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米国と財界の復興ビジネスが被災地を破壊する

 震災と原発事故のどさくさ紛れに、火事場泥棒的な「新自由主義」政策が進められてきている。
 米国と財界による謀略的な政策改悪は「ショック・ドクトリン」、「ショック・ドクトリンと言う火事場泥棒」、「核の墓場計画」を御覧ください。

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漁業復興の前例あるのに放置
東日本大震災から二カ月
             大資本の復興ビジネス優先   2011年5月27日 長周新聞 

 東日本大震災から2カ月半が経過しているのに、いまだに10万人以上もの避難民が生活再建のメドもなく、義援金も届かずにそのままの状態に置かれている。国民の生命と安全を守るべき政府の対応があまりに遅いことについて、異様さを感じずにはいられない事態となっている。

 この機に乗じて「復興」ビジネスに色めき立っているのが国内金融資本や外資であり、東北地方で道州制を導入することや規制緩和のモデル地域にするよう求め、資本力が奪われた被災地に大資本が参入し、農漁業をはじめとした産業の企業化、公立病院や公共施設の民営化など、全国に先駆けた大収奪地域にしようとしている。

 曳航されぬまま漂流する船舶

 今回の震災では津波で壊滅した沿岸部にとりわけ被害が集中している。国内漁業生産の2割を担ってきた三陸の漁業生産機能がまひし、集荷施設や加工施設などが軒並みやられている。
 この復旧にメドが立たないこと、いつまでも放置されていることが、地域の再建にとっても大きな痛手になっている。現金収入の源として、地域経済を牽引してきた基幹産業をどう蘇らせるかが、復興の要になっていることは疑いない。

 漁船は岩手、宮城、福島の3県で計約2万9000隻あったうちの、9割にあたる2万6000隻が、陸に打ち上げられたり流されたりして使用不能になっている。宮城県では1万3500隻のうち使用可能と見られているのは1000隻程度。岩手県も1万4300隻のうち9割が使用不能と見られている。

 海上保安庁が地震発生以降に実施してきた海上捜査では、4月下旬までに沖合1000㌔範囲で381隻の船舶が漂流しているのを確認し、港に曳航したのは50隻余りにとどまっている。多くはその後もさまよい続けている。使える漁船は保安庁なり自衛艦なりが出動して引っ張ってくるなりすればよいのに、そのままになっている。

 船がなければ生活を立て直そうにも操業のしようがない。
 また、沖に出てとってきたスケソウダラも加工場が操業停止しているために半値で買い叩かれるなど、困難な状況が連日伝えられている。漁業者一人一人の経済力で「自力復興しなさい」といっても展望がないのは歴然としている。
 失った家屋や漁船のローンなど抱え、さらに上乗せで二重ローンを背負うことなど不可能である。全国の漁業団体、水産学者たちのなかでも、債務免除はもちろんのこと、全国で中古船をかき集めて現地に与えるなり、「対応しうる方策なら山ほどあるのに、なぜ政府が機能しないのか」と問題意識が語られている。

 過去にも復興前例 急がれる汚染魚買取り

 これまでの国内の経験を見ただけでも、津波災害から立ち上がり、あるいは漁場汚染から復興していった経験はいくつもある。

 1993年7月に起きた北海道奥尻島の津波災害のさいには、高台移転案が浮上したものの、漁師町としての特質を認めて一部に“漁師まちゾーン”を認めて復興にあたった。
 その年の12月には地元と協議を重ねたうえで「奥尻町に係る水産業振興対策」が策定された。奥尻漁協が漁船252隻(5㌧以下)を一括購入し、その船を組合員に有料で貸し出し、北海道と国が購入額の8割補助を実施するなどした。養殖施設や漁港の作業・保管施設などもほぼ国(9割負担)と道(1割負担)の負担によって復旧を遂げている。
 水揚げは翌年こそ落ち込んだものの、2年目からはしだいに持ち直し、98年には当初の計画を上回るスピードで「復興宣言」をするに至った。

 奥尻町では、住民に対して国からの見舞い金が300万円、全国から寄せられた義援金の約190億円から1戸550万~700万円の合計約1000万円の住宅再建資金が与えられ、宅地も自治体による一括買取・一括売渡の形式で住民の理解を求め、わずか4年で復興が完了した。

 放射能汚染の経験では、99年に東海村で起きたJCO臨界事故では「原子力損害賠償法」が適応され、避難指示が出た350㍍圏内の住民40世帯や、風評被害に見舞われた農家に対する農産物補償(主要作物だった芋などの買いとり)で合計約700件の補償対象に約150億円(保険から10億円、JCOが140億円負担)が支払われている。

 水質汚染の前例では、かつて熊本県で起きた水俣汚染のさいには、チッソが魚を買いとる形で補償していた。熊本県は水俣湾を網で仕切り、たまった水銀を含んだヘドロをとり除き、湾内でとれる魚の水銀値を調査し続けた。
 九九年には汚染もほぼ消え、水俣湾を隔離していた仕切り網が撤去され、24年ぶりに市場への出荷が再開されている。山口県でも徳山湾で水銀汚染が起きたさいには、企業が魚を買いとって補償する形をとった。

 問題を起こした企業が汚染魚を買いとるのが通常の補償形態になっている。福島原発から放射性物質が海洋に拡散されているなかで、とくにコウナゴなどの小魚ほど食物連鎖が広がる前にとって、東電に買いとらせることが求められているが、農作物の被害にしてもそのような補償対策が動き出していない。
 メドもなく出荷禁止など命令だけをかけて、農漁業者を困惑させている。

 今回の場合、前代未聞の原発事故を抱え、津波による被害規模が大きすぎるとはいえ、2カ月たってもなんら事態が動き出さず、従来とは明らかに対応が異なっている。
 住宅再建にしても規制をかけて住まいをつくらせず、農漁業の生産復興にしても、被災地が希望を見い出せるどころか生殺しのような状態に置かれたままになっている。
 こうした状況を招いている要因として、震災を利用して大資本がビジネスチャンスに転換しようと別目的を優先させていること、三陸沿岸はじめ東北地方に乗り込んで、これまで考えられなかったような「復興特区」をつくりあげようとしていることがある。

 復興会議の別目的 大資本参入で草刈場に

 政府の「復興構想会議」(五百旗頭真会長)が震災から1カ月後に立ち上がっている。
 このなかで論議されているのが、水産業の分野では「漁港の集約」「漁業権の民間開放」で、大手御用新聞は「競争力がないと復興できない」と大資本参入を煽っている。
 日本全国に2916カ所ある指定漁港のうち、宮城県には142カ所(全国4位)、岩手県には111カ所(同6位)も漁港がある。福島県はわずか10カ所(最下位)。漁港の多さは、三陸沿岸の漁業資源の豊富さや、いかに地域に根ざした産業であるかを物語っている。
 これを「三分の一から五分の一に集約せよ」(日経新聞)といったり、露骨な主張が飛び出している。

 漁業権は農業で例えるなら土地と同じで、漁業者の財産権として強い権限が与えられ、漁場を犯す者に対して排除する力を持ってきた。
 沿岸開発を押しとどめ、海を守る力を発揮してきた。これを大資本がとり上げて、いまある漁村や漁業者を廃業させ、三陸沿岸の歴史や成り立ちから切り離し、水産加工の拠点まで資本力で奪う動きになっている。あるいはリゾート開発といった展開にもなりかねない。
 現地の被災した中小企業が融資を受けるような体力などないなかで、また漁業者も船そのものを失ったなかで、中国人研修生、インドネシア人研修生並の大量の下層労働者をつくり出して資本管理のもとで働かせることを意図している。

 「高台移住」についても、住民を追い出した漁港周囲の平地に、こうした企業が加工場をつくって占有することが想像に難くない。
 農業も、被災農民から農地を借上げ、集約化して株式会社に利用を委ねる構想になっている。そのために必要な規制緩和を大胆におこなうといっている。
 将来的には「借上げ」から「売買」につながっていくことが懸念されている。
 また、道州制のモデル地域として、公共機関の集約化すなわち行政機能の縮小をおこない、さらに民間開放路線を促すというもの。地方自治体の在り方を変え、規制をとっ払って、大資本によるビジネスの草刈り場にすることを志向している。

 そして復興に金がかかるといって「復興増税」を唱えはじめた。21日に開催した復興構想会議の第6回会合では、「いかなる手法も排除しない」として財源の検討を下部組織に指示。
 復興債の償還財源として消費税、所得税、法人税などを増税させることでまかなうことを検討しはじめている。

 日米の金融機関が「官民ファンド」立ち上げの動きをみせ、「復興」を利用して投機の具にしようとしていること、東北地方を食い物にするだけでなく、これが全国の先駆けであることから重大な関心が高まっている。

 かつてない金融危機の深まりのなかで、金がないなら「トモダチ作戦」以前に数百兆円も抱えた米国債を売り払って資産をとり戻せばよいのにそれはせず、国民からの大収奪を実行しようとしていること。

 新自由主義政策の徹底した導入に動いていることが、復興をめぐって鋭い衝突になっている。
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小出:「直ちに影響はない」という言い方

小出裕章非公式まとめ」から
2011年5月30日【月】
MBS(毎日放送)ラジオの番組「たね蒔きジャーナル」
要約

・(飯舘村で積算放射線量が20ミリを超えた。これはどういう値か?)日本の普通の人は年間1ミリと決まっている。ごく特殊な職業についている私のような人は20ミリまで我慢するというのが日本の法律。
福島事故がおこり、普通の人も年間1ミリでは済まない状況。そこで日本の国は普通の人も20ミリまで我慢させると言い出している。
飯舘村のような猛烈な汚染地域の人は、それすら超える被曝をしているということ。

・(チェルノブイリと比較すると?)チェルノブイリ事故で40万人が避難した強制避難地域を上回る汚染だ。

・( 二ヶ月半でこの積算数値。この地域で生活は無理か?)家に戻りたいという人がいるのは理解できるし、そういう人がいるのであれば支援しなければいけない。が、あまりにひどい汚染であり、被曝を避けるために避難するしかないと思う。

・(いま出来ることはあるか?)土壌をはぎとるのは有効。学校の校庭を削ることは出来る。が、酪農や農業にとって土をはぎとることは生きる手段を奪うこと。実質的には出来ない。被曝覚悟で住み続けるか、移住するかどちらかの選択しか無い。

・(東電作業員二人が数百ミリシーベルトの放射線を浴びた恐れがあると発表があった。どういう数字か?)普通は年間1ミリという決まり。私のような特殊な人でも年間20ミリ。
福島の事故を収束させるためには20ミリの基準は守れないということで、この作業に限っては250ミリまで許すと特別に決めた。
これ自体が途方もない基準だが、それを超えるほどの被曝だ。

・(癌発症のリスクは100ミリを超えると少し高まると言っているが?)違う。100ミリを超えると確実に高まることは既に証明されているということ。
それ以下の被曝だと疫学的には証明できないが、100ミリ以下でも癌が出ると考えるべきというのが現在までの学問の知識を総合して考えたときの到達点。
10ミリでも1ミリでも癌は増えると考えないといけない。

・(ただちに健康に影響はないと東電は言うが?)事態が過酷だということは3月11日の時点で気づいており、すべての作業員にマスクをさせるべきだった。又はさせていなかったのであれば、すぐに内部被曝を調べるべきだった。
すぐには影響が出ないというのは当たり前のこと。心配なのは何年、何十年かして癌の発生率が増えること。
枝野さんは直ちに影響はないというが、被曝というのはそういうものではない。


・(内部被曝のほうが外部被曝より多い可能性が高いというが、内部はすぐには分からない?)内部の評価は難しい。今日の発表はホールボディカウンターで計測した結果。あとは、身体の中に取り込んだ放射能からどれだけ被曝するかを計算するしかない。
外部被曝はすぐに測定できるが、内部被曝は測定自体に時間がかかるし、計算で評価しないといけない。

・(内部を測定するのはどんなことで時間がかかる?)外部は身体の外に測定器をつけておけば分かる。取り込んでしまった放射能を測るには、全身測定器という特殊な測定器を使って身体から飛び出してくる放射線を測定する。かなり手間ひまがかかる。

・(全身用測定機はどこにでもあるわけではない?)ない。特殊な目的に限って使う装置であり、数が間に合わない為にここまで来たのだろう。

・(厚労省が復旧作業の作業員の被曝線量の上限を撤廃することを決めたというが?)報道で混乱がある。放射線業務従事者は5年間で100ミリという基準。1年に限れば50ミリまでという基準。5年で100ミリはこの状況では守れないから250ミリにするとなった。だから厚労省は既に変えている。
それを更に緩めるのではないかと私は危惧していた。

・(ある程度の歯止めさえなくそうということ?)そうだ。

・(それはどういうリスクを引き起こす?)作業員が癌で死ぬ可能性がどんどん増えてしまう。

・(厚労省は本来それを食い止めるところであるはずだが?)そんなことを言っていられないほどひどい現場になっている。事故の進行がひどいものになるということを、東電と国ははっきりと言わないといけない。

・(5号機は停止していたから安心と思っていたが、安心できない?)もちろん。4号機も停止していたが、ポンプが停止したために燃料プールで水素爆発が起こった。5号機も6号機も同じことだ。

・(こういうことはよくある?)よくある。ポンプ停止は年がら年中ある。

・(よくあることだから公表が半日遅れた?)特別なことではなく、ありうること。次々とそういうことが起こっている。

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武田:中間まとめ(1)爆発が判った瞬間

原発事故中間まとめ(1) 爆発が判った瞬間  武田邦彦

福島原発は2011年3月11日午後3時頃、震度6の地震に見舞われ、施設の一部が破壊されました。
その後、1時間後に約15メートルの津波がきて、さらに大きな損傷を受け、続いて翌日の水素爆発で破壊しました。

このように連続的な打撃を受けたので、現在の時点で、どこがいつ破壊されたかを正確に判断することはできず、今後、事故調査を通じて徐々に明らかになっていくでしょう。

私は、福島原発が日本の他の原発と同じように、耐震性、耐津波、そのほかの自然災害やテロなどに対して、非常に弱くできているので、震度6の地震や15メートルの津波という「普通に起こる自然災害」で大きな損傷を受けると考えていました。

だから、福島原発が地震で壊れても、その点についてはそれほど驚きはしませんでした。まったく自慢するつもりはありませんが、すでに2年以上前に、幻冬舎のご厚意で「偽善エネルギー」という本を出し、そこで「原発は地震で倒れる」ということを書いていたからです.

「震度6、15メートルの津波」は日本人の常識ですが、原発では「想定外」だったのです。
・・・・・・・・・
いずれにしても、11日の地震と津波で損傷し、原子炉を冷却することが出来なくなりました。
地震直後のことで、現場はかなり混乱していたと思いますが、私が大きな原子力施設の責任者をやっていた経験では、自分の装置は手に取るように判るものです。

特に、弱点というのは何時も気になっているので、あることが起こるとそれによって連続的に続く「まずいこと」は走馬燈のように頭に浮かぶものです。

事故後の詳細を時間と共に整理している新聞を読んで、私は次のように思いました。

1) 11日の夕刻には、責任者(発電所長や運転主任)は12日に原発が爆発することが判っていた(理由は後に示す)、

2) 爆発によっておおよそ10京ベクレル規模(原発1基がその中に抱えている放射性物質の1000分の1程度)の放射性物質が漏れることが判っていた、

3) 福島の人に避難命令をだすことは原発の責任者には出来ないので(制度上、間違っているが)、東電本社から直ちに政府に連絡が行ったのは間違いない。

4) 福島県知事も11日の夕刻の時点で、12日に原発が爆発して大量の放射性物質が漏れることの連絡を受けたはずである。

仮に11日の夕刻(18時頃)の時点で、発電所長からの「爆発予告」に対して、政府と福島県が国民や県民に誠実だったら、直ちに気象庁に連絡して、風向きを調べ、原発から西北(福島市方向)、および南(いわき市方向)の人たちに対して避難指示をしたと考えられます.
・・・・・・・・・
多くの人は「政府や役所というものは、ことが起こらないまで隠すものだ」ということを経験的に知っていますが、原子力だけは「原子力基本法」によって「民主、自主、公開」という原則が貫かれていて、それを約束して政府は国民から「原子力をやって良い」というお墨付きをもらっているのです.

だから、11日夕刻の時点で、政府は「福島原発が12日に爆発して、大量の放射性物質が漏洩する」という発表を行い、直ちに風下の住民の避難準備(バスを用意する)、畑の養生(田畑の上にビニールシートをかぶせる)などができたはずです。

「危機管理」とはそういうことです。
危険が起こると考えられるものについては、「危険が来る前に、危険を予想し、準備し、演習する」ということで、単に「危険がある」と口で言っているだけではありません。

このことは、今、まだ運転を続けている日本の原発にも必要なことで、出来るだけ早く政府と自治体は「予想、準備、演習」をしなければなりません。

まして、原発が自然災害で倒壊し、「施設が破壊し、大量の放射性物質が漏洩し、住民が被曝する」というのは予想されていて、それが「地震指針の説明」に載り、さらに閣議の了解も得ているのです。
・・・・・・・・・
現在の時点(2011年5月末)で、もっとも大切な事は、福島原発の教訓を活かして、原発を運転している地方では、

1) 発電所は原発の爆発が予想された時点で、その事実を直接、社会に公表できるようにする、

2) 直接、公表して、実際に事故が起こらなくても咎められず、発表せずに事故が起こったら、懲役になるというシステムを作る、

3) 原発の所長は、社会に公表してから東電本社、政府などに連絡する(このことは私が会社に入ったときに受けた「火災と通報」の記事に詳しく書いてあります)、

4) 発電所長の公表によって、自治体は直ちにあらかじめ準備し、演習していた避難を開始する。避難の途中に事故の可能性が無くなったら、通常の生活に戻る.この場合、避難した国民は電力会社に損害を請求しない、
などをする必要があるでしょう。

地震から1日の間、私たちはずいぶん、のんびりとしていたことが判ります。でも12日には私のところに、「逃げた方が良いか?」という多くの問い合わせがありました。

よく考えている人は、最初から事実をよく把握していたのです.

(平成23年5月31日 午前10時 執筆)
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