岸:政府の東電支援策は国民へのツケ回し!
2011-04-26
国民への安易なツケ回しとなる大甘な東電支援策 岸 博幸 4/22ダイヤモンド・オンライン
原発事故により今後巨額の賠償負担を負う東電に対する政府の支援策が、ほぼまとまりつつあるようです。そのポイントは被害者への補償金支払いを支援するための新機構の設立で、来週後半にも閣議決定されるようですが、現時点で判明している概要からは、東電と金融機関に甘く、国民に安易にツケ回ししようとしているとしか考えられません。
支援策の概要
4月21日段階で判明した情報からは、支援の枠組みは概要以下のとおりと思われます。
・基本的には東電が自己資金で補償金の支払いを行なう
・東電による補償金支払いを支援するための新機構を設立する
・新機構には、原発を持つ電力会社が負担金を拠出する他、政府が交付国債を発行し、また金融機関の融資に政府保証をつける
・東電が賠償で債務超過に陥りそうな場合、政府に特別援助を求め、政府が援助を決定すると、新機構が東電に資金支援を行なう他、必要に応じて資本注入(優先株引き受け)を行なう
・東電は、将来の利益から長期間にわたり新機構に返済を行なう
もし実際の支援策がこの通りの内容となった場合、東電や金融機関に非常に甘いと言わざるを得ないのではないでしょうか。東電をなんとか延命させ、税金負担も最小化し、金融機関への影響も最小限にとどめようとして、その一方で電力料金値上げという形で国民にツケ回ししようとしているからです。
企業再生の基本を逸脱したやり方
東電は株式公開企業です。通常、株式公開企業が事業に失敗した場合、まず企業が厳しいリストラなどを通じて債務を返済し、それでも足りない場合は、減資という形で株主が、そして金融債権カットという形で債権者が責任を負うというのが、市場のルールのはずです。
それなのに、今回の支援策をみると、これらのまず最初に責任を負うべき者の責任負担があまりに不十分です。
不十分な東電のリストラ
まず、東電のリストラが不十分です。社員の年収は2割カットと報道されていますが、被害の規模と東電の待遇の良さを考えれば甘いのではないでしょうか。役員報酬も削減と報道されていますが、全額返上が当然です。
また、東電の人員削減については採用抑制など自然減のみのようです。年金や社会保障についても今のところ削減の予定はないようです。不動産の売却についても、膨大な不動産の一部を売却する程度で、例えば本社ビルを売却してリースバックするといったことは検討もされてないようです。
つまり、東電の“身の切り方”はあまりにいい加減かつ不十分なのです。
更に問題なのは、株式上場を維持することが前提となっており、株式の減資は検討されてないようです。また、社債などの金融債権のカットも検討されていないようです。
減資については「お年寄りなどの個人株主に影響が及ぶ」、社債カットについては「社債市場に悪影響が生じる」と言われていますが、これらは言い訳に過ぎません。減資や金融債権カットを実行すると、金融機関に悪影響が及ぶので、それを避けたいだけとしか思えません。
要は、補償は十分に行なうべきだけど、一方で株式公開企業である東電については通常の会社更生に近いアプローチで処理を行ない、それで補償に影響が生じる場合には国民負担(電力料金上げか税金負担)を求めるべきなのに、実に安易に電力料金上げによる国民負担が前提にされているのです。
このように文句をつけると、二つの反論が予想されます。
東電が破綻したら電力供給が途絶すると言う嘘
一つは、「東電が破綻したら電力供給が途絶する」という反論です。しかし、本当にそうでしょうか。例えば日本航空(JAL)については、会社更生法が適用され、社員の大幅なリストラはもちろん、株式の減資や債券カットが行なわれましたが、JALが飛ばなかった日はありませんでした。
今回の新機構は、不良債権処理で活躍した預金保険機構をイメージしており、東電への対応についてはりそな銀行への公的資金注入がイメージされているように思えます。小泉政権でその不良債権処理に実際に携わった私としては、この点も非常に違和感があります。
それは、りそなは過小資本だったから公的資金を注入したのであり、債務超過ではなかったからです。債務超過だった足利銀行には、一時国有化というより厳しい措置で対応をしています。
せっかく新機構を設立するならば、りそな方式と足利方式の双方の政策対応を可能なようにして、東電についても債務超過となるならば足利方式をとるべきなのではないでしょうか。不良債権処理の際によく言われた”too big to fail”のような主張はおかしいと言わざるを得ません。
次に、予想されるもう一つの反論は、会社更生法を適用しようにも、賠償の範囲がどこまで拡大するか分からないので債務の範囲を確定できない、また万一適用して債権カットをしたら、被害者への補償金もカットされる、というものです。
この点が非常に難しいのは事実ですが、特別立法で、被害者の補償金はカットしないなどの特例を設けることで対応できるはずであり、この理由をもって東電に会社更生法や足利方式を適用できないとはならないはずです。
関係省庁の思惑が最優先されたスキーム
ボトムラインは守るべき
そう考えると、この支援策はとても評価できません。経産省は東電を延命したいし賠償が不十分と責任を追及されたくない、財務省は国の負担を最小化したい、金融庁は金融機関への影響を最小化したい、という関係省庁の思惑が最優先されたスキームで、そのツケはすべて国民に来るからです。
ちなみに、どうやらこの支援策は官僚によって作成され、官邸の政治家はほぼノータッチだったようです。被災地への支援策が遅い(阪神淡路大震災では地震から40日で補正予算と法律11本が成立しているのに、今回はどちらもまだ)という点もさることながら、このように安易に国民負担を求めるスキームの策定を野放しにしているというのは、官邸の無責任も甚だしいのではないでしょうか。
それでも、おそらくこのスキームのまま支援策が決定されるのでしょう。だとしたら、せめて東電の抜本的なリストラ、かなりの規模の減資と金融債権カットだけは、機構設立の前提として是非行なってほしいものです。特に東電のリストラについては、東電の言い値など絶対に信じてはいけません。監査法人についても同様です。会社更生に近い形で、ちゃんと選任された管財人が行なうべきです。
原発事故により今後巨額の賠償負担を負う東電に対する政府の支援策が、ほぼまとまりつつあるようです。そのポイントは被害者への補償金支払いを支援するための新機構の設立で、来週後半にも閣議決定されるようですが、現時点で判明している概要からは、東電と金融機関に甘く、国民に安易にツケ回ししようとしているとしか考えられません。
支援策の概要
4月21日段階で判明した情報からは、支援の枠組みは概要以下のとおりと思われます。
・基本的には東電が自己資金で補償金の支払いを行なう
・東電による補償金支払いを支援するための新機構を設立する
・新機構には、原発を持つ電力会社が負担金を拠出する他、政府が交付国債を発行し、また金融機関の融資に政府保証をつける
・東電が賠償で債務超過に陥りそうな場合、政府に特別援助を求め、政府が援助を決定すると、新機構が東電に資金支援を行なう他、必要に応じて資本注入(優先株引き受け)を行なう
・東電は、将来の利益から長期間にわたり新機構に返済を行なう
もし実際の支援策がこの通りの内容となった場合、東電や金融機関に非常に甘いと言わざるを得ないのではないでしょうか。東電をなんとか延命させ、税金負担も最小化し、金融機関への影響も最小限にとどめようとして、その一方で電力料金値上げという形で国民にツケ回ししようとしているからです。
企業再生の基本を逸脱したやり方
東電は株式公開企業です。通常、株式公開企業が事業に失敗した場合、まず企業が厳しいリストラなどを通じて債務を返済し、それでも足りない場合は、減資という形で株主が、そして金融債権カットという形で債権者が責任を負うというのが、市場のルールのはずです。
それなのに、今回の支援策をみると、これらのまず最初に責任を負うべき者の責任負担があまりに不十分です。
不十分な東電のリストラ
まず、東電のリストラが不十分です。社員の年収は2割カットと報道されていますが、被害の規模と東電の待遇の良さを考えれば甘いのではないでしょうか。役員報酬も削減と報道されていますが、全額返上が当然です。
また、東電の人員削減については採用抑制など自然減のみのようです。年金や社会保障についても今のところ削減の予定はないようです。不動産の売却についても、膨大な不動産の一部を売却する程度で、例えば本社ビルを売却してリースバックするといったことは検討もされてないようです。
つまり、東電の“身の切り方”はあまりにいい加減かつ不十分なのです。
更に問題なのは、株式上場を維持することが前提となっており、株式の減資は検討されてないようです。また、社債などの金融債権のカットも検討されていないようです。
減資については「お年寄りなどの個人株主に影響が及ぶ」、社債カットについては「社債市場に悪影響が生じる」と言われていますが、これらは言い訳に過ぎません。減資や金融債権カットを実行すると、金融機関に悪影響が及ぶので、それを避けたいだけとしか思えません。
要は、補償は十分に行なうべきだけど、一方で株式公開企業である東電については通常の会社更生に近いアプローチで処理を行ない、それで補償に影響が生じる場合には国民負担(電力料金上げか税金負担)を求めるべきなのに、実に安易に電力料金上げによる国民負担が前提にされているのです。
このように文句をつけると、二つの反論が予想されます。
東電が破綻したら電力供給が途絶すると言う嘘
一つは、「東電が破綻したら電力供給が途絶する」という反論です。しかし、本当にそうでしょうか。例えば日本航空(JAL)については、会社更生法が適用され、社員の大幅なリストラはもちろん、株式の減資や債券カットが行なわれましたが、JALが飛ばなかった日はありませんでした。
今回の新機構は、不良債権処理で活躍した預金保険機構をイメージしており、東電への対応についてはりそな銀行への公的資金注入がイメージされているように思えます。小泉政権でその不良債権処理に実際に携わった私としては、この点も非常に違和感があります。
それは、りそなは過小資本だったから公的資金を注入したのであり、債務超過ではなかったからです。債務超過だった足利銀行には、一時国有化というより厳しい措置で対応をしています。
せっかく新機構を設立するならば、りそな方式と足利方式の双方の政策対応を可能なようにして、東電についても債務超過となるならば足利方式をとるべきなのではないでしょうか。不良債権処理の際によく言われた”too big to fail”のような主張はおかしいと言わざるを得ません。
次に、予想されるもう一つの反論は、会社更生法を適用しようにも、賠償の範囲がどこまで拡大するか分からないので債務の範囲を確定できない、また万一適用して債権カットをしたら、被害者への補償金もカットされる、というものです。
この点が非常に難しいのは事実ですが、特別立法で、被害者の補償金はカットしないなどの特例を設けることで対応できるはずであり、この理由をもって東電に会社更生法や足利方式を適用できないとはならないはずです。
関係省庁の思惑が最優先されたスキーム
ボトムラインは守るべき
そう考えると、この支援策はとても評価できません。経産省は東電を延命したいし賠償が不十分と責任を追及されたくない、財務省は国の負担を最小化したい、金融庁は金融機関への影響を最小化したい、という関係省庁の思惑が最優先されたスキームで、そのツケはすべて国民に来るからです。
ちなみに、どうやらこの支援策は官僚によって作成され、官邸の政治家はほぼノータッチだったようです。被災地への支援策が遅い(阪神淡路大震災では地震から40日で補正予算と法律11本が成立しているのに、今回はどちらもまだ)という点もさることながら、このように安易に国民負担を求めるスキームの策定を野放しにしているというのは、官邸の無責任も甚だしいのではないでしょうか。
それでも、おそらくこのスキームのまま支援策が決定されるのでしょう。だとしたら、せめて東電の抜本的なリストラ、かなりの規模の減資と金融債権カットだけは、機構設立の前提として是非行なってほしいものです。特に東電のリストラについては、東電の言い値など絶対に信じてはいけません。監査法人についても同様です。会社更生に近い形で、ちゃんと選任された管財人が行なうべきです。
- 関連記事
-
- 滅亡か、米国債売却による経済復興か (2011/05/02)
- バーナンキの玉音放送か、強欲資本の破綻が近づく (2011/05/02)
- 復興財源には外貨準備を使え (2011/04/29)
- 3月鉱工業生産は戦後最大の落ち込み (2011/04/28)
- 迫っている危機。無能で無責任な政権 (2011/04/27)
- 岸:政府の東電支援策は国民へのツケ回し! (2011/04/26)
- 田村:円高は復興債発行を促す、増税は論外 (2011/04/25)
- 高橋洋一:大増税路線に騙されるな (2011/04/25)
- 外貨準備を上限に100兆円の国債発行で復興を (2011/04/23)
- 復興国債は日銀引受けとせよ、嘘だらけの「復興増税」 (2011/04/22)
- 不要な復興構想会議、政府は地元要望を迅速に (2011/04/22)
通貨戦争(29)動けなくなってきたユーロ
2011-04-26
EUとその通貨ユーロの持つ基本的で致命的な欠陥。
この欠陥はユーロ通貨発行の最初から解っていたのだが、見切り発車してしまった。
共通の通貨=共通の金融政策。対する各国個別財政政策の矛盾である。「ユーロは夢の終わりか」を参照。
要は、単一通貨建ての各国債が、人と物の流通どおりに、格差のある国家間を自由に流通してしまうので、各国の財政策を無効にしてしまうのである。「ヨーロッパの危機」、「欧米経済は財政削減で奈落に落ちるか」を御覧ください。
通常の通貨と国家の場合は、国債が国内債務である限りは、富が民間に移っているだけで、インフレさえ注意していれば、破綻はあり得ない。
対外債務飲みが、対外債権との差引き額として国民経済の借金である。
それがEUの場合は、東京都と沖縄県が別な国家で、競合しているようなことなので、沖縄県の巨額な対外債務となって現れる。
米国は基軸通貨の強みで、過剰流動性を供給しているが、ユーロは単に域内通貨なので、域内インフレが危ない。
国家間の債権債務について、何らかの統合的な仕組みを作らない限り、矛盾はEUの崩壊に向かわざるを得ない。
しかもこの機に、日本の震災と放射能汚染が実体経済を下降に引っ張る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギリシャの「借金棒引き」見通しはEU崩壊の序曲?
欧州ソブリン・リスク再燃が物語る“重大な意味” 真壁昭夫 4/26ダイヤモンド・オンライン
東日本大震災に関心が集中する傍ら、
気づけば欧州で「ソブリン・リスク」が再燃
わが国の大震災に心を奪われていた間、EU内部でもソブリン・リスクが再燃している。一部の経済専門家の間では、「ソブリン・リスクは、EUが抱える根本的な問題点が表面化したもので、今後問題はさらに拡大する可能性が高い」との指摘も出ている。
足もとの金融市場で話題に上がっているのは、ギリシャの債務再編(ヘアーカット)=債務の一部減免に関する観測だ。EUの高官の1人は、「今まで、ギリシャなど特定国の債務再編はEU内部で取り上げられたことはなく、今後もその可能性はない」と債務再編の可能性を明確に否定する。
一方別の高官は、「今後、ギリシャは債務再編をせざるを得ない。現在の状況では、今年の夏場を越すことができないだろう」と発言している。EU内部での議論の進展はわからないが、金融市場では「ギリシャが借金の棒引きを提言するのはほぼ時間の問題」との認識が大勢を占めている。
EU内部のPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)のソブリン・リスクを、それぞれの国の固有問題と見ることは適切ではない。何故なら、生産性や産業構造の異なるいくつもの国の経済を、単一の通貨と金融政策で運営しようとすること自体に問題があるからだ。
つまり、経済の規模も文化も大きく異なる国を、1つの国の経済のように運営することには、そもそも大きな矛盾があるということだ。
EU内のソブリン・リスクの高まりは、そうした問題が鮮明化したに過ぎないと捕らえるべきだ。これからEU内部のソブリン・リスクは、世界経済にとって大きな阻害要因になることが考えられる。
加盟国が自由な金融政策をとれない?
EU経済には本源的な問題が潜んでいる
本来、特定の国の経済が低迷すると、当該国は財政政策と共に金融政策を動員して、景気の回復を図ることになる。その場合、金融政策は緩和され、政策金利は引き下げられる。それに伴って自国通貨が下落する。
金利が低下することに加えて、通貨が弱含みの展開になるため輸出が増加し、経済は回復傾向に向かうことが想定される。そうした調整機能によって、当該国の経済は長期間の低迷を免れ、景気は活気を取り戻すことになる。
ところが、EUのケースでは、そうした国ごとの調整機能が備わっていない。というのは、ユーロ加盟国は基本的に自国の状況に合わせた金融政策を採ることができないからだ。
EU内の金融政策は、EU圏全体の経済状況によって決定される。つまり、1つの国の経済状況よりも、ユーロ圏全体の事情が優先されるのである。
有体に言うと、ドイツなど経済規模の大きな国の事情が優先されることになり、マグニチュードの小さな国の状況は勘案されにくいことになる。また、通貨に関しても、EU圏全体の経済状況が優先されることになる。
自国の経済が下落していても、他の有力国の経済が上昇傾向を辿っていると、通貨はむしろ強含みの展開になる。本来、自国経済のことを考えると、通貨は下落して欲しいのだが、他国の事情が反映されて、通貨は強くなってしまう。
そのぶんだけ、経済規模の小さな国は、より厳しい経済環境に追い込まれることになる。それは、ギリシャやポルトガルなどの国には不利な状況だ。
EUに参加することは本当に必要か?
国をまたぐと「支援の意識」はまちまちに
リーマンショック以降、多くの国がバランスシート調整のために財政を総動員した。その結果、多くの国が財政に余裕のない状況に陥っている。
EU全体をスムーズに運営するためには、ドイツなど経済的に余裕のある国から、窮地に陥っているギリシャやポルトガルなどに所得を移転するような、体制維持のシステムが必要になる。
ところが現在のEUには、それを十分に満たすシステムが見当たらない。それでは、早晩構造問題が鮮明化することは避けられなかった。
4月中旬、フィンランドでポルトガル救済プログラムに反対する政党が得票数を大幅に伸ばした。そのロジックは、「フィンランドの納税者の負担で、何故ポルトガルを救わなければならないか。ポルトガルは自国の納税者の負担で再生すべし」というものである。この論理こそ、EU圏の維持を難しくする根拠だ。
EU圏諸国を単一の金融政策・通貨で運営するということは、他の国が窮地に陥った国を救済する必要がある。それは、わが国の地方経済が低迷しているとき、都市圏で集めた税金を原資として、公共投資等の格好で所得移転をしてきたことを見ても明らかだ。
同一の国の中であれば、「困っている地方があれば、みんなで助けるのは当然」という発想になるのだが、国が違ってしまうと事情が違ってくる。救援資金を提供する国からすると、「大切な税金をよその国を助けることに使うのは言語道断」ということになりかねない。
実際ドイツなどでは、従来からそうした論調が目立っていた。それに加えて、今回フィンランドでそうした世論が高まっている。それを突き詰めて考えると、「何のためにEUに参加しなければならないか」、さらに「それほどコストがかかるのであれば、EUから離脱したほうがよい」ということになるかもしれない。結果として、EU全体の求心力が低下することになる。
投機筋の標的になりつつあるソブリン・リスク
ギリシャの「借金棒引き」はEU崩壊の序曲?
そうしたEUの求心力の低下を狙って、ヘッジファンドなどの投機筋が、すでにソブリン・リスクに陥っている諸国の国債を空売りしたり、ユーロを売り浴びせるオペレーションを行なっているという。
あるヘッジファンドのマネジャーにヒアリングしてみた。彼は、「今年中に、EU内部のソブリン・リスクが火を噴く可能性は約70%」と指摘していた。
彼の計算では、ギリシャは夏までに、現在の債務の3割から4割程度を引き下げる交渉を行なわざるを得ないという。つまり、ギリシャが負う借金の内、30%から40%を棒引きしてももらって、何とか残額を返済する計画を立て、それを債務者と交渉することになるというのである。
それが現実のものになると、ポルトガルやアイルランド、スペインなどにも悪影響が及ぶことになる。ギリシャが借金の棒引きを言い出すと、それ以外の国もそうした交渉を始めることが懸念され、当該国の国債を購入する投資家が激減するからだ。
その場合には、それらの国の国債は暴落し、新規の国債発行が難しくなる。その結果、資金繰りが逼迫し、最終的にはIMFなどの支援要請を行なうことになる。信用不安の増幅から、ユーロが売り込まれることも考えられる。最悪のケースでは、EUの崩壊が取り沙汰されるかもしれない。
いずれにしてもEUは、本源的な問題を担保するようなシステムをつくらない限り、EU圏の脆弱性を克服することはできない。少なくとも、当面EUには茨の道が待っていることだろう。
今年初め、ある経済専門家は「10年後、EUが今の格好で残っている可能性は5分の1」と主張した。その言葉が現実味を帯びてくることも考えられる。
この欠陥はユーロ通貨発行の最初から解っていたのだが、見切り発車してしまった。
共通の通貨=共通の金融政策。対する各国個別財政政策の矛盾である。「ユーロは夢の終わりか」を参照。
要は、単一通貨建ての各国債が、人と物の流通どおりに、格差のある国家間を自由に流通してしまうので、各国の財政策を無効にしてしまうのである。「ヨーロッパの危機」、「欧米経済は財政削減で奈落に落ちるか」を御覧ください。
通常の通貨と国家の場合は、国債が国内債務である限りは、富が民間に移っているだけで、インフレさえ注意していれば、破綻はあり得ない。
対外債務飲みが、対外債権との差引き額として国民経済の借金である。
それがEUの場合は、東京都と沖縄県が別な国家で、競合しているようなことなので、沖縄県の巨額な対外債務となって現れる。
米国は基軸通貨の強みで、過剰流動性を供給しているが、ユーロは単に域内通貨なので、域内インフレが危ない。
国家間の債権債務について、何らかの統合的な仕組みを作らない限り、矛盾はEUの崩壊に向かわざるを得ない。
しかもこの機に、日本の震災と放射能汚染が実体経済を下降に引っ張る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギリシャの「借金棒引き」見通しはEU崩壊の序曲?
欧州ソブリン・リスク再燃が物語る“重大な意味” 真壁昭夫 4/26ダイヤモンド・オンライン
東日本大震災に関心が集中する傍ら、
気づけば欧州で「ソブリン・リスク」が再燃
わが国の大震災に心を奪われていた間、EU内部でもソブリン・リスクが再燃している。一部の経済専門家の間では、「ソブリン・リスクは、EUが抱える根本的な問題点が表面化したもので、今後問題はさらに拡大する可能性が高い」との指摘も出ている。
足もとの金融市場で話題に上がっているのは、ギリシャの債務再編(ヘアーカット)=債務の一部減免に関する観測だ。EUの高官の1人は、「今まで、ギリシャなど特定国の債務再編はEU内部で取り上げられたことはなく、今後もその可能性はない」と債務再編の可能性を明確に否定する。
一方別の高官は、「今後、ギリシャは債務再編をせざるを得ない。現在の状況では、今年の夏場を越すことができないだろう」と発言している。EU内部での議論の進展はわからないが、金融市場では「ギリシャが借金の棒引きを提言するのはほぼ時間の問題」との認識が大勢を占めている。
EU内部のPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)のソブリン・リスクを、それぞれの国の固有問題と見ることは適切ではない。何故なら、生産性や産業構造の異なるいくつもの国の経済を、単一の通貨と金融政策で運営しようとすること自体に問題があるからだ。
つまり、経済の規模も文化も大きく異なる国を、1つの国の経済のように運営することには、そもそも大きな矛盾があるということだ。
EU内のソブリン・リスクの高まりは、そうした問題が鮮明化したに過ぎないと捕らえるべきだ。これからEU内部のソブリン・リスクは、世界経済にとって大きな阻害要因になることが考えられる。
加盟国が自由な金融政策をとれない?
EU経済には本源的な問題が潜んでいる
本来、特定の国の経済が低迷すると、当該国は財政政策と共に金融政策を動員して、景気の回復を図ることになる。その場合、金融政策は緩和され、政策金利は引き下げられる。それに伴って自国通貨が下落する。
金利が低下することに加えて、通貨が弱含みの展開になるため輸出が増加し、経済は回復傾向に向かうことが想定される。そうした調整機能によって、当該国の経済は長期間の低迷を免れ、景気は活気を取り戻すことになる。
ところが、EUのケースでは、そうした国ごとの調整機能が備わっていない。というのは、ユーロ加盟国は基本的に自国の状況に合わせた金融政策を採ることができないからだ。
EU内の金融政策は、EU圏全体の経済状況によって決定される。つまり、1つの国の経済状況よりも、ユーロ圏全体の事情が優先されるのである。
有体に言うと、ドイツなど経済規模の大きな国の事情が優先されることになり、マグニチュードの小さな国の状況は勘案されにくいことになる。また、通貨に関しても、EU圏全体の経済状況が優先されることになる。
自国の経済が下落していても、他の有力国の経済が上昇傾向を辿っていると、通貨はむしろ強含みの展開になる。本来、自国経済のことを考えると、通貨は下落して欲しいのだが、他国の事情が反映されて、通貨は強くなってしまう。
そのぶんだけ、経済規模の小さな国は、より厳しい経済環境に追い込まれることになる。それは、ギリシャやポルトガルなどの国には不利な状況だ。
EUに参加することは本当に必要か?
国をまたぐと「支援の意識」はまちまちに
リーマンショック以降、多くの国がバランスシート調整のために財政を総動員した。その結果、多くの国が財政に余裕のない状況に陥っている。
EU全体をスムーズに運営するためには、ドイツなど経済的に余裕のある国から、窮地に陥っているギリシャやポルトガルなどに所得を移転するような、体制維持のシステムが必要になる。
ところが現在のEUには、それを十分に満たすシステムが見当たらない。それでは、早晩構造問題が鮮明化することは避けられなかった。
4月中旬、フィンランドでポルトガル救済プログラムに反対する政党が得票数を大幅に伸ばした。そのロジックは、「フィンランドの納税者の負担で、何故ポルトガルを救わなければならないか。ポルトガルは自国の納税者の負担で再生すべし」というものである。この論理こそ、EU圏の維持を難しくする根拠だ。
EU圏諸国を単一の金融政策・通貨で運営するということは、他の国が窮地に陥った国を救済する必要がある。それは、わが国の地方経済が低迷しているとき、都市圏で集めた税金を原資として、公共投資等の格好で所得移転をしてきたことを見ても明らかだ。
同一の国の中であれば、「困っている地方があれば、みんなで助けるのは当然」という発想になるのだが、国が違ってしまうと事情が違ってくる。救援資金を提供する国からすると、「大切な税金をよその国を助けることに使うのは言語道断」ということになりかねない。
実際ドイツなどでは、従来からそうした論調が目立っていた。それに加えて、今回フィンランドでそうした世論が高まっている。それを突き詰めて考えると、「何のためにEUに参加しなければならないか」、さらに「それほどコストがかかるのであれば、EUから離脱したほうがよい」ということになるかもしれない。結果として、EU全体の求心力が低下することになる。
投機筋の標的になりつつあるソブリン・リスク
ギリシャの「借金棒引き」はEU崩壊の序曲?
そうしたEUの求心力の低下を狙って、ヘッジファンドなどの投機筋が、すでにソブリン・リスクに陥っている諸国の国債を空売りしたり、ユーロを売り浴びせるオペレーションを行なっているという。
あるヘッジファンドのマネジャーにヒアリングしてみた。彼は、「今年中に、EU内部のソブリン・リスクが火を噴く可能性は約70%」と指摘していた。
彼の計算では、ギリシャは夏までに、現在の債務の3割から4割程度を引き下げる交渉を行なわざるを得ないという。つまり、ギリシャが負う借金の内、30%から40%を棒引きしてももらって、何とか残額を返済する計画を立て、それを債務者と交渉することになるというのである。
それが現実のものになると、ポルトガルやアイルランド、スペインなどにも悪影響が及ぶことになる。ギリシャが借金の棒引きを言い出すと、それ以外の国もそうした交渉を始めることが懸念され、当該国の国債を購入する投資家が激減するからだ。
その場合には、それらの国の国債は暴落し、新規の国債発行が難しくなる。その結果、資金繰りが逼迫し、最終的にはIMFなどの支援要請を行なうことになる。信用不安の増幅から、ユーロが売り込まれることも考えられる。最悪のケースでは、EUの崩壊が取り沙汰されるかもしれない。
いずれにしてもEUは、本源的な問題を担保するようなシステムをつくらない限り、EU圏の脆弱性を克服することはできない。少なくとも、当面EUには茨の道が待っていることだろう。
今年初め、ある経済専門家は「10年後、EUが今の格好で残っている可能性は5分の1」と主張した。その言葉が現実味を帯びてくることも考えられる。
- 関連記事
-
- 通貨戦争(34)休止状態に入った世界通貨戦争 (2011/05/16)
- 通貨戦争(33)9.11からの米国、3.11からの日本 (2011/05/12)
- 通貨戦争(32)ドル大増刷が米国自身をも苦しめ始めた。 (2011/05/01)
- 通貨戦争(31)ペーパーマネー (2011/04/29)
- 通貨戦争(30)バーナンキのインフレ・パラドックス (2011/04/28)
- 通貨戦争(29)動けなくなってきたユーロ (2011/04/26)
- 世界通貨戦争(28)犠牲となる新興国、途上国 (2011/03/11)
- 世界通貨戦争(27)ドル覇権の終わりが見えてきた (2011/03/05)
- 世界通貨戦争(26)市場の強欲が貧困な大衆を襲う (2011/02/23)
- 世界通貨戦争(25)日本マスコミがカットしたオバマ演説 (2011/02/14)
- 世界通貨戦争(24)ドル増刷が招く世界騒乱 (2011/02/10)
三橋:ショック・ドクトリン後編(1)
2011-04-26
「ショック・ドクトリン前編」、「ショック・ドクトリン中編」に続く「後編」です。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ショック・ドクトリン(後編) 三橋貴明
2011/05/03 (火) 09:08
前回、前々回と「消費税増税を実現するためのショック・ドクトリン」について取り上げた。すなわち、「震災から復興するためにこそ、増税」なる奇妙な理屈である。
断言しておくが、世界の歴史をさらっても、「大震災から復興するために、増税」などという、おかしな政策を実行に移した事例は存在しない。震災等の「ショック」が発生した場合、余程のことがない限り、国民の支出意欲は削がれる。国民の支出意欲とは、GDP(国内総生産)そのものである。
震災等のショックで国民の支出意欲が減退すると、GDPは一時的に縮小方向に向かう。結果、政府の税収は黙っていても減ってしまう。そのため、普通の国であれば、震災後は国債発行など、GDPに「ショック」を与えない形で復興の原資を調達する。と言うよりも、それ以外の方法で復興資金を調達したケースなどない。
もちろん、国債の発行のみでは長期金利の上昇や、円高による輸出企業へのダメージも発生する。当然の話として、日銀の国債買取などを「パッケージ」として行わなければならない。散々に繰り返して恐縮だが、日銀が金融市場から国債を買い取るのみならず、国会決議の上で、直接引き受けをしても構わない。この場合は、長期金利は上昇しないため、円高などの回避が、より容易になる。
財政法第5条の条文は、以下の通りである。
『第5条 すべて,公債の発行については,日本銀行については,日本銀行にこれを引き受けさせ,また,借入金の借入については,日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し,特別の事由がある場合において,国会の議決を経た金額の範囲内では,この限りではない』
東日本大震災という国難にが「特別な事由」でなくして、果たして何を持って「特別な事由」と呼ぶのだろうか。甚だしく疑問である。
さて、実のところ「ショック・ドクトリン」の本命は、財務省が意図している増税ではない。増税同様、インフレ対策の一種である「自由化」あるいは「規制緩和」こそが、ショック・ドクトリンの本命なのである。
何しろ、ショック・ドクトリンの元祖は、新自由主義の本家たるミルトン・フリードマンである。フリードマンは、新自由主義の本家として「完全なる自由主義経済」を主張し、ケインズ型の政策を批判した。フリードマンは、1930年代の大恐慌すらも、市場の失敗ではなく、政府の失策が原因だと主張しているのである。
具体的な新自由主義の方策として、フリードマンは「あらゆる政府の規制の緩和」や、「徹底的な経済の対外開放(貿易の自由化)」などを主張している。
無論、フリードマンは上記の政策を現実のものにするためには、困難を伴うことを理解していた。だからこそ、フリードマンは、
「真の改革は、危機的な状況によってのみ可能になる」
なる言葉を残したわけである。
「真」かどうかはともかく、危機的な状況により「改革」が可能になり、実際に実行に移したのが、96年に始まる橋本政権である。橋本政権は、震災により痛めつけられた日本経済を「強靭にする」というお題目で、金融ビッグバンや消費税アップなど、様々な規制緩和、緊縮財政を実行に移し、日本経済を奈落の底に突き落とした。
くどいようだが、筆者は別にフリードマンの新自由主義や構造改革、あるいは財政健全化について、何らかのイデオロギーに基づき、全面的に否定しているわけでも何でもない。単に、環境によって「正しい政策」と「間違った政策」があると主張しているに過ぎない。フリードマン式の構造改革や、財務省がお好みの増税なども、実施する上で正しい環境というものは存在する。単に、現在の日本は違うと言いたいだけである。
『2011年4月18日 産経新聞「日本経団連 復興のためにも「TPP早期参加を」」
日本経団連は18日、東日本大震災後の復興に寄与するためにも、日本は貿易・投資立国の立場を堅持し、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加を急ぐべきだとする通商戦略に関する提言をまとめた。
提言は、TPPに参加しなければ、日本は部品と製品の国際的なサプライチェーン(供給網)構築に後れをとってしまうと警告。菅直人首相らがTPP参加判断の先送りを示唆しているが、「参加棚上げ論を聞くが、関係省庁から連絡は来ておらず早期参加に向けた政府のスタンスは不変だ」(経団連)と強調した。
さらに、TPPはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構築につながる重要な協定で、日本と参加国との貿易額は日本の貿易額の25%、直接投資残高は同41%を占めていると指摘。不参加の場合は日本企業の売上高が減り、日本国内の生産拠点を海外に移さざるを得なくなるとした。』
あまりにも予想通りのタイミングで、予想通りの言説が登場し、筆者は思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。「東日本大震災後の復興に寄与するためにも、TPP」というフレーズの響きはいいが、例により文章の前後の論理関係が不明である。というよりも、「震災復興」と「TPP」は、全く繋がらないと断言できる。
そもそも、TPPとは農業や製造業、各種サービス業(金融、投資を含む)、政府調達(公共投資含む)などについて「経済を対外開放」し、競争を激化させようという政策である。日本の新聞はTPPについて論じるとき、「農業 対 製造業」といった、恐ろしく矮小化した報道姿勢を貫いている。とはいえ、現状のTPP規約や進行中の作業部会においては、農業、製造業の他にも、金融、保険、投資、建設、医療、法律など、アメリカが得意とするサービス業の規制緩和が含まれている。TPPは、農業の問題でもなければ、製造業の問題でもない。両者は現在のTPP作業部会において、それぞれ24分の1の項目を占めるに過ぎないのだ。
そもそも、農業の問題に絞っても、TPP導入の弊害は大きい。何しろ、今回の東日本大震災において、大きな被害を受けた東北地区は、日本の「穀倉地帯」なのである。TPP推進論者は、震災による直接的な被害に加え、福島原発により多大な風評被害を受けている日本の農産業従事者に対し、
「TPPでアメリカやオーストラリアの農産業が日本に入ってきます。皆さん、頑張って競争してください」
などと言ってのけているわけである。率直に言えば、神経を疑う。
そもそも、TPP推進論者は農業と製造業を同一の指標で評価する傾向があるが、両者には一つ、決定的な違いがあることに気がついていない。製造業は場所を選ばず、さらに言えば「国を選ばず」操業することが可能だが、農業はそうはいかないのだ。
製造業であれば、海外との競争が激化した結果、外国に直接投資を行い、生産ラインを移転することが可能だ。より人件費の低い国に製造現場を移すことで、生産性を高めることができるわけである。現実に、日本の製造業の「空洞化」が、問題視されるようになってから久しい。
ところが、農業の基盤である「土地」は、外国に持ち出すことはできないのだ。米豪など極端に生産性が高い国々との競争を強いられ、苦境に陥った農業従事者は、最終的には廃業するしかない。
農業従事者の離職は、国内の雇用環境を悪化させ、ただでさえ落ち込んでいる日本人の給与水準の低下圧力になる。それ以前に、外国産の農産物により外食産業などの競争が激化すると、これまた失業率の上昇要因、給与水準の低下要因になってしまう。デフレで苦しむ国家が「貿易の自由化」などのお題目で、国内競争を激化させたところで、問題が悪化するだけの話だ。
(ショック・ドクトリン後編(2)へ続く)
ーーーーーーーーーーーーーーー
ショック・ドクトリン(後編) 三橋貴明
2011/05/03 (火) 09:08
前回、前々回と「消費税増税を実現するためのショック・ドクトリン」について取り上げた。すなわち、「震災から復興するためにこそ、増税」なる奇妙な理屈である。
断言しておくが、世界の歴史をさらっても、「大震災から復興するために、増税」などという、おかしな政策を実行に移した事例は存在しない。震災等の「ショック」が発生した場合、余程のことがない限り、国民の支出意欲は削がれる。国民の支出意欲とは、GDP(国内総生産)そのものである。
震災等のショックで国民の支出意欲が減退すると、GDPは一時的に縮小方向に向かう。結果、政府の税収は黙っていても減ってしまう。そのため、普通の国であれば、震災後は国債発行など、GDPに「ショック」を与えない形で復興の原資を調達する。と言うよりも、それ以外の方法で復興資金を調達したケースなどない。
もちろん、国債の発行のみでは長期金利の上昇や、円高による輸出企業へのダメージも発生する。当然の話として、日銀の国債買取などを「パッケージ」として行わなければならない。散々に繰り返して恐縮だが、日銀が金融市場から国債を買い取るのみならず、国会決議の上で、直接引き受けをしても構わない。この場合は、長期金利は上昇しないため、円高などの回避が、より容易になる。
財政法第5条の条文は、以下の通りである。
『第5条 すべて,公債の発行については,日本銀行については,日本銀行にこれを引き受けさせ,また,借入金の借入については,日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し,特別の事由がある場合において,国会の議決を経た金額の範囲内では,この限りではない』
東日本大震災という国難にが「特別な事由」でなくして、果たして何を持って「特別な事由」と呼ぶのだろうか。甚だしく疑問である。
さて、実のところ「ショック・ドクトリン」の本命は、財務省が意図している増税ではない。増税同様、インフレ対策の一種である「自由化」あるいは「規制緩和」こそが、ショック・ドクトリンの本命なのである。
何しろ、ショック・ドクトリンの元祖は、新自由主義の本家たるミルトン・フリードマンである。フリードマンは、新自由主義の本家として「完全なる自由主義経済」を主張し、ケインズ型の政策を批判した。フリードマンは、1930年代の大恐慌すらも、市場の失敗ではなく、政府の失策が原因だと主張しているのである。
具体的な新自由主義の方策として、フリードマンは「あらゆる政府の規制の緩和」や、「徹底的な経済の対外開放(貿易の自由化)」などを主張している。
無論、フリードマンは上記の政策を現実のものにするためには、困難を伴うことを理解していた。だからこそ、フリードマンは、
「真の改革は、危機的な状況によってのみ可能になる」
なる言葉を残したわけである。
「真」かどうかはともかく、危機的な状況により「改革」が可能になり、実際に実行に移したのが、96年に始まる橋本政権である。橋本政権は、震災により痛めつけられた日本経済を「強靭にする」というお題目で、金融ビッグバンや消費税アップなど、様々な規制緩和、緊縮財政を実行に移し、日本経済を奈落の底に突き落とした。
くどいようだが、筆者は別にフリードマンの新自由主義や構造改革、あるいは財政健全化について、何らかのイデオロギーに基づき、全面的に否定しているわけでも何でもない。単に、環境によって「正しい政策」と「間違った政策」があると主張しているに過ぎない。フリードマン式の構造改革や、財務省がお好みの増税なども、実施する上で正しい環境というものは存在する。単に、現在の日本は違うと言いたいだけである。
『2011年4月18日 産経新聞「日本経団連 復興のためにも「TPP早期参加を」」
日本経団連は18日、東日本大震災後の復興に寄与するためにも、日本は貿易・投資立国の立場を堅持し、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加を急ぐべきだとする通商戦略に関する提言をまとめた。
提言は、TPPに参加しなければ、日本は部品と製品の国際的なサプライチェーン(供給網)構築に後れをとってしまうと警告。菅直人首相らがTPP参加判断の先送りを示唆しているが、「参加棚上げ論を聞くが、関係省庁から連絡は来ておらず早期参加に向けた政府のスタンスは不変だ」(経団連)と強調した。
さらに、TPPはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構築につながる重要な協定で、日本と参加国との貿易額は日本の貿易額の25%、直接投資残高は同41%を占めていると指摘。不参加の場合は日本企業の売上高が減り、日本国内の生産拠点を海外に移さざるを得なくなるとした。』
あまりにも予想通りのタイミングで、予想通りの言説が登場し、筆者は思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。「東日本大震災後の復興に寄与するためにも、TPP」というフレーズの響きはいいが、例により文章の前後の論理関係が不明である。というよりも、「震災復興」と「TPP」は、全く繋がらないと断言できる。
そもそも、TPPとは農業や製造業、各種サービス業(金融、投資を含む)、政府調達(公共投資含む)などについて「経済を対外開放」し、競争を激化させようという政策である。日本の新聞はTPPについて論じるとき、「農業 対 製造業」といった、恐ろしく矮小化した報道姿勢を貫いている。とはいえ、現状のTPP規約や進行中の作業部会においては、農業、製造業の他にも、金融、保険、投資、建設、医療、法律など、アメリカが得意とするサービス業の規制緩和が含まれている。TPPは、農業の問題でもなければ、製造業の問題でもない。両者は現在のTPP作業部会において、それぞれ24分の1の項目を占めるに過ぎないのだ。
そもそも、農業の問題に絞っても、TPP導入の弊害は大きい。何しろ、今回の東日本大震災において、大きな被害を受けた東北地区は、日本の「穀倉地帯」なのである。TPP推進論者は、震災による直接的な被害に加え、福島原発により多大な風評被害を受けている日本の農産業従事者に対し、
「TPPでアメリカやオーストラリアの農産業が日本に入ってきます。皆さん、頑張って競争してください」
などと言ってのけているわけである。率直に言えば、神経を疑う。
そもそも、TPP推進論者は農業と製造業を同一の指標で評価する傾向があるが、両者には一つ、決定的な違いがあることに気がついていない。製造業は場所を選ばず、さらに言えば「国を選ばず」操業することが可能だが、農業はそうはいかないのだ。
製造業であれば、海外との競争が激化した結果、外国に直接投資を行い、生産ラインを移転することが可能だ。より人件費の低い国に製造現場を移すことで、生産性を高めることができるわけである。現実に、日本の製造業の「空洞化」が、問題視されるようになってから久しい。
ところが、農業の基盤である「土地」は、外国に持ち出すことはできないのだ。米豪など極端に生産性が高い国々との競争を強いられ、苦境に陥った農業従事者は、最終的には廃業するしかない。
農業従事者の離職は、国内の雇用環境を悪化させ、ただでさえ落ち込んでいる日本人の給与水準の低下圧力になる。それ以前に、外国産の農産物により外食産業などの競争が激化すると、これまた失業率の上昇要因、給与水準の低下要因になってしまう。デフレで苦しむ国家が「貿易の自由化」などのお題目で、国内競争を激化させたところで、問題が悪化するだけの話だ。
(ショック・ドクトリン後編(2)へ続く)
- 関連記事
-
- ギリシャを解体、山分けする国際金融資本 (2011/09/23)
- 火事場泥棒を狙う「震災復興構想会議」 (2011/06/24)
- ショック・ドクトリン遺伝子組替え作物 (2011/06/21)
- ショック・ドクトリンと言う火事場泥棒 (2011/05/21)
- 三橋:ショック・ドクトリン前編(1) (2011/05/02)
- 三橋:ショック・ドクトリン前編(2) (2011/05/02)
- 三橋:ショック・ドクトリン中編(1) (2011/04/29)
- 三橋:ショック・ドクトリン中編(2) (2011/04/29)
- 三橋:ショック・ドクトリン後編(1) (2011/04/26)
- 三橋:ショック・ドクトリン後編(2) (2011/04/26)
- 民に財源出させる火事場泥棒の米国と財界 (2011/04/23)