世界通貨戦争(6)ドルのインフレ政策
2010-11-16

アメリカFRBは6000億ドルの流動性供給でインフレ政策に踏切り、ドル下落と商品価格上昇は疑いない。
対抗する新興国は金融規制強化や預金準備率引き上げなどを行っているが、インフレ波及と金利上昇は避けられないだろう。
従って、3年も前から中期的には言われていたこと。すなわち資金は商品と円買いに向かい、強烈な円高の可能性。これが現実性を持ってきている。
「世界通貨戦争」に続いて、スティグリッツ教授から引用します。
FRBの量的緩和はドル安をもたらし、アメリカ企業の競争力を高める一方、新興市場の通貨高と資産バブル、インフレを引き起こした。
金利がゼロに近いなかで、米連邦準備制度理事会(FRB)をはじめとする諸国の中央銀行は、意味のある存在であり続けるために四苦八苦している。
彼らの矢筒の中の最後の矢は、量的緩和と呼ばれるもの。FRBが近年行ってきた他のあらゆる政策とほぼ同様に、アメリカ経済を回復させる効き目はないだろう。
それどころか、量的緩和は納税者に多額の負担を強い、おまけにこの先何年もFRBの効力を損なうことになるだろう。
ジョン・メイナード・ケインズは、大恐慌の際には金融政策は効かなくなると主張した。
中央銀行は景気後退期に投資を促進することより、バブル期に市場の根拠なき熱狂を抑え込むこと──経済を制御するために信用のアベイラビリティ(利用しやすさ)を制限したり、金利を引き上げたりすること──のほうが得意なものだ。
優れた金融政策がバブルの発生を防ぐことに狙いを定めるのはそのためだ。
だが、20年以上にわたり、市場原理主義者とウォール街に牛耳られてきたFRBは、熱狂を抑え込むことに失敗しただけでなく、応援団として行動した。
そして、現在の混乱の発生に中心的役割を果たした揚げ句、今になって面目を取り戻そうとしているのである。
2001年には利下げが効いたようには見えたが、それも想定されていたような効き方ではなかった。低金利は工場や機器への投資を促進するよりも、むしろ不動産バブルをふくれ上がらせた。
これが無謀な消費を可能にし──それはつまりは相応の資産に裏打ちされることなく負債が生み出されたということだった──行き過ぎた不動産投資を助長し、解消に何年もかかる過剰ストックを生んだ。
長期金利が低下しても 中小企業向け貸し出し金利は下がらない
過去数年間の金融政策で評価できるのは、リーマン・ブラザーズの破綻に続く恐れのあったきわめて悲惨な事態を防いだことぐらいだろう。
だが、短期金利の低下が投資を促進したとは、誰一人として思っていないはずだ。現に、企業向け貸し出し──とりわけ中小企業への貸し出し──は、アメリカでもヨーロッパでも危機前より著しく低い水準のままだ。FRBや欧州中央銀行は、この問題についてなにも策を講じてこなかったのだ。
FRBや欧州中央銀行は、景気を浮揚させるために中央銀行が取るべき策は金利の引き下げだけだとする標準的な金融政策モデルにいまだにとらわれているようだ。
標準モデルは危機を予測できなかったのだが、間違った考えはなかなか死なないものだ。そのため、短期国債の利回りをゼロに近いレベルに下げても効果がないのに、長期金利の低下が景気を刺激することに期待をかけているのである。成功の可能性はゼロに近い。
大企業にはキャッシュがあり余っており、金利が少しばかり下がっても彼らにはあまり違いはない。
また、政府が支払う金利、すなわち国債の利回りは低下しているのに、資金調達に苦労している多くの中小企業にはそれに応じた金利の低下の恩恵はない。
もっと重要なのは融資のアベイラビリティだ。アメリカの多くの銀行が脆弱であるため、貸し出しは引き続き抑制されるだろう。そのうえ、中小企業への融資はほとんどが担保融資だが、最も一般的な担保である不動産価格は大きく下落している。
不動産市場を活性化するためのオバマ政権の努力は、さらなる落ち込みを先送りしただけで、惨憺たる失敗に終わっている。楽観主義者でさえ、不動産価格が近いうちに大幅に上昇するとは思っていない。要するに、量的緩和──長期国債や住宅ローン担保証券を買い取ることで長期金利を低下させる政策──に、企業活動を直接刺激する効果はあまりないのだ。
だが、この政策は二つの点で景気浮揚効果をもたらすかもしれない。一つは通貨安競争というアメリカの戦略の一環としてである。アメリカは公式には依然として強いドルが望ましいとしているが、金利が低下すると為替レートは下がる。
これを為替操作と見なすか、金利低下の偶然の副産物と見なすかは重要ではない。確かな事実は、金利低下によるドル安がアメリカに貿易面でいくらかの競争優位をもたらしているということだ。
その一方で、投資家がアメリカ以外の国により高い利回りを求めるなかで、大量のマネーがドルから他の通貨に流れ、世界中の新興市場の為替レートを押し上げている。
新興市場はこの状況を理解し、憤慨している(たとえばブラジルは強烈に懸念を表明している)。自国通貨の価値の上昇についてだけでなく、マネーの流入が資産バブルをあおったりインフレを誘発したりすることに怒りを感じているのである。
バブルやインフレに対する新興市場国の中央銀行の通常の対応は、金利を引き上げることだ。それによって、これらの国々の通貨の価値はさらに高まる。
したがってアメリカの政策は、ドルを弱くするとともに、他国を通貨高につながる措置に追いやるという意味で(なかには短期の資金流入に障壁を設けるとか、為替市場に直接介入するといった対抗措置を取っている国もあるが)、通貨安競争で二重の効果を上げているのである。
FRBが買い取った住宅ローン担保証券が もたらす損失の可能性
量的緩和がわずかでも効果を持ちうるもう一つの点は、住宅ローンの金利を低下させることだ。これは不動産価格を維持する助けになるだろう。したがって、量的緩和はいくらかの──おそらく弱いものだろうが──バランスシート効果をもたらすだろう。
だが、潜在的なコストの大きさがこれらの小さな便益を帳消しにする。FRBは1兆ドル以上の住宅ローン担保証券を買い取っており、その価値は景気が回復したら低下する。民間部門がどこも買いたがらないのは、まさにこのためだ。
政府はキャピタルロスを被っていないように見せかけるかもしれない。銀行と違って、政府は時価会計を義務づけられていないからだ。
だが、FRBがこれらの債券を満期まで保有したとしても、だまされてはいけない。損失が認識されないようにするために、FRBはまだ効果が証明されていない不確実で高くつく金融政策ツール──銀行に貸し出しを控えさせるために準備預金に高い利息を付けるというような──に頼り過ぎるようになるかもしれないのだ。
FRBが危機前のひどい仕事ぶりの埋め合わせをしようとしているのはよいことだ。だが、残念ながら、FRBが経済の安定を維持することに失敗した──そして再び失敗することが確実な──考え方やモデルを変えたという証拠は見当たらない。
FRBの前回の失敗は途方もなく高くついた。FRBが懸命に値札を隠そうとしても、新しい失敗もやはり途方もなく高くつくだろう。
(週間ダイヤモンド)
- 関連記事
-
- 世界通貨戦争(11)中央銀行制度批判 (2010/12/15)
- 世界通貨戦争(10)欧州の財政危機 (2010/12/03)
- 世界通貨戦争(9)危険なアメリカ (2010/11/26)
- 世界通貨戦争(8)財政問題化 (2010/11/23)
- 世界通貨戦争(7)バーナンキの学習会 (2010/11/21)
- 世界通貨戦争(6)ドルのインフレ政策 (2010/11/16)
- 世界通貨戦争(5)日本国債も財政も良好 (2010/11/15)
- 世界通貨戦争(4)日本 (2010/10/27)
- 世界通貨戦争(3)欧米と国際金融資本 (2010/10/26)
- 世界通貨戦争(2)表向きの混乱 (2010/10/10)
- 世界通貨戦争 (2010/10/07)