわかりすぎて想像力の入り込む余地がなくなってしまうし、情熱もなくなってしまう。
私の小説作法もフェリーニの映画と同じなんだ。創作に向かう私の姿勢が正しかったことを裏付けてくれたようで嬉しかったよ。

   小説家という仕事

私には2つのルールがあってね。1つは、考えすぎるな。そして、もう1つは、手がけた仕事は最後まで仕上げろ。
好きな仕事というのは人生の核になるものだ。それがなければ何もないのと同じだよ。愛してくれる人がいて、愛する仕事があれば、それだけでもう素晴らしい人生じゃないか。
何年か前に、卒中にかかったけれど、幸運なことに脳は無事だった。歩くのは苦労しているし、耳も聞こえなくなったが、それでも文章を書くことはできる。
この3年間に、私は小説を3本書きあげた。演劇は6本。短編をたくさん。
でも、私にはまだ書くべきことが残っているから、死ぬ前にそれを仕上げてしまいたいと思っているよ。
インタビュー:奥平謙二 野口周三(AMG)
関連記事

 | HOME | 

 

プロフィール

もうすぐ北風

Author:もうすぐ北風
こんにちは。
いろんな旅を続けています。
ゆきさきを決めてないなら、しばらく一緒に歩きましょうか。

最新記事(引用転載フリー)

カテゴリ

経済一般 (118)
経済一般~2012冬まで (161)
日本の経済 (224)
通貨戦争 (70)
ショック・ドクトリン (12)
震災関係 (23)
原発事故発生 (112)
事故と放射能2011 (165)
放射能汚染2012 (192)
汚染列島2013-14 (146)
汚染列島2015-16 (13)
福島の声 (127)
チェリノブイリからの声 (27)
政治 (413)
沖縄 (93)
社会 (316)
小沢一郎と「生活の党」 (232)
健康と食 (88)
環境と地球の歴史 (28)
未分類 (175)
脳卒中と入院 (7)

カウンター

最新コメント

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

リンク

このブログをリンクに追加する

カレンダー

09 | 2011/10 | 11
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

最新トラックバック

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

Template by たけやん