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ファシズム(2)

ファシズム考2   ーファシズムとは何だったのか?

投稿者 影の闇 日時 2010 年 10 月 22 日 20:21:27

 ファシズムが何だったのか?という理解の為には第一次大戦前後の状況乃びファシズム登場前夜の状況への理解が欠かせませんが、事柄の性質上、詳細な論証なり検証は省いておきます。 
 ただ第一次大戦(事柄の本質から言えば欧州大戦)が、欧州諸国における国民国家を基本とする国際関係の極大化として、19世紀後半より始まった「帝国主義のゲーム」の破綻であったことは概ね同意されると思います。

 
そして大戦の前後に現われた新たな状況ーロシア革命やドイツ革命(失敗)、そしてアメリカの参戦、これは何れも戦争の勝敗なりその帰趨を決定的にすると同時に、次代の新たな相貌を告知することとなりました。 

 即ち、ロシアやドイツが、大衆の反乱によって、戦争遂行が不可能になったのみならず、国家が転覆する事態となり、又その参戦が大戦の局面を決定的に変え、その後の戦後の国際秩序を主導するというように、アメリカが国際的なリーダーシップを握る地位に登場してくるーその後急速に国際政治の影の主役となっていったソ連を含めて考えると、国民国家を基本とするナショナリズムのゲームが成り立たなくなったこととインター・ナショナリズムを掲げた米ソの世界の舞台への登場は表裏の現象と捉えられますー。

 そうして、これら一連の出来事が、無関係に起きてることではなく、底流では繋がってると見る思想や書物が現れて来る。   

 レーニンの思想及びその『帝国主義論』などは代表的なものでしょうが、今回の論旨に即して言えば次の二つが重要です。  
  
 『西洋の没落』『大衆の反逆』
『西洋の没落』については、その題名から分かるように、大戦を没落に至るプロセスと捉え、ヨーロッパが衰退に入ったことを論じるものです。 非西欧の我々から観れば米ソの登場は西洋の拡張にも見えるわけですが、当の西欧にとっては自分達の地位の低下と感じ取っているということが重要です。
  言うまでも無く、西欧から見れば、米国やロシアは1ランクも2ランクも下の存在とそれまで見做してきたのですから。
 そしてその意味を<大衆>という概念で鮮やかに描出してみせたのがオルテガ『大衆の反逆』です。 上でも言った様に、言うなれば戦争という最高の国策遂行を頓挫させたばかりか、国家体制の崩壊まで招き寄せる、他方その大衆の<自由>(米)<平等>(ソ連)を旗印にした国家が国際政治に大きな影響力を及ぼし始めて来る。  

 つまり、大衆の動向が決定的なカギを握る時代ー紛うことなき<大衆の時代>がやって来た、という事です。
従って、<大衆の時代>に合わせて国家や社会を創り変えていくことが必須の課題として求められて来る。
  そうしてその際、大衆社会を、一挙に、暴力的に創り出して行く方法としてのボルシェヴィズムが圧倒的な影響力を持って来る。 
-このように見て来ると、ファシズムとは何だったのか、解って来るのではないでしょうか?

 殊に敗戦国だったドイツの場合は決定的ですが、旧来の支配層とその方法が信頼を喪う中で、新たに<大衆>印が刻印された<権力>及び社会を創出していく役割を担って登場したのがこれらの政党であり、その方法はボルシェヴィズムに強く影響されていた、ということです。
 
従って、この事から分かる通り、ファシズムとは、ソ連共産主義と同位の現象であると共に、アメリカの世界への登極に対応する現象だった、と言えます。 

 
これを近代というやや巨視的な視点で観ると、アメリカ独立や産業革命等、海からの衝撃に対する陸の応答がフランス革命であり、そのヘゲモニーが西欧という地域の枠組みを越えたことを示すのがイギリスからアメリカへの覇権交代だったとするなら、それに対する陸の応答がロシア革命だった、ということになります。 

 つまり、フランス革命を大衆印に焼き直し、世界的にしたものがロシア革命だったという訳です。

従って、この角度から見れば、”ジャコバン独裁”と”ボルシェヴィキ独裁”は元より、19世紀の英仏対立と(間に英独対立を挟んで)20世紀の米ソ対立、”大陸封鎖”と”鉄のカーテン”がー<海>対<陸>の対立としてー類比的に捉えることが出来るでしょうし、所謂「赤軍大粛清」は、ソ連赤軍の中から「ナポレオン」が登場することへのスターリンの恐怖が真因※という説も肯けるでしょう。 

 他方、これを「アメリカの登極」という視点から観れば、アメリカが出て来なかったら「共産主義」もファシズムも出て来なかった!ーと言えるのです。

 
※これを、スターリンの妄想とか猜疑心といった様な、個人(資質)の問題に帰すことは誤りでしょう。
 何故ならこれは、中国において、「人民解放軍」が何故「党の軍隊」であって「国家の軍隊」ではないのか?
 所謂「林彪問題」とは何だったのか?を解く鍵である一方、ナポレオン中尉からチャベス中佐まで、多くの国において、軍人が政治の中心舞台に登場して来る必然性にも係って来る問題でもあるのですから。  
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ファシズム(3)

ファシズム考3  大政翼賛会ーそれは政党が官僚に屈服した姿である

投稿者 影の闇 日時 2010 年 10 月 22 日 20:17:36: HiXvZf/FmwPNU

 それでは日本ではこの点はどうだったのか?というと、西欧と共通する要素と共に、それとは丸で異なった様相が見えて来ます。

 「大正政変」等で、明治以来の薩長中心の「藩閥政治」が権威を失墜して行く中で登場してきた「政党政治」が、まさに西欧と同じく、「旧来の支配層とその方法が信頼を喪う中で、新たに<大衆>印が刻印された<権力>を創出していく役割を担って登場した」ものであることは、その指導的政治家であった原敬が「官僚機構内部への政党の影響力拡大強化」に腐心したことでも明らかでしょう。
 勿論その他にも、高等教育の拡充や地方への利益配分等、様々な施策を無見れば、大衆社会とそれに合わせた国造りを行っていったことが見て取れます。

 つまり、これらから導き出せる一般的な命題は、洋の東西問わず(勿論、これには中国の国民党や共産党も入ります)、政党とは大衆社会に応じた政治スタイルであり、何れも第一次大戦前後に登場した(アメリカの)時代に見合ったものだった、ということです。

 そうして、彼我の違いを分けたものこそ<革命>の有り無し、即ち<大いなる権威>の喪失とその新たな創出が必要とされたかどうか、つまりボルシェヴィズムの客観的条件が在ったかどうか。 

 その点から観ると、大戦の勝ち組であり、明治以来の大いなる権威(=天皇)が存した日本においてはその条件はかった、或いは熟してなかったと言えます。 日本共産党の悲喜劇は、そのことを示して余りあるものです。
しかしながら、他方、その事が却って、大正から昭和の暗転をもたらしたのではなかったか?

 政党政治の進展乃至展開は、そのまま行けば、明治以来の藩閥政治(有司専制)に代わる、新たな政治主体の形成を可能ならしめたかも知れない。
 しかしながら、それによって、明治以来の既得権とか秩序が壊れることを恐れた支配層が徹底した反撃に出ます。  そしてその主役となったのが平沼騏一郎率いる司法官僚であったことは、今回の「小沢捜査」の本質を理解する上でも、極めて重要であろうと思われます。

 何故なら、戦後、本格的にこの「政党政治」を実現しようとしたのが田中角栄であり、それ故彼は、76年夏の、(アメリカの意思を背景にした)霞ヶ関総意の「検察クーデター」で表舞台から排除されたのです。
  小沢一郎はその田中角栄の衣鉢を継ぐ政党政治家と見做されてるが故に、検察を中心とする霞ヶ関、及び支配層に繋がる右派(更に左派も!)の<敵意>を一身に浴びているーつまり、この点においては、近代日本の構図は変わっていないーバックに宮廷官僚が居るのかアメリカが居るのかの違いのみーということです。

 とまれ、その中心的政治家原敬がテロで倒され、後を継いだ政治家も検察や支配層に繋がる右派によって粛清・排除され、政党政治がガタガタになっていく。 西欧や中国などと異なり、日本においては政党は暴力化せず、逆に政党が暴力によって潰されていったのです。
 従って、「政党政治」が瓦解した結果として出て来た「大政翼賛会」が何であるのか、明らかでしょう。 

 ーそれは「大政」(明治以来の政治の在り方=官僚専制)を「翼賛」するー即ち、官僚に政党が屈服した姿なのです。
 
 そしてこのように見て来れば、現在の我々の直面する問題の在処及びその本質も見えて来るはずです。
先ず、ファシズムとは歴史現象、つまり大衆社会を創るという歴史的条件下で登場して来たのであって、再びファシズムが起こる事は有り得ません。
 従って「ファッショ化の危機」論とか「小沢=ファシスト」説は完全に誤りであり、政党や政治家に原因や責任が有るかのような「大政翼賛会化」論議も認識が逆立ちしております。

 正確に問うのであれば、再び政党が官僚に屈服して仕舞うのか?-でなければならない。
 柄谷行人が言う様に、所詮「議会制民主主義とは、実質的に、官僚或いはそれに類する者たちが立案したことを、国民が自分で決めたかのように思い込むようにする、手の込んだ手続き」(『世界共和国へ』)だとしても、「官僚或いはそれに類する者」が必ずしも霞ヶ関とイクオールではないのだから。
 
 無論、より本質的に問うのなら、政党政治の有効性(これは国内的にも国際的にも)ということで、これは国民国家及び大衆社会の行く末ー従って<アメリカの時代>がどうなるのか?ーということにも関わって来ざるを得ない問題ですから、本来はそういった視点も入れて論じられるべきでしょう。

 しかしながら、少なくとも当面、政治の主体としては政党以外は考えられないとしたら、政党機能の強化や政党の官僚に対する優位性の確保の問題等は決して蔑ろに出来ないと考えます。
 分けても国際政治において、日本が主体的な外交を行ったのは田中内閣の時を除いて殆ど無かったところに表れてる様に、官僚が主役である限り”数の子”的なことしか出来ないでしょうし、又米国の占領支配も安泰でしょう。
 
何故なら、官僚は、或る枠組みの中での事務的処理能力には長けていても、その枠組み自体を変えたり、創っていくという政治本来の権能は有していないからです。

 この政治本来の権能を有する主体の形成という問題は、”大正デモクラシ-”下の原敬の蹉跌、”戦後民主主義”下の田中角栄の蹉跌を経て、現在になお引き継がれた未成の問題として※、我々の前に在ると考えねばならない。

 つまり、(官僚に対する)政治の復権と(米国からの)主権回復は同位の問題として把握されなければならないのです。
  
他方又同時に、昭和前期の所謂「日本型ファシズム」や所謂「軍国主義」にしても、本来は、この問題を措いては考えられません。 そうして更には、先の戦争は本当は何だったのか?ということも。

※”平民宰相”原敬と”庶民宰相”田中角栄は、近代日本のエスタブリッシュメント=支配層とは外れてることでも類比的であり、
原敬(大元から言えば星亨)から犬養毅までと、(大元から言えば鳩山一郎)田中角栄から小沢一郎までは、政党政治家として、本来ひと繋がりに連なっていると見做さなければならない。
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ファシズム(4)(5)

ファシズム考4   (日本型)ファシズムではなく、(天皇制)ボナパルティズム

投稿者 影の闇 日時 2010 年 10 月 22 日 20:13:09:

 それでは所謂「日本型ファシズム」、30年代に現れたこの現象をどのように観るのか?-ボナパルティズム、若しくは「天皇制ボナパルティズム」というべきだろうと思います。 

 但し、左翼やマルクス主義が規定した「階級均衡論」的な「例外国家」などではなく、西川長夫氏が言う様に、「執行権力の独裁」型のボナパルテイズム権力こそ近代国家の典型である、という意味において。 

 即ち、強大な執行権力の独裁こそが近代中央集権国家のもっとも強化された最終的形態であり、その意味でー元祖は「クロムウェル独裁」としてー「ナポレオン独裁」(仏第一帝政)こそその<原型>、そして非西欧も含めて考えると、西川氏が言う様に、明治の大久保独裁ー「有司専制」こそがその<典型>であるということ。
 
所謂「開発独裁型」と<近代化論>の枠組みで狭く定義されるのは明らかに一面的であり、むしろこの「膨大な官僚,軍事組織をもち,多くの層に分かれた精巧な国家機構をもった執行権力」=ボナパルテイズム型権力こそが近代国家の普遍的形態である、ということです。

 そして、ここからすると、30年代に現れた現象は、危機に臨んで、この権力の原初形態(執行権力の独裁)が露出した、と同時に、ドイツやイタリアと同じ様に、<大衆の時代>に合わせた社会的諸関係の再編成を(上から)推し進めるものであった、と言える。
 ー60年代に現れた大衆社会化は、あくまでその結果である、と。

 これを先の「政党政治」の蹉跌の問題と絡めると、日本においては、政党が下からやろうとしたことを(遅ればせながら)上からやったということ、しかしながらそれ故、その歪みというか皺寄せ(政治的主体の不在)が軍部において集中して現れ出たのではなかったか?

 私が「ボナパルティズム論」を有効と考えるのは、所謂「日本型ファッシズム」とされる「昭和維新」の運動を上手く説明出来ると同時に、この間の政治状況についてもより解り易くなるように思えるからです。
 
即ち、明治維新型の「天皇親政」による<変革>への希求を「有司専制」=軍事官僚専制へと収束させたのが「天皇制ボナパルティズム」である、と。 そして、他方、フランス第一帝政と第二帝政の関係が、(政治的、社会的再編成の違いを除けば)この明治維新と昭和維新との関係にもアナロジーとして成立するようにも思えます。
 
そうして、現在の状況を見るに、ヒトラーやムソリーニ型の「ファシズム」を想定するよりも、今日、軍隊抜きで、このボナパルテイズム型権力がどのように変貌を遂げてきつつあるのか?ーかっての天皇制ボナパルティズム=大政翼賛会に替わる、今日版「大政翼賛会」を想定することーの方が遥かに有意味であると考えますし、その意味で、近年の小泉政権が最もその特徴を示したものと言えるのではないか?

 例の”自民党をぶっ壊す”発言にいみじくも表れてるように、小泉政権下で劇的に進んだものこそ政党(政治)の破壊や議会軽視、又没落する層(B層!)の熱狂的な支持等、ボナパルティズムの際立った特徴を示していたのですから!
従って、小泉政権を支え、或いは強力に推し進めたものが何であるのかを考察することは、今日のボナパルティズムを視ておく上で、欠かせないことと思えます。
 
とすると、”検察ファッショ”と言われた前回同様、小泉政権の「政敵」に対して「国策捜査」を繰り返した検察が先ずは浮かんで来ます。 また、小泉政権以降特に、タバコ(少年非行)、酒(同+車)、暴力団等、様々な口実を設けて国民を更に管理=統制して行こうとする警察や、地方行政の枠を超えて、国政に関与する姿勢を鮮明にしている知事や自治体の首長達の登場など、フランス第1帝政・第2帝政と共通する要素も同時に在ります。
 
しかしながら、それより何より、それらを繋ぐ環ともいうべきものにテレビを中心とするメディア※①が成っているということ。

 テレビがしばしば政治への登竜門となり、又メディアに支持された<権力>は長続きし、批判されたら<権力>を維持することさえ困難になってくる。
  <権力者>とはー少なくともその必要条件※②とはー<メディアの寵児>に他ならないことを示したのが小泉政治と言えるのではないか?
だとすると、メディアが世を蓋い尽くすと共に、そのメディアが権力と一体化しつつある、と言ってもいいのでしょう。
  
そうだとすると、今日のボナパルティズムの様相は、メディアを中心にして考察されなければならない。

※①新聞や雑誌を含む色々な媒体が、テレビを中心にメディアミックスとも言える様に相互交流し、言わば複合的な相乗効果をもたらしてる。
※②十分条件は(アメリカの意思を背景にした)官僚の支持。
============================================

ファシズム考5 今日のボナパルティズムの様相 ー今日版の「大政翼賛会」ーメディアクラシーへ

投稿者 影の闇 日時 2010 年 10 月 22 日 20:08:52:

 何より「メディアが権力と一体化しつつある」事をよく示しているのが昨今の「ニュース報道」なるものです。

 検察や警察のOBのコメンテイターが頻繁に登場し、単に社会的な事件のみならず、政治的な事柄にまで堂々とコメントするようになってる! 
 
「OBだから」というのは遁辞に過ぎない、郷原信郎氏の様な少数の例外は除き、その大半がかっての「職場」の、或いはその目線の解説者や代弁者となってるのは明らかなのですから。
  またドラマやドキュメントにおいても、数多くが「警察モノ」「警察目線」で作られております。

 これらのことは、言うならばソフトに、視聴者に対して、「検察目線・警察目線」で物事を見、理解するよう、強いるもので、私には、これらの事はーテレビ治安法とでも言えばいいのかー「治安維持法」がメディアの中に甦って来たものに思えます。
  -もし国民の多くが「検察目線・警察目線」で物事を見、理解するようになったら「治安維持法」なんて要りませんからね!

 また、「オウム事件」の様な大きな事件になるにつれこの傾向は際立ちますが、先ずメディアが当局の意図を体現した「ジャーナリスト」や専門家ー弁護士名目の検察OBや警察OBまでーを動員して、<罪>を告知し、<罰>も宣告する。
 
現実の裁判は、往々にして、その形式的な追認の場にしか過ぎなくなっているのです。

 麻原昭晃は裁判が始まるとっくの昔にメディアで「有罪」を宣告されていたからこそ、事実を争うべき裁判は見向きもされず、弁護団長の渡辺脩氏が慨嘆するデタラメが罷り通り、それに抵抗しようものなら、徒にゴネて、裁判の進行を妨げてるとされるーまさしくアベコベの事態が罷り通っているのです。

 今回の「村木事件」だって、ひょっとしたら村木氏が女性だったから、若しくは悪相面していなかったからーつまりメディア的に「嵌り役」じゃなかったからーかも知れない、とさえ思いたくなる程に。

 つまり、村木裁判が特殊例外と思える程に、政治に関る重要な事件について、多くの裁判が、予定調和的に、メディアを追認する場になっているのです。 ーとすれば、裁判ですらメディア主導の実態が浮かんで来ます。

 そうして、かかるメディアの姿勢が、政治へのスタンスにおいても、次の様な所に明確に現れ出ています。

 「世論調査」の多用。 小沢一郎氏への執拗なバッシング。

 マスコミ各社が1週間に1度「世論調査」を行っているーということは、全体として見れば、日を置かずして、しょっちゅうやっているということです。
 しかもその内容は議会制とか政党政治の根幹に関わって来ること。 例えば「政策課題」毎に「民意」を問い、それを「天の声」として、従うように要求するとなれば、これは議会制ー議会での討議ー自体を無視乃至軽視することでしょう(何の為の議会なのか?)し、今度の民主党代表選挙でも、「民意」を盾に政党の人事にまで介入してくる。
 これが罷り通るということは政党が限りなく形式的なものになっていく、ということです。
 何故ならこれは、政党人や政党支持者よりも「民意」を上に置くということだから(何の為の代表選挙なのか?)。 -もしこれで「民意」に反する結果が出たとしたら、今度は「民意」に背くー「天の声」に反する=民主主義とは相容れないー否定的存在として、民主党を否定する根拠(!)となったことでしょう。

 立法(議員の登竜門、選別機関、議会での議論の不活発の代替効果)・司法(メディア上の擬似裁判が成立している)・行政(宣撫、事実上の治安法的な効果)、「三権分立」がメディアにおいて統合されつつあるという現実が浮かんで来るのです。

 「世論調査」なるものの恣意性・作為性という問題一つ取ってみても、また「民意」=「天の声」の解釈の恣意性という問題を抜きにして自らの論拠とすることの危うさにしても、マスコミのかかる姿勢は、かっての軍部とか青年将校が「天皇の意思」を僭称し、政治家を「国体を歪め、危うくする者」として攻撃した口吻とソックリ※①ですし、こうして見てくれば、かっての軍部に替わって、メディアの専横が際立っていると言えるのではないでしょうか。

 そして、そういう彼等が、かって軍部が政党政治家を蛇蝎の様に嫌ったように、最も政党政治家らしい政党政治家である小沢一郎氏の攻撃に血道を上げるのも分かろうというもの。

 殊にこの4月から5月に掛けて、メディアの異常異様な小沢氏や鳩山氏への攻撃は、戦前の政党政治の末期、5.15事件を始め、軍人や右翼による相次いだ政治家へのテロにも比せられるー言論に名を借りた、政治テロといってもいい態のものでした。
 つまり、かっての軍部さながらに、政治を壟断しているのはメディアなのであり、今日のボナパルティズムはメディアに顕れてる、と見做さなければならない。
 とすると、今日版の「大政翼賛会」※②とは、強大な執行権力(官僚機構)を<幹>にして、メディアを<環>とした集合体と言えるのではないか? 

 そうして、かかる集合体の、佐藤優氏の言葉を借りれば「集合的無意識」こそが、この間、挙って、鳩山政権や小沢氏の抹殺に向かわしたものなのではないか?

 かのロッキード事件の際、田中角栄氏の逮捕を受けて、日経連の桜田武氏は、「田中逮捕は善し」とした上で、歴史的とも言える有名な発言をしました。 
「日本はこれから危機を迎える、しかし検察・警察・裁判所および所要の官僚機構がしっかりしているならば、もう一つは、職場を基礎とする労使関係が安定しているならば、この危機を乗り越えることができる」。  

 勿論、桜田氏の脳裏に在ったのが、政党が機能不全に陥って登場した「大政翼賛会」であったことは疑いない。 しかしながら、それから30年を経て、もう一つ付け加えるべきは「メディアを<環>として」ということではないか?
 そうだとしたら、一方で小沢氏がマスコミは苦手としているのも、彼個人の性格や気質に加えて、デモクラット=政党政治家として、政党(機能)を解体した後この集合体に統合する機能を担っているー今日版の「大政翼賛会」の<環>としてのーメディアの果す役割への本能的な警戒感がもたらしたものではないでしょうか?

 さて、ところで、これまで見て来たような、メディア的経験が実際の経験よりも上位に来る事態は政治にどのような現象を引き起こすことになるのでしょうか?
恐らくは民主主義もメディア上で処理され、メディアに統合され、メディア的に理解されることになっていくでしょうが、果たして、それがどのような社会を創り出して行くのか?
 <身体>という観点から見て行くと、それは極めて憂慮すべきと言わねばなら
ないのですが、それはまた別の機会に論じることにします。
 
 メディアクラシーの孕む問題として。  デモクラシーからメディアクラシーへー大衆社会がどのように最終コースを回って行くのか?という問題として。  

※①「天皇の意思」を「民意」=「天の声」、「国体」を「民主主義」に置き換えてみて下さい。
※②大政翼賛会をコーポラティズムとして捉えるなら、今日型をネオ・コーポラティズムと言うべきでしょう。
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